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007  眠り姫の目覚める朝



――――闇の中から、何か音が聞こえてくる。


暫くしてそれは、水音…水滴が落ちる音なのだとわかった。


ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん。


ほぼ同じ間隔で、水滴は(したた)る。

それ以外の音はしない。真っ暗で何も見えない。


――ここは、どこだろう? 

私はどうしてこんなところにいるの?



『   』は? 

どうして、そばにいない?


『   』が生まれてからずっと、(かたわ)らにいつも在った。

『   』と生死を共にするのが、私の運命(さだめ)であり、幸福。


なのにどうして、『   』がいないところに、私はひとりでいるのだろう?

耐え難い恐れと不安に、身体が震える。


還らなければ…『   』の(もと)へ。

何処にいても、何年かかろうとも……誰を敵に回すのだとしても。



立ち上がろうとして…自分の身体がたくさんの鎖に繋がれていることを知った。

幾重にも連なり、重ねられているその鎖には、魔封じの(しゅ)がかかっていた。


私は、暴れる。

力の限り、怒りを叫ぶ。

『   』の名を呼び、我が半身の身を案じる。


『   』、『   』よ、あなたに何があったというのか。

『   』が無事ならば、私がこんな状況に陥っているはずはない。

 

私が生きているということは、『   』の命も消えてはいないのか……?


わずかに生まれた希望は、鎖に施された呪を解読していくうちに(つい)えた。

『   』と繋がっていた、命と運命を…断ち切る呪いがかけられている。


絶望の中、私は叫んだ。


なんということを。

ああ、なんということをしてくれたのだ!

『   』と私を切り離し、私のみを生かしたまま封じるとは!!


私が生かされたのは、慈悲ではない。

私が死ねば、次代が生まれるからだ。

次代が生まれれば『   』の一族を護る、新たな力となる。

それを防ぐために、私を生きたまま封印したのだろう。



こんなことができるのは……しかいない。

『   』の誠心を疑い、『   』が民へ向ける慈しみに嫉妬し、己の猜疑心に溺れた者どもよ。


(ゆる)さぬ! 決して赦しはせぬぞ!!


『   』を裏切り、殺し、聖なる……である我を虜囚に貶めた…この屈辱、この恨み。

何千、何万の時を経ようとも、必ず貴様らの血肉で贖わせてやる。


…その時がくるまで、この辱め、甘んじて受けてやろう。


我が半身の魂が、再び地上に舞い降りるまでの間……我は魔力を蓄えながら眠り、待ち続けよう。






ゆっくりと夢から浮上する途中、ふわふわした柔らかい何かが私の頬に触れた。


「――(あおい)、葵、大丈夫か?」


「…ん…?」


目を開けると、ぼんやりとした視界にこげ茶色の毛玉が映る。


なんだっけ、コレ?

寝起き直後で、うまく頭が動かない。


ぼーっとしている私に、再び焦れたような声がかけられる。


「葵、『許す』と言ってくれ。緊急事態だ。

この姿では、探査の術がうまく使えない」


きんきゅう?

たんさ?


「ゆるす……って、なにを?」


ベッドから身を起こそうとした瞬間、こげ茶色の毛玉が私の顔に突撃してきた。

唇に何かが触れたと感じた瞬間、身体がふわりと宙に浮かびあがる。


――これは魔法? 

…と思った瞬間、昨夜の出来事が鮮明に脳裏に蘇った。


視線を上げると、豪奢な金髪に吸いこまれるような深い青の瞳の魔法使い…私の『守り役』が、心配そうな表情を浮かべてこちらを見ている。

飾り気のない白いシャツは胸元が大きくはだけていて、あわてて着替えたような服装だった。


「…葵、手を」


緊迫した雰囲気に気圧されて、言われるがままに彼の手をとった瞬間、息が詰まるほど強く抱きしめられた。

驚く間もなく、奇妙な感覚に言葉を失う。

彼の身体からさざ波のように何かが次々と流れ込んで、自分の身体の中を通り過ぎてゆく。


――これも、魔法?


ふわりふわりとあたたかい波動が身体に伝わってゆくのは心地良いけれど、きつく抱きしめられていて息苦しい。

薄いシャツを隔てて伝わってくる体温とか、頬に押し当てられている肌の感触が気になりだしたら、気恥ずかしくて…頬がどんどん熱くなっていく。


「…もう、いいでしょう? はなして」


声に動揺がにじみ出ないように、できるだけ平静を装って言いながら、腕を突っ張って脱出を試みる。

昨日とは違い、あっさりと解放してくれた。


うぅ……朝から無駄な精神的疲労が…。


内心ぐったりとしながらを守り役を見上げると、彼は眉宇を曇らせながら尋ねた。


「――葵、何があったのかわかるか?」


「…?」


「さきほど目が覚めたら、俺が今までに感じたことのない術の気配がしたんだ。

その出所を探ったら、お前にたどり着いた」


「術の気配?」


「…『残り香』のようなものだと言えば、イメージしやすいか?」


術の匂い?


一応、部屋の中の匂いを意識して嗅いでみたけれど、全然わからない。

彼は微笑みながら手を伸ばし、私の頬にかかっていた髪をそっと耳にかけた。

肌に微かに触れた彼の指先の感触に、少しだけ体が震える。 


「――探査の結果、術者がセーレン・ティーアに居ることしか解らなかった。

あれだけの濃厚な気配をさせておいて、尻尾を掴ませないなんて……生半可な実力ではない」


「あなたのお祖父さん…レディオスさんに危害を加えるために、『恩返し』の最後の対象である私に対して、何かを仕掛けてきたということ?」


「誰が、何の目的で葵に手を出してきたのかわからないが、今はお前の身体のほうが心配だ。

調べたところ、(しゅ)はかかっていなかったが、何らかの干渉があったのは間違いない。

……どこか具合が悪いところはないか? 

夢見が悪かったとか…思い当たるところがあれば、教えてくれ」


「…ゆめ?」


私はぼんやりと、今朝の夢を思い出す。


「――どこか、暗いところに閉じ込められていたの」


「…。」


「大切な人と引き離されて、その人のところに駆けつけたくても、鎖で縛られていて動けなくて……すごく悲しかった」


ぽつりぽつりと夢で見たことを語っていくうちに、夢の中で感じた感情と同調(シンクロ)してゆく。


「大切な誰かの命を奪われたこと、自分を閉じ込めて封印した人たちのことを、絶対に許さないって…思ってた」


「…葵、それはお前自身の感情か?」


「……ちがうと思うけど、よくわからない。

でも、すごく生々しかった」


ふるふると頭を振りながら、答える。


姿は見えたのか、名前は出てこなかったか、時代や場所が解るのものは……と、矢継ぎ早に質問されたけど、何一つ明確な答えは返せない。


ただ一つ確かなことは…。


「あんなに強い悲しみや怒りを抱えて生きるのは、きっと……とても辛いと思う」


身震いするほどの怒り、悲しみ、絶望。

今まで私が体験したことのない強い感情。



ふと気がつけば、手が震えている。

自分の右手で左手を掴んでみたけれど、どちらも震えがとまらない。


「…?」


どうして、止まらないんだろう。

寒くなんてないのに。


震え続ける両手を眺めていると、私の手は大きな手のひらの中にふわりと包み込まれた。

ほぼ同時に、甘やかな声が頭上から降ってくる。


「――大丈夫だ、葵。俺が傍にいるから。

必ず、お前を護る」


自分のすぐ目の前の…至近距離に、鍛えあげられた胸板が見える。

はだけたシャツの隙間から覗く腹筋も、見事に引き締まっていた。


(…うわぁ!)


目のやり場に困ってあわてて視線を上げると、まともに彼の美貌を直視してしまった。

艶やかな金髪は朝日をうけて黄金に輝き、深い青の瞳には蠱惑(こわく)的な光が(またた)いている。

彼の甘い声や(したた)るような色気に陶酔(とうすい)できるはずもなく、何故か(かも)し出されてしまった怪しい雰囲気の中で、我が身に迫る危険に身体が強張(こわば)った。

  


『隊長! この "無駄にイケメン"、略して "ムダメン" はスキンシップが激しいですよね! うざっ!』

『…そうだなぁ。君も、もう諦めたほうが平和に過ごせそうな気がしてこないか?』

『自分はそれは負けだと思います! ムダメンの犯罪行為に屈する気はありません!』

『……そうか、ならば発想を転換してみたらどうだろう? 彼は寂しがり屋のうさぎさんなんだ』

『うさぎ、ですか?』

『…そうそう。うさぎは寂しいと死んでしまうんだ。君、もふもふ好きだろう?』

『好きです。…ですが、ソレとコレとは話が違うでしょう?!』

『…このムダメンは仮の姿。あのふわもこのトイ・プードルが彼の真の姿で、心はうさぎさんなんだよ』

『隊長、ソレおもいっきりうそ臭いです! …ってか、全部嘘でしょう?!』



逃避先の脳内会議でも敗色濃厚だった。

ものすごく悔しい。


とりあえずこの怪しいピンク色の雰囲気を払拭しよう。


焦らず、慌てず、諦めず。

勝利の日まで、一歩一歩進むのです。


「――あ、ありがとう。

もう大丈夫だから、手をはなして…」


引きつりそうになりながら笑顔を浮かべてお礼を言い、自分の手を引き抜く……ぬ…抜けない?


抗議するために再び顔を上げると、至近距離に彼の顔があった。

お互いの吐息が感じられるくらいの近さに、心臓の鼓動が早まる。


遠ざかりたくても、手が掴まれていては距離が取れない。

何度も手を引き抜こうと挑戦したけれど、無駄だった。


至近距離と沈黙に耐えられなくなったのは、私の方。


「…手を、離してほしいの」


「うん」


きちんと顔を上げて、目をあわせて頼んだのに…返ってくるのは簡単な返事と、とろけるような笑顔だけ。


(うぅ、どうしてくれよう……このムダメン)


力で敵わない以上、こちらが下手に出るしかないか。

心の中で「後で覚えてろよ!」と、負け犬感の溢れる台詞を叫びつつ、諦めの境地で訊いた。


「――どうしたら、離してくれるの?」


「名前で呼んで欲しいって、昨日、俺言ったよね」


「……え?」


「俺は、葵に名前で呼ばれたい。

『あなた』とか、他人行儀で嫌なんだ」


彼のまっすぐな視線に、心を射抜かれる。


「――葵、俺の名前を呼んで?」


極上の笑顔で懇願され……無条件で叶えてあげそうになったところで、あわてて踏みとどまる。


いけない。

流されるだけじゃ、駄目だ。


「あなたのことを名前で呼んだら、こんな風に力づくで無理やり…ってこと、もう止めてくれる?」


嘘や誤魔化しは許さない。

私はそういった気持ちを込めて彼を見つめた。


「………善処する」


暫くしてから、渋々といった感じの返事が返ってきた。


よし、言質(げんち)は取った! 一歩前進!


本当は「止める」という返事が一番良かったけど…形勢不利な状況でベストを狙って失敗するより、ベターを積み重ねていくほうが現実的だよね。


「――アルフレイン、私の手を離して」


彼の名前を加えて頼むと、私の両手を包んでいた彼の手が緩んだ。

間髪いれずに引き抜いて、さっと距離をとる。


部屋の隅っこに逃げ込んで、ほっと息をついた。


パーソナルスペースに遠慮なく踏み込まれると、動揺するし、緊張する。

今まで考えたこともなかったけど、結構、精神的に負担が大きい。


ゆっくりと深く呼吸を繰り返すことで、頬の熱も、心臓の鼓動も、次第におさまってゆく。


ふと視線を感じて顔を上げると、アルフレインが微笑みながら私を見ている。

慈しむようなその表情に、疑問を感じて…気がつけば質問していた。



「どうしてそんな目で、私を見るの? 

昨日会ったばかりなのに…まるで、とても大切な人を見ているみたいに」




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