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005  躾は初めが肝心です



「――はい、そこまで!」


おばあちゃんの制止の声と同時に、お母さんが部屋の中に入ってくる。


「邪魔しちゃってごめんなさいね。おほほほほほ」


お母さんは謎の高笑いをしながら、私の身体を自分の方に引き寄せてくれた。


「お母さん? おばあちゃん? 

…二人とも…お仕事じゃなかったの?」


「あー、(あおい)、ごめんね。

今夜仕事があるっていうのは、嘘なのよ」


「14歳の誕生日…正確に言えば、誕生した時刻に『守り役』がこちらの世界に来て、当代に詳しい説明をする…という決まりがあるから、あたしと美雪はとりあえず退場したって訳さ」


お母さんとおばあちゃんの言葉を聞いて、ふと思い出す。


「そういえば、あの時…お母さんは8時になった途端に…」


「そうそう! 

『守り役』さんにどんな動物の姿でこちらに現れてもらうのか、決めてもらわないといけなかったからね」


お母さんはにこにこと悪びれずに答える。


「――そろそろ基本的な説明は終わった頃だろう…と自宅に戻ってきてみれば、もう『守り役』が『変身』を解いているとはね……いやはや驚いたよ、あたしは」


おばあちゃんの冷たい視線を受けて、わんこ…じゃなかった…アルフレインは気まずそうに身じろぎした。


「そうね~、会ってすぐにっていうのは、ちょっと早いわよねぇ…」


お母さんの同意する意見を聞いて、アルフレインの挙動は更に不審さを増していく。

視線は落ち着きなく彷徨い、額には汗がにじみ出ている。


…なんだろう、この、微妙な雰囲気は。

不思議に思った私は、二人に直接訊いてみることにした。


「…おばあちゃん? おかあさん? 

『守り役』が『変身』を解くって…滅多にないことなの?」


私の質問に、二人はきょとんっと目を瞠り、次いでアルフレインを睨みつける。

おばあちゃんの「正座!」という命令に、彼は大人しく従った。

床に正座して、神妙な顔で二人を見上げている。


「――まさか、葵の同意なしでやらかしてくれたとは思わなかったよ」


「…当代の『守り役』は、ずいぶんと手が早いこと。

私の『守り役』だったアズライルは、こちらが残念に思うくらい紳士的な人だったけれどね」


「あたしの『守り役』のセルディスだって同じさ。

この朴念仁! …って何度言ってやりたくなったことか。

腹立たしいほど、理性的で優しい人だったよ」


「まさか葵の『守り役』がこんな人だとは……ねぇ。

困ったこと」


「交替希望を出して、あちらに送り返そうかね。

大事な孫を任せるんだ、それ相応の人物じゃないと…」


祖母と母の…『表面上は明るく和やかに、でも実際は毒の沼に突き落としてHPを着実に奪ってます』…みたいな会話を聞いて、アルフレインの顔色が青くなったり、赤くなったり、白くなったりしてる。


某国の国旗みたいだ…と思いつつ、私は首を傾げる。

話を聞いていると、なんだか私が被害者みたい?


「――私の同意って? 

『守り役』は、動物の姿から人間の姿に戻るのに、私の許可が必要なの?」


そんなのが必要そうなことって、あったっけ?

なかったと思うんだけど。


私の質問に、おばあちゃんとおかあさんはほぼ同時に答えた。


「本人に説明してもらったほうが良いだろう」


「それは『守り役』の領分ね」


…そうなんだ?


私達三人の視線を受けて、アルフレインは秀麗な眉目を曇らせながらおもむろに口を開いた。


「動物の姿に『変身』してこちらの世界に(あらわ)れた『守り役』は、己が守護する乙女に接吻することを許されなければ、人の姿に戻ることができない。

約定を果たすためとはいえ、『異界渡り』はそう簡単に許されることではないからな。

異世界(こちら)で動物の姿にならなければならないのは、『守り役』の魔力の消費を抑え、目的以外の逸脱した行動をとらないように…という規制でもある」


「…。」


せっぷん? 

一瞬、漢字の変換とその意味が繋がらなくて、頭の中が真っ白になる。


「…?!」


そういえば、あの時、何か生温かいものが…唇にかすった。

――アレ、か。


あの時は何が起きたのかわからなかったけど、今、何をされたのかを理解した。

私は本棚から素早く卓上版広辞苑(推定2kg)を手に取り、婦女暴行犯(アルフレイン)の頭を力いっぱい殴りつけた。


ドガッ! (かいしんのいちげき!)


とても良い音がしました。 (にこっ)



私の『(しつけ)(=教育的指導&制裁)』によって、気を失った彼の姿は、瞬く間に元のトイ・プードルの姿に戻った。


「『守り役』がこちらの世界で人間の姿に戻れる時間はあまり長くないし、気を失ったらこんな風に動物の姿に戻るのさ」


じっと観察していた私に、おばあちゃんが教えてくれる。


「そうなの? 

だったら、変身を解く方法なんて、最初から無ければよかったのに」


「『守り役』には護衛の任務もあるから、小動物の姿では守りきれない時のことを考えてのこと…じゃないかしら?」


お母さんの言葉に、私は首を傾げた。


「護衛って…何から守る必要が? 

痴漢とか通り魔に遭遇したときのため? 

それとも、魔法少女になると、誰かに襲われる危険があるの?」


その『守り役』自身が、今のところ一番の危険人物なんだけど…と思いつつ尋ねる。


「「……。」」


お母さんとおばあちゃんは困ったように互いの顔を見合わせた。

暫くしてから、おばあちゃんが口を開いた。


「――本当は、『守り役』が説明しなければならない話のうちのひとつだから、あたしたちからは簡単な説明しかできないよ」


「うん」


「あたしたちのご先祖さんに恩返しを約束した魔法使い…いや、魔導士のレディオスは、自分自身の重要性とそれに伴う危険性については、あまり深く考えていなかったらしくてね」


「…?」


おばあちゃんの歯切れの悪い説明に、お母さんが続く。


「魔導士にとって『約束』は、絶対に果たさなくてはならないこと。

果たすことができなければ、相応の報いが己の身に還ってくる…という法則があるんですって」


「…?」


「つまり、レディオスに危害を加えたいがために…彼の『恩返し』の成就を邪魔したい奴らが、(おまえ)のところに現れる危険があるってことさ」


「…なに、それ。レディオスさんに文句があるなら、本人に喧嘩を売りにいけばいいことじゃない」


「真正面から正々堂々と喧嘩を売れる奴なら、あたしたちに手出ししてくる筈ないじゃないか。

そんな度胸も実力も無い三下(さんした)雑魚(ザコ)が、保身を(はか)りつつ悪巧みを止められず…と…沸いて出てくるんだろうよ」


「…。」


おばあちゃんの身も蓋も無いわかりやすい説明に、私はため息をついた。


(まどか)さん以外にとっては、本当に迷惑なことばっかり」


「「まどか?」」


二人のきょとんっとした顔から、そんな名前の人は知らないのだと読み取る。


「…え? 

初に魔法使い…じゃなくて、魔導士さんを助けた、ご先祖様の名前だと聞いたんだけど…違うの?」


「……ああ、そうか。

まどかっていうのは、レディオスが呼んでいた、おえんさんの愛称だね」


「お金の単位の『(えん)』っていうのが、七代前の当主の名前の正しい読み方。

『おえんさん』っていうのは、通称。

大店の跡とり娘だからとはいえ、お金にまつわる名前なのはどうかと思っていたけど…そうね、まどかと読んだほうが可愛いわね」


「案外、おえんさんの方から、まどかと呼べ……なんて、言ったのかもしれないよ」


「そうねぇ、おえんという呼び方のほうが、当時は主流だったんだろうけど」


私は元凶のご先祖様のことをにこやかに話す二人を見て、不思議に思う。


「――どうして?」


「「…?」」


「おばあちゃんとお母さんは、こんな『恩返し』迷惑だって思わなかったの? 

嫌じゃなかった?」


私だけ、心が狭いの?

珍しい体験ができることを喜んだり…恋愛の相談に乗ってくれる人が傍にいてくれることを感謝すべき?


私の質問に、二人は苦笑いしながら答えてくれた。


「あたしたちも、最初は葵と同じ気持ちだったさ。

長い時間が経てば、いい思い出しか浮かばなくなるんだよ」


「本気の恋をしたら…おえんさんのことを、責められなくなっちゃった…ってのもあるわよね」


照れたように笑いあう二人はいつもの……母と娘ではなくて……女友達のように見える。


「――初恋の人が異世界の魔法使いで、決して結ばれない相手だった…ってところまで、おえんさんとおんなじことを、代々繰り返さなくてもいいとは思うけどねぇ」


「そうよねぇ。

…でも、だからこそ、失恋をのりこえて出会った運命の人を、心から大切にしたいって思うのかも」


「ああ…それはあるねぇ。

美雪、お前もいいこと言うじゃないか」


「うふふ、そうでしょう? 

もっとほめてくれていいわよ、母さん」


「またお前はそうやってすぐ調子に乗る」


祖母と母の甘ったるい会話の中、どうしても聞き流せないところがあった。


「…ちょ、ちょっと待って!」


「「…?」」


「おえんさんと同じことを繰り返してるって……おばあちゃんとお母さんも、『守り役』さんに恋をして…でも、諦めなくちゃいけなくて、別の人との恋が成就するまで傍にいてもらったってこと?」


自分で言っていて、なんだソレと思う。

ご先祖様と同じ恋の顛末を、その後もずっと?


でも、二人から返ってきた答えはあっさりしていた。


「そうよ?」


「そうだよ?」


「そう……なの?」


二人は微笑んで私の顔を見つめながら、説明を加えた。


「おえんさん以降の代々の当主が総て、『守り役』に恋をしたって訳じゃあないけどね」


「そうそう。

女の子の『守り役』さんもいたって話だし」


「――でも、あたしや美雪と同じく、『守り役』に見守られて恋が成就した相手と結婚した…って点は、全員に共通している」


「『守り役』さんに恋をして…許されない恋だと諦めなくちゃいけなくて…傷ついた後か、そうじゃないかの違いはあるけれど……運命の人と出会って、恋をして、幸せな結婚をしたのはみんな同じよね」


「……。」


なんかもういろいろと問いただす気にもなれなくて、私はがっくりと肩を落としながら、床の上で気絶しているトイ・プードルを見つめた。


さっきまで人間の姿だった、私の『守り役』。

怖いくらい綺麗な人だったけど、言動に難がありすぎる。

残念なハンサム、というのは多分アレみたいな人のことを言うんだろうなぁ…。



――とりあえず、アレと恋に落ちるのは全力で回避しよう…と、心に誓う。


初めから悲しい恋にしかならない人を、好きになるなんて嫌だもの。



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