003 もふもふな魔法使いの正体は?
――うちのおばあちゃんとお母さんのことを思い浮かべる。
直系限定で七人…ってことは、あの二人も魔法少女をやったんだよね…?
ふと、レストランでの会話が脳裏に浮かんだ。
「おばあちゃんの時は白い文鳥で、お母さんの時は黒猫だった…って話をさっき聞いたけど、それってあなたの…お目付け役さんが変身した姿のこと?
ひょっとして、あのとき私が望んだから、今回はトイ・プードルの姿になってくれたの?」
「半分ハズレで、半分アタリ」
「…?」
「冴子と美雪…お前の祖母と母のお目付け役だったのは、俺じゃない。
七瀬の直系の女子が生まれた時、師匠の弟子の中で一番優秀な者が『守り役』に任命されるんだ。
俺が見守ってきたのは、葵、お前だけだよ。
『守り役』の魔法使いは、こちらの世界に現出する際に、守護の対象者である者が好む動物の姿に変身して現れる。
四六時中傍にいるのに、嫌いな動物の姿ではお互い都合が悪いからな」
「…ああ、そうだよね……じゃ、なくって!」
私は慌てて今聞いた話を、頭の中で反芻する。
どうやらこのわんこは、じゃなかった、この魔法使いさんは優秀な人らしい。
頭が良すぎる人って、自分の理解力と推察力が高いせいか、他人との会話がうまくできない人が多い。
入組んだ話を噛み砕いて、一から丁寧に順序良く話をするってことが、やろうとしても難しいそうだ。
私は父や親戚と話をするときのコツを思い出しながら、落ち着いてひとつひとつ確認する
「――『守り役』に任命って、誰が?」
「俺の師匠が」
「あなたの師匠って…わたしのご先祖様に助けられた魔法使いさん本人?
それとも弟子とか縁者?」
「本人」
「…本人!?
だって、300年以上前の話でしょう?
魔法使いになると、寿命が伸びるの?」
「いや、もともとこちらの世界と、俺の世界は時間の流れがその都度違うんだ。
師匠がはじめに『界渡り』した時には、こちらの世界に十年以上滞在していたのにも関わらず、自分の世界に帰還したら一ヶ月しか経ってなかったらしい」
「おばあちゃんとお母さんの『守り役』だった魔法使いさんは、あなたの兄弟子の中から選ばれた…ってことだよね?
その他に共通点…というか…血縁関係があったりする?」
さっき、わんこが『じじぃ』と言っていたことと、始まりの魔法使いさんが激甘なロマンチストだという情報から考えると、自分の恋人の子孫のもとに送り込む人材は……。
「――正解。
葵は勘もいいな。
冴子の『守り役』は師匠の息子、美雪には甥、俺は孫にあたる。
…もともと魔力と魔術回路は血で受け継がれるから、実力のみで選抜しても、結果的に自分の血縁が多く残ることが多かったと言っていたが」
「…。(やっぱり)」
思わず半眼になってしまった私を見て、わんこは慌てたように早口で説明を加えた。
「いや、全員が師匠の血縁者だったという訳じゃないぞ。
じじぃの友人や学院の後輩も混じってたっていうしな。
まぁ、それが厄介ごとの始まりでもあったんだが…」
「どうゆう、こと?」
なんか嫌な予感しかしないけど、聞かなければやりすごせる話とも思えなかった。
「七瀬の血筋に受け継がれていた秘密の『力』が、四人目の『守り役』を務めた魔導士を通じて、世界に暴露されてしまったんだ」
重く沈んだその声には、沈痛な響きが宿っていた。
「秘密の力? 聞いたことないけど…?」
首を傾げた私をまっすぐに見上げて、わんこは問いかけた。
「…でも、気がついたり、感じたりしたことはないか?
お前の祖母や母……血族の女が持つ特徴を。
周囲の者を魅了し、味方にする力を」
「みりょう?
ええと…みんなが外にいると必ず周りの注目を浴びたり、信奉者…支援や協力を申し出てくる人がすごく多いなぁ…とは、私も思ってたけど。
お母さんの会社、なーんにもないところから始めたのに、設立に必要な出資金とか…多数のスポンサーがついて、いろんな援助してくれたって聞いてる。
叔母さんは、シンデレラストーリーみたいに、新人オーディションから映画の主役に抜擢されたらしいし…。
そう言われてみれば、そうかもなぁ…とは思うけど…でも、そんな凄い力だとは思えないよ。
だって、お母さんのことや、叔母さんのことを気に入らないって言う人もいるしね」
本当に他人を魅了するすごい力を持っているなら、周囲の人を全部味方にしちゃわないとおかしいでしょ? …って付け加える。
厳密に言うと、私が聞いたことがあるのは親族内での悪口であって…他所で言われているかどうかまでは知らない。
「魅了の力は特徴であって…それほど強いものじゃない。
問題になっている『力』そのものではなく…」
「…?」
「師匠も自分の世界に還ってから、気がついたと言っていた」
「うん」
「七瀬の血に宿る力は、俺達の世界では既に失われた力。
聖王家に滅ぼされた家の血に伝わっていた、特殊な能力なんだ」
「……。(なんかまたややこしい話がキター!)」
『隊長! なんかもういい加減にしやがれこんちきしょうって心境になってきました!』
『…まぁまぁ、落ち着け。ここで思考を放棄しては、いままでの努力が水の泡だぞ』
『じゃあ隊長がなんとかしてくださいよ! もー、僕は嫌ですー!』
『ほら、飴ちゃんあげるから機嫌を直しなさい』
『そんな飴ひとつでごまかされるかーーー!!』
現実逃避した脳内劇場にも荒んだ雰囲気が立ち込めていたので、私は仕方なく現実に戻る。
物語のお姫様とかだと、可憐に気絶して寝落ちパターンに逃げられるんだけどなぁ。
いいなぁ、気絶スキル。本気で羨ましい。
何も反応しなくなった私を心配したのか、わんこがまたすりすりと私の手に触れてきた。
「――葵? 大丈夫か?
いろいろと話を急ぎすぎたみたいで…すまない」
「…うん、辛うじて、なんとか、だいじょーぶ」
私はわんこを軽く抱きしめ、頬ずりする。
ふわふわだ~。ああ、癒される…。
わたしはそのまま移動して、ベッドに腰を掛けた。
ずぅっとしゃがんだまま、込み入った話を聞いていたのもいけなかったんだと思う。
不安定な姿勢だと落ち着かないよね。
わんこには私の膝の上に座ってもらう。
このままだとドレスが皺になるとか、そういう些細なことは気にしないことにして、話を続けることにする。
「――ええと、つまり、私のご先祖さま…円さんよりもっと前に、あなたの世界の人がこっちの世界に逃げてきていて、私のご先祖さまの一員に加わって、その血と特殊能力が七瀬の血に受け継がれていた…ってことで、あってる?」
「ああ、そうだ」
よかった。
これで違うとか言われたら、なけなしの忍耐力が枯渇する。
「あなたの世界でも『昔』っていうと……どれくらい前のこと?」
「千年、いや、正確に言えば…九百三十年前か」
(千年って…。
そんな昔の血縁関係がきちんと記録してあるのは、宮家の皆様だけだよきっと)
心の中で裏手ツッコミを入れつつ、私は平静を装って話を続けた。
「王家に滅ぼされたって…何か悪いことをして、処罰されたの?」
「いや、違う。
ナル・クルルーンの民も、領主のクインティア一族も、何も罪に問われることはしていなかった」
「何もしてないのに、滅ぼされたの?」
「そうだ。
当時の王家に反旗を翻す者たちの味方につかれたらと困る…という、それだけの理由で皆殺しにされたんだ」
わんこは私の腕の中で、項垂れた。
「七瀬の…クインティアの血に受け継がれた力は『魔法力増強』。
自分のパートナーの魔力の容量と威力を飛躍的に伸ばすことのできる力で…直系は十倍ぐらいまで増強することができたらしい。
自分以外の誰かに、生涯にただ一度だけ、授けることができる……類い稀なる恩恵。
双方の心の繋がりがそのまま力に変わるものだったそうだ。
本当なら、一族郎党総て皆殺しなんて…そんな酷い決断が下される筈はなかったんだが、王位継承権の争いの中、疑心暗鬼に囚われた王族と、それを止められなかった廷臣のせいで……滅ぼされた」
わんこの傷ついているかのような弱々しい口調が不可解で、首を傾げる。
自分の血に連なる人たちの話だと知っても、私には他人事のようなコメントしかできない。
「――そうなんだ?
大変なことなんだね…他人に恐れられる『力』があるのって」
「……ああ、そうだな」
歯切れの悪い、相槌。
それを聞いて、私の頭の中にぼんやりと浮かんだ推測が…恐らく当たっているのだと知った。
私は面倒なのも、湿っぽいのも苦手だから、直球で切り込む。
「…で、どうしてあなたがそんなに気にしているのか、私は聞いても良いの?」
私はタイミングを逃さずに、畳み掛ける。
「同じ世界の人間でも、自分と全く関わり人達がしでかした愚挙なら、そんな様子は見せないよね?
…という風に考えると、あなたが…滅ぼした側の、王家の血をひく人なのかなって思ったんだけど、違う?」
私の言葉に、わんこは項垂れていた頭を上げた。
まっすぐに、私の瞳を見つめる。
「葵は優しいな」
「…そんなことないよ?」
「俺が言い辛そうにしていたから、自分から訊いてくれたんだろう?」
私はそれには答えずに、微笑みを返す。
わんこは私の笑顔を見て…黒い瞳を一瞬伏せてから、ぴょんっと私の膝の上で飛び跳ねた。
(ん? あれ、今…何か生温かいものが、唇にかすった?)
自分の指で唇を触ってみたけれど、よくわからない。
ふと気がつけば、膝の上からわんこが消えている。
「――え? どこいっちゃったの?!」
(夢オチ? まさかの夢オチですか?)
十二畳ほどのフローリングの部屋の中には、隠れるところなんてほとんど無い。
一応、ベッドの下やカーテンの影、クローゼットの中などを丁寧に見てみたけど、あの可愛いトイ・プードルの姿は見つからなかった。
「……夢でもいいから、もっと撫で回したかったなぁ」
私はがっかりしながら、呟く。
あのふわふわもこもこのわんこにもう触れないと思うと、残念で仕方がなかった。
「私、きっと疲れてるんだよね。
…今日はもう寝ちゃおう」
ドレスを脱ごうと背中のチャックに手をかけたとき、耳元で声がした。
「―――俺を誘ってるのか?」
耳触りのよい甘やかな声の囁きに、私の背筋はゾクっと震えた。