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後編「最後についた嘘」

俺が彼女を執行できていなかったことは既に知られていた。


「申し訳ございませんでした…。」


(まぁいい。貴様の身体は深夜0時に消滅する。消えたくなければそれまでに依頼人の魂を私のところへ持ってくることだ。)


「わかり…ました。」


「ねぇね、お兄ちゃん!」

「なんだ?」

「お兄ちゃんは好きな人、いるの?」

最近の子供は、ませている。死神の俺に向かってなんて質問だ。俺は人を好きになったことなどない。

「いないよ。お兄ちゃんは死神だからね。」

「なぁんだ、つまんないの。」

「仕方ないだろう…」

お前の相手をしている方が余程つまらん。


「セレスの好きな人はね〜」

おい、聞いてないぞ。

「お兄ちゃん!」

ほう。

あの写真に写っていた彼か。微笑ましい。

「そうか!お兄ちゃんはどんな人だい?」

「何言ってんの?お兄ちゃん、自分のことだよ?」

「そうか…え?」

本当に何を言っているんだこいつ。死神をからかうのもいい加減にしてくれ。

「しにがみのお兄ちゃんのことが好きなの!」

反応に困る。

「そ、そうか…どうしてだい?」

「だって優しいんだもん!」

「優しくないぞ〜。俺は君の魂を食べちゃうんだ。」

「お兄ちゃんは優しいよ!だってセレスが寝るまで遊んでくれるんだもん!セレス嬉しいんだぁ。それに、初めてのお友達だしね!」

「お友達…か」

俺には友達がいなかった。だから少し嬉しかった、のかもしれない。無論、認めたくはないが。

って、あれ?こいつの命日は今日だぞ。危ない。呑気なやつの相手をしていたせいで執行することを忘れるところだった。


「だから、セレスとずっと友達でいてね!」

「わかったよ。約束してやる。」


情けない話だな。

でも…

悪くないって思えたんだ。友達ってやつ。



俺はその晩、彼女の命にとどめを刺すことができなかった。


俺の存在は今日1日で消滅する。

罪を犯してしまったからだ。


人間の身体というのは面白いもので、決められた命日を過ぎても生きていると恐ろしいスピードで身体が弱っていく。

話にはそう聞いていたが俺は今その光景を丁度目の当たりにしていた。


「お兄ちゃん…」

「おはよう、セレス。どうしたんだい?」

本当は聞くまでもなかった。

「セレスね、なんだか身体が重いの…」

「今日はゆっくり休んでいようか。そうだ、絵本を読んであげよう。」

俺はいつの間にか自分のためではなく彼女のために身体が動いていた。

もっとも、彼女が弱っている原因は俺にある。

俺が彼女を殺められないからだ。

一体何をしているんだ。いいか、これは仕事なんだ!

…自分にいくらそう言い聞かせても、殺せない。

俺に彼女は殺せない。


「ーーーーーとさ。めでたしめでたし。」

絵本を読み終える前に彼女は眠ってしまっていた。

もう起きることはないんじゃないか、なんてことも思えてしまうほど深い眠りについているが、彼女が死ぬことはない。彼女に死を与えるのが俺の仕事だから。


弱っていく彼女を見守るのはとても苦しかった。

今までそんな感情を抱いたことも、幼い子供を殺せなかったこともなかったのに。彼女との出会いは俺の全てを狂わせた。…でも不思議なことに不快感を抱くことはなかった。


俺は今、目の前の選択肢に脅されている。


『彼女を殺して自分の為だけの幸せを選ぶ』

『彼女を延命させて自分は消滅する』


頭は良かったはずだった。それなのに、どれだけ頭をひねっても首をかしげても眉間にしわを寄せても時間をかけても、他の選択肢を見つけることができなかった。


この日、セレスが目を覚ますことはなかった。


こんなことで悩む日がくるだなんて夢にも思わなかった。その夢も悪夢だ。

その時自分の本心に初めて気づいた気がする。

俺は狂おしいほどの愛を抱いていた。

死神の俺が人間の、それもこんな小娘に。

「幸せ」など、「自分の死」のほかありえないと考えていた。それ以外にも思い浮かんだことはない。死神は自分の力では死ぬことができない。だからこの仕事をして、人の魂を食うことで「死」に近づける。それこそが俺らにとっての「本来の幸せ」だ。


そう信じて働いてきた。

そう信じて人間とかかわることを避けた。

そう信じてどんな人間もこの手で殺してきた。

そう信じて俺は孤独を選んだ。


セレス、全部狂ってしまったよ。

君のせいだとは思わない。全ては、俺の意思が弱かったからだ。


これでいいんだ。自我が保てなくなるほど自己暗示をかけた。

俺は君のことをーーー


でも、セレス。

やっぱり君のことを殺さないといけない。

消滅したら俺は居なかったことになってしまう。

君が言ってくれた「好き」を、受け止めることもできずに消滅してしまう。

そんなことはしたくない。


それに延命が、必ずしも彼女にとって「幸せ」だとは限らない。


ふとセレスの机に目を向けた。

机の上には写真立てがある。

そう、彼女の家族が離れる前の写真だ。


それを見たとき俺は気付いた。

彼女が俺をこんなに慕ってくれていたのは

俺という死神を愛しているからではない。

彼女と離れ離れになった本当の「お兄ちゃん」と「俺」を重ねていただけだったんだ。

彼女が必要としている人は俺ではない。

というよりも、俺じゃなくても良かったんだ。

だとしたら俺が彼女に特別な感情を抱く必要はない。

こいつが自分勝手に俺を振り回しただけだ。


…よし命令通り彼女を殺そう。


俺は、やっと我に返ることができた気がした。


大丈夫だよな。時間が経てばきっと忘れられる。


ごめんな、セレス。


君が弱っていくところをこれ以上見たくないんだ。


俺は勢いつけて取り出した鎌を振りかぶった。


さようなら、セレス。



セレスはゆっくりと目を覚ました。


「ねぇ…お兄ちゃん。」

「どうしたんだい?セレス。」

「セレス、死んじゃうの…?」

「……。」


死神は言葉を返せなかった。


「お兄ちゃん…もうお兄ちゃんとは会えないの?セレス、お兄ちゃんの名前も…まだ聞いてないよ」


セレスは涙を流した。


「俺の名前は…ロキ。…。」

「かっこいい名前だね、ロキお兄ちゃん」


死神もまた、涙を流していた。


「セレス。君の病気を治してあげるよ。」

「え、本当…?」

「あぁ。朝が来たら君はいつも通り元気になる。今回だけ特別だ。」

「ロキお兄ちゃんありがとう…!」


「セレスが元気になったら、ロキお兄ちゃんまた遊んでくれ…るよね?」

「…あぁ。」


死神の返事は震えていた。


「わかった!ロキお兄ちゃんありがとう。そろそろセレス寝るね。明日になったら遊んでくれるんだもんね!」

「そうだ。早く寝るんだよ。」

「うん!やっぱり優しいね。おやすみ、ロキお兄ちゃん。」


彼女は深い眠りについた。


「……おやすみ、セレス。」



死神は彼女に大きな「嘘」をついた。

そして、せめてもの罪滅ぼしとして彼女の額にキスをした。


『君と出会えて幸せだったよ。』



机の上にあったペンが転がって落ちた。





◯◯

「あれ、もう朝…?」

いつの間にか眠っていたみたい。

でも何か引っかかるの。

なんだか長い夢を見ていたような…

すごく長くて…あったかかった…


「あ!」


身体がすごく軽い。病気が治ったのね!やったあ!さぁて、今日もお兄ちゃんと遊ぶぞ!

…あれ、お兄ちゃん?あたしのお兄ちゃんは…前にどっかいっちゃったはずだよね。お兄ちゃんって…誰?


「まぁいいや!

ママに病気が治ったこと教えてこよ!」


彼女は幸せそうに母親の元へ駆けつけていった。

だが、その時に踏ん付けていった紙切れが、死神の残していった手紙だったとは気づきもしなかった。



振り上げた鎌が降りてくることはなかった。

俺は結局、彼女を殺すことが出来なかったんだ。


セレスが目を覚ました。

「ねぇ…お兄ちゃん。」

「どうしたんだい?セレス。」

「セレス、死んじゃうの…?」

今にも千切れてしまいそうなほどか細い声でセレスが俺に聞いてくる。

「…。」


返事の一つも出来ない。


「お兄ちゃん…もうお兄ちゃんとは会えないの?セレス、お兄ちゃんの名前も…まだ聞いてないよ」


…決めた。セレス、君を助けよう。この際消滅しようが忘れられようが何でもいい。何でもいいんだ。だからセレス、泣かないでおくれ。


「俺の名前は…ロキ。ウートガルデ・ロキ。」

「かっこいい名前だね、ロキお兄ちゃん」


気づいたときにはもう彼女に名前を教えてしまっていた。

俺は…死神として最悪の過ちを犯した。

……いや、これでいい。

神様…だっけか、もし俺が消滅しても死神になれたとしたら……次は絶対に貴様の命を奪いに行ってみせる。


「セレス。君の病気を治してあげるよ。」

「え、本当…?」

「あぁ。朝が来たら君はいつも通り元気になる。今回だけ特別だ。」

「ロキお兄ちゃんありがとう…!」


セレス、君の命日を伸ばそう。

何十年も先の未来に。


「セレスが元気になったら、ロキお兄ちゃんまた遊んでくれ…るよね?」

「……あぁ。」


ごめんな。もうお別れをしないといけないんだ。…そんなこと俺に言える勇気はもう残ってなかった。嘘ついたこと、許しておくれ。


そして…セレス、君だけは生きてくれ。


「わかった!ロキお兄ちゃんありがとう。そろそろセレス寝るね。明日になったら遊んでくれるんだもんね!」

「そうだ。早く寝るんだよ。」

「うん!やっぱり優しいね。おやすみ、ロキお兄ちゃん。」


「…おやすみ、セレス。」


意識が遠のいてきた。それに俺が返事をした頃にはセレスはもう眠っていた。

あぁ。そういえば君に惚れていたこと、伝えていなかったっけ。…どうせ忘れられてしまうんだ。仕方ない。


俺は彼女の額にキスをした。


もう少し君といたいんだ。

君と他愛もない話をして、

君とくだらない遊びをして、

君と絵本を読んで、

君と、君と…

そ、そうだ!手紙でも残そう。ペンは確かあの机の上に…

ペンを持つ手が震える。震えている手が透けていく。

頼む。もう少しだけ時間をくれ。もう少しでいいから彼女の眠りを見守らせてくれ。頼む。頼むから…!


「…セレス。君と…君と出会えてーーー」



机の上にあったペンが転がって落ちた。


ロキがどんな選択をしていても、このお話で二人が結ばれることはありませんでした。

それを理解していた彼は最後の最後まで「幸せ」の形を何度も何度も作り直しました。

罰を受けながら、嘘をつきながら、とても醜い姿だったのかもしれません。

それでも、彼が作り上げたものは二人のことを死神なりに想った「幸せ」だったのです。

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