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放課後のシェイクスピア

作者: 桐谷 キリ

短めの短編です。シェイクスピアの名言を読んでインスピレーションを感じ、ガガガガッと書いちゃいましたので凄く雑です。あとで修正効かせます。


本当は連載小説書きたかったんだけどなぁ…時間がなくて(笑)

9月に突入しましたねぇ…そろそろ食欲の秋ですよ。


 図書室。それは俺にとって、神聖なる清らかな、唯一自分の素を出せる場所。数ある本棚には一つ一つ活字が印刷されていて、その活字たちが己を生み出した著者たちによって自由に飛び跳ね、丁寧に物語を完成させていく。

 活字たちを物語にするのは著者であり、その物語を物語だと理解するのは俺たち読者の仕事である。

 その考えにたどり着いたのは、俺が中学生の時の事。物心つくころには既に本に囲まれていた生活を送っていたためか、俺には本がないと生きていけない。

 ページを捲るたびに感じる音や印刷のにおい。連なった文字たちが脳内で溶け込み、そしてイメージさせる。見たこともないような勝手な想像が、最後の一行でひっくり返された時の衝撃。頭を捻らせなくては理解できない熟語たちにさえ、恍惚する。


 それは確かに、俺の本への愛だ。


 中学卒業後、俺は図書室の大きさで高校を選んだ。幸いにも地元に大きな図書室を持つ高校があったので、そこを受験し、見事に合格した。それから一年、友達作りもほどほどに、帰宅部となって毎日図書室に通い続けた。いまだ、全ての本を読み切っていない。

 図書委員にはならなかった。図書委員はなんだかんだ本を読める時間が少ないことを、中学の時に散々思い知ったのだ。カウンターなんかしていたら一般生徒が借りにきて、いちいちハンコやら何やらをしなくてはないけない。一分一秒でも活字に噛みついていたい俺には、まるでご飯を一週間食べてはいけないように、まさに苦行だった。

 そうして一年通い続けて、わかったことがある。本を愛してやまない俺でも、さすがに周りの様子や状況くらいわかる―――本を読んでるときはわからないけれど―――。

 それは、俺と同じようにほぼ毎日一年間、図書室に通い続けている女子生徒がいることだ。もちろん会話はおろか、クラスも名前も知らない。

 ただ彼女の様子を一度しばらくじっくりと見たことがあった―――けしてストーカーとか言わないでほしい―――。そのとき読んでいた本は、ドストエフスキーの「罪と罰」だった。普通より白い肌の手が持つ、黒い表紙のそれを夢中になっていた彼女に、俺は目を奪われたのだ。「罪と罰」を楽しそうに読む彼女に、心から惹かれた。それは多分、たとえ彼女がドストエフスキーを読んでいなくても、ほかの作品を読んでいたとしても、楽しそうに読書をする彼女がひどく自分と重なって見えた。

 その時は本当に声をかけようかと思った。でも躊躇いを感じてしまい、その時は見るだけ見てそのまま帰ってしまった。


 それから毎日彼女の姿が見える位置で読書をした―――といっても本を読んでいると、たとえ彼女がいても俺はそちらを見ずにひたすら文字を目で追っているのだが―――。そうして数か月、俺は高校2年生になった。

 一度彼女の上履きを見たことがある。上履きの線の色が俺と同じ赤かったので―――赤が2年生、青が3年生、緑が1年生―――彼女は俺と同学年ということがわかった。ただほんの一瞬だったので、彼女の名前を確認することはできなかった。



 しかし、こんな認識しただけの現状が、今日で変化した。


「ねぇ、」


 その変化はとてもあっけなかった。あれだけ俺が躊躇っていたというのに、彼女はいとも容易く、そして少しぶっきらぼうに俺に話しかけたのだ。


「ねぇ、あなた、よくこの図書室に来るでしょ」

「え、ああ、そうだけど…」


 放課後、いつものように図書室に来て、いつもの席に腰を掛けた直後だった。ス、と静かに視界の端で赤い線の入った上履きが見えたと思ったら、上から降りかかるように声が聞こえた。高くもなく低くもない、落ち着いた声だった。


「…私と同じように、通ってるよね」

「…ああ、通ってる」


 何か言いたそうにそっぽ向いたり目をそらしたりする彼女を見て、ようやく理解する。彼女も俺と同じなのだ。本当は躊躇や戸惑いが心の中にあって、それをまとめてくるんで心の底へ押し込んでいる。俺には彼女の行動がとても勇ましく思えた。


「君も、本が好きなんだよね」


 だから、俺もそれにこたえようと思って、彼女の次の言葉よりも先に口を開いた。自然と言葉は生まれた。

 俺が彼女に言葉を投げかけたことが想像以上に嬉しかったのか、彼女はさっきよりも目を大きく開いて嬉しそうに輝かせた。


「うんっ、大好きよ!」


 この丘は険しいのかもしれない。彼女の笑顔を見て、一番最初に思ったことはそれだった。






 2年生の夏がやってきた。文化祭の準備を始めるクラスを手伝いながらも、毎日図書室に通い、一冊読み終わってから帰るという行為を繰り返していた。

 時間やタイミングは少し違えど、彼女も毎日夏休み中図書室に来ていたので、その時は必ず小さな声で本について語り合った。その時間は、俺にとって幸せで、そして会えない時はどんよりとした気持ちになった。それは確かに4月のようだった。

 そんな夏休みにある日、図書室に招かざる客が図書室に足を踏み入れた。


「夏目くん、何の本読もうとしてるのー?」


 今日は彼女の姿が見えないが、彼女がいつも座る席の近くに腰かけた俺に、一人の女子生徒が軽い口調で話しかけてきた。確か森永といったか、その女子生徒は長い茶髪を束ねずにおろして、少し内側に巻いていた。動くたびに揺れる髪の毛に鬱陶しいと思う。

 そんな彼女からの質問に短く、「これから決める」と答えると、「へぇ、じゃあここに私いていい?」とわざわざ許可を取ってきた。そんなもの俺に聞く必要ないだろうと思ったが、正直この調子で隣に座られて話しかけられたらたまったものじゃない。どんなに本には集中できても、やはりうるさいのは好きじゃない。

 どう答えようかと迷っていたら、図書室の扉が開く音がした。彼女だ。


「こんにちは夏目くん、その子は彼女か何か?」

「まさか、冗談はやめてよ」

「その割には仲良さそうね」

「そう見えるなら君は眼科に行ったほうがいい」


 そう軽口で返すと、「だったらいいけど」と言ってそっぽを向いてしまった。なんでそんなに不機嫌そうなのかわからないが、とりあえず隣に座った森永という女子生徒をどうにかしくなくては。

 確か彼女は同じクラスだったか。あまり喋ったことないないので、急にこんな風に話しかけられても困る。


「なあ森永、俺たちこれから読書するから邪魔するならどこか行ってくれないか」

「…ふぅん?私よりも読書優先なんて、変わってるのね夏目くん。まぁいいわ。今度はクラスでお話しましょ」


 なんだかとても面倒そうな女子生徒だということはよくわかった。今回はすぐに引き上げてくれたのよかったが、入り浸られていたらとんだ迷惑だ。


「夏目くん、あの女の子と同じクラスなの?」

「ああ、確か森永っていうだけど、ぶっちゃけそんな話したことないんだよ。だからすげー今戸惑ってる」

「あら、私には可愛い女の子にくっつかれて嬉しそうに見えるけど」

「…なんだよ、今日はやけに突っかかるじゃん」


 別にー、と返す彼女の様子は明らかにいつもと違う。どうやらその原因は俺にあるようだから、彼女が快適に読書するためには、本来なら俺は帰ったほうがいいのかもしれない。

 だけどそうしないのは俺が彼女の傍で本を読みたいから。彼女が傍にいるというぬくもりを感じたいから。

 自分勝手だと思う。それでも離れたくないと思うのはいけないことなのだろうか。


「…ほんと、まるで4月だわ」


 そう小さくつぶやいた彼女に、「え?」と返す。


「え、その意味って…」

「…わかんない?それともまだ読んでいないのかしら」


 それはつまり、とても簡単で複雑で、酷く望んでいたものであると。

 彼女は真っ赤になってそれを伝えた。


 彼女はやはり、勇ましい人なのだと俺は思う。俺が伝えたかった言葉を、躊躇いながらも必死に伝える彼女に、俺は本気で心を奪われ、恋をした。






 それから大学が別になり、さらに彼女が海外へ留学したこともあって繋いでいた手を放すことを決意した。高校2年生に駆け抜けた青春も、そこで終止符が打たれてしまったのだ。俺はその現実が嫌で、辛くて、本当は会えたはずなのに彼女から逃げてしまった。本当は一番に彼女に「おかえり」と言いたかったのに、弱虫な俺は怖くなってやめて、そのまま逃げて連絡先を変えた。彼女には、告げずに。



 そうして大学を卒業し、俺はIT企業に務めた。毎日こなす仕事の疲れを癒すのは、変わらない寝る前の読書で、活字を読むたびに彼女を思い出す。そして恋しくなって、本を閉じてしまう。あんなに愛していた本は、彼女と呼んでこそ楽しいのだとあらためて感じていた。

 彼女が海外留学先から帰ってきたのかどうかも、今何しているのかも、何も知らない。ただただ思い出に残った彼女の笑顔が、まるで写真のように脳内に刻み込まれている。忘れたくても忘れられない。そのせいか、高校で彼女と付き合って別れてから、一度も誰とも付き合っていない。一途、だとかそういうものじゃなくて、彼女じゃないとだめなのだ。

 まるで中学生のように彼女をひたすら思い続けた。そうして、催された高校時代の同窓会。クラスで集まるそれになんとなく気まぐれで参加し、指定の焼肉屋に入った。


「おお、夏目じゃん!珍しいな!」

「久しぶりだな夏目。おーおー、相変わらずイケメンだなぁお前は」


 高校のクラスメイトだった奴らに手厚い歓迎をされ、ビールを手渡される。あまり飲むつもりないが、少しくらいならまあ大丈夫だろう。

 そう考えながらジョッキに手を伸ばしたとき、トントン、と肩を指でつつかれた。


「久しぶりっ夏目くん!私のこと覚えてる?森永愛子よ!」


 高校の時と変わらず髪を内側に巻いている森永に、「変わらないな」と伝えた。すると嬉しそうに「ありがとっ」と笑った。別に褒めたつもりはなかったが。

 そんなふうに話していると―――おおかた森永のほうから話しかけてくるのだが―――、いつの間にか男たちが集まってきて大きな声ではやし立て始めた。


「おいおい夏目ぇ、森永と付き合ってんのかぁ?」

「なんだと!!?俺らのクラスのマドンナに何しがやんだぃ!」


 どうやらさっそく飲んでいるらしい。しかもだいぶ酔いが回っている。

 森永も否定すればいいのに、「そんなことないよー」とこれっぽっちも思っていないような顔で笑っている。何がしたいんだろうか。


「森永とは付き合ってないよ。高校の時に何度か話しかけられたの覚えてるだけ」

「やだー、そんなに高校の時の思い出強い?もーおばさんだからなー!」


 きゃいきゃいと甲高い声で喋る森永の腕がナチュラルに俺の腕をホールドする。え、この腕はいったい何ですか。

 腕の謎について考え始めていると、焼肉屋の扉が開いた。店員さんが「らっしゃいやせー」と声をかける。どうやら仕事帰りなのか、スーツ姿の男2人と女1人が店に入ってきた。男性のほうは一人は年老いた白髪交じりの優しそうな人で、もう一人は若い温和そうな人だ。女性のほうは俺から見て背中しか見えないが、彼女のものと思われる高くもない低くもない落ち着いた喋り方をしていた。そして、どこか聞いたことあるような声だった。


「じゃあ中谷君は劇作家はよく知らないんだ」

「はい、あんまり得意じゃなくて」


 どうやら女性と若い男性は先輩後輩の関係にあるらしい。そしてその女性のさらに上に年老いた中年の男性が位置しているようだ。

 二人の会話に興味を完全に持っていかれた俺は、隣でいまだ話しかける森永のことなど忘れてしまっていた。


「でもシェイクスピアは好きですよ。なんていうか、彼の作る言葉が酷く心に残るんです」

「うんうん、わかる。谷崎さんもそう思いますよね?」

「ああ。彼の言葉はとても重みがあって、とても入りやすい」

「先輩はシェイクスピアの言葉で何が好きですか?」

「え、私?私かぁ…

――――恋のはじまりは、晴れたり曇ったり、4月のようだ、かな。これね、私の初告白の言葉なの」


 気づいたら席を立っていた。ホールドされていた腕を振り払い、彼らの座る席を駆け寄る。

 高校の時よりも長くなっていた髪の毛を一つにまとめた彼女の細い肩を、俺は強く引き寄せた。


じゅん…っ!」


 ずっとずっと呼びたくて、ずっとずっと叫びたかった彼女の名前。会いたくて寂しくて恋しかった、彼女が今、自分の腕の中にいた。

 当り前だが驚いた彼女は、俺の声を聴いたのか、すぐに俺が大学まで付き合っていた彼氏だと分かると、情けなく開く唇で俺の名前を呼んだ。


「な、お…?」


 振り返った彼女の顔は、化粧もあるせいか、高校の時よりも全然大人っぽくなっていた。彼女の顔を診れたことがうれしくて、思わず彼女にキスをする。

 驚きで固まる純の横で、純の後輩と思われる若い男が「え?え?」と困惑した声を出していた。だけど、俺にはそれに構ってあげられるほどの余裕がない。


「な、なおっ、ちょ、ちょっと!」


 強く離れないように抱きしめるが、すぐに彼女から抗議の声が上がってしまったので、仕方なく手を放したら、後ろから森永がやってきた。


「ちょっとぉー夏目くーん?って、あれ?あんた、確か、高校んときの…」

「あ、ど、どうも。え、何、デ、デート、とか…?」

「まさか!そんなわけあるか!同窓会だよ」

「ああ…そうなの」


 俺はたまらなくなってそのまま純の腕を掴んだ。そして中年の純の上司と思われる男性に一言、「失礼します!」と言って外に出る。彼は俺のしたいことがわかったのか、「いいよ、いってらっしゃい」と笑顔で送ってくれた。

 そのまま俺は純を連れて焼肉屋を出て、近くの公園へと早足で向かう。公園までの道のりで、まだ深夜前なのか車の通りが激しい。それでも、後ろから「どうしたの!」という純の抗議の声は聞こえた。


「ねぇっ、尚っ!」

「……」

「無視しないでよ!ねぇっ!」

「……」

「ねぇっ、…っ、終わったんでしょ、私たち!!」

「…っ、」


 後ろから聞こえた現実に、足を止める。それでも彼女の声は途絶えなかった。


「なんで今なのっ、なんで今更なのっ!ずっとずっと会いたかった!」

「…っ、」

「どうして勝手に消えるの!どうして勝手にいなくなっちゃうの!っ、寂しいじゃんかぁ…っ!」


 記憶の中の彼女はいつだって笑っていたけれど、彼女は多く泣く人ではなかったからとても新鮮だった。ボロボロと子供のように涙を流す彼女を抱きしめたかった。でもそれをする権利が俺にあるのか。


「ねぇっ、答えてよ!」

「…っ、」

「答えなさいよっ、ば、かっ?」


 だから俺はもう一度彼女にキスをした。愛しくて、悲しくて。彼女を放したくなくて。


「ごめん。俺も、会いたかった。忘れようと思った。でも、無理だった。本も読むことが難しくなった。何故なら、純がいないからだ」


 彼女はやはり勇ましい人だ。会えたのは偶然だけれど、大人になってもなお俺に口を開かせてくれるのは彼女しかいない。彼女が、俺に言葉を与えてくれるのだ。

 言いたいこと、伝えたいこと、全てを。



 恋はいつでもはじまる。今この瞬間にも、俺は彼女に恋しているのだから。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


久しぶりの投稿となりましたが…今回は頑張ってみました(笑)

実際シェイクスピアは真夏の夜の夢とハムレットしか読んだことないのですが、結構大変なんですよね、あれ読むの(笑)

まず登場人物が覚えられない事件です。

次に劇の台本なので結構んん?っていうのがあります。


ただ想像しながら読むと凄く楽しいので、おすすめですよ!


何か「これ変…」ってなったら教えてください、何しろ雑なので(笑)

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[一言] お返事ありがとうございました。 不愉快に感じたわけではなく、主人公の行動がなんとなく唐突に思えて、ヒロインの方に感情移入してかわいそうだなぁと感じてしまっただけなので、お気になさらないでくだ…
[良い点] シェイクスピアをきっかけに話が動いていくのがいいと思いました。 [一言] 悪い点、というか、違和感があったのは再会した時にキスするところです。私が女だからかもしれませんが、なんかモヤっとし…
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