さようなら幕末、ようこそ明治(5) 鳥羽・伏見の戦い~江戸無血開城まで~
こちらは旧幕府軍の陣地。
「まもなく新政府軍との戦いに入りますな。」
「新政府軍だと!?バカ者が!なぜ倒幕軍と言わぬ!」
「はっ…!申し訳ございません。最近では皆、新政府軍と呼んでいるものですから、つい…。」
「バカ者!奴らは寄せ集めの倒幕軍じゃ!数の上ではこちらの方が上回っておる!」
こちらが旧幕府軍の言い分だった。
そしてお互いに号砲を撃ち合う。
ドーン!ドーン!
鳥羽・伏見の戦いが、幕を開けた。
もう幕末くらいになると、近代戦が主流となっていた。
まず初めに、お互いに大砲を撃ち合い、続いて銃剣部隊が突入していき、銃を撃ち合い、刃先で突き合うという殺し合いとなる。
人数としては旧幕府軍の方が多かった。
旧幕府軍も鉄砲や、大砲は当然持っていた。だが、その鉄砲や大砲の性能が違った。
新政府軍は最新鋭の鉄砲や大砲。
それに対し幕府側は旧式で、その差が出始める。
「わが新政府軍が圧倒的に有利だな。」
ところがその矢先、新政府側のとある部隊を率いていた部隊長が、旧幕府側の放った銃弾の直撃を受け、そのまま戦死。
「部隊長おおおーーっ!」
その報告を聞いた作戦参謀の公望の心の中に、火がついた。
そして公望は銃剣を手にとり、銃弾と砲弾が飛び交う最前線に、飛び込んでいった。
「公望様!どちらへ行かれます!?あなたさまは作戦参謀…!」
止めるのを振り切り、そのまま最前線に突っ込み、そして銃弾を撃ちまくった。
「わああああーっ!」
公望は狂ったように銃を撃ちまくる。
「おい、あれは…!」
薩長の兵たちも食い入るように見ていた。公家のボンボンの、お飾りで後ろに座っているだけだと思っていたのに、まさか自ら志願して最前線で銃を撃ちまくるとは…。
この戦いが始まる直前くらいに、公望は旧幕府側の様子を見るため、偵察に行っていた。
するとそこで、旧幕府側の者たちが、新政府軍とか官軍とか名乗っている倒幕軍の連中は、単なるテロリストのようなものだと、頭ごなしに言っていたのを、公望は聞いていた。
それがたまらなく悔しかった。
だから心に火がついた。
「わああああーっ!」
バン!バン!バン!
そのとたんに、無性に銃をぶっ放ちたくなった。
とにかく撃って、撃って、弾が尽きるまで、撃ちまくった。
この時、勝敗の方は新政府軍の圧倒的優勢で、とっくに決していた。
その一方で、薩長の兵たちが、銃弾に倒れた旧幕府の兵が持っていた旗を、徳川の家紋、葵の御紋が描かれたその旗を、いや、その旗に描かれていた葵の御紋を、徳川の誇りを、軍靴で踏みつけて、走り抜けていった、一場面。
将軍家の家紋が、葵の御紋が、軍靴で踏みつけられる。
「徳川の世は終わったのだ!だから、もう何をしてもよいのだ!はっはっは!」
薩長軍の兵たちが笑いながら言っていた。
その旗の、葵の御紋を、薩長の兵たちが、軍靴で踏みつけて、徳川の威信も、徳川の誇りも、土足で踏みにじった、これが鳥羽・伏見の戦いの、一場面として、記憶に残っていく…。
そして冷然と、何事もなかったかのように駆け抜けていく、薩長軍の兵たち。
結局、これではお互いに、悪口雑言の言い合い、ののしりあいではないか。
勝てば官軍、負ければ賊軍というのは、まさにこの時の、勝って官軍となった新政府軍と、負けて賊軍となった旧幕府軍のことを言っていた。
大政奉還は失敗だったのか…。と思い始めていた旧幕府軍。
そんな中、さらに追い討ちをかけるように、とんでもない報告が届く。
「我らの総大将、慶喜様が、江戸にお戻りになると言って…!」
「何い!?それでは慶喜様は、我らを置き去りにして、自分だけ江戸に逃げたというのか!?」
これで残った旧幕府の兵たちは戦意喪失。あっけなく降伏した。
その報告は、岩倉具視のところにも届く。
岩倉具視は、徳川幕府の末路を、歴史の故事になぞらえた。
「後醍醐帝の時代、100万の鎌倉幕府軍に、楠木正成の少数の軍勢が、見事に勝利した。
鎌倉幕府の軍勢は人数ばかり多くて、要するに、負けた原因は、それだけその時の鎌倉幕府が腐っていたから。
鳥羽・伏見の戦いで負けた徳川幕府軍も、それと同じだ!」
1192【いいくに】つくろう鎌倉幕府の、一番最後の語呂合わせは、
1333【一味散々】、鎌倉幕府滅亡というものだということは、
「徳川幕府も、これと同じく、一味散々にしてくれる!ふはははは…!」
岩倉具視は不気味に高笑い。
それからまもなく、朝廷は慶喜を朝敵とみなし、錦の御旗を立てて、江戸まで進軍することを決意した。
その頃、散々銃弾をぶっ放った公望は、既に戦いの終わった戦場で、茫然とへたりこんでいた。
「公望様、なにゆえあのようなことを…。」
「それがしにもわからぬ…。ただ気づいたら、このような行動に出ていたのだ…。」
「ささ、次はいよいよ江戸への進軍だそうです。
それと、弾丸はいざというときに、いつでも使えるように、補充しておかねば…。」
お付きの友麻呂が公望を連れて、ようやくこの日の長い戦は幕をおろした…。
その夜はつかの間の休息をとり、翌朝…。
「おお!これが錦の御旗にございまするか。」
「さよう、これが錦の御旗じゃ。」
公望は錦の御旗を見て、なるほどと思った。
「それではいよいよ江戸への進軍じゃ!」
「オオオオオーッ!」
京の都から、江戸まで錦の御旗を掲げて、えんえんと行進を行っていくことになるが、もちろん途中で休憩や食事をとることに。
公望はここで、同じ学問所で学んでいる同学年の女子たちがこしらえた、サンドイッチを官軍の兵たちに振る舞う。
「さあさあ、これは西洋で食されている、サンドイッチという、パンに、英語ではブレッドというものに、野菜や肉や卵などをはさんだもの。」
官軍の兵たちといっても大勢いる。いくらなんでも、その全員に振る舞えるのか?
と思ったら、実は女たちも総動員で料理を用意したりする。
公望の学問所の同級生の女子たちだけでなく、
官軍に参加している兵たちの、妻や母や娘などがみんなで差し入れ用に日々作っているもの。
また、食料だけでなく、武器や弾薬、怪我の治療のための包帯や薬類、あとはその他日用品など、物資の輸送を行う係の者たちもいる。
そしてこれら全てを手配したのは公望たち。これでひとまず万全の体制で戦える。
その頃、後に公望とともに明治の元勲として君臨することになる、
伊藤博文と、松方正義は、この行進には直接参加せず、国元にて留守部隊としての任務にあたっていた。
伊藤博文は長州藩出身、松方正義は薩摩藩出身、万が一国元にて一大事が発生した時にそなえてのこと。
「この戦の行方は、果たしてどうなるものかのう…。」
二人そろって、同じようなことを思っていた。
そして官軍は、小田原から厚木方面を通り、八王子、板橋の宿まで進軍していた。もちろんこの兵隊たちの中には、公望の姿もあった。
いよいよ江戸への総攻撃開始、という時になって、有栖川宮熾仁親王からの書状が届く。
「突然だが岩倉殿、話を聞いてほしい。
どうやら睦仁様、帝は、京の都から江戸に都を移したいと、お考えのようである。
江戸に都を移すというのに、その江戸が、戦にて焦土と化すようなことにでもなれば、朝廷が恨みを買うのは必至。
ここは幕府側の代表者と、官軍側の代表者が交渉を行い、江戸無血開城に向けての尽力をはかるべきではないか…。」
書状にはこのようなことが書かれてあった。
「なんと、そういうことであったか!」
そして官軍側の代表者となったのが、西郷隆盛。
「西郷よ。頼むぞ。」
その西郷が、公望のそばを通りかかる。
「西郷隆盛と申します。そなたは?」
「西園寺公望と申します。」
これが西郷隆盛と西園寺公望が顔を合わせた瞬間だった。