さようなら幕末、ようこそ明治(1) 長州征伐失敗~将軍家茂(いえもち)逝去…!
この頃、幕府の将軍は14代家茂。しかし幕府の実権を握っていたのは、徳川慶喜だった。
もはや、幕府の中で誰が上か下かを争っていられるような状況ではなく、幕府そのものがなくなってしまう、という危機感が現れていた。
徳川慶喜はこの状況を打開するべく、第一次、第二次の二度にわたり、長州征伐を行う。
が、第一次長州征伐では決定的な勝機を得られず、続けて第二次長州征伐に向かう。
そこで、長州軍の近代兵器の前に、幕府軍は散々に負けた。
幕府軍は大阪城に立てこもっていた。そして責任の押しつけ合いのような感じで、収集がつかなくなっていた。
このことは報告係を経由して、岩倉具視らにもすぐに伝わる。その横で公望は、そのやりとりを聞いていた。
「申し上げます。徳川慶喜の率いる幕府軍は、こたびの長州征伐に失敗、大敗を喫したもようにございます。」
「そうか…。長州藩1つに幕府軍がやられるとは、これにて幕府の権威は全くなくなってしまったというもの。」
「なお、各国の公使たちは、幕府に見切りをつけ、朝廷と直接交渉を行いたいと、申し出ておりますが…。」
「そうか。それならば話は早い。
私はこれより、イギリスのパークス公使に会いに行き、朝廷を代表して交渉にあたることとする。」
朝廷の代表者はこの岩倉具視だ、と言わんばかりの口調で話した。
「…ただ、フランスのロッシュ公使は、幕府側につき、幕府に武器や弾薬、軍艦なども提供する構えを見せているとか。
どうもイギリスとフランスの折り合いが悪いようで…。」
「なんと…。それならば幕府と朝廷の争いは、イギリスとフランスの代理戦争として、利用されているやもしれぬということなのか…。」
公望は一部始終を聞いていた。
公望はこれまで、幕末の出来事の多くを見てきているが、まだこれといって功績らしい功績をあげたという実感はない。
また公望はこれまで、よく夢を語っていたが、正直な話、夢見るだけなら誰でもできる、ただ夢見ているだけでなく、実行にうつさないと、ということはうすうす感じていた。
西園寺家は家柄は名門だったが、この時の公望の立場は、岩倉具視らから見たら、格下といってよかった。
そして、西園寺公望として転生してきた、高柳京介の人格もまた、公望の体内にいる。
今の公望の体内には、西園寺公望と、高柳京介という、2人の人格と魂が同居して、宿っているという状況なのだ。
「おい、高柳京介、これからどうするつもりだ?
このままずっと何もしないつもりか?
それじゃあ、何のために転生してきたのか、わからないじゃないか。
といって、お前の現世における体は、もう存在しないのだから、このまま西園寺公望として生きて、あとのことは公望が天寿を全うした後に、また考えるんだな。」
高柳京介はバイク事故で死亡してしまっているから、肉体はその時点で、もう存在しない。
魂だけしか、存在しないということになる。
だから、高柳京介は、他の誰かに転生して、その他の誰かとして、生きていくよりほかないということになる。
「じゃあどうするんだよ。あっそうだ。せっかく幕末のこの時代に来たんだから、この時代の歴史を変えちまおうか。」
「この時代の歴史を変える…?」
「そうだよ。どうせこの物語はフィクションなんだから、本来の歴史通りに書くだけじゃ、面白くもなんともないってことだ。
ここは思いきって、例えば、本来なら若くして死んでしまうような人物たちが、その後も生きていたらとか…。」
「……!」
「誰がいいか、どんなふうに変わるか…。もしかしたらとんでもなく大きく変わっちまうなんてことも…。」
「しっ!誰か来るぞ…。」
誰か人の気配を感じ、公望は自分の中にいる高柳京介の人格と魂を制止した。
「おや?公望よ、何やら誰かと話していたようであったが、いったい誰と話をしておったのだ?」
そこに現れたのは公望の父の、徳大寺公純。
「誰もいないではないか。まあよい。今夜はもう遅いから、早く寝るがよい。」
公純はそれだけ言って、自分の部屋に戻っていった。
高柳京介のことは周囲の誰にも話していない。
もしこのことが知れ渡ったら、それこそ歴史を変えるような、大変なことになるので、誰にも話さず、2人だけの秘密にしておこうと約束していた公望と高柳京介だった。
そして、その報告は届いた。
「将軍、家茂様、ご逝去あそばされました!」
「将軍、家茂が!?」
家茂の逝去によって、徳川慶喜が15代将軍になる。
というか、もう慶喜しか、他にふさわしいなり手がいなくなっていた。
「どちらへ参られます?岩倉様。」
家茂逝去の報告を聞くなり、岩倉具視は席をはずそうとする。
「実はな、帝の容態も、このところ思わしくないのじゃ。」
帝とは孝明天皇のこと。岩倉具視はお見舞いに行くと言って、そそくさと席をはずした。
そして公望も、その一部始終を見ていた。
いや、この場面だけでなく、これまでの岩倉具視の行動の一部始終を見てきていたのだった。
「いったい岩倉殿は何をなさるおつもりか…。」




