生まれた時から身分が決まる社会…!
蛤御門の変の戦いを終えて、公望と睦仁は、2人だけで例の農村の隠れ家にやってきていた。
「睦仁様。この農村の隠れ家にやってくるのは、姉様が嫁がれる前に来た時以来ですな。」
「いやいや、ここでは、気楽に話そう。」
「しかしな…。もう幕府の状況は、かなり苦しい状況と聞く。
イギリスのパークス公使は、幕府に見切りをつけ、朝廷と直接交渉を行うようなことを、ほのめかしておる。」
「そうなれば、いよいよ政権が幕府から朝廷に…。」
「そういえば、イギリスでは、1825年に鉄道という乗り物が走り出し、
さらに1863年には、世界最初の地下鉄まで走っておると聞きまする。
鉄道が走るのにも驚くのに、その鉄道が、地面の下を走るというのだから、いやはや驚き。」
当時はまだ鉄道が開通する前だった。
「それがしは、この国の政権が、幕府から朝廷に移ったあかつきには、この国の、国中に鉄道という乗り物を走らせたいと、考えておる。」
鉄道の話で盛り上がり、その次は、この国の身分制度に関する話。
「この国では、その身分に生まれた者は、一生その身分の者として、過ごさねばならぬ。
天皇家、公卿の家、将軍家、武士の家、商人、職人、町人、農民、そのさらに下には、えた、ひにんと呼ばれる者たちまで、いるというではないか。」
お前たちは天皇家と公卿の名門の家に生まれたのだからたいそうなご身分だろう、と思われるかもしれないが、身分の高い者たちの中には、案外普通の身分の生活に憧れる者も、なかにはいるようだ。
「この公望が例えば公家の家ではなく、武士の家に生まれたとしたら…。」
西園寺家は公家の名門として名高い家柄。その公家の家柄でなく、武士の家に生まれたら、という話をしている。
「もし、武士の家に生まれたら、例えば西郷吉之助=隆盛や、大久保一蔵=利通などのように、藩のため、領民のために力を尽くし、
あるいは刀を交えて戦い、武勲をたてることを、誉れとしていたやもしれぬな。
あるいは坂本龍馬などのように、脱藩して、自由気ままに諸国を走り回っていたやもしれぬ。」
公望はこう語った。続いて睦仁が、こう語った。
「睦仁は、いっそのこと、町人や、農民でも、よかったやもしれぬ。」
「町人や、農民ですと!?かりにも次の帝になられるお方が、そのような…。」
「いや、だからこそ、案外普通の、平民の生活を一度はしてみたいと、そしてその平民たちと同じ気持ちになってみたいと。
お偉いさんというのはどうも、上から目線で困るものじゃ。それは世の常というもの。
それに帝の身分というのは、堅苦しい。堅苦しい。お偉いさんになればなるほど、堅苦しい。堅苦しい。
せやから、たまにはこうして、肩の力をぬいて、気楽にと、そう申しておる。」
やがて話は、土佐藩をはじめ、諸藩では上士と呼ばれる上級の武士たちが、
下士、あるいは郷士とも呼ばれる、下級の武士たちに対して、差別的な扱いをしているという状況がある、という話になってくる。
とりわけ土佐藩ではその上士と下士との扱われ方が極端であり、下士の中でも下の者は郷士とよばれ、上士たちからいわれのない差別的な扱いを受けるという。
つまり、上士に生まれれば、上士として優遇され、
逆に下士、郷士として生まれれば、上士たちに頭を下げながら暮らさねばならないということ。
そしてそれが、一生続くのだという。代が変わっても、その身分に生まれたら一生その身分。それより上の身分になどなれない、そんな社会。
坂本龍馬は、そんな土佐藩の窮状を世に訴えるために、脱藩して江戸や長崎など、全国を駆けずり回っているという。
「坂本龍馬とはそのような人物なのか…。
公家の名門に生まれ、何不自由なく過ごしてきたような、この公望には、そんな彼らの気持ちなど、わからなんだ。いや今までわかろうともしなかった、目を向けようともしてこなかったのだな。」
「さよう、この睦仁もそうじゃった…。
そのような理不尽な身分制度などなくし、誰もが自由に身分や職業を選べるような世の中に、少しでも近づけていけたらのう…。」
「さようさよう。例えば鉄道の運転手にも、実力次第でなれるような、そないな世の中をな。」
「はっはっは、ある意味うまい例えよのう。」




