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奴隷少年

 とある小国の都、そこに小規模なスラムが点在している。中でも一際治安の悪い都の北西地区に位置するスラム、その通りの一つを周囲の人間とは完全に浮いた二人が歩いている。

 「ここに長居するのは少し危ない感じがします」

 一人は、この場とは不釣り合いな清潔感のある白いワンピースを身に纏った十代後半の少女。

 「危害を加える輩は私が対処します」

 もう一人は、典型的なメイド服に身を包んだ二十代前半の女だ。

 スラム内には彼女達の存在に対し疑問を持たない人間などいなかった。それもそのはず彼女達の服装やら何やらは完全に貧困層の者がするそれでは無いのだから。それ故疑問を生み、存在を目立たせてしまっているのだ。

 「やぁやぁ、お嬢さん方」

 当然、明らかに裕福だとわかる彼女達が周囲の人間に狙われないはずはなく……。

 「お嬢様、御下がりください」

 「わかりました」

 少女が一歩、二歩と後ろへ下がり、メイドの背後に立つ。

 「何の御用でしょうか?」

 問いかける先……眼前には先程声をかけてきた男を含めて四人、それらに警戒と威嚇を込めた視線を送り続けている。

 「ちょっとよぉ、俺らに付き合ってもらえないかなぁ?……へへっ」

 先程の者が笑いながら答える。他の三人も同じようにヘラヘラと笑っている。

 「低俗な………」

 メイドは心底不機嫌そうに侮蔑の言葉を吐く。

 「ああ?んだとこの女ァ!!」

 その言葉を聞き男の一人が激昂する。そして、拳を振り上げ、殴りかかる。

 その拳はメイドの顔へ勢いよく迫り、男に柔らかい肌の感触を与える。

 「なっ…………!?」

 だが、その感触はメイドの頬からのものではない。男の拳が捉えたのは彼女の掌であり、拳は彼女によりガッシリと捕まれて制止している。

 「遅い……その上一撃が軽すぎる」

 そう言い、メイドは掴んだ拳を離す。そして、間を開けずに男の腹へと蹴りをいれる。

 「ぐあっ………」

 男は後ろへ蹴り飛ばされて残りの三人を巻き込み地面へと倒れる。

 メイドは男達の方へ進もうと足を踏み出そうとした。しかし…………。

 「エリス、そこまでです」

 メイド……エリスを止める一つの声がした。エリスの背後で守られていた彼女の主である少女の声だ。

 「もう、その人達に戦意はありません。終わりにしましょう」

 続く言葉を聞いてエリスが男達を見ると、蹴り飛ばされた男は既に気絶しており残りの三人は恐怖からか震えあがり腰を抜かしたようになっている。

 それを見た彼女は黒い笑みを浮かべ……。

 「身の程をわきまえろ」

 そう吐き捨てて、背後の主へと視線を移す。

 「では行きましょう。お嬢様」

 「ええ」

 二人は少し微笑み、前へ前へと歩き始める。


 スラム街を抜け、都市中央部にある城を目指し歩く二人は、残り数百メートルの所で一度止まった。

 「では、お嬢様はこの辺りでお待ちください」

 「そうするわ。ありがとう、エリス」

 少女が感謝を伝えると、エリスはまた歩き始めた。

 だが、直ぐに少女の方へ振り向いて…

 「気を付けてお待ちくださいね……」

 そう言った。

 それを受けて、少女は少し笑いながらも、真っ直ぐエリスを見つめて「心配しすぎです」と優しく返した。エリスも少し笑い、振り向かせた顔を進行方向へと向けて再び歩き出した。

 エリスが離れていくのをしばらく見送った後、少女は辺りを見渡した。

 「ちょっと、向こうの方に行ってみましょうか」

 適当に方向を決めて歩き始める。

 十数メートル行った所。ある建物の前に少女は立ち止まった。そして、建物の看板に書かれた文字を読み上げる。

 「奴隷………」

 奴隷。その文字から察するにこの建物はおそらく奴隷商人の店だろう。

「好きじゃないんですよね、こういうのは……」

 溜息混じりに呟く。

 店の戸を開けてみると、中は大部屋になっており部屋の中央には地下へと続く階段があった。

 中に入った少女は真っ直ぐ部屋の中央まで行き、地下へと降り始める

「人を売り買いするのは嫌いだけど……」

 少女は人の売買を嫌っている。それにも関わらず彼女は、この店に踏み込んだ。

「自由にしてあげたい………」

 奴隷として他の誰かが買う前に、自分が彼らを自由にすれば……。彼女は、そう考えて今ここにいる。

 少女が階段を降りきると、そこには地下牢が広がっていた。階段付近には奴隷商と思しき男がいるが、こちらには気がついていないようだ。

「人の気配があまりしませんね………」

 物音がせず、地上からの風音だけが耳に聞こえる。

「あの…………」

 不思議に思い、男へと声をかける。

「ん?お嬢ちゃんは奴隷を買いにきたのかい?」

 男が少女に気付き、尋ねてくる。だが、少女が答えを返す間もなく言葉を続けてくる。

「残念だけど、みんな売れちゃったよ」

「そうですか………」

「あっ……!」

 商人が何かに気付いたように声を上げる。

「どうしたんですか?」

 商人が声を上げたのが何事かと少女が問う。

「お嬢ちゃん、一人だけ残ってるよ。確か奥の牢だ、見てくるといい」

 それを聞いて、少女は「わかりました」と返し、奥へと歩き始めた。

 そして、目的の牢の前へ着く。牢の中には少女と同じ歳ほどの少年が床に座っていた。彼はボロボロの衣服を身に纏い、身体も随分と汚れている。

「あの〜〜」

 少年へ声をかけると彼はこちらに気付き、顔を上げた。

「もっと……近くに来てくれませんか?」

 そう告げると少年は立ち上がって、歩いて少し近づいてくる。

「ありがとうございます」

 そう言うと少女は、突然柵の間に両手を入れて少年の頬に手を当てる。

「…………っ!」

 それを受けて少年は驚くが、少女は手を当てることを止めずに彼へと話す。

「頰、冷たいですね………。こんな所での暮らしは冷えるでしょうね………」

「……………?」

「でも、もう大丈夫です。私が、貴方を自由にしてあげます」

 少年を包み込むように、彼の目を真っ直ぐ見て、少女は言う。

「貴方の自由のために、私が貴方を買いますね……。まずは貴方を、この檻から解放するために」


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