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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第三章 脱却少女
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サプライズ

 たくさん悩んで、考えた。

 誰かに教えてもらうのではなく、一生懸命に、自分の頭で。

 私服に多い黒と、彼が好きだと言った夕暮れと夜の合間の藍色を組もうと決めたのも、アクセントになる飾りに奇しくも本当にお守り『魔除け』の意味がある深い色の天然石、アメジストを選んだのも草間自身だ。アメジストには他にも安眠や疲れを癒す効果があると本に書いてあったから、有村にピッタリだと思った。

 そうした意味合いを調べるのに借りて来た専門書、それ以外にも草間は十冊近くの本に目を通しただろうか。作り方は落合に教えてもらい、彼女がイラスト付きで作ってくれた作業手順のメモと本を机いっぱいに広げて、冗談ではなく三日三晩かかりきりで何度も何度も作り直した。

 本当はもっと男の子らしい物を作りたかったのだけれど、少し触ってみた工具類は予想通り上手く扱えなかったし、一からやり直せる組紐なら材料を無駄にして買い直す時間を制作に当てられるからと、全く妥協がなかったと言えば嘘になる。

 でも、だからこそちゃんと作り上げたくて、三日三晩。本腰を入れてからつい今朝方までずっと、有村が掌に乗せてじっと見つめるそれは草間の手の中で試行錯誤を繰り返されていた。

 それでもまだ上手く出来たとは言い難い。ケーキを作り終えたあとで落合が多少整えてくれたが、最後まで輪っかにした結び目の形が思い通りにいかなかったのだ。

 もっと時間があれば、もっと器用だったら、そうした想いで心臓が破裂しそうなのか、有村がストラップを取り出してから時間が止まったような沈黙がそうさせるのか、草間の声は喉に何度も引っ掛かりながら、少しずつ音になる。

「わ……私、男の子にプレゼントとかしたことなくて、どういうのがいいとか全然、思いつかなくて。そしたら、有村くんはよくドキドキしたいって言うなって、思って。ビックリもドキドキかなって……それで――」

「――作ってくれたの? 君が」

「……うん。キミちゃんに作り方を教えてもらって、ストラップなら私でも出来るかと思って。でも、そんなのでも、やっぱり私には難しかったみたいで。その、あんまり上手く出来なくて。不器用で、本当に恥ずかしいんだけど……」

 受け取ってくれるだけで、別に使ってくれなくていいから。

 続けていたらきっとそう言っていたはずの草間の言葉は床に向かって吐き出されていて、きっと小学生だってもっと上手に作れるはずのストラップを有村がどういう顔で見ているのかは確かめられずにいた。

 不器用なのを知っていてまさか作るとは思っていないだろうから、驚いてはくれたはずだ。せめてそこだけにでもドキドキしてくれれば、草間としてはそれで充分。

 贅沢を言えば喜んで欲しいけれど、そちらはダミーだった深鍋の方が余程実用的で負けてしまう気がした。何より自分が有村の持ち物として、そんな粗末な物は身に着けて欲しくない。

 美しい彼には洗練された物だけを持っていて欲しい。そう願いつつ、そんなどこかの土産物売り場で大量に売っているみたいなストラップを渡してしまったのだから、今更になってやっぱりちゃんとしたのを買えば良かったとも思った。

 有村はまだ、良いとも悪いとも言っていなかった。草間はどこかで優しい彼はどう思ったにしろ口ではいつもみたいに褒めてくれると信じていたようで、中々聞こえて来ない次の言葉には徐々に、大きな不安が込み上げて来る。

 それにしても不恰好過ぎただろうか。男の子に贈るには、やっぱり相応しくない物だっただろうか。有村は大らかだけれど、それでも受け入れ難いくらいだったらどうしようと、背中には汗まで滲んでくる。

 少し、様子を見てみようかな。草間は勇気を出して、視線だけを持ち上げた。

「…………ッ」

 そうして捉えたのは、空いた方の手で口許を覆い、肩を震わす有村の姿。彼の目線は真っ直ぐに、ストラップだけに注がれていた。

 その目がとても彼らしくない揺れ方をしていたのだ。そういう意味では、確かに想像と違う顔だった。

 口で言うだけでなく、本当に必死みたいに見えて。草間が名前を呼ぶと、有村はきつく瞼を閉じた。

「ごめん。嬉しくて……嬉しいんだけど、嬉し過ぎて……」

 どうしよう、と零したまま、有村はしゃがみ込んでしまった。有村を避けたいつかの草間のように膝を揃えて、随分と小さく、コンパクトに。

「きっと、大変だったでしょう? 時間もたくさんかけてくれたんだよね……嬉しい。本当に……」

 声も心なしか震えている気がした。そういうリアクションが返って来るとは思っていなかったから、これではどちらが驚かされているのかわからなくなる。

 センスの良いプレゼントを選ぶ自信がなかったから、ビックリしてもらってほんの少しの加点を貰おうとしただけなのに。背が高く姿勢も良い有村を見下ろすのは初めてのことで、項垂れた首の骨が意外とくっきり浮かび上がるんだな、などと、草間は狼狽えつつ一緒になって床に膝を着く。

「あ、あの、いいんだよ? そんな、大袈裟にしてくれなくても。受け取ってもらえただけで満足だし、気に入らなかったら全然、捨ててくれても」

「捨てないよ。なんでそんなこと言うの」

「あの、本当はね、もっとカッコイイのをレザーとかで作りたかったんだけど、そっちはもう本当に目も当てられない感じで。だからホント、こんなのってくらいだし、そんな」

「これ以上なんかないよ……嬉しいんだ、すごく。いま頑張って飲み込んでるから、ちょっとだけ待って。そうしたらちゃんと、お礼言うから……」

 もうすぐ、飲み込めそうだから。有村はそう言って、握り締めたストラップを口許へ近付けたりする。

 ギュッと、抱きしめるみたいに。そんな姿を見てしまったら、草間はつい目の前の腕に指を伸ばしていた。

 プレゼントなんて、もう飽きるほど貰っているだろうに。もっと好みに合うような物とか、豪華な物とか、たくさん貰って来ただろうに。

 そうは思うのに、今にも泣き出しそうな噛み締め方はやはり大袈裟に感じるのに、草間には何故か有村が実際には泣いていないことの方が不思議なくらい、胸を打たれるものがあった。

 手を差し伸べて、例えば頭を撫でたくなるような衝動があったのだ。

 無論、自分から触れたのすら数回目の草間に、流される勇気は欠片もなかったけれど。

「喜んで、くれた?」

「うん……っ、うんっ」

「よく見ると、結び目とかグチャグチャなんだけど」

「関係ない」

「本当に、使ってくれなくていいからね?」

「勿体なくて、使えないかもしれない。でも、大切にする。出来そうだったら、ちゃんと身に着けるから」

「いや、本当にいいよ。そんな大層な物じゃないから」

「大層な物だよ! こんなに嬉しいプレゼント……はじめてなのに。なんで、そういう……イジワルだ、草間さんは」

 顔を上げた有村と目が合い、草間はふと抱き締められるのだと思った。この流れは多分、そういう雰囲気だ。

 実際、彼の手は自身から離れて、一瞬だけ草間へと向けられかけた。けれどその腕は伸ばされることなくすぐに引き返して、有村の透き通るような綺麗な頬をパチンと打った。

「……ありがとう。すごいな、君は。やっぱり……特別な人だ」

 草間に投げるというよりは、語尾は立ち消え視線も外して呟くように口にしたきり、ふらりと立ち上がった有村は、パンツのポケットから携帯電話を取り出す。

 身に着ける物や自宅に置かれた品々の大体がそうであるように、飾り気のないシンプルな携帯電話だ。出来そうだったらと言いながら、早速ストラップを付けてくれるつもりらしい。

 膝を着いたまま見上げる草間も、付けなくていいと言った傍から、やはり付けてもらえると嬉しいものだと思った。しかも見ている前で、とは、逆にプレゼントを貰ったような気分になる。

 なにが『すごい』のかわからないけれど、褒めて貰えたら単純に、とても嬉しい。

 本当にこればっかりは、何度も心が折れそうになりながらも頑張ったから。

 長くて綺麗な指先が手早くストラップを付けるのを眺めていると、有村はそんな草間を目に留めて、微笑むのではなく何故だか再び視線を落とした。

 付け終ったストラップも改めて見せてはくれず、携帯電話ごと握り込んですんなりとポケットに戻されてしまう。サービス精神が旺盛な有村ならちょっとくらい振って見せたりして、付けたよ、とアピールして来るかと思っていたのだけれど。

「ケーキも本当に嬉しかった。自宅に招いて貰えたのも嬉しくて。だから、たぶん僕、これ以上嬉しいのは無理だから、今日はもう、喜ばせないで」

 仕草で言えば、まるで硬派な藤堂みたいだ。彼ほどぶっきら棒ではないけれど、少しも笑わずに言って寄越すのが、なんだかとっても有村らしくない。

 だから草間は思わず吹き出してしまい、咄嗟に当てた手でも押さえきれなくなった笑い声を上げた。

「……ふっ、あははっ! 変なの。大袈裟だよ、やっぱり。でも、本当だったら嬉しいな! 遅くなっちゃったけど、お誕生会なんだから」

 おかしくて仕方なかったのだ。

 ケーキといっても草間はクリームを塗って洗ったイチゴを拭いたくらいだと白状したのに、家に呼ぶのだって有村はもう何回してくれたんだという話で、全然、これっぽっちも足りてないのに凄いことみたいに言うから、込み上げるクスクス笑いが止まらない。

 しかも、まだ深刻そうな顔をしているし。綺麗だからちょっと怖いそんな顔は初めて見て、怖いけど、やっぱり面白かったから、すぐに頬が怠くなった。

「本当だよ。本当だから無理なんだってば。慣れてないんだ。だから、あんまり一度に嬉しいと、溢れそうになるんだよ。今だって必死で堪えてるのに、笑うなんて」

「だっておかしいんだもん。有村くんはいっつも、楽しい、嬉しいって全然抑えてくれないのに、こんなので溢れるとか。そんなに気を遣って、喜ばせてくれなくていいのにっ」

 ああ、苦し。笑い過ぎて乱れた呼吸を整えながらそう零すと、有村はもっと険しい顔をする。

 ホラね。そうだと思った。いつものだ。草間が笑うと有村はすぐに追い打ちをかけて来て、ほっぺたを筋肉痛にしようとする。草間が楽しくて、幸せてしょうがない時間。やっぱりプレゼントを貰ったのは草間の方。

「気なんか遣ってないし、今はそういう余裕ない」

「またぁ。すぐそういうこと言う」

「信じてくれないなら、もういいよ。て、言うか、そろそろ君も立って。こんなところに誰か来たら、それこそ変に思われるでしょ」

「あ、それもそうだね」

 しかも、今日は手も貸してくれないんだ。いつもなら当たり前にしてくれることがないとガッカリするのかと思いきや、草間はそれすらおかしくて、緩む頬が元に戻らない。

 こういう感じを予想していたわけではなかったけれど、たぶん最上級だった。頑張った甲斐は有り過ぎたくらいで、それから間もなく残りのメンバーを連れて部屋へ上がって来た落合に「どうだった?」と尋ねられると、草間は満面の笑みを浮かべその耳に囁きで答えた。

「大成功だったみたい」

「やったじゃん」

 返って来る声も同じくらい弾んでいて、けれどどっちもヒソヒソ話で。

 草間は落合に小突かれながら、向かい合う藤堂に長い前髪を退けられて一瞬だけ上目遣いになった有村の横顔を、緩みきった面持ちのまま堪らない想いで見つめていた。

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