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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第三章 脱却少女
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似ているようで、似てないふたり

 気が付けば真ん中に置いたテーブルに顔を寄せて神妙な面持ちでいた三人をたったのひと言で吹き飛ばした犯人はクルリと背を向け、通ったドアを律儀に閉める。

 そうして改めて振り返る草間と同じ艶やかな黒髪と、やはり遺伝の力を感じざるを得ない小柄な身体。発せられる声だけが草間より少しだけ低くて大きいその人は、言わずもがなまず相談してみようと名前を上げた草間の母親である。

「おっ、おばさんっ!」

「なんでっ、きゅっ、急に!」

「もぉ、廊下まで楽しい声が聞こえてたわよー? 夏のレジャー? いいわねぇ。青春真っ盛りって感じねぇ。懐かしいわぁ。はい、絵里奈ちゃん。お茶のおかわり」

「あ……りがとう、ございます」

 いっそ怯えすら滲ませる娘やふたりの友人を意ともせず、「で、なぁに?」と問いかけて来る押しの強さたるや、この母親からよくぞというくらいに草間とは正反対のノリの良さ。

 有無を言わさぬ強者はテーブルの上を覗き込み、恐らくと言わず手帳も見た。話しながら落合がグルグルと赤ペンで強調した『お泊り』という単語も、まず間違いなく。

「あ……っ、あ……っ」

「なによ仁恵、そんな死にそうな鯉みたいな顔をして。やぁねぇ、この子ったら」

「いやっ! おばさん、ちょっと待って! マジでタイミング良過ぎだから!」

「でしょう? 狙ってなんかないのよ? そろそろなくなる頃かしらと思ってお茶を淹れて、持って来たら丁度おばさんに話してって聞こえて来たの。で、なに? 早くっ、早くっ」

「どんだけノリいいの、おばさん!」

 叫ぶ落合も瞬きが増えた久保も思うことはただひとつ、この人はたぶん無敵だ。

 同じことを大凡千回くらいは思ったことのある草間はニコニコと笑う母親を前に、仕方がないと腹を決めた。とは言えまだ充分以上に言い辛く、あとは自分の口から伝えるだけだとわかっていても、紡ぐ言葉はぎこちない。

「あの……あのね、お母さん」

「なに?」

「その……あのね。実は……あの、みんなと、ね?」

「うん。うん。みんなと?」

「えぇと……その、お……」

「お?」

「お……とまりに、行きたいな……って」

「いいわよ」

「いいのっ!」

 なのに、やっとの想いで伝えた希望に母親が返して来たのは、貰えると予想していた上で想像を遥かに凌ぐ快諾のふたつ返事。

 上擦った声を上げた草間は噎せてしまい、久保に背中を擦ってもらいながら、「いいわよー。もちろん」と続ける母親の朗らかさに挫けそうになった。

 私の緊張は、何の為に。良かったはずなのに、素直に喜べない草間がいる。

「それってキミちゃんや絵里ちゃんも一緒なんでしょう?」

「もちろん! あ、でも、あたしたちだけじゃなくて」

「藤堂たちも一緒にっていう話なんです。最近よく遊んでるメンバーで、私たちの他に、藤堂を入れて男子が四人」

「あー、そういうこと! 例の彼氏くんが一緒だから言い辛かったのね! やだもー、仁恵もそういう年頃になったのねー。て、言うか、ちゃんと続いてたのねー。最近全然話が出ないから、お母さん、ちょっと心配だったのよー?」

「んんっ!」

「続いてます! 仁恵ったらもうチョー大事にされてて! でっ、その彼氏がですね! 行くなら親にちゃんと話して了承を貰わないと、連れて行かないと申しておりまして!」

「まぁっ、当たり前のことだけど、ちゃんとした子ねぇ」

 先の草間に軽い棘を刺して感慨深げに数回頷いた母親にはすかさず、連れて行かないという件について久保から「彼の家が別荘を持っていて、そこを使わせてもらおうと、今はまだ連絡待ちなんです」という抜かりのない補足が入る。

 落合との連携といい、こういう時の久保ほど頼りになるものはない。精根尽き果てた草間は残りの説明も丸投げして、引きつる喉に冷たい紅茶を流し込んだ。

「あらー、別荘なんて素敵じゃない。どこにあるの?」

「使えるかわからないという話だったので、場所はこれから」

「そう。ふふっ。でも、なんだかいい子みたいね。それとも仁恵が何も話してくれないのを知ってるのかしら」

「んんっ!」

「仁恵っ! お茶、変なトコ入った? 顔がおじさんみたいになってるって!」

「見た目は派手なんですけど、料理が趣味とか意外と家庭的で。藤堂の親友なので、性格は大体真面目です。掴みどころはないですが」

「ちょーっとフワフワしてるだけ! 変わってるなーって思うとこもあるんだけど、すっごいイイ子! それは間違いないから安心して、おばさん!」

「まぁ。ふたりとも息ピッタリねぇ。そこまでオススメされたんじゃ、おばさん、全力で応援しちゃう」

「やったー!」

 よくわからないが、とりあえず泊りには行っていいらしい。

 既に置物と化した草間に出された条件は父親にも自分の言葉で伝えることだけで、母親が味方をしてくれるなら、ほぼほぼクリアしたようなものだ。一回目より幾らかでも苦労なく言えればの話ではあるが、そのくらいは頑張らないと後押ししてくれた久保と落合に申し訳が立たないと、草間にも気合が入る。

「ありがとう。お母さん」

「楽しい思い出がいっぱい出来るといいわね」

「うん!」

 頑張って出来るだけ早い内に話そうと決め、草間はようやく笑顔を浮かべた。

 それはさておき、と草間と久保の間に腰を下ろした母親が手帳を指差して言ったのは、「彼氏くんって、もしかしてこの有村くんって子?」という初歩的な質問。

 そう言えば浮かれるばかりで名前すらちゃんと話していなかったのを忘れていた草間は落合と久保からの総攻撃を受け、身も心も縮こまった。有村と会う日もただ出掛けて来るとしか伝えていなかったし、ふたりきりだとは言っていない。これでは心配もされるわけだ。

 あまり話すと連れて来いと言われそうだったから避けていたというのは、今更言い訳にもならないだろう。内緒にするほどやましいこともないのに、余計な気を回した。

「彼、お誕生日が近いの?」

「実はうっかり過ぎてて。なんで、同じく過ぎてる藤堂くんと合同で祝おうかなって」

「いいじゃない。仲が良い同士なら、きっと喜ぶわよ」

「ただ集まってゆっくりっていうといつも彼の家なんで、どこでやろうか迷ってて」

「キミちゃん!」

 上の方に書かれた『優先、保留』の印が付く誕生会を見つけて、再び娘を置き去りに会話を始めた母親を含めた三人。

 その間にちょこんと座り、余計なことをしたと後悔はしても、やはり積極的に母親と有村の話がし難い草間は大層慌て、うーん、と唸る落合を遮った。そうした行動こそが気まずさを増幅させるのに、言ってから気付く単細胞ぶりがほとほと悔しい。

「あら、そう。仁恵は彼のおうちにお邪魔したことがあるの」

「……うん」

「しかも、いっつも」

「…………はい」

 そうなの、と目を細める母親は嫌な予感にゆっくりと首を捻る草間と視線が合うや否や、やっぱり思った通りの台詞を口にした。

 わかっていたさ。落合が有村の容姿を褒め連ねてから、母親がそこに尋常でなく興味を持っていたことくらい。

 だって、親子だもの。

「だったら、仁恵も彼を連れていらっしゃい」

「そうなると思ったぁ!」

 叫ぶ娘と一歩も引かない母親のバトル勃発である。

 随分と久々に、出会って七年近くでまだ数回目になるそれを目の当たりにした落合と久保は顔を見合わせ、ひとまずは傍観者に甘んじる。 

「なによ。嫌なの? そのお誕生会もやる場所なくて困ってるんでしょ? ウチでやればいいじゃない。用意なら手伝ってあげるし」

「確かにどこでやろうか悩んでるけど、ウチは嫌。藤堂くんだけでもカッコイイってはしゃぐのに、有村くん連れて来たら、お母さん絶対うるさいもん!」

「ひどい! そういう言い方はないんじゃないの? お母さんが彼と仲良くなったら、いいこと尽くめなのに!」

「どんなぁ?」

 友人二名からすると、草間が食って掛かること自体がとても珍しかったのだ。

 そのくらい嫌だという表れなのだろうが、「まず、もっと仁恵の応援をするようになるでしょう?」と人差し指をピンと立て、次に中指を起こしながら「お父さんが何か言っても庇ってあげる」と続ける母親の強気なこと。

 拒絶する気持ちはわかるのだ。痛いほど。草間の母親は明るくて気の良い人だけれど、言葉を選ぶなら少しばかりキャラクターが強い。

 もし自分の母親だと考えれば、落合も久保もきっと似たような反応をする。

「見せなくてもしてくれるって言った!」

「見せなくていいなんてひと言も言ってないわよ。連れてらっしゃい!」

「ヤダよぉ。絶対騒ぐもん。そういうの、有村くんはあんまり好きじゃないし」

 けれど、どう考えても勝ち目はないし折れて被る損もひとつもないので、落合と久保は目配せひとつで母親に加勢した。

 なにせ場所の確保だけでなく、料理などてんで出来ない三人に心強い味方が出来るのだ。それにプラスアルファの嬉しい誤算もあるかもしれない。

「えー、それどの口で言うー?」

「未だにファン目線の仁恵が言うんじゃ、説得力に欠けるわね」

「味方してくれないの? ふたり共!」

 いい機会じゃない、と、こういう起爆剤も悪くない気がした久保が言う。姫様だったらおばさんが気に入るの間違いなし、と、単純にこの母親と有村を引き合わせるのが面白そうだと思った落合が親指を立てる。思惑は様々。とは言え、そうなったらもう草間には拒否権がないも同然だった。

 六人で押し掛けてしまうので、お騒がせしてしまうと思いますが。いいわよ、男の子は元気なくらいで丁度良いわ。姫様は静かだけど、残りのフツメンふたりが意外と。などと延々続くやり取りに、もはや草間は必要ですらない。

「このバツが付いたバーベキューっていうのは?」

「あー、やりたいのを書き出した時に入ってたんですけど、やる場所ないねってボツに」

「そう。じゃぁ、せっかくだしウチの庭でしたら?」

「いいんですか!」

「えぇ。ウチは娘ふたりで男の子がどのくらい食べるかもわからないし、それなら食材を用意するだけだから、寧ろ手間がなくていいわよ。三人共、料理しないものね」

「お恥ずかしい限りで」

「いいのよ。見栄を張っても碌なことがないし、そっちの用意は私に任せて。ケーキはどうするの?」

「そうですねぇ――」

 先に何か有村に伝えておいた方がいいような気がしたのだけれど、どこをどう話したらいいものか見当もつかず、とりあえず激しいであろう母親に驚かないで貰えるようにだけ伝えておこうと考えた草間は天井の隅など眺め、「そうと決まったら善は急げよ!」と言う母親にも「ソウデスネ」としか返せずにいた。この人に逆らっても、草間には勝ち目がない。

 それに有村の誕生日を祝うなら、草間には他にも悩まなくてはならないことがあった。勿論、プレゼントに何を渡すか、だ。

 彼はあまり物欲の強い方ではなくて、欲しい物があまりないらしい。買い物と言えば時折本屋でカゴいっぱいの本を買い込むくらいで、ハズレがないのは甘いお菓子か苺のスイーツ。

 けれど有村にとって本は消耗品だし、食べて消えてしまう物を選ぶのも少し物足りない気がした。ならば身に着ける物をと考えても、いまいち趣味がわからない。

 そういう意味でも件のアンケートは自己満足の域を出なかった。彼が身軽でいたい人で、シンプルなものが好きだというのを再確認しただけ。身になる収穫は、ほぼ皆無。

 優しい有村のことだから、きっと何を選んでも喜んでくれるのだろうとは思う。でも、だからこそ草間は悩む。どうせ喜んでくれるなら、本当に喜んで貰える物を渡したいと願うから。

 ふたりに一蹴されたアンケートの原本には、有村があまり物に執着しないタイプだと感じられるメモ書きが幾つかある。出来ることならば執着はしないまでも、ずっと持っていてもらえるような物を選べたら最高だ。

 何がいいかな。そう思い巡らせながら、草間は未だ賑やかな三人へと視線を戻した。もう自分の出る幕はないのだろうけれど、完全に丸投げも出来なかったからだ。

 決して広くはない自宅の庭で、バーベキュー。しかも母親プレゼンツ。

 そこには今のところ、不安要素しかない。

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