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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第三章 脱却少女
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運試しと答え合わせ

 昔からそうだと唇を噛んだのは、きっと同じことを違う意味合いで落合と久保が思っているに違いないと、数分前の自分を心から恨む草間の本音。昔からいつも、もう何十回も、もしかしたら百回くらいはこの通りだ。

 嫌だとかやめたいとか頑張って口に出していた頃から、気が付くと落合に乗せられ、流されている自分がいる。

「草間さん、また呼吸が浅くなってるよ。深呼吸して、深呼吸」

「う、うん」

 しかも毎回、自らやると言ってしまうし。

 草間は隣りから促す有村の掛け声に合わせて息を吸い、それを吐く途中で先に入った鈴木と思しき悲鳴を聞き、本当に数センチ飛び上がった。女の子みたいに甲高い声だったけれど、そのあとすぐに藤堂の「うるせぇ!」と怒鳴る声がしたから間違いない。

 あの鈴木でも悲鳴を上げるお化け屋敷。彼がどのくらい怖がりなのかは知らないが、男子の悲鳴はそれだけで身の毛もよだつ。

「大丈夫? やめてもいいんだよ?」

「へいき、です、たぶん」

「平気そうには……見えないなぁ」

 そうだろうね。平気じゃないからね。ちっともね。

 スタッフの指示で山本を含めた三人が出発してから、そろそろ二分が経つ。一分後には二番手になる草間たちの番だ。

 薄暗いアトラクション内に輪をかけて不気味さを増す、次に発つ一組だけが入る出発ゲート前の小部屋には心拍数を煽る不穏な音楽が流れており、草間は内心目を閉じてたって充分に怖いのだけれど、と小さな窓が付いたドアの向こうで大きなぬいぐるみの手を振りながら待つ三番手の落合を恨みがましく見やった。

 唯一の救いは、その横にいる久保が心底心配そうにしてくれていることくらいだろうか。しかし。

 実は落合に説得されてしまったあと、草間は久保にも面と向かって行って来ると勇み啖呵を切ってしまっていた。もう後に引いても居場所はないし、立場もない。

 いや、頭ではわかってはいるのだ。ここでやっぱり駄目だと引き返しても、別にふたりは気分を損ねたりしない。ただほんの少し笑われて、それでお終いなのは重々。

「大丈夫だよ。ちゃんと手を繋いでるし、絶対に草間さんを置いて行ったりしないから。離れているのが怖いなら、腕でも何でも、掴んでくれていいからね?」

 それでも意地を張り続けるのは、草間のしょうもない性格の所為だった。笑われるのも、仕方がないなと言われるのもいつものこと。でも、ほんのちょっとだけ、それが悔しかったりする。

 頑張ったら出来るもん、とか。一割にも満たないくらい、思ってしまったりして。

 そろそろですよとそれらしく低い声で告げるスタッフの言葉を受け、「少し待ってもらえますか」と断ってから草間の正面に立った有村は、その心苦しさもわかっているみたいに見えた。

 真っ直ぐに視線を合わせ、草間に最終確認をしてくる。どこまでも優しい声で、もうやめようと言ってくれているみたいに。だから草間だってわかっている。こうしてずっと案じてくれている彼は、ここでやめたいと言えばすぐに、目の端に映っている退出口から連れ出してくれることくらい。

 けれど草間はまだ意固地になって、大丈夫、と微塵も大丈夫そうでない声を出した。裏返ったり、震えたり。高々六文字程度がアップダウンの激しいジェットコースターのよう。

 そこで有村はふと一瞬だけ視線を逸らし、何か考えるような素振りをした。有無を言わさず、連れ出してくれたりして。そんな期待をするならさっさとやめればいいのだ、と自分で思っていれば世話がない。

 かくして口を開いた有村は「君は頑固だね」と困ったように笑い、そっとその美しい顔を近付けて来た。

「草間さんの意思は尊重するけどね、僕はそれで君の今日一日が嫌な思い出になったら困るなぁ」

 近付けた、とは言っても、有村が寄せたのはほんの僅かだけ。だから草間はまだ眉を吊り上げ、ならないです、などと言ってしまう。痩せ我慢をして碌なことがないのは身に染みているのに、だ。

 有村は恐らくそんなしょうもない見栄も承知の上で、挙動不審な目の前に『ピース』の形で人差し指と中指の二本を立てた。どこまでもどこまでも、穏やかな笑みを湛えて。

「じゃぁ入る前に僕とふたつ約束を。やっぱり無理だと思ったらすぐに言うこと。僕が無理だと判断して、出るよと言ったら従うこと。出来る?」

「うん」

「いい返事だね。じゃぁ、そんないい子の草間さんがちゃんと出発出来るように、怖いのがわからなくなるおまじないをかけてあげようかな」

「おまじ、ない?」

「そう。ちょっと耳を貸してくれる?」

「みみ?」

「他の人に聞かれちゃったら恥ずかしいからさ」

「え? あ、う、うん……」

 何か特別な呪文でも教えてくれるのかな、と素直な草間は口許に手を添える有村が近付いて来るのを待った。この口はきっともうやめたいとは言い出せない。少しでも気が楽になるのなら、チチンプイプイでもテクマクマヤコンでもいいから縋りたかった。

 有村が寄せた距離は、背中を丸め、耳に息もかかりそうなくらい。さすがにそこまで近付かれると恥ずかしくて、草間はギュッと目を瞑る。

 そうやって真っ暗になった瞼の奥で、彼は驚くほど落ち着いた声色を奏でたのだ。

「ここを抜けたら、ふたりで観覧車に乗りに行こう。出口に着くまでに何色のゴンドラになるか予想して言い合うんだ。君が当たれば僕はなんでもひとつ、君の言うことをきくよ」

 その声があまりにも心地よい響きだったものだから、草間はつい有村を見上げて「有村くんが当たったら?」と尋ねた。

 それのどこがおまじないなのかとか、どんな答えが返って来るのかも考えずに。

「僕が当たったら、地上に着くまで君を抱きしめていたいな」

 だから草間はその返答で、頭の中が真っ白になった。と、そこでいよいよ時間切れ。

 呆気にとられた草間の前で無情にもゲートは開かれ、彼女は何も考えられないまま、得意気に口角を上げる有村に手を引かれて真っ暗闇へと踏み出して行った。



 入場ゲートを潜ったふたりを待ち構えていたのは、廃れた病院か、何かの研究施設のような荒れ放題の異空間。

 近頃流行りのホラー映画にもてんで疎い草間にはどちらとも判断がつかず、寧ろどちらでも構わないからもう少し明かりが欲しいくらいで、ただ襲い掛かって来るモノがありがちな『お化け』でないことだけは理解した。

 どこまで忠実に映画の世界観を再現しているのかは知らないが、とりあえず草間の目にそれらはただただ気味の悪い血みどろのモンスターたちである。

「ギャァッ!」

「端っこ歩くと危ないよー」

「アアッ!」

「後ろに進むと終わらないよー」

 入って早々に向かいから飛び出して来た人型の『何か』に先制攻撃を食らってからの草間は早くも錯乱状態で、くっつくのが恥ずかしいなどという遠慮も投げ出し、半歩前を行く有村の腕にしがみついたり背中を押したり、時には力が入り過ぎてシャツの襟で首を絞めてしまったりとパニックの極致。

 所要時間は概ね五分程度と聞いていたが、こんな所に五分もいたら頭がおかしくなる。

「ア゛ア゛ーッ」

「イヤァーッ!」

「ちょっと指先痺れて来たかなぁ。意外とあるね、握力」

「キャァーッ!」

「……火事場のなんたらってやつかなぁ……」

 向こうは怖がらせるのが仕事だから、怖がる方に寄って来る。始まって間もなく有村が投げた助言はどうやら、草間には届かなかったらしい。

 迫り来る血だらけの検査着的なボロを着るゾンビ的なものに有村は毎度の如く手を翳し、無言の圧でそれらを制止する。彼にとってこのすんなりいけば五分ほどの暗がりは、こうしてお化け屋敷の中でお化け役のキャストにご遠慮頂く矛盾だらけの作業タイムだ。

 草間の怖がりも、まさかここまでとは。先に待つトラップを見つけては可能な限り回避する淡々とした有村の目付きは、そんな感想を滲ませている。

 なにせ草間はもう、何を見たって怖いのだ。

「次は上、見ちゃダメだよー。右にもあるからね。左下見ててねー」

「イヤァア!」

「それはただの椅子だよー。蹴ったのは僕の足かなー」

「の、アッ! なに? なんで止まるの!」

「ごめん。ちょっと暗くて、ここからゆっくり進もうか」

「早く行こうよ! 早く! 早く! イヤァ! ダメ! 進めな……早く行こうよぉ!」

「もう背中に張り付いてくれてればいいと思うなぁ」

 期間限定の割には随分と手の込んだことを。人員も掛け過ぎだと呟く有村の声もやはり、落ちているだけの角材を見て震えあがる草間の悲鳴に掻き消されてしまった。

 と、こうして気の狂れる瀬戸際のような状態でいる草間には勿論、有村は何度かリタイアを薦めている。短い距離だから通路内に途中退出口はないのだけれど、草間が折れれば抱きかかえるなりしてゴールまで突き進む選択肢もあるからだ。

 悲鳴を上げ過ぎて咳も出始めているし、泣き方などはもはや大号泣。そんな風では楽しいはずもないから、早くここから出してあげないと。有村はそんな面持ちで背中に密着する草間を度々振り返る。

 だが、その口が開くタイミングで草間が見せる一定のリアクションがあり、有村はそれを目の当たりにする度に前へと向き直ると、少しだけ上を向く。

 不幸中の幸いは、興奮状態の草間がその都度揺れる有村の肩に少しも気付かずにいること。

「ギャァア! ごめんなさいっ! こっち来ないで……っ、こんにちは! こんにちは!」

 だとか。

「なにっ! なにっ? ヤダ! さようなら! さようならぁっ!」

 だとかを口走り、その度に必死の形相で一生懸命ヘコヘコと頭を下げて見せるのだ。心底怖がっているくせに、向かって来るのがあくまで人型であるが為に。

「気持ちラッシュかかってるみたいだから、もうそろそろ終わると思うよぉ」

 微かに震える声でそう告げる有村の背中がいよいよ丸みを帯びても気付かない草間はもう、ただの壁の染みにも縮みあがっていた。

 そうして絶叫の暗闇をなんとか通り抜けた草間は、有村が開いたスイングドアを過ぎた先でそれまでとは一風変わった小部屋へと辿り着き、久方ぶりに鷲掴んでいたリネンシャツを手放した。

 目尻と言わず目頭と言わず流れた涙を拭い、僅かにしゃくり上げてからそっと呼吸を整える。頭上で点滅する赤いランプは気味が悪いけれど、それ以外には何もないこの場所は、どうやらクライマックス間近の安全地帯のよう。

「いよいよこれでラストみたいだよ。どちらかのドアを選んで、正解なら外へ出られるそうだ」

 どっちがいいとかと尋ねる有村越しに覗いた正面には、全く同じ回転式のノブが付いたドアがふたつ。その中央には一枚の張り紙がしてあって、正解なら出口へ、不正解なら、と嫌な空白で締め括られている。

「どっちでもいいし……わからないから、選んで」

「えー。このくらい草間さんが選んでみない? 気付いてないかもしれないけど、ここに来るまでに僕は三つのドアを開けているからね。最後はお任せしたいなぁ」

「開けるの怖いから、有村くんが選んで!」

「なら開けるのは僕がするから、草間さんが選ぶのはどう?」

「じゃぁ、右!」

「雑だなぁ」

 クスクスと笑う有村の背中を、草間は体重をかけて押し出した。突き飛ばすと離れてしまうから、自らも彼について前へ出る為に。早く抜け出したい一心で。

 しかし有村は一歩踏み出しただけで軽やかに身を返すと、何もない場所で本当に何も起こらないのを願い周囲を伺う草間と向かい合い、強張る頬を人差し指でツンとつついた。

「なっ!」

「そう言えばなんだけど、ちゃんと考えてくれてる?」

 そのまま、二度、三度と繰り返し。ここが悍ましい映画の世界の中でなければ絶対にときめいて胸の鼓動が速まりそうな、ゆったりとした物憂げな微笑みを浮かべて。

 けれど今の草間にそんな余裕はない。さすがに手を払ったりはしなかったが、「なにを!」を投げた声は半分以上苛立ちの産物だ。

「ゴンドラの色。入る前に言ったじゃない。さっき見た感じだとねぇ、赤、青、緑、ピンク、オレンジの五色だったかな。草間さんはどれにするか決めた? 外へ出たら、せーので言い合うよ?」

「知らないよ! そんなの!」

「えー。予想しようって言ったのにー。遊んでよ、つまんないの」

「もう! そんなのあとでいいから、早く外に出ようよ!」

 指先で摘まんだシャツごと、急かせるように腕を二回か三回揺すってみる。

 早く外に出たいんだ。そう猛烈にアピールする草間は、コン、コン、と等間隔で耳を打つ金属音とほんのり赤い照明の中でニヤリと笑う有村に、迫り来る何かとは別の寒気で背中をゾクリとさせた。

 こんな場所で薄笑いとか。綺麗だから余計に、ホラーっぽさがすごいんですが。

「不戦勝」

「…………え?」

「そういう勝ち方もあるよねぇ? 最初に『やらない』とは、君、言わなかったし」

「えっ。ちょっ、え?」

「スタートは切ったんだから、今更途中棄権でも僕の勝ちじゃない? 観覧車一周分、あの速度だと大体十分くらいかな。逃げも隠れも出来ない場所で思う存分抱きしめられるチャンスだもの、僕は大人げなく勝ちに行くよ?」

「だっ、抱き……っ?」

 そうだ、忘れていた。

 入る前に有村から、色を予想して当たった方の言うことをきく、とかなんとか。その提案をようやく思い出した草間は慌てて、張り付いていた背中から距離を取る。

「このドアは適当に決めていいけど、ゴンドラの色はちゃんと予想した方がいいんじゃない? 因みにオレンジとピンクは少なめだったかなぁ。当てたあとのことも一応考えておいてね。じゃ、開けるよー」

「ちょっと待って!」

 思い付きで言った右のドアノブに手を掛ける有村を引き留めると、彼は明滅する赤の下で草間に向けて流し目をした。

 目線だけを寄越すような、虹彩の端が目尻に隠れるくらいの横目。だから、どうしてこういう場所で普段はしない怖さ倍増の動きをするのか。

 意地悪だ。そうは思っても、多少不気味な笑みでさえ美しいのだ。そんな人に十分も抱き締められていたら、それこそ本当に死んでしまう。

 ほんの少しギュッとされるのだって、毎回心臓が破裂しそうになるのに。

「ちょっと、考えさせて」

「ドアを?」

「うん!」

 無論それは時間稼ぎの口実であり、左右のドアを選ぶふりで草間の思考は不平等なゴンドラの色を思いあぐねる。

 こういう時は数が多い方を選ぶのが無難か、それとも好きな色を選ぶべきか。外れてショックが大きいのは安全策をとったつもりで、というやつだ。緑を選んでピンクなら、きっとひどく落ち込んで立ち直れない。

「ねぇ、まだ?」

「ちょっと待って! 考えてるから!」

 本当はこんな運試し、ゴンドラにしろドアにしろどれだけ考えようと意味はないのに。

 すると困惑を極める草間の横で、有村が「フッ」と小さく笑った。

「運試しと、答え合わせ。君はどっちがお好みだい?」

「……うん?」

「全く同じふたつのドア。本当に違いがないのかを、君はちゃんと調べたかな?」

 その笑みにはなんとなく、もう答えを知っているような余裕が滲んでいた。同時に部屋に入って、同じ物を見ていて、有村にだけ気が付く物なんて、と草間は少し考えてみるが、普通にたくさんある気しかしない。

「……ヒント、もらえますか?」

「いーですよー?」

 休みなく聞こえて来る金属音の中、有村は名探偵の顔で真っ直ぐ伸ばした人差し指を顎先へ宛がう。手持無沙汰な時の癖でもあるが、それが小さく動く時は有村が楽しんでいる証拠。

 背後にあるスイングドアの向こうからは、落合のものと思しき悲鳴が微かに聞こえる。

「ここ、次々人を流しているよね。キャストも多いけど人員にゆとりがあるってわけでもなさそうだ。なので少々ツメが甘い。前に出て行ったのが藤堂たちだとして、僕らが入るまでにここに立った人はいないらしい」

「はぁ……」

「思うに、このドアを最初に選んだのはのんちゃんだ。彼はせっかちだからね。右利きだし、きっと迷いなく開いたんだろう。で、間違って何か見た。ビックリしたんだろうねぇ。慌てて閉めて、反対のドアから外へ出た。のんちゃんの癖なんだ」

「癖?」

「彼は、ドアや引き出しをきっちり閉めない」

「うん?」

「もう一度言うよ。間違ったドアを開けたのんちゃんは、ドアをちゃんと閉めない。突き当りなら風もない。閉めなかったドアは、勝手には閉まらない。オーケー?」

 言われたことを繰り返しながら、草間はおずおずと有村の横へ並んでふたつのドアを見比べてみた。横から見た方がわかるよ。そう言われた頃には赤い照明にも目が慣れていたようで、若干クリアになった目線の先で右のドアに僅かな角度が。

「あっ!」

 キャー。再び落合が悲鳴を上げた。

 そんな結構怖がりな落合にお楽しみを取っておいてあげようと、有村は右のドアを軽く押す。

「さて、答えはどっち?」

「ひだり」

「出たらお行儀が悪いってのんちゃんに言ってやろうね。僕はもうガッカリだよ」

「あははっ!」

 開けるかい、どうぞどうぞ、とふたりで譲り合い、またも聞こえた落合の悲鳴が存外近かったので、草間は一歩引いてまた有村の斜め後ろにつけた。

 怖かったわけじゃなく、単純に任せたかったのだ。クスクス笑う草間を振り返った有村は黙ってドアノブに手を伸ばし、捻る前にもう一度だけ草間を見て微笑むと、「それとね」と切り出した。不気味な横目も薄笑いもなく草間の好きなあの柔らかい雰囲気を全身に纏い、ゴンドラの予想も引き分けなら草間さんの勝ちでいいよと、紡ぐ声まで柔らかく。

「意外そうな顔された方が困るなぁ。そろそろ慣れてよ。僕はさ、いつだって草間さんと楽しむこと以外、なーにも考えちゃいないんだから」

 ガチャ。小さな音を鳴らして回されたドアノブは有村に握られたまま、選んだドアを大きく開かせていった。

 暗がりに慣れた目を刺激する自然光が降り注ぐ、眩しく明るい屋外への入口として。

「うん。脱出成功」

「やったぁ! 出られたぁ!」

 その解放感たるや今までに経験したこともないほどの清々しさで、思わず両手を上げて喜びを噛み締めたあと、徐に振り返る忌々しい特設アトラクションの四角い箱へ向かって『どうだ』と言わんばかりの誇らしげな表情を草間に湛えさせる。

 なにがすぐ終わる、だ。なにが見なければ大丈夫、だ。

 出て来たところを捉まえて、今日こそ落合に嘘吐きと言ってやる。そう勇めば過ぎた恐怖も多少は和らぎ、促された草間は勢いをそのままに「ピンク!」と答えた。次こそが本当の運試し。だとしたら、好きな方を選んで後悔がないのが、草間の思う正解である。

 けれど初めて自力で出られたお化け屋敷の前に陣取っていられたのも短い間で、オレンジを選んだ有村に手を浚われた草間は憎き悪の参謀を迎え撃つ暇もなく、ズルズルと引き摺られて行った。

 解放感に満ち足りようとも、緊張し過ぎた足元は覚束ないまま。まだ存分に疲労を匂わす藤堂たちの方へ向かうのかと思いきや、有村はそこも「あとはお願いね」とすれ違いざまに投げただけの素通りで。

「えっ、え?」

「一時間もしたら戻って来い」

「わかったー」

「えーっ!」

 向かう先は勿論、夕暮れの深まる空にそびえ立つ、カラフルな大観覧車だ。

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