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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第三章 脱却少女
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変わる時は、ほんの一瞬

 人混みに入れば、共に頭ひとつ飛び出す高身長。その上、方向性は違えど素晴らしい外見の持ち主である有村と藤堂は歩くだけで兎角人目を引く。単体ならそうでもないとは男子組の気苦労担当鈴木の台詞だが、確かにふたりが並ぶとそこだけ異様な雰囲気だ。

 一足す一が二では収まらない華やかさ。振り撒くものは十にも二十にも跳ね上がり、その対比でより間に置かれた草間の凡人具合が前面に押し出されてしまうのは、もはや必然。いや、冷静に考えれば有村ひとりだって、並んで歩けばどうにも付き人感が否めないのだけれど。

 そして何より、何が心臓に悪いかと言えば、だ。そんなふたりが左右から、蝶よ花よと持ち上げてくれること。

 一度体調を崩した所為か藤堂もやけに過保護で、有村に至ってはもう少しで抱きかかえて移動しそうな勢い。いいや、それにしたって有村は常々草間をお姫様扱いするわけで、それが今日に限って気まずいのは、やはり藤堂やふたりが集めた人目があるからだろう。

 なんであんなちんちくりんが、とか思われているだろうな、と。頭の中は終始、それでいっぱい。

 そんな時間を過ごしたものだから、合流して早々微妙な顔をした落合の先手を打ち、草間は「なにも言わないで」とその耳元で囁いた。言いたいことは痛いほどによくわかるから、改めて言葉にされたら傷の治りが遅くなる。

「……楽しくなかったの?」

「……楽しかったよ、すごく。でも気まずかったの。とっても」

 身長差は最大で約三十センチ。保護された子供じゃないんだから、と。

 そうして若干目を座らせた草間の手元を見て、落合は諸々を察してくれたようだ。

「てか、三人でどこ行ってたの? このぬいぐるみは一体……」

「途中でアーケードケームのコーナーを見つけてな」

「そのぬいぐるみは草間さんが取ったものだよ。ボールゲームで高得点を出してね!」

「仁恵が?」

「そう!」

「有村のアシストが神掛かってたんだ」

「僕はボールを運んだだけさ。草間さんの実力だよ。素晴らしいシュートだった」

「仁恵が……」

「他にもメリーゴーランドやティーカップに乗って来たよ。メルヘンチックで可愛らしい乗り物だったね。とても楽しかった」

「お前が草間とふたり乗りしたいとか駄々捏ねなきゃ申し分なかったがな」

「だってあの白馬、すごく高さがあったじゃない。もし落ちたりしたらどうするのさ」

「白馬……」

「結局、馬車に三人乗りでな」

「藤堂は馬でもよかったのに」

「バカ言え、召使い役なんざ誰がするか。お前みたいに妙に白馬が似合うわけでもなし」

「君の方が似合っていたさ。写真を撮っている人がいたの、気付いてる?」

「そりゃぁこっちの台詞だ。あの女共はお前を撮ってた。無駄に写真映えする顔しやがって」

「まさかぁ。僕ならカッコイイ君を撮るよ」

「俺ならお前を撮る。ここは譲れん」

「仁恵……っ!」

 わかる、なんてものじゃない。離れていた数時間の気苦労は察して余りあるもので、落合は感動の再会を果たした風体で大きなぬいぐるみと手を繋ぐ草間を強く抱きしめた。

 遠巻きには「すげぇわかる」と目許を覆った鈴木と、その背を擦る気の毒そうな顔の山本がいて、久保は何故だか随分と落ち込んでいた。置いて行ってごめんと謝られたから、抜け殻のような草間が思うにきっとみんなと同じく心中を察してくれたのだろう。

 出会い頭に腕を掴んで落合に言った通り楽しくはあった。有村は相変わらずカッコイイと可愛いの特盛サンデーみたいだったし、藤堂も優しくしてくれたし。でも、だ。客観的に考えて、あのスリーショットはどう考えてもおかしい。

 むしろ邪魔だ。真ん中のちんちくりんが。どう、贔屓目に見ても。

 精も根も尽き果てた様子の草間を抱きかかえ、それぞれの様相を不思議そうに眺める王子とナイトを見やった落合は、とりあえずお昼にしようと切り出した。

 時間もまま良い具合だし、兎にも角にも色々と仕切り直しが必要である。



 かくして昼時から外れそうな二時近くの空席を目立たせ始めたフードコートで広々と昼食を取った七人は、ようやく全員揃ってパーク内へ繰り出したわけなのだけれど、思い返せば鈴木の指摘通りこの面子での外出が二度目の落合や久保にとって、それからの午後の時間はひたすら神経をすり減らす驚愕とうんざりの連続だった。

 隙あらばアイスを求めて足を止めようとする山本が煩いのはまだいい。彼の声はそうでなくても常日頃から大音量なのだ。同じ理由で人数を三人から七人に増やしても、あれは速いからダメ、あれは落ちるからダメ、とアトラクションの選り好みをする草間もいつも通りだから良しとしよう。そちらに関しては妙な遠慮をしなくなった分、ふたりは本当に良かったと思ったくらいだ。

 なので落合と久保が気を揉むのは、これまでなんだかんだ話だけの代物だった不思議ちゃん。つい先程まで楽し気に草間と談笑していたかと思えば、次の瞬間には姿を消している有村のことだ。

 鈴木はふたりもじきに慣れると言ったし、気にするなと言った。でも気付いてしまうものを気にしないというのは、中々レベルの高い話。と、いうか、ほぼ無理な話だ。

 忽然といなくなる有村は消えた時と同様にいつの間にか戻って来ていたり、先回りして落合たちを待ち伏せていたりした。次に向かうアトラクションを伝えていたとしても、だ。なんのことはない物影から、時にはちょっとした茂みの中から事も無げに現れては、何度だって落合と久保を驚かせる。

「ウロちょろしないで後ろにいなさいよ!」

「でも、次はゴーカートに乗るって言うから」

「言うから?」

「あと三十分もすれば向こうでショーがあってね」

「ゴーカートの話は!」

「もしかしてと思って、訊いたら子供向けなんだって。そのあとの方が空くと思う。今は凄く混んでるから、先にあっちにしない? リニューアルしたばっかりで人気らしいよ」

「ならそっちも混んで――」

「ううん。やっと風がおさまって、さっき朝乗ったジェットコースターが再開したから人がそっちに流れたんだって。今は狙い目だってスタッフの人が教えてくれたよ。多分十五分も並びませんよ、って」

「マジか! 姫様ナイス……だけど、なんか悔しい。なんだこれ!」

「だから飴あげるよ。向こうで見つけたの、七本セットのロリポップ。なんて丁度良い」

「姫様! お願いだから会話して!」

「コレ、久保さんに似てる」

「背中丸めて尻尾立てた猫が似てるってどういう意味よ!」

「そっくり。落合さんはこれをどうぞ。紫の……なんかよくわからない食虫植物的な何か」

「純粋にキモイ!」

「あっ、これはダメだよ。ミント強めらしいから、藤堂用」

「うわぁ! 本当に丁度良いやぁ!」

「藤堂! もうコイツに紐でもつけておきなさいよ! 気が散って仕方がないわ!」

 とは、言うものの、こうして糸の切れた風船よろしく気ままに歩き回る有村のお陰で、落合が当初回ろうとしていた数多くのアトラクションは結果的に全て然程並ばず乗れてしまい、遊園地を満喫出来たのは揺るぎない事実。

 その功績をふたり以外の面々が受け入れてしまっているのなら、なんとなく悔しい落合も、気に入らないだけの久保も慣れるより先に文句を言う心が折れた。

 きっと抗っても意味がないのだ。腹を立ててもしょうがない。有村洸太という人は、ただ途方もない自由人だった。そのくせ呼吸するように他人に気は遣うから、徐々に強く否定も出来なくなって来る。

 落合は、草間もそうなのだろうかと思った。繰り返しになるが、彼女はおっとりしているだけで実際には規律や調和に厳しい性質だ。他人を振り回すのを、自分であれ他人であれ快くは思わない。なのに有村に関しては放置を決め込んでいた。

 ただ、諦めただけの自分たちよりワンランク上にステップアップしていると感じたのは、それが大目に見ていると言うより、そういう有村を楽しんでいるように見えたからだ。例えば、藤堂と同じようなスタンスで。

 離れて行く有村を追いかけた落合の視線の先で、草間は今回も楽しそうに微笑んでいた。

「今度は何を見つけて来たの?」

「イチゴミルク味のポップコーン。味見してみて?」

「ありがとう。あ、本当にイチゴミルクの味がするね。美味しい」

「藤堂も食べる?」

「要らん。て、言うかこっちに向けるな。臭いが甘ぇ」

「それがいいのにねぇ?」

「ふふっ。大丈夫だよ、藤堂くん。食べたら、味はそんなに甘くないよ」

「嘘だ。もう騙されねぇ」

「根に持つなぁ」

「ふふっ。もうひとつ貰っていい?」

「もちろん! 一緒に食べよ」

「うん!」

「オレにもくれー!」

「どうぞ、どうぞ。よかったら、のんちゃんも」

「練乳っぽい味する?」

「しないねぇ」

「マジかよ。苺ミルクっつたら練乳だろ。けどウメーな。やべぇ、止まらねぇ」

「イチゴ、ジャスティス!」

「イエース! はい、草間さん」

「じっ、自分で食べるから!」

「えー……じゃぁこの行き場のないポップコーンはどこへ」

「有村くんの口へ!」

「なるほどー。うん、甘い!」

「あー! 藤堂がやっぱ甘いんじゃんて顔してるー! こえー!」

「委員長、意外と策士」

「草間」

「ふふっ。でっ、でも嘘じゃないよっ。さっきのキャラメルのよりは、全然」

「草間さんは正しい」

「決め顔すんな。馬鹿野郎」

「痛ッ! もー、すぐぶつー。えいっ」

「おま……ッ、口に入れんな! あっま!」

「へへーん」

「有村!」

「えいっ!」

「二度もかかるか! 残り全部口に詰め込んでやる!」

「……うっ、ぐ……ッ、んぐ! く、苦しかったぁ……」

「飲みやがった……」

「ポップコーン飲んだぞ、コイツ!」

「有村くん。はい、お水」

「ありがと。喉、切れるかと思った」

「ダメだよ。無理しちゃ」

「委員長やっぱ強ぇ。やべぇ、コレ軽くツボる」

「出来るな! おぬし!」

 なんでと思い、合わせた視線で、落合は久保も同じなのだとわかる。良かったなとか、結果オーライだとか、そう思っているのもなんとなく。

 二手に分かれた数時間で草間は長年の最難関、藤堂圭一郎を攻略したようだった。四人中、ふたり。しかも難度で言えば雲泥の差がある高難度の方と打ち解けてしまえば、残るふたりとも自然に。

 そうやって草間はこの午後の時間、多くのタイミングで輪の中心にいた。当の本人はあくまで中心は有村だと思っているようだから、そんなつもりは毛頭ないのだろうけれど。

「なんか、仁恵が男子に囲まれて楽しそうにしてるって、あたし想像もしてなかったかも」

「そうね」

「姫様のおかげ? 嬉しんだけどさ。ちょっと悔しいの、なんでだろ」

「君佳の彼が二次元だからじゃない?」

「うおっ! 唐突に持病の癪が!」

「なに時代の人間よ。言い回しが古い」

「最近、時代モノにハマってまして」

「アニメもいいけど、そんなんじゃ本当に彼氏出来ないわよ? 三次元の」

「うおっ! 今度は急激な差し込みがぁ!」

「先、越されちゃったわね。本格的に」

「まだまだぁ!」

「脳内で積んだ経験値は無効よ、君佳」

「仁恵だってそうじゃんか! まだキスしてないって言ってたもん!」

「へぇ、意外ね。有村は手が早いと思ってたけど」

「もう平手打ちされたくないでござる」

「まぁ、そう思うのは妥当でしょうけど」

 なるほど。だから最近の有村は『可愛い』わけだ。

 取れる手段の多い男は悪くはない。計算高いヤツだと思いこそすれ、久保はまたひとつ有村の見方を改めることにした。ひとまず害はなさそうだし、藤堂を見ていれば今の有村が全くの作り物でないことくらいは感じ取れたからだ。好き嫌いは、ともかくとして。

「それで、次はどこへ向かってるの?」

 リニューアル早々のシアター系アトラクション、ゴーカート、そのあとでシューティング系のアトラクションも通りすがりに満喫し、すっかり先頭で横並びが定位置になった久保が落合に問いかけた頃、辺りはようやく夕方に差し掛かっていた。

 ジリジリと照り付ける太陽も幾分か威力を弱め、代わりに地面からもわっとした熱気が上がって来る十七時過ぎ。目ぼしい物は粗方乗ってしまい、残すは夜景に合わせて最後に回そうと決めていた観覧車のみ。

 進行方向は観覧車とは別の方角で、視線を寄越した落合の顔はやはり悪代官のようだった。

「ダメよ」

「まだ何も言ってないし!」

「ダメ。ジェットコースターはひとつくらいと思ったけど、それはダメ。きっと仁恵も入らないわよ。君佳がまた有村をダシにしても」

「言い方! 平気だって。特設だし、所要時間五分だよ? レビューでもそんなに怖くなかったって」

「暗いだけで仁恵は怖がるけど?」

「そうだけどさ!」

 落合がこっそり目指していたのは、彼女にとっての一番のお楽しみ。今日の行き先をここにした最大の理由である、期間限定の『ホラーハウス』だ。

 もうすぐ公開の最新作で第三弾となる人気シリーズとのコラボ。一作目から観ていた落合はなにがなんでも入りたかったし、草間に合わせて絶叫系を幾つか諦めた身からすると、これくらいはという気分でもある。

「そんなに行きたいなら鈴木でも誘って行ってくれば?」

「絵里奈は?」

「仁恵だけ残したら、きっと有村も藤堂も残るでしょ。昼間の二の舞は、ちょっとね」

「待っててもらうのが嫌だよー。一緒に入って、あとで怖かったねーって言いたいよー」

「どうしたの。そんな我儘言って」

「だって……」

 もし本当に気合の入ったお化け屋敷なら、落合だって他の友人を誘って来たはずだ。世界観重視で、映画を観ていた人間なら『おおっ』と思うポイントが盛りだくさんなだけらしいから、草間でもイケると信じて落合は駄々を捏ねていた。

 だって、に続く言葉もなく口を尖らせた落合を見るに、久保はまた何か余計な気を回しているのだと思う。吊り橋効果。それも全くなくはないのだろうけど、やたらとふたりずつを推して来る落合が思う以上に草間は怖がりだ。

 まあ、だからと言って、あの何でも楽しんでしまう性格らしい宇宙人が引くことはないだろうけれど。足並みなんて人それぞれで構わないのに、これだから頭でっかちは困る。

 話すだけ話して来ると言って草間を連れ出した落合を見送りしな、久保は目が合った藤堂へ向け緩く首を横へ振った。

 落合の気持ちはわからなくもないが、果たして恐怖心マックスの草間は本当に誰の目にも可愛らしいものなのだろうか。草間がすればなんでも可愛く見える久保には、よくわからない。

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