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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第三章 脱却少女
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あかくて、あまくて、かわいいの

 賑やかな昼食を終え、鈴木が目当ての品を一撃で仕留めてからあと。

 またしても目的と行き先を失くした七人は、偶然通り掛かったビルの入口で落合が呼び掛けたのをきっかけに緩慢な足を止めた。

 そこは大きなファッションビルが立ち並ぶ一角で、落合が目に留めたのは夏の催しとして貼り出されていた一枚のポスター。

 彼女は人差し指をピンと立て、閃いたみたいに声を張る。

「そう言えば今日からだね。丁度良いじゃん! 見に行こうよ!」

「えっ、で、でも!」

 腕を引かれた草間は咄嗟に慌て、散歩を嫌がる小型犬のように腰を落として踏ん張った。

 なにせそのポスターは綺麗な女性がふたり浜辺ではしゃいでいるような、水着売り場のポスターだったのだから。

「キミちゃん! 今日はやめておこうよ。ホラ、私たちだけじゃないし!」

 確かに近々見に行く約束はしていたけれど、なにも今みんなでいる時でなくてもいいじゃない。

 焦る草間の動揺はかなりのもので、同じく留まっている有村たちを軽く目配せして促すのに、七人でいれば尚のことストッパー役に徹する久保まで落合と一緒になって「いいわね」と興味ありげな素振りをする。

「えー。ちょっと見て来るだけだから、少し別行動でもいいよね? ねぇセコム」

「別に構わないが」

「だって。行こ?」

「でも!」

 そりゃそう訊かれたら藤堂くんはそう答えるよ。

 せめて意外と公平な鈴木に訊いてと言えず口をへの字にした草間は最後の砦と有村を探し、その場で一周回ってようやく目当ての栗色を見つけると、その真剣な横顔にいよいよ敗北を覚悟した。

 彼が眺めているのはまた別のポスターだ。草間のいる場所からは内容を目視出来ないけれど、こちらのことなど気にもしていない様子で見入っている有村が手を差し伸べてくれる気配はない。

 これはもう、行くしかないかな。草間は人知れずしょんぼりと項垂れた。せっかくみんなでいるのが楽しいと思えたのにな。ちょっとの間の別行動さえも残念だ。

 しかしそう諦めの色を濃くした草間の視線の先でふと背筋を伸ばした有村が徐にこちらを見やり、もしかしてと期待したのも束の間、静かに開いた彼の口から飛び出したのは事もあろうに決定打。

「だったらさ。その間、僕たちはこっちに行かない? なんだか楽しそうだよ」

「ん? なんだ」

「なんか見つけたんかー?」

「どれ」

 ちゃんと聞こえてはいたんだね、とは思えど、やはり有村も別行動に賛成らしい。

 そうとなればほんの少し離れるのも嫌がる自分の方がよっぽど恥ずかしいことを言っているような気になって、しょんぼりはガックリに移行していく。騒いで損した。無駄に恥ずかしい思いをしたと両方の頬を覆い隠す草間は、目が合った有村に手を拱かれて渋々近付いて行った。

 なにを見つけたのかな。迎え入れる有村の目は、今日もキラキラだ。

 そうして落合と鈴木の間から有村の指すポスターを見た草間は、その真ん中に堂々と書かれたキャッチフレーズを前にパチパチと瞬きを二回。

「――ふわふわモンスターかき氷……襲来?」

「そう! 時間内に完食したら、今日から使える商品券が貰えるんだって。ちゃんと張り合いもあって楽しそうじゃない?」

 訝しんだまま首を捩じ上げて仰いだ有村ときたら余程自信があるのか得意満面に顎先を持ち上げていて、草間には返す言葉も見当たらない。お昼ご飯を食べたばっかりだし、美味しそうの前に楽しそうって。彼らしいと言えば、そうかもしれないけれども。

 すると沈黙した草間の代わりに、落合と久保が飛び付いた。ふたりはすぐさま盛り上がり、落合などはパシパシと音がするほど有村の腕を叩きまくる。

「姫様ナイス! 商品券ゲットして来てよ! 三人で割って足しにするから!」

「ふーん。有村にしてはいいところに目を付けたわね」

「だからどうしてお前はそうやって真上から物を言うんだ。やめておけ、有村。そんなの食ったら腹を壊す」

「アンタにだけは言われたくないんだけど」

「だけは、ってなんだ」

「つかコレ食えんのか? 写真に偽りナシならかき氷ってか、もはやフルーツ盛りのお化けだぞ」

「でも練乳かけホーダイだってよ! なら忍もいけるんじゃねー?」

「マジか!」

「うそだろ……」

 ひとり乗り気でない藤堂には煽る口振りの久保が、鈴木と山本には落合がそれぞれ期待してるとエールを送る中、草間は逆に有村から「応援してくれないの?」とあざとい視線を注がれて目を細めた。

――後ろの太陽より眩しいよ、有村くん。

 柔らかく閉じた唇の下に当てる真っ直ぐな人差し指が、どこまでも果てしなく目の毒だ。そのまま首を傾げたりする仕草が、わざとでも天然でも猛毒だ。

「オウエンシテマス」

「ふふっ。ありがとう。草間さんは可愛い水着を選んできてね」

「姫様はどんなのが好み?」

「特にないけど、下着みたいなのは避けて欲しいかな。目のやり場に困るから」

「正直か!」

 張り手を食らわした鈴木と山本に両腕を掴まれてモンスター討伐に乗り出す有村を見送りふと我に返った草間は、未だ渋り続ける藤堂へ向け多少冷静になって芽生えた疑問を投げかけてみた。

「あの、下着みたいな水着って、どういう?」

「さぁ。でも恐らく形のことではないだろうな。たぶん雰囲気だ。アイツが言うなら」

「雰囲気……」

「品がないのは嫌う。それくらいだな、言えるのは」

「品……」

 行くぞと呼ばれて抽象的な有村の解説書を失くしてしまうと草間はまた大層悩み、今年の水着選びはこれまで以上に苦労して、これまでの倍は試着を繰り返す羽目になった。

 今年こそ着ちゃいなよと落合が薦める、可愛らしいフリルいっぱいのビキニ。それじゃ危険だと久保が薦める、シックで大人びたワンピースタイプ。

 差し出されるままに着てみるけれど、そもそも水着はだいぶ下着寄りだ。

 形も重要だけれど、色は、パレオのあるなしは、柄は、無地の方が無難だったりするのかどうか。せっかくなら可愛いのが着たいし、でも水着とはいえ露出が高いのは恥ずかしいし。品がある水着ってなんだ。どれだけ見ても可愛いか色っぽいしかないのだけれど。

 などなど、草間の苦悩は尽きない。

「うーん……」

「悩んでる悩んでる」

「まったく。なによ、品って。下着みたいのは嫌って、もっと他に言い方ないわけ?」

「怒ってる怒ってる」

 何度も何度も着替え、同じのを二回着てしまったりもして。なんとか納得のいく一枚を選び出した草間に、「そろそろ」と落合が振って見せる携帯電話へ男子組から連絡が来たのは、大体一時間後のこと。

 あっと言う間と言うべきか一時間でよくもこれだけ試着したものだと感心すべきか迷いながら、三人は一度会場から離れ、事前に指定しておいた合流場所へと向かった。まだ不安は残るけれど、この辺りで思い切るべきであろう。

 とりあえず、しばらくはお菓子抜きだ。人知れず勇んだ草間は左右を行く落合と久保に、いつもながらの礼を告げた。ふたりがいてくれなかったら、きっと半日はかかった気がする。いや、余裕で日を跨いだかも。

 なにせ本当はまだ存分に悩んでいるのだ。納得した体で、決めたぞと区切りをつけた体で、草間の面持ちは晴れるどころかみるみる曇っていく。

「あれで大丈夫かなぁ……下着みたいじゃないかなぁ……」

「まだ悩んでるし」

「大丈夫よ、似合ってたから。でも、上に何か羽織ってね」

「Tシャツでいい?」

「ぶれないなー、ホント」

「あっ。長袖の方がいい? 焼けちゃう? 黒がいい?」

「……前開きのパーカー辺りが無難かしらね」

「下は?」

「下も履いたら本気で下着になるじゃんさー! もー、姫様がちょう気の毒ー」

「えっ! なんでっ? なんでっ、キミちゃん!」

「しーらないっ!」

「教えてよぉ! キミちゃんってば! 絵里ちゃんも、なんで溜め息吐くの? ねぇ。ねぇってばぁ!」

 そうは言っても、草間はどうせ買った水着を有村に見せて、『似合ってる』と言われるまで悩むのだ。

 いつもそうだと知っているから落合はヘラヘラとした薄ら笑いを、久保は額を擦りながら意味深な表情を浮かべて、半泣きの草間に構わずフロアを進む。

「……先輩。コレ、心配いらないんじゃないっスか?」

「……うるさい」

「ねぇ! 無視しないでよぉ!」

 落合は単に面白がっていたけれど、久保の方は最近こうして駄々を捏ねるようになった草間に、半分くらい拗ねていた。拗ねていたというのは、先に着いて待っていた男子組の元へ真っ先に駆け寄った落合の言い分である。

 別段、久保本人が認めようと認めまいと、大好きな王子様の顔が見えれば大人しくなる草間に歳相応の恥じらいがようやく芽生えていたのは事実で、落合にもまま見せつけられる自分たちの力不足が苦々しいその気持ちはわからないでもない。

 これまで草間を変えようと何年もかけた落合と久保の時間を、有村は容易く上回ったのだ。面白くないのもわかる。でも、結果オーライがモットーの落合と久保にはやはり、彼に見られる前提でビキニを勧めるかワンピースを勧めるかの違いがある。

 受け取った戦利品を手に、落合は健闘を労うふりで中でも苦労をかけそうな美人に多めの視線を注いだ。Tシャツ短パンは阻止するからねと誓いつつ。

「あれ、三枚だ。誰が脱落? セコム?」

「俺じゃない」

「山本くんだよー」

「えー。あれだけ息巻いといて、山もっちだけ脱落とかないわー」

「途中から咳がとまんなくってよー」

 悪かったなと悪びれもせず真っ青になった舌を出しておどけてみせた山本の後ろでは、すっかり体温を奪われた鈴木が自らを抱き締めてガタガタと震えていた。遠巻きに見た草間が思わず黙るほど、夏の盛りに彼だけうっすら顔が青い。

 その憐れな遭難者曰く、超特大モンスターかき氷はその名に恥じぬ大きさとボリュームで挑戦者の行く手を阻んでいたそうだ。

 フードコートの一角に設けられた専用のテーブルには彼らと同じく我こそはと勇む男たちが多くいたが、ひとりまたひとりと脱落していく様は宛ら地獄絵図のようで、掘り返しても掘り返しても延々続く氷の山と半冷凍の果物たちからは殺気すら感じ取れた、らしい。

 しかし、「大袈裟だよ」と放つ有村を鋭く睨む鈴木をここまで弱らせた要因は、モンスターに加勢して彼らを取り囲んでいたギャラリーだったそう。

「寒いし、腹はいっぱいだし……後ろで女はうるせぇし」

「かき氷を食べてるだけなのに、あんなに応援してくれるなんてね」

「あんなもん応援じゃねぇよ、バカ王子……」

「大食いの決勝戦みたいだったな! 最後オレもう食ってなかったし、ちょーど三人で!」

「丁度、じゃねぇ。真ん中に挟まった俺の身にもなれよ……」

 自分だってその一端であっただろうに「だからせめて眼鏡をかけろと言ったんだ」などと、まるで鈴木側かのような物言いの藤堂を仰ぎ、顔を見合わせた久保と落合はツーショット回避の重役を担った鈴木を労う山本と共にそっと目を伏せる。

 ふわふわしていると日頃鈴木たちが指摘するのも頷ける楽し気にゆらゆら揺れる有村と、さり気なく藤堂の方も、自分たちがどれほど他人の目を引くのかイマイチよくわかっていないのだ。それか、ふたり共わかっていて、敢えて気にしていないのか。

 見かねた店員が写真撮影はやめてくださいと人払いをしたというが、苺がいっぱいで大満足とホクホクする有村を見るに、意地でも携帯電話を向けたがった人たちは沢山いただろうと草間でさえ気の毒に思う。

「――本当に好きなんだね、苺……」

「うん。あの形とか色とかパーフェクトで、可愛いよねぇ」

「かわいいっ?」

「あと、美味しい」

「また、そっちがついでみたいになってるよ! 有村くん!」

 しかも食べてるのは茎で邪魔なつぶつぶが本当の実とか面白いと続く有村の苺談義を「うるせぇ」と後頭部に食らわせた平手打ちで一蹴した鈴木は、温かい飲み物を求めて山本をお供に立ち去ってしまい、それをきっかけにして落合たちも戦利品を携え後方の水着売り場へ引き返そうとする。

 合流したばかりの七人が、すぐにまた三つに分かれてバラバラに。促された草間も落合と久保に続いたのだけれど、もっと苺の話したかったな、長いからダメだ、ケチ、とタイミングもばっちりに藤堂と軽快な掛け合いをしてみせる有村が昨日とはまたどこか異なる雰囲気で、歩きながらもしばらくは目が離せずにいた。

 何が違うのだろう。藤堂とふたりでいる有村と、自分とふたりきりの時の彼と。

 大きな違いではないように思うのだけれど、なにかが微妙に引っかかる。

「仁恵? ホラ、ちゃんと前を見て歩かないと危ないわ」

「うん……」

 物理的な距離感は確かに違う。草間にはいま目の前で繰り広げられているように有村の髪をあんなに気安く、両手でワシャワシャと掻き回すなど出来るはずがない。身長的にも、ちょっと難しそうだし。でもそれだけではない何かがあるような気がして、「うーん」と捻った首が横を向く。

 なんとなく、自分にも少しだけ馴染みがあるような、ないような。

「うーん……」

 なんだろう、で見つめていたはずの視線の先で柔らかく微笑んだ有村の横顔が俯いた瞬間、唸るほどだった疑問を吹き飛ばしてとても純粋な『いいな』が過った草間はハタと気付き、邪念を払うべく首を左右に振ると、慌てて進行方向へ顔を向けた。

 いけない。つい、羨んでしまった。草間が好きな有村の穏やかな笑顔。それを向けられた藤堂を、つい。

「なにしてるの、もう……有村くんと藤堂くんは、元々すごく仲が良いのに……」

 前を行く久保と落合に聞こえないくらいにそう小さく呟いた、その末尾でのことだった。

 どこからともなく聞こえて来て、耳を掠めた微かな声に草間の足がピタリと止まる。

「――キミちゃん! 絵里ちゃん! ちょっと、先に行ってて!」

「えっ。ちょっと、仁恵!」

 ごめん、と叫ぶようなひと言を残して駆け出した草間を振り返った久保と落合は横並びで、背中が遠退く方へと視線を投げる。あの慌てようから思いつくのは大抵、アレだ。

 そしてふたりは草間が向かう人混みの奥に、予想通りのものを見つけた。多くの人が行き交うフロアの中頃、その真ん中で棒立ちの小さな少女。草間はあの子を見つけて駆け出したのだ。

 小学生か幼稚園児かという年頃の少女が、泣きじゃくって、ひとりきり。

「迷子……」

「またぁ!」

 こういう場所へ来るといつもこうだ。

 草間には迷子発見センサーでも付いていると思って疑わないふたりももう慣れたもので、ひとまず水着を買うのは後回し。別の方向へと二手に分かれて、手が空いていそうで頼りになりそうな従業員を探しに彼女らもまた駆け出した。

 早く手を打たないと、諸々果てしなく面倒なことになる。

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