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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第二章 発条少年
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理由なんてそれくらい

 帰りの車内で、佐和はずっと無口だった。

 無理強いはしない約束だったはずだと佐和が怒鳴っていたのは、ドアを二枚隔てた向こうで手を洗うのに水を出しっぱなしにしていても聞こえていたから、窓の外を流れて光の線になる街の明かりを眺めながら何を言えばいいのかわからず、すっかりと頭の冴えた有村もまた無口だ。

 あれは無理強いと言うより、罰だったのだと有村は思う。したくないことから、ただ逃げた罰。『先生』は別に絵に拘っているわけでも、虐めたいわけでもない。そして確かめたのだ。有村がまだ人形なのか、どのくらい人間に近づけたのかを。そう考えれば確かに、アレが一番手っ取り早い。

 今夜、『先生』はカルテの最後に、なんと書き加えたのだろう。思考力こそ残っていたものの今回もまた不幸ぶってしまったから、有村なら『落第』と書く。相変わらず出来損ないでした、と。

「次からは私もカウンセリングに立ち会うわ。最初からそうすればよかったのよ、別々にするなんて時間の無駄」

「そうだね」

 奏多が約束を守らないのならもう連れて来ないと佐和は言ったらしいが、それは無理な話だ。報告は電話で済んでも、直接顔を合わせなければ有村への牽制は弱まる。

「先生の言うことは正しいよ。毎週だったのが二週間になって、今度は三週間におまけしてくれたんだ。これ以上はただの我儘だよ」

 主治医と兄のどちらの立場にしろ、赤の他人が共に暮らすのに制約が不可欠なのは尤もだし、この程度の息苦しさで納得してくれるのなら安い方だとすら。

 赤信号で停車した運転席から伸びて来た手に髪を梳かれ、有村は視線を返した。

「ごめんね、洸太」

「謝られるようなことは、なにも」

 けれど上手くは笑えずに、佐和を捉えた瞳はすぐにまた窓の外へと戻って行く。

 胃の中は空だったが何か食べられる気もしなくて、きっと佐和もそうで、ふたりはそのまま言葉少なに家路に就いた。

 本当は、乾きかけた瘡蓋(かさぶた)を何回も剥がすだけのカウンセリング自体が無意味だと思っている、なんて、到底有村の声には乗らないままで。



 シャワーを浴びるだけの風呂から上がると、佐和は缶ビールを片手にリビングで待ち構え、今日こそ一緒に寝てみないかと言って来た。出来るだけ気軽に。そうやって気遣われるのは何度目になるか、随分と久しぶりな気がした。

「やめておくよ。今日は映画が観たい気分で」

「じゃぁ私も一緒に観ようかしら。スプラッタ系じゃなければ」

「パンデミック系」

「それは得意」

 大きなレンタルバックからDVDを取り出しつつ「明日も仕事でしょ」と可愛げなく呟けば、「洸太だって学校でしょ」と同じくぶっきら棒に返って来る。どうせ貰えるのなら、今日はそんな優しさの方が有り難い。

 ソファに足を乗せ背もたれに埋まり込む佐和の隣りに腰を下ろし、有村はどちらかだけでも受け取れるようになった自分を密かに嬉しく思った。

「感染モノって戦うばっかりで、ライフラインはなおざりだよね」

「そうね」

「流通も生産もストップしてるんだから食糧もすぐ底を突くだろうし、生き残っても飢えて死にそう。だったら早くコミュニティーでも形成して、出来るところから自給自足に備えればいいのに。あ、でもそうしたらヒューマンドラマか。ホラーなら殺されてこそだね」

「そういうところあるわよね、洸太って」

 ファンタジーとして楽しめと小突かれた頭を傾けたまま見つめる画面で、唐突に生き残り女性のシャワーシーンが始まる。

 生きるか死ぬかって時に悠長なものだと思ってから、不潔にしていても普通に病気になるかもと思い直す頭の中を読んだみたいに今度は肩を小突かれて、有村はパタリとソファに寝転んだ。

「つまらない?」

「ホラーの醍醐味ってやっぱりスクリームだと思う」

「危ない子みたいなこと言わないの」

 勿論、現実には女性の悲鳴など求めないし、金切声なんて聞きたくもない。

 堂々と晒される豊満な肉体を見て、ああ作り物か、とその出来の粗末さを嘆いたところで、有村はふと濡れたブロンドの染め物感を眺めつつ「佐和さんはどうして言わないの?」と問いかけた。

 実物なら画面の中より作り物を受け付けない有村の、可愛げなさのついでだ。

「好きだったんならやってみろって、佐和さんこそ言いそうなのに」

 例の宿題を出された時ですら、佐和は無理強いなど勿論、意にも介していないような素振りでいた。ただの同情で面倒を買って出るほどのお人好しではないくせに。

「見たんでしょう? 和斗が置いてったスケッチブック。あれからだよね。佐和さんが僕に、外の話をし出したのは」

 なにかあったはずなのだ。本質的に、自身がそうであるようにクリエイティブな人間性にこそ興味を示す彼女にとって、何も持たない子供を手許に置くだけの付加価値が、なにかしらは。

 やり場のない夜の名残にも、有村がそう口に出したのは初めてだった。

「ええ、見たわ。上手だと思った。でもまだ、ただのお絵かきって感じだった。なによ。褒めて欲しかったの?」

「褒められたいと思ったことなんかない」

「でも認めて欲しそうではあったわ。洸太の絵からは声がした。誰か見て。僕の世界はこんなに綺麗だよ、って。違う?」

 不安に由来する強い疑心の念。面と向かう有村の大きな瞳にそのようなものを見出し、佐和は表情を和らげる。他人を傷つけるのは勿論、煩わせることすら嫌う自尊心の低い子供。それが佐和の有村に対する印象であり、評価だ。最初に病室で見つけた時からずっと、彼はそんな目で他人に映る自分を眺めている。

 そうすることでしか自分がそこにいるのを確かめられないのだと奏多は言ったし、当時は佐和もそれで納得出来た。ひどく透明なのだ。有村にとって、自分自身というものは。

 何もかもを理解した上で、佐和はフッと笑った。

「あれは見たままを描いたの?」

「うん」

「なら教えてあげる。あんな夢みたいな景色は、実際には有り得ないの。なのに洸太にはそう見えていた。その目を通した世界は、全部を宝石みたいに輝かせてしまうんだわ」

「そんなの知らない」

「でしょうね。意識してそう描いたわけじゃない。なら、もうわかってるでしょう? あなたの才能は、そこにあるのよ。凡人は頭で考えるの。こういうのが綺麗なんでしょう、って。あなたはそれを偽物のにおいがすると言った。臭いから、美しくないと。洸太みたいな子を、偽物しか生み出せない人間は本物って呼ぶわ。洸太には当たり前のものでしょうけど、ただペンを持つだけで表現出来ることも含めて、呪わしいほど羨む人はたくさんいる。私も、多分そのひとり」

 彼女が見たスケッチブックの中に息衝いていたのは、ひどく窮屈に生きる少年の自由そのもの。柔らかく鮮やかな色彩を伴う夢や希望が溢れていた。

 先人たちがそうであったように彼のそれもまた魂の叫びなのだとしたら、解放される方法を失くして蓄積されるものを懸念する奏多の想いは佐和にもわからなくはない。けれど今の有村には思い通りに扱える言葉があり、表情があって、伝える術ならもうひとつではないのだ。

 それでも焦り立ち返らせる理由など、佐和からすれば何もない。

「だからそれに惹かれたといえば、確かにそうよ。きっかけではあったし、もう描かないなんて勿体ないとは思う。今の洸太ならどんな絵を描くのかも、少しくらいは気になるわ」

「だったら尚更言えばいい。恥晒しのくせに出し惜しみなんかするなって。気付いてるよね。僕は女性に命令されても逆らえない」

「縛って描かせた絵に何の意味があるの? 言ったでしょ、私は洸太の目になって見たいの。ちょっと上手いだけの子供の落書きに、用はないのよ」

 卑屈に目を凝らしても柔く微笑む佐和の口から建前が零れることはなく、嬉しく思えるはずの場所がまだ凍えているのを感じると、耳から入る温度も鼓膜の手前でわだかまる気がした。

 偽物だとか、本物だとか、本当はどうでもいい。好きな物だけを、美しいと感じた物だけを描きたいから描いていただけだ。他人の作った物なんか、他人の評価なんか、どうだっていい。

 事実、有村は絵を描こうとして白紙に向かうと線の一本も引けなかったが、それはペン先を落としたがらない手が有村よりも正直だっただけで、もし佐和がいま何か描いて見せろと言えば落書き程度なら出来ると思った。そんなものは『絵』じゃない。そうと佐和が知っていたことが、有村は多分息苦しかったのだ。

 心配したふりでシャワー室に入り込み、欲を満たそうとする生き残り男性とふたり、情緒も何もなくもつれ合う大袈裟なリップ音の中、有村は寝転がったまま佐和を見上げた。

「気まずい?」

「少しね」

 下校途中に借りられるくらいの映画だから画面上はバストアップの横顔で、ただ鼻にかかる甘ったるい声だけがシャワーの水音に負けず盛大に流れてくる。瞬きもせず見つめ続ける有村など素知らぬ顔で。

 佐和は手の中で遊ばせていた缶ビールを机に降ろすと、迷子になった可愛い子に小さく頬を綻ばせた。

「大丈夫よ。洸太が年頃の男の子で、もっとちゃんと警戒して欲しいと思ってるのも忘れてないし、それが兄さんへの気遣いなのも知ってる」

「なら、もう少し気を遣ってよ。佐和さんのルームウェアは露出が多過ぎる。今日だって脚、丸出しだし」

「でも、洸太は絶対に私と寝ない。絵と同じよ。抱くだけじゃ洸太は足りない。無理強いなんて無意味だわ」

「うん?」

「――見つかった? なにか」

 普段の余所行きと比べれば華やかさはないけれど、だからこそ芯の強さが浮き彫りになる素顔の佐和はとても綺麗だ。清潔で、気高くて。そういう女性と出会ったのは、有村にとって佐和が初めてだったかもしれない。

 物語前半の終わりに息抜きのつもりで挟んだのであろう長い長い濡れ場シーンは明らかな悪手だと有村は思った。中弛みの限度を超えて、観客を不愉快にすらさせる。

 或いは、有村だからそう感じるのか。

「睡眠薬よりマシだったから、だけじゃないでしょ? 何かわかった? 夜遊びなんて繰り返す、悪い子になってみて」

「……それ自体はあまり、好きじゃないなって」

「そう。なら、やっぱり早く止めてあげるべきだったかしらね」

 ごめんね。そう切なげに呟いた気高い人は立てていた膝をソファに着いて有村に覆い被さると、どこまでも優しく、慈しむように頬を撫でた。小さな子供をあやすみたいに、泣き出しそうな目に愛おしさなど滲ませながら。

 誰にもそうしてもらえなかったのを知っているみたいに、繰り返し何度も、佐和は有村が心に飼う虚しさまで拾い上げるよう静かに指を滑らせる。

「こうやって触れられると、温かくない?」

「温かいよ。誰にだって体温はある」

「でも、私と他の女は同じ?」

「…………」

「ホラね。洸太はちゃんと気付いてる。誰でもいいわけじゃない。他の人もそうだって、確かめたかったの?」

「そう、なのかな」

「それだって本当はもうわかってるでしょう? 洸太は頭が良い。でも確かめないと納得出来ない。見たものしか信じない。私はね、洸太のそういう頑固なところが大好きなの。あなたの言う通り最初はその持ち物に惹かれたけど、そんなの暮らし始めたらすぐにどうでもよくなっちゃった。洸太が好き。今は、それだけ」

 ぴったりと身体を重ね、首に腕を回して抱き着かれる。この体勢に持ち込まれたことは幾度となくあるが、抱き返してもいないのに抱き締められたと感じるのは、佐和の言葉にもにおいにも全く偽りを見出せないからだ。

 真綿みたいな温もりががらんどうの人型に詰め込まれて息苦しいのに、満ちていく場所が心だと、その名前を教えられるような。

 だから今日は、抱き締めてなど欲しくなかったのに。

「ねぇ信じられる? 私、帰って洸太がおかえりって言ってくれるだけで、本当に疲れなんか吹き飛ぶの。美味しい料理でお腹を一杯にしてくれて、眠ろうと思えばいつも皺ひとつないシーツとふかふかの布団が待ってる。全部、私の為なんだって思ったら、こんな幸せって他にないわ。洸太が私にくれるのよ。だからそろそろ洸太にも幸せになって欲しいって思われるのは、嫌?」

 いつの間にかまた殺伐とした襲撃シーンに変わっていた画面の中で、ついさっきまで抱き合っていた男が脱落してしまったと、待望の絶叫と共にブロンド女が涙を流して嘆いている。

 たった一度の閨事(ねやごと)を経ただけのくせをして、まるで最愛を失ったヒロインみたいな取り乱しようだ。他には何もなかったくせに。情を越えたものが芽生えていたとでも言いたげに。そんな綺麗事が、有村には滑稽で薄ら寒く思える。

 同時に、人間的でいいなとも、少しだけ。

「……よく、わからないけど、嬉しいことならあったよ」

 半狂乱のまま仲間たちに引き摺られていく女を見送る視点はゾンビ化した感染者目線なのだろうかと有村は数回の瞬きをして、ゆっくり口を開いた。

 動く屍であるあれらに欠片ほどの自我が残っていたりして、同じように少しくらいは羨んでいたら面白いのに。だから深追いしないなら、やっぱりこれはゾンビ映画の姿を借りたヒューマンドラマだ。

 世の中、蓋を開けてみなければわからないことばっかりで困る。

「僕の目を真っ直ぐに見つめてくれた子がいて。独り言みたいに、綺麗って言ってくれた。僕は嫌いなんだ、この目。(渚さん)は毛嫌いするし、そっくりなガラスの目が父のアトリエにたくさんあって。何十体もに囲まれてたから、頭がおかしくなりそうで」

 思えば、あの時初めて綺麗だと言われたその言葉が素直に入り込んで来た。綺麗なのはそっちだろうと言いたくなるくらいキラキラした目で覗き込まれて、不意に照れ臭くなってしまったりして。

 初めてだったけれど、あれは、多分。

「でも、嬉しかった。すごく」

 抱き返すのは憚られて、少し蓋を開けてみようかと口に出してみた有村は、そっと首に巻きつく佐和の腕に触れた。温かい。当たり前だ。実際に触れているのだから。

「なんとなく、わかる気がする。洸太の持ち物を褒めてくれたんでも、お世辞でもなかったのね?」

「うん。なんか、思わず声に出てたって感じだった」

「素直な子じゃない」

「うん」

「その子のこと、好きになった?」

 身じろいだ佐和が腕を緩めて少しだけ身体を浮かせると、彼女には嘘を吐きたくないと直感したあの日の草間と似たような眼差しと目が合った。

 相手が草間だったから、あの時はまだ不確かだったから、軽口で誤魔化すのも容易かったのだけれど。

「……なっていいのか、迷ってる」

 毒気を抜かれてしまった有村には、佐和の前で上手く笑うのすらままならなかった。

 草間は不思議だ。触れてもいないのに、そばにいるだけで温かいと感じる。炭の味がするクッキーも美味しくしてしまうし、えらく長文の堅苦しいメールだってまだ読み足りない気すらする。

「あの子も、違うかも」

「それだけ?」

 見ている間中コロコロ変わる表情を追いかけて、途切れ途切れの言葉の不足を考えて、草間といると気が付けば頭の中がそれでいっぱいだ。

 次は何が来る。今度は何を考えた。一度向かい合ってしまえば、視線も思考も余所見をしている暇なんてない。

 それが嬉しい。嬉しくて堪らない――だから、怖い。

「そう言えば随分聞いてなかったけど、また悪い癖が出てるんじゃない?」

 思っていたのと違うとか、裏切られるだとか、そういうものはこれまで幾つも見て来たはずなのに。

 今更珍しくも、傷付くことでもないのに、どうして草間だけ素直に信じ切れないのか。疑いたがってしまうのか。完璧じゃなくてもそれはそれ、と、割り切るのは得意なはずなのに。

「僕なんかに好かれたら不幸だ、とか?」

 そうか。僕、怖いんだ。あんなに綺麗に見える彼女でもダメだって気付くのも、そうじゃない自分を知られてしまうことも。

 潤んだ瞳を小さく揺らした有村の頬を撫でる佐和の指先には、微かに伝わって来る振動がある。バカね。佐和はひと言呟いて、先程よりもずっと強く有村を抱き締めた。

「……好きよ、洸太」

 裕福な家庭に生まれ、多くの才能に恵まれていながら、それらを闇雲に否定され見栄えの良さだけを持て囃されて、物のように扱われていた十四年。

 その大凡を知る佐和は、それしか知らない有村の過去の全てが間違いなのだと言えない口で、もう一度好きだと繰り返した。

「大好きよ。姿形が違ったって、ずっと不器用でちょっとくらい物覚えが悪かったって、私は洸太が好き。可愛くて、優しくて、あなたは私の自慢だわ」

 出会ってからもう何遍も、何十回も伝えているのに、ぱちりと瞬きを落とした有村の瞳はガラス玉のように透き通る。

 なにより、愛されることを知らない目だ。その価値が自分にないと諦めてしまった目。期待することにひどく怯える、悲しい目。そんな目のままで有村はどこまでも淀みなく、「僕も佐和さんが好きだよ」と返して来る。その度に佐和の心は激しく痛んだ。

 きっと寂し過ぎたのだ。こんな風にしか生きられなくなるくらいに。

 だから佐和はもっともっとと抱き締めて、頬を摺り寄せる。

「洸太って凄いのよ? 本当にね、少女漫画に出て来る完全無欠の王子様みたい」

「それ、言われるとだいぶ困る。僕は知っていることや、出来ることをしているだけだから」

「そんなの、嫌味でも謙遜でもないって信じるのは私くらいなものだわ」

「……本当のこと、なんだけど」

「わかってるわよ。だから言うの。洸太はホント、贅沢で勿体なくて、残念な子」

 肩先で嗚咽を堪えられては無視も出来ず、有村はようやく震える背中に腕を回すと、瞼を閉じて佐和の髪に頬を寄せた。

「佐和さん、あったかい」

 有村は柔らかな微笑みを湛え、佐和が突っ伏したシャツに染みる冷たい感覚を追いかける。自分の為に泣いてくれる人がいたこと。それを忘れないように、深く胸に刻み込む為に。

 こうして平和が戻りましたと世界にたった三人残って大喜びの主人公たちに祝福を送れないまま。それでもどこかに生きた証を残したくなったら、瓦礫に名前でも書こうかなと考えて。

 まるで墓標みたいだ。諦めを知る心に棲む冷めたものには蓋をして、有村はいつまでもいつまでも、今だけは佐和の温もりに甘えていたいと切に願った。

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