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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第一章 初恋少女
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それをデートと人は呼ぶ

 ここじゃ誰に聞かれるかわからない。場所を移そうと押し切られ、草間はいま駅前のファストフード店へ来ている。

 こういう場所は騒がしくて少し苦手だ。カウンターの奥からはアラーム音がひっきりなしに聞こえて来るし、ついさっき小さな男の子がすぐ隣を駆け抜けて行った。それだけでも落ち着かないのに、そうした喧騒を押し隠そうとするみたいに大音量で流れるBGMがもっと草間をソワソワさせる。そういう場所だから、ふたりはあえてここを選んだのだろうけれど。

 買って来た紅茶をひと口飲んでみる。うん、不味くはない。でもやっぱり大量に入った細かい氷が邪魔だ。草間は本物のレモンを少しずつ潰しながら飲むのが好きだったので、袋入りのレモン汁を絞ってから飲むレモンティーがあまり好きではない。

 だから今日はストレートにした。薄い。食事をしながらゴクゴク飲めるようにこの味なのはわかっているが、これならいつも飲むペットボトルの紅茶の方がずっと美味しかった。

 とはいえ草間は素敵なティータイムを楽しむ為に窓際のボックス席へ腰を下ろしたわけではないので、ドリンクカップはすぐにテーブルへ戻した。同じテーブルには他にあとふたつのドリンクカップがある。草間の向かいに、ふたつ並んで。

「で、どういう流れでそうなったの?」

 まるで取り調べを受けている気分だ。いや、実際ふたりの様相は取り調べそのもので、草間は言葉少なに先程あったことを出来るだけありのまま話すことにした。

 正面向かって左側に座り、草間が話す間は相槌もせずじっと真剣に耳を傾けてくれる方の女の子、草間と同じくらい長い黒髪と真っ直ぐに揃えたぱっつん前髪がトレードマークの大人びた風貌の方の名前は久保絵里奈という。

 彼女は性格も大人びていて、三人の中ではお姉さん的な立ち位置にいる。いつも冷静で、周囲がどれだけ盛り上がっていても『ちょっと待って』が言える女の子だ。

 そんな久保の開口一番は「嘘でしょ」だった。彼女でも呆然とするのだと思うと、草間は余計に自分の置かれた立場があり得ないことだと思い知る。

「やっぱり、そう思うよね……」

「いやいや、仁恵がそんな嘘吐かないのはわかってんだけどさ。あたしちょっとキャパ超えかけてるわけよ。絵里奈も多分そうじゃんね?」

 そして話している間中何度も相槌を打ち、ずっと身を乗り出していた方は落合君佳といい、彼女は少し茶色いショートボブがトレードマークの可愛い系。活発な性格の持ち主で、久保が言うには止まると息が出来ないマグロと同じで、黙っていると死んでしまうらしい。

 三人の付き合いは長く、小学生の頃からの友人なので、ふたりは草間の性格について他の誰より熟知している。だから今の話が嘘だとは本当に露程にも思わなかったが、どうしたものかという焦りは強く、露骨に表情を曇らせた。

 私には本があるからと言ってこの歳まで他の友人を作ろうとせず、恋なんて夢のまた夢とでも思っていた草間がやっと人を好きになった。そう聞いた時のふたりの喜びと言ったら、まるで優勝パレードだった。が、その相手が選りにも選って超が付く高嶺の花と知った折に過った不安の、これは更に上を行く。

 草間の恋は可愛いものだった。チラッと見て満足。好きそうな本を読んで満足。手作りのお菓子を受け取ってもらえて有頂天。その有頂天で何か手を打つべきだったのかもしれない。釘を刺しておくとか。

 まさか有村が動くとは思ってもいなかったので、その必要など更々考えていなかったのだけれど。

「だってそれ、完全に姫様から誘ってんじゃん……」

 言わずもがな、姫様とは一部で既に定着している有村のあだ名だ。そこら辺の女より綺麗だからとか、毎年文化祭で決められる校内一の美形男子の称号を昨年手にした藤堂をナイトに見立て、彼がボディーガードの如く有村に寄り付こうとする女子たちに目を光らせていることから名付けられたらしい。

 因みに姫様が根付いたあと、藤堂には『セコム』というあだ名がついた。そう呼ぶのは有村を姫様と呼んだ落合をはじめとするC組の女子くらいなものだったが、心の中でなら姫様とセットでそちらも多分すっかり定着している。

 それはさておき、だ。あの王子様をどう呼ぶかはどうでもいいとして、草間の話が本当ならこれは大事件である。なにせあの女神とも称される美人三人組を振り、もう在学している女子生徒の三分の二は袖にしていると噂の『難攻不落のアドニス』などという異名までついた有村が、特定の女子を誘ったという話なのだから。

「映画を観に行くだけって言っても、最悪、戦争が起きるよ。血の雨が降る……」

「そんなぁ……」

 でも実際のところ『大問題だ』で済まないのは、時間が経ち少々冷静になって来た草間も理解してはいた。有村は常に紳士的な対応で告白して来る女子たちと向き合っていてはいるが、そうして直接想いを告げられるのは勇気を出して町田に呼び出してくれと頼めた人たちだけ。

 人海戦術で鉄壁のガードを見せる彼の親衛隊が靴箱を死守し、教室移動中も目を光らせている中で呼び止めるのは至難の業という現状だ。それが校門の外となるとほぼほぼ不可能になる。こちらは有村が断ってしまうからだ。用があるとか何とか言って、彼はちょっとそこまで、例えば駅まで一緒にというのすら丁重にご遠慮願うらしい。

 そこで、だ。有村が草間を映画に誘ったという話が出回ってしまったらどうなるだろう。

 初めて誘いに乗った、という話でも混乱は起きる。なのに、有村が誘ったという話なわけだ。

 草間に明日は、多分ない。

「い、行かない方が、いいのかな……」

「え、そんな選択肢あんの?」

「土曜日でどう? とは訊かれたけど、返事は明日でいいって、まだ」

「なんで一晩寝かせるのよ」

「さぁ? でも向こうは最強モテ男子っすよ。なんかの高等テクニックなのかも」

「映画に行くだけでしょ? そうだとして、何の小細工がいるのよ」

「そうじゃなかったら仁恵に猶予をくれた、とか?」

「なんの」

「だからさぁ」

 自分がシンデレラなのか刑の執行を待つ囚人なのかわからないまま、草間は落合と久保を交互を見やる。

 行かない方が、とは言ってみたものの、正直を言えばもうこんな機会はないだろうし、行ってみたい気はした。せっかく誘ってくれたのに、断るのも偉そうだし。

 でもやっと一部の女子からの嫌がらせが一段落したところだった草間の中には、またそこに戻りたくないという気持ちもある。特にその中心人物は有村に露骨なモーションをかけている女子生徒だ。なにをされるかわかったものじゃない。

 でも。だけど。ふたつの間で大いに揺れる草間の不安は当然、落合も久保もよくよく理解していた。

「姫様だって自分が誘うってのがどんなことかわかってるんじゃん、て。行きたい行きたくないの前に、保身とか色々あんじゃん。そういうの考えて、それでもよかったらってこと、とか?」

「デメリットしかないじゃない」

「そうでもないよ。あんなキラッキラの王子様と出掛けるとか、それだけでいい経験させてもらいましたって感じじゃん。姫様のデート一回には相当な価値があるよ?」

「でっ、デートっ!」

「……え、デートでしょ? 今週の土曜休みじゃん」

「休みの日に会って映画を観に行くのはデートよ」

「――――ッ!」

 目を見開いた草間はフルフルと震え出した。

 待ってくれ。私が誘われたのは映画だ。デートじゃない。でも確かに休みに日に一緒に出掛けるのをデートを呼ぶのは知っている。小説にはそう書いてある。特に好きな人に誘われたりした時には。

 待って。待って。デートとなると、それは無理だ。心臓が持たない。

「え。まさか仁恵、それわかってなかった?」

 コクコク。頷く首が強張り過ぎて鈍い音を立てる。

「放課後にちょこっとって気分なら、普通はこれからどうって誘うんじゃない? それなら今日は無理って断りやすいし、角も立たない。日を改めるってことは、そういうことよ?」

 ヒュゥ。気管の奥の方から空気が漏れるような音がした。

「ウブか」

「初心よ。だから仁恵は可愛いの」

 これだけ震えたら発電出来そうと落合が言った。その隣りで久保はひと口ドリンクを含み、口を離したストローでシャリシャリと氷を混ぜた。

 例えば、だ。彼女のように綺麗で大人っぽい女の子なら有村とデートしても格好がつくし、誰も文句を言わないかもしれない。でも草間は違う。背が低くて、可愛いなんてふたりから以外言ってもらったこともない。事実可愛くもないし、オシャレなんてしたこともない。似合うはずがないし、興味もない、は嘘になるけれど。

「嫌なら嫌って断っていいんじゃないかしら。その為に即答させなかったのかもしれないし」

 切れ長の久保の目線はテーブルの上、草間のドリンクカップの辺りを眺めていた。

「嫌、っていうわけじゃ……」

 だから草間はその手前、太腿の上でスカートを握った両手を見つめて深く俯く。

「じゃぁ、行きたい?」

「…………うん。行きたいな、とは、思うけど」

「そう」

 嫌なんかじゃないけど、行きたいとは思うけど、の、けどの先が草間にはまだ上手く言葉に出来そうになかった。

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