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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第九章 主人公たる少年少女
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はじめてと最後を

 カチ。カチ。カチ。

 秒針を刻む音が聞き取れるくらいに静かになった部屋、ベッドの中で、有村は向けられる背中にシクシクと悲しんでおり、草間は顎の上まで力一杯に布団を引き上げ、ジッと壁を見ている。

「……ごめん」

「…………うん」

 腹の辺りに回された腕で返されそうになっても、意地でも身体の向きを変えないでいるが、草間は別に怒っていない。戸惑っているのだ。驚いている。あまりにも目まぐるしく、これでも一応は勉強しようと読んだ小説にあった一文、『嵐のような』という表現がぴったりだ。自分に一体、何が起きた。脳内の処理はまだ二割も済んでいないし、すっかりと理解するのは、たぶん無理。

 覚えてはいるのだけれど、記憶は曖昧。途中から頭も身体も沸騰してしまった感じで、今はひたすら脱力感に包まれている。なんだったのだろう、アレは。

「私、恥ずかしいって言った。待ってって言ったのに。アレだね。そういう時にそういうスイッチが入った有村くんは()()なんだ。口調も声も顔付きも違うし、なんでわざわざ恥ずかしいこと言うの。それにあんな……あんなところを舐める、とかぁ……!」

「ごめん。僕だって自分がそうだって知らなかったよ。けど、恥ずかしがる仁恵が可愛くて。ワケわかんなくなって、暴走してごめんね。ごめんなさい。やりたい放題、好きなようにしまくりました。ホント、ごめん」

 身体に負担をかけてしまったばかりだし、力ずくも中々出来ないでいる有村は、向けられる背中からヒシヒシと草間の怒りを感じている。結局、理性が飛んで暴走してしまった。心当たりがあり過ぎて、手で覆う目頭は既に熱い。

 理性を欠いていたとして、その間の記憶はある。色々した。やり過ぎた。草間の反応が良いものだから興が乗り、あれもこれもと好き放題。触り尽くしたのは宣言通りだったとして、キスしていない、舌を這わせていない場所など、草間の肌にはきっと一ミリもない。堪能してしまった。自分ばかり。

 心から楽しんでしまったけれど、嬉しかったし、幸せだったのだ。小さな身体で必死に受け入れ、受け止めてくれた。愛おしかったし、愛されていると感じられる幸せな時間だった。

 終わった途端、これだけど。

「……どこか、痛い?」

「イタクナイヨ」

「言ってぇ、少しでもあるんならぁ」

「ないよ」

「ううん。そんなはずない。僕、結構いろいろ、普通に……」

「ないって」

「嘘だ。痛くて、やっぱりヤダって思った? ごめんね、本当はもっと……」

 壁を見ていた草間の目は睨む形になっており、口はへの字でわなわな震える。

 どうして、こう、有村くんは、察してほしい時ばっかり察してくれないの。

「だから、痛くないって言ってるじゃん!」

「だったらなんですぐ背中向けるの!」

 顔を覆っている手の中で、有村はもう、ちょっと泣いている。

 終わったらすぐ背中向けるとか酷い。余韻ゼロ。多幸感ない。

「……ああ、もう!」

 そうしてまた有村はシクシクと悲しみ出し、怒り心頭の顔をして草間はガバリと寝返りを打った。

「痛くないからこっち向けないの! 恥ずかしいの! わかってよ!」

「……本当?」

 枕はひとつ。端と端でも向き合えば、鼻先同士はすぐ近く。

 向き合って、草間は、有村が本当に目を潤ませていたから、意地を張って悪かったなと、シーツの上を、布団の中をモゾモゾ動き、胸の辺りへ収まった。

 向き合って、有村は、草間が怒った顔をやめ、近付いて来て胸の中へ入って来てくれたから、単純にも途方もなく嬉しくなり、ギュッと抱きしめた。

 トク。トク。トク。

 おでこをつけた胸で鼓動が聞こえる。

 トク。トク。トク。

 抱きしめた腕に鼓動を感じる。

「すごく、恥ずかしくて……ごめんね」

「ううん。そりゃぁ、そうだよね。恥ずかしいよね。ごめん」

 照れ臭くて、草間は有村の胸の中、有村はヘッドボードへ視線を上げて、口を閉ざした。

 このベッドへ入ってから、どのくらいの時間が経っていただろう。草間の感覚では日付はとうに替わっているのだろうなという時間が経っていて、二時間くらいかなと思っている有村の予想通り、そろそろ深夜二時が近付いている。

 色々とあり過ぎてしまった今年のクリスマスは、いつの間にか終わっていた。

「……本に、書いてあって」

「なんて?」

「はじめては、その……痛い、って」

「だよね。わかってる気でいたのに……」

「痛く、なくて」

「……ん?」

「全然、痛くなくて」

「よかった。ホッとした」

「最初、ちょっと苦しかったけど、すぐ、わかんなくなっちゃったし」

「……ウン」

「わかんなかったのに、覚えてて。私、大きい声、とか、恥ずかしくて」

「……ウン」

「聞いてる? 声、別のこと考えてる」

「ごめん。ちょっと、反芻」

「なっ! 忘れて!」

「ひどい!」

「思い出さないで!」

「それは無理!」

 真っ赤に爆ぜた草間が胸や肩を叩いても、有村は抱きしめる腕を緩めなかった。

 草間は、痛いものだと思っていたのだ。そう、本に書いてあったから。なのに、蓋を開けてみれば痛いどころか、たぶん、気持ちが良かった。初めてだから、よくわからないけれど。

 なんというか、全身で、全部で、途方もなく愛された、という気分だ。熱くて、溶けてしまいそうになって、溶けてしまって。少なくとも、素晴らしく幸せな時間だった。

 いっぱいキスをしてくれた。名前を呼んで、好きも愛してるも可愛いも、溢れるくらい言ってくれた。身体中、触っていない所などないのではないかと思う。全部のキスに色がついていたら、きっと全身が隙間なく真っ赤だ。

 正直を言えば、何度か羞恥心や驚きで心臓が止まりかけた。そんなところにまでキスするんだ、とか。まさか、有村が泣くなんて思っていなかったし、そんなところを舐める、とか。結局は草間も色々と思い出してしまい、貼り付く胸へ埋まり込む。

 普段、真夏でも滅多に汗をかかない有村くんが、汗の粒と落とすとか。一番は、最中の有村を思い出してしまうのが恥ずかしい。ビックリするくらい男の子だった。

「……嬉しかった。私、変じゃなかった? 出来たかな。ちゃんと」

「もちろん。素晴らしかったよ。可愛過ぎてもう、大変」

「して、よかったって思う? 出来た? やり直し」

「当然。仁恵は?」

「うん。勇気出して、言ってよかった。また、したいって思ってくれる?」

「もう思ってる」

「する?」

「しないよ。今日はここまで。あとは、こうして抱き合っていよう?」

「なんで? 私、まだ……」

「仁恵の身体もビックリしてるから、無理は禁物。支障が出たら困るでしょ?」

「支障?」

「声が枯れたり、歩くのがつらくなったり」

「足は、ちょっと怠い」

「だから、ここまで。でも、次の機会は早めにちょうだい? 我慢してるから」

「うん。わかった」

 強請る有村へと草間が顔を向け、ようやく、唇が重なった。

 有村は確かに序盤で理性を欠いていたけれど、欲求の暴走以上に、草間の身体に思う存分触れられるという初めての状況に我を忘れていた、というのが幸いした感がある。

 なにしろ草間は反応が良く、小さく跳ねたり、甘い声を漏らしたり、白い肌を色付かせたりする。続ければ続けるほど、場所を変えれば何度でも。夢中にならないわけがない。

 恥ずかしくて堪らないのだろうに、何もかもを委ねてくれた。つらいだろうに、苦し気に息を詰めても精一杯に受け止めてくれる姿に、草間からの愛を感じた。こんなにも愛してくれているのだな、と。

 嬉しさのあまり泣いてしまったことだけは、早急に忘れたい。いれて泣くってどんな情緒不安定。でも、そのくらいに幸せだった。なんというか、抱いて、逆に抱かれたような気分。本当は、まだ欲求が満たされているわけではないのだけれど、心はとても満たされている。

「僕も、嬉しかったよ。幸せ。だからまだ、ずっと、抱き合っていたい」

「うん」

「でも、思ってるよね。帰らないと、って」

「うん。私もイヤだけど、親がいないからって、泊まるのは……」

「真面目。まぁ、来た時点でア――」

「言わないで。それも、思ってるから」

 時間が遅いから、落合の家へは行けない。

 帰れば、草間はひとりだ。寂しくなると思うし、本当は朝までここにいたい。でも、致した上、内緒で家に泊まったとなると、草間は後々、罪悪感に苛まれる気がしていた。悪いことじゃない。こんなにも幸せなのに、それはイヤ。だから、帰りたくなくても、帰らないと。

「送るよ。あ、僕が泊まるという可能性」

「無断で男の子を泊める方が大罪です」

「朝ごはんを付けても?」

「付けても。ふふっ。もう。言ってるだけなの、顔でわかる」

「必死で時間を稼いでいるの。一秒でも、長く」

「今のはホントだ」

「顔でわかる?」

「目でわかる。あ、ねぇ、頭、大丈夫?」

「聞き方気になる。大丈夫って言いたいけど、鎮痛剤、飲もうかな」

「痛いの?」

「脈を打っているかのよう」

「えっ。早く飲んで。まだ塞がってないのに、激しい運動するから」

「はげしいうんどう」

「早く!」

「えー、いまー? 言わなきゃよかったー」

「はやく!」

 仕方がないと諦めて、有村はベッドを出る。

 下着姿でリビングへ向かう背中を、草間は見ていた。

 鎮痛剤を飲んだ有村は部屋へと戻り、玄関付近の廊下で見つけた荷物も持って行く。渡された水のペットボトルと、すっかり忘れていた荷物を見て、草間は目を丸くした。

「忘れてた。バッグ。ちゃんと持って来てくれてたんだ」

「ウン」

「ありがとう」

 ベッドへ上がりつつ勝手に電源を落としたのを有村が詫びて、いいよと答えた草間は布団をしっかり身体に巻いて電源を入れる。予想通り、メールも電話も来ていた。

 藤堂から久保へ連絡が入ったようで、誰にも心配をかけていなかったのはひと安心。しかし、ふたりでいるのは知られているから、明日、顔を合わせる時を思い不安に駆られる草間と、気持ちはわかる有村の目が合う。

「絶対、構われる」

「落合さんはね」

「助けて?」

「いいんじゃない? そういう日が来たということで」

「有村くん」

「見える所にはついてな……ないな。うん。安心して」

「なにが?」

 因みに、このあと草間が大慌てする胸や腹より、背中や腿の内側の方が大惨事である。

 返事は明日にして、草間は携帯電話をバッグへ戻すと、勇んだ顔で紙袋を有村へ渡した。受け取り、中を覗く有村は返却されるマフラーに「ありがとう」の返事。

 そうではないから草間は急いでマフラーを取り出し、下にある小さな箱を改めて、有村へと差し出した。

「プレゼント? あ、ごめん。僕、用意してない」

「貰ったよ。一番ほしかったプレゼント。帰って来てくれただけで充分」

「だから、煽るな、と」

「開けてみて?」

「うん」

 隣でソワソワと待ちながら、ひとめぼれなの、と草間が言う。

 リボンを解き、包装紙を外して蓋を開け、有村が取り出したのはアクセサリー。

「これは、ブレスレット?」

「アンクレット。見て? ここの石がね、有村くんの目と同じ色で」

 本当は腕時計も煩わしい有村でも、足に着けるアンクレットなら大丈夫なのではと思った草間が指差すモチーフは、緑が濃い黄緑色。さすがに模様まではないが、有村のヘーゼルグリーンとよく似ている。

 頬を染めて嬉しそうに教えて来る草間は大変に可愛いが、有村は吹き出し、声を上げて笑い出した。

「えっ、なんで?」

「だって、僕が僕の目に似た色のアクセサリーを着けるのかい? せっかくなら、君の瞳の色がいいよ」

「あ……出来たら私も、有村くんの色がいい」

「あははっ! もう。そういうトコ、すっごい可愛い!

「もぉ、笑わないでよぉ。見つけて、これだって思ったのぉ」

「あははっ!」

 大いに笑って満足すると、有村は引き寄せた膝へ顔を寄せ、「着けて?」と強請る。

 向けられる上目遣いの可愛さとセクシーさに心臓を撃ち抜かれつつも草間は摘まんだホックを外し、有村の左足首へチェーンを回して、アンクレットを装着した。

「ありがとう。大切にするね」

 着けてもらったチェーンに指先で触れ、有村は小さく息を吐いた。

「やっぱり、用意するよ、プレゼント」

「いいよ。ほら、絵も貰ったし」

「僕も仁恵に、アクセサリーを贈りたい。君の瞳に似た色を」

「仕返し?」

「なんで。今年は、そういう趣向で行こうよ。来年は、そうだな。何か、お揃いの物を」

 来年。来年の、クリスマス。

 その言葉が自然に出て来たことが嬉しくて、草間は有村の胸へ飛び込んだ。

 その言葉が自分から出たことが感慨深く、有村は草間を抱きとめ、抱きしめた。

「仁恵。僕は、君に最後を贈るよ」

「え?」

「君はたくさんのはじめてを僕にくれた。それがね、とても嬉しい。考えたのだけれど、僕が渡せる初めては多分、あまりないような気がするんだ。自分の瞳の色を贈られたのは、初めてだけどね?」

「言わないで」

「ふふっ。だから、君に、最後を受け取ってほしい。本当はキスもと言いたいけれど、挨拶でもしてしまうから。まずはひとつ。僕はもう、君しか抱かない。僕が最後にベッドを共にするのは君っていうのは、どう?」

「……悪くない」

「よかった」

 視線を合わせ、顔を見合わせ、そっと微笑む。

 さすがに重た過ぎるかと思って言ったから、受け取ってもらえて有村は嬉しい。さすがに重たいと思っていそうな気がしたから、草間は「嬉しいよ」と言い直した。

「仁恵」

「うん」

 唇が重なる最初の一回は、触れるだけ。

 離れて目が合い、二回目からは、三回目はもっと、そこから先は回数など数えられない深いキス。

 何度してもし足りない。もっとしたいし、ずっとしていたい。互いの目がそう言うけれど、どちらからともなく顎を引く。

「キリがないな」

「うん」

 あと一回だけキスをして、ふたり、名残惜しく離れた。

「シャワーを浴びるかい?」

「うーん」

「君が気にならないのなら、帰ってからにする? 寝ちゃいそうなんでしょ」

「うん。ねむい」

「寝てもいいよ。目覚めたら自分のベッドの上ってのも悪くないでしょ?」

「着替える。服、取ってくれる?」

「はい」

「……着替える」

「うん」

「……出てって?」

「なんで?」

「なんで? 着替えるの。ひとりにして」

「ひどい! わかった、手伝う」

「わからない! ちょっ、布団、取らないで!」

「外せるということは着けることも出来るわけで」

「ああもう、わかった! 好きにして!」

「オーケー。任せなよ」

 じゃれ合いながら服を着て、遊びに出掛けるように部屋を出る。深夜のタクシーの中で、ふたりで固いクッキーを食べた。ふざけて、笑って、寄り添って。手は、ずっと繋いだまま。

 眠る前、今日の最後に交わす言葉は、また明日。

 真夜中ほどには暗くなく、朝と呼ぶには明るくない。そんな夜と朝のどちらでもなさそうな時間の空気は、全てを包み込むくらいに清々しく澄みきっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったです、本当に色んな意味でっ。 来年の約束もできて、また明日って、また言い合えるようになったんだなぁと感慨深いです。 うれしいですね。 終わりが近付いてきてるんだろうなと思うと少しだ…
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