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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第九章 主人公たる少年少女
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とびっきりのオシャレをして

 十二月二十五日、クリスマス。

 今日も朝からキッチンでクッキーを焼く草間へ、母親が心苦しい表情を向けて来る。

「やっぱり、今年は家で……」

「いいよ。私も夕方になったらキミちゃんの家に行くし。何ヶ月も前から予約して、楽しみにしてたんでしょ? 行って来て。その方が嬉しい」

「ホント? なら、せめて夜は……」

「泊まるホテルも予約してあるんだから、例年通り、お父さんとふたりで結婚記念日を楽しんで来て。私のことはいいから、心配しないで」

「そう?」

「そう。ホラ、お母さんがそんなことばっかり言うから、お父さんが入りづらくて廊下にいるじゃん」

「あら」

 姉が家を出てから、両親は今日の結婚記念日にデートをし、食事をして、一泊するのが恒例だ。毎年になってから父親は早ければ半年前から店と宿を確保しており、母親はそれを大層楽しみにしている。キャンセルなんて勿体ない。

 手のかかる姉がいる頃には禄に外出も出来なかったふたりだからというものあるし、草間も両親がいないなら心置きなく落合の家で久保と三人、夜更かしが出来る。一回目を勧めた時と同じように草間は母親の背中を押してリビングを脱出し、玄関を出た先までオシャレをした両親を見送る。

「仁恵。お言葉に甘えて行って来るけど、何かあればすぐに連絡して。何時でも、戻って来るから」

「そうしてね、仁恵。あと、洸太くんにも、メリークリスマス。病院でクリスマスなんて寂しいけど、退院したらお祝いしましょうって伝えてね」

「うん。伝える。いってらっしゃい」

 いってきますの声を合わせ、車で出て行く両親へ手を振る。入院していた病院に有村がもういないことは、言うのがつらくて、言いたくなくて言わなかった。

 玄関を閉め、草間はまたキッチンへと戻る。クッキー作りを再開せねば。渡せなかったクッキーを夜に食べて初めて、草間は自分のクッキーの恐るべき硬さを知った。奥歯でやっと噛めるくらいで、頑張った挙げ句、血の味がしたのだ。それから少しずつ改良を重ね、今日のは中々の出来だった。焼きたてはいつも、そこそこ美味しかったのだけれど。

 クッキーが冷めるのを待つ間に部屋へと戻り、洋服を選ぶ。今日の空はどんよりとした灰色で、天気予報は曇り時々雨、のちに雪になる可能性アリ。

 そんな日は、コートとマフラー頼みの防寒では不安だ。しかも今日は、もしかするとの長丁場。日が暮れてからの冷え込みを想像するなら、不安は足元。底冷えである。

「ズボン? いやいや」

 だって、今日はクリスマス。両親に負けないくらいに目一杯のオシャレをして、ヘアアレンジも凝ったのにしよう。メイクも入念にして、前にへこたれてしまったチェリーブロッサムのリップで行く。

 精一杯に可愛くしよう。とっておきの私になろう。

 鏡の前で、草間は笑う。朗らかに。

 フレアスカートのワンピースを着て、足はタイツを履けばいい。髪はサイドをほんの少し残し、左右から二本ずつの編み込みを真後ろの位置で纏めて少し編み、固定する透明なゴムが見えないよう、髪の中へと隠す。下ろしている部分はアイロンで巻こうかと思ったけれど、ツヤツヤの髪を痛めないようにヘアオイルを塗り、丁寧にブラッシングした。

 睫毛を上げるマスカラを持つ指先には、昨日の夜に塗った桜色のマニキュア。動かすと細かいラメが少し光って、クリスマスな気分だ。整える程度に描く眉は一昨日よりも、前髪から見えている。前髪も、昨日の夜に自分で切った。落合に切り方を教えてもらい、ハサミを借りて、慎重に。おかげで、上手に上がった睫毛が目を大きく見せてくれるよう。

 最後に唇を色付かせ、草間は一階でクッキーを袋詰めする。それを持って部屋へと戻り、ハンドバッグの他に持つ小振りな紙袋の中へ収めた。

「プレゼントよし。借りたマフラーと、クッキーよし。携帯とお財布、あと、カイロも持ってこうかな。手袋……は、いいや。よし、行こう!」

 戸締りをして火の元を確認し、玄関の鍵を閉めて、いざ出陣。

 颯爽と歩くパンプスの踵は三センチ。通学用のローファーと同じ高さ。

 背伸びなど、もういらない。草間は胸を張り、サラサラの髪を揺らしてクリスマスの街へ出た。 

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― 新着の感想 ―
[一言] おめかしだ、おめかしだ! 念入りですね〜健気さが可愛い。 見習わないといけません。なんてのは置いといて。 草間さんにいいことありますように。
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