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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第九章 主人公たる少年少女
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クリスマスは大切な人と

 鈴木、キャリー、佐和と、立て続けに三件の電話。

 元々、一件当たり五分もかかれば億劫になる電話嫌いの有村だ。二件目も仕事の用事であろうキャリーでなければ、三件目など出るまで鳴らし続ける佐和でなければ出なかった。

 なんとかキャリーまでは頑張れたとして、佐和の電話は出たそばから、ひと言目の「はい」からもう『面倒臭い』と『切りたい』の集結体である。

『仁恵ちゃんなら一時間でも二時間でも喜んで話すくせに』

「草間さんを引き合いに出しても意味ないよ。草間さんだけだから」

 正直に早く切りたいと言ったのに、今夜は帰れても深夜になりそうな佐和は注意事項ばかりで、中々電話を切らせてくれなかった。

「わかってる。薬、飲む。何か食べる。主食ね。はい。はい」

『耳鳴りは?』

「ないよ」

『色は? 濃くなってない?』

「ない。朝も言った。薬のおかげで寧ろ見えなくて迷惑してる」

『洸太ぁ』

「切っていい?」

『寂しいじゃない』

「勘弁してよ」

 どうせ数時間後には会うのに。佐和が切りたがらない理由は知っている。仕事の休憩に利用されているのだ。そういうのは、もっと嫌だ。

 まだ続きそうだと思ったので、切るよ、と言って電話を切った。通話時間は三分。五時間くらい捕まった気分だ。

「あーもー、耳がムズムズする」

 使っていない左の耳も一緒に手で擦り、気分転換にベランダへ出た。

 寒い季節は苦手だ。けれど、冬場の澄んだ風は好き。冷えた空気は空を鮮やかにするし、夏の風物詩である打ち上げ花火も、冬の夜空に咲かせてみればいいのにと思う。

「色が映える……そうだ。モールのイルミネーション。綺麗だろうなぁ」

 草間と見に行くのはいつがいいだろう。メモ帳を捜し歩いた日には既にツリーが設置されていたが、草間は急いでいたし、見るなら点灯する夜がいいと言っていた。せっかくなら、彼女が一番オススメの状態で楽しみたい。さて、いつにしよう。

 人混みが苦手なのを気にしてくれる草間だから、頷いてくれるなら平日だろうか。学校帰りなら門限を遅らせてもらえるといいが。草間がアルバイトの日に迎えに行って、見に行くのもいい。

「クリスマスかぁ。あ、プレゼント」

 そうだ。それを考えなくてはいけない。草間の誕生日は三月で、そういえば物を送ったことはなかった。

「いや、あるな。でも、あれはぁ……」

 初めて草間と出掛けた日。あのモールで映画を観た日に草間へ贈った髪留めは、カウントするのが少し嫌だ。

 アレは単なる貢物。意識はしているのに、本当の意味ではまるで意識してくれない草間の気を引こうとして贈ったもの。

 反応が見たかったという理由も含まれていたので、草間が気に入って使ってくれているのが実は、心苦しい。そう感じたのは夏の、七夕祭りの時だった気がする。使ってくれているのを見て、なんだか申し訳なくなった。

「今度こそはちゃんと、草間さんに選びたいな」

 また、身に付けるものがいいだろうか。別の髪留めを贈って上書きしたい気もするが、一回目も二回目も髪留めでは芸がないし、落合あたりに『髪留めモンスター』とは呼ばれそう。

「誰かへ贈るプレゼント、か。初めてだ。緊張するなぁ」

 イルミネーションを見に行くのはタイミングが合った日でいいが、パーティをしないなら、クリスマスの当日は草間とふたりで過ごしたい。今夜の電話で言ってみようか。どこかへ行くでもいいし、家でゆっくり過ごすのでもいい。話し合って、ふたりで決めたい。ふたりで過ごす、初めてのクリスマスだから。

「ふたりで話して、なんて、去年の今頃の僕じゃ想像も出来なかったな」

 去年はノクターンで過ごした。確かピアノで一曲弾いた。

 そういえばしばらく、ピアノに触っていない。たまには弾きたくなる。いや、家でひとりでとは思わないから、弾くなら鈴木が歌ってくれると最高だ。そこに草間が、藤堂たちがいたらいい。演奏会もまたしたい。

「……ふふっ」

 思い返すと笑ってしまう。高校へ通い始めてから、草間と交際を始めて七人組になってからの数ヶ月間の濃度が濃くて、それ以前の十六年ほどをあっという間に追い抜いた。

 色々なことをした。色々な所へ行ったし、他愛のない想い出は数え切れないほどにある。

「ん? また電話? 誰だろ」

 まだ耳が疲れていたから、草間でないなら出ないつもりで名前だけ確認し、和斗だったので無視をした。どうせ、佐和と似たようなことを言われるだけだ。電話に出なければメールが来る。そうしたら、返事はしよう。

 電話は切れ、すぐにまた鳴った。和斗だ。急用でもあるのだろうか。

「いや。和斗だもん。同じ手に乗ってたまるか」

 珍しくもないことだ。前に慌てて出たら、洸太の声が聴きたくて、とか言って来た。今それを言われたら、無言で切ってしまいそう。

 時計を確認し、草間が電話をくれるまでにはだいぶ時間があったので、煩わしい携帯電話は電源を落とした。これで静か。開けっ放しのガラス戸から吹き込む風が冷たくて、腕を擦りながら閉め、カーテンは開けておくことにした。

 言いつけを守らないとまた怒られるから、夕食はきちんと取らないと。実は最近、戸棚にインスタント食品を買い溜めしてある。

 鈴木には気持ち悪いと一蹴されたが、冷めてのびきったインスタンラーメンが気に入った。あのモツモツ、ボソボソした感じ。他にはない食感で有村は楽しいと思うのだけれど、好みは人それぞれだから、もう言うまい。

 さて、今夜はどれをぐでんぐでんにして啜るとしよう。戸棚を開け、有村は不意に一度、においを嗅ぐ為の鼻を鳴らした。

「……ん?」

 一瞬、何かにおった気がした。何度か嗅いでみるが、いつも通りの部屋の匂いがするだけ。

 きちんと薬を飲んでいるので、今の有村は精々、人より少し勘が良い程度。雨が降り出すにおいも直前までわからないし、電車の中でも人の顔は見えている。

「……気のせい?」

 そんな気もする。なにか、モヤモヤするけれど。

「先にお風呂にしようかな」

 何かおかしい気がする。妙な違和感がある。

 訝しみながら、着替えを取りに部屋へと戻る。その途中。進む廊下で、正面のドアから施錠の外れる音がした。

「藤堂?」

 鍵が開くなら、佐和がまだ仕事中なら、藤堂しかいない。

 来てもおかしくないはずなのに、何故か、ピタリと止まった足が動かなくなっていた。

「…………」

 何か変だ。何か感じる。これは、嫌な予感。

「…………」

 初めてではない感覚。これは一体、なんだっけ。

 前にもあった。いつだっけ。いつだ。動かない足が焦りを覚えさせ、ゆっくりと動くドアノブから目が離せなくなった。

「…………」

 思い出せ。この感じ、なんだっけ。

 唾を飲む喉が上下した。それがまだ詰まっている感覚――そうだ。これは。

「……うそだ」

 頭の中で警鐘が鳴る。けたたましい音を立てる。

 それが必死で訴えている。早く駆け出せ。あのドアを開けるな。チェーンをかけ、絶対に、開けるな。

「……なんで、うごかない……」

 足が言うことを聞かない。一歩も出ない。あのドアを開けてはいけないのに。

 荒くなる呼吸で身体が揺れる。引き攣る音が立ち、首が強張る。

 こわい。こわい。こわい。こわい。

 警告音が鳴り響く。逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 わかる――あのドアが開いたら、僕が、壊れる。

「…………」

 閉じ方がわからなくなった目が乾き、視界が水面になった。

「――へぇ。本当に随分と育ったのねぇ。出来損ないの、死に損ないのクセに」

 なんで。

 開いてしまったドアの向こうに、真っ赤な口の化け物がいた。

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