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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第八章 暴走少年
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うるせぇな

 理解はする。自分が当事者なら藤堂も、今日は学校をサボるだろう。

 しかし、来る者、来る者、代わる代わる、こうも全員が口を揃えて「だろうね」や「そりゃそうだ」を返して来るのは、如何なものか。いや、その立場ならばやはり藤堂も、そう返すだろうけれど。

 有村が学校を休んだ初日、登校する藤堂は有村が持つ人気というか、人望というかを、ひたすら目の当たりにしていた。

「誰だ」

 戻って来た草間へ問う。廊下の途中で話しかけられ、藤堂たちは待っていたのだ。

「知らない子なんだけど、さっきと同じ。有村くん、大丈夫? って。大丈夫だけど、今日はちょっとって言ったら、そりゃそうだよね、って」

「うん」

「あんなの誰も気にしてないから、学校おいでって伝えて、って言われた」

「何人目だ」

「十八人目」

「あたし、十二」

「私は八人」

「俺、十五」

「オレも、七人くらいかな。忍と被ってないので」

「教室に着くまでで、これか。それをさすがと言ってやるのもな」

 言うのは別に構わないが、有村は酷く嫌がりそうだ。

 自転車通学の鈴木と山本が待ち構えていた改札口から教室までの道のりで、この有様だ。声を掛けて来ないだけで、藤堂たちが通りかかれば教室から飛び出して来た生徒もたくさんいる。

 然して顔見知りでなくてもそうだったのだ。教室へ入れば、中はそれらの集合体のようだった。

 いつもは登校時間ギリギリに来る町田のような生徒も既にいて、視線を向けて来る全員が有村の登校を待っていたようだが、いないとわかるとまた『そうだよな』の顔をする。

 駆けつけるクラスメイトたちからの台詞も、まま同じ。有村は大丈夫なのか。落ち込んでいないか。聞く藤堂は、バカを言えと放ちそうになるのを堪える。落ち込んでいないはずがあるか。アレは表に出難いだけで繊細で、且つ、存外どうにもネガティブだ。今頃どうせ、学校を休んでしまったと、例の試験対策テキストなどを作っているに違いない。ふと、思い出し後悔に苛まれながら。藤堂には、わかる。きっと、その厚みはこれまでの倍だ。家にあるホッチキスで留められる限界量のはず。

 本当は藤堂もサボろうとしたのだけれど、昨日いなかったこともあり、学校の様子は気になったので登校したまで。頭の中では思っている。出来れば今、アレをひとりにしておきたくはない。

 ただ、有村限定で効果抜群の草間のヒーリング能力は買っている。

 何人も詰め掛けた中で、町田が言った。

「なぁ。まぁ、すぐすぐはさ、来るの嫌だと思うけど。心配しないで、学校来いって言って? メールしたんだけどさ。平気、しか返って来なくて、逆に不安。寝れんかったわ、昨日」

 それに、返って来ただけいい方だと、数名が放った。

 どうやらアドレスを知っているほぼ全員がメールを送ったらしく、短くても返信があったのは、大体半数。有村のことだ。有難いとは思ったろうけれど、元々メール無精なもので数に心が折れたのだろう。

 メールを送った人、という会田の質問でクラス中が挙手をすると、誰しもが藤堂と同じ結論へ辿り着いたようだ。

「誰か代表で送ればよかったね。姫、メールに関しては岩塩みたいな人だし」

「それな」

 悲しげな湯川を、及川が指差す。ふたりとも、有村からの返事がなかった半数だ。

「いや。実際に数が来て、それだけ心配されたってのは、わかったはずだ。無駄じゃない」

「セコムぅ」

「藤堂ぉ」

 そう。無駄ではない。たぶん。

 ふと見ると、草間は何やら、灰谷から手渡されていた。

「有村さんのことです。きっと、少しすればまた、元気なお顔を見せてくださるでしょう。微力ながら、ご自宅で過ごされるのに、暇潰しにでもしていただければと、これまでに撮った自信作ばかりをプリントしてまいりました。草間さん、どうか、有村さんにお渡し頂ければ」

「ありがとう、灰谷さん。灰谷さんの写真、好きって言ってたから、嬉しいと思う。今日、渡すね」

「はい。よろしくお願いします」

 その灰谷の写真を皮切りに、草間の机は忽ち、供物を備える祭壇のようになった。

 みんな、考えることは同じらしい。来るといいなと思いつつ、さすがの有村も来ないような気がしていて、家から思い思いの差し入れの品を持参していたのだ。

 マンガに小説本に音楽CD、ホラー映画のDVDまである。それ以上に大量なのが菓子類だ。九割がチョコレート。その大半が、イチゴ味。

 積まれていく草間の机は雪崩を起こし、長谷と野田がもしもの時の為に用意していた紙袋へ、職人の顔付きで詰めていく。運ぶ用の紙袋は他にも、沢木や村瀬が持って来ていた。

「鈴木くん。僕も、有村くんに渡してもらっていい?」

「おう。いいよ。なに? 森下」

「コレ。星座の、星の本なんだけど。前に、僕が天文部だって話したら、有村くん、すごく話を聞いてくれて。もしかして、好きなのかな、って。余計かと思ったんだけど、僕も、有村くんに早く元気になってほしくて、なにか……」

「好きだよ、有村。めっちゃ好き。サンキュ、森下。アイツ、すげー喜ぶと思う」

「そう? 少し重いんだけど、ごめんね、鈴木くん。お願いします。あと、みんなも言ってるけど、待ってるから、学校、来て、って」

「伝える。なんだよ、森下。お前、意外と普通に喋るじゃん。喋ろうぜ、な? 俺とも。有村だけ、ずりぃ」

「ありがとう。あ、バンド、見てた。文化祭。去年も」

「マジ」

 差し入れはそうして鈴木の元へも、山本の元へも、藤堂の所へも積まれていった。無論、久保と落合の机にも、甘そうなチョコレート菓子たちが。

 途中で、久保が草間へ「泣かないの」と声を掛けた。肩を抱くようにして、腕を擦ってやっている。

 ありがとうを言いながら、草間はメソメソ泣き出した。それを悪く取る者は、C組にはもう、いなかった。

 朝の時点でそうだったのだ。放課後にもなれば、一日明けて、昨日の出来事を学校全体がどう捉えているのか、探るまでもなく藤堂にも伝わった。

 有村はやり過ぎた。しかし、そうさせた橋本は極悪人で、自業自得。なので、有村は悪くない。と、いうところだろうか。バラ撒かれたチラシ自体は、触れてはいけないことになっているという印象だ。落合が咄嗟に、事故で入院していたことがあると話したのは、結果として功を奏したように思う。

 怪我で入院していた。それを、悪意を持って誇張した、誤情報。藤堂から見るに、そんなところだ。ただ、小野寺渚についてはやはり、調べた者が少なくない。

便利な世の中だ。名前を入力するだけで、それなりの情報は得られる。藤堂は数回、エロい女だ、などと話しているのを耳にした。そういう仕事だ。自分の親がそういう目で見られる気持ちは考えないのかと、思わず胸倉を掴んでしまった。殴ってはいないから、有村も文句は言うまい。教える気もないが。

 今日、有村が休んだのは正解だった。大凡が好意的であるとはいえ、なんとも気分の悪い校内だ。落合が日直の仕事を終えるのを、草間はまだ教室で待っている。藤堂は、そんな草間を待っていた。時折聞こえる声を蹴散らしながら。

 最悪の気分を変えようと、人気のない旧校舎裏で一服していた。自分のではない。有村がどうのとニヤケ面を近付けて来た三年を脅したら、逃げる途中で落して行ったのだ。コレも、美味いものじゃない。

「あー。いけないんだー」

「…………」

「……いやいや、藤堂。そんな睨まないで。でも、とりあえず消して? 消してくれたらいいから」

「…………」

「え、ないの? 灰皿。ダメダメ。地面に捨てない。じゃぁ、ホラ、ここに入れな。ダメだぞー、未成年なんだから」

「…………」

「いや、だから、そう怖い顔するなよー。ま、あれだね。おつかれさま」

 今日も今日とて、裸足が寒そうな安田が、そこにいた。

 思えば、旧校舎は安田の住処みたいなものだ。この男が新校舎をうろついているのを見た試しがない。自動販売機の近く以外で、美術室の外を歩いているのも滅多に見ないが。

 安田は別に、藤堂を探していたわけではなかった。ただ、昨日の件は知っていた。今日、有村が登校していないことも。

「来ないでしょう、さすがに。先生方も驚いちゃいないよ。ただ、こうやって不登校になる生徒はいなくないからね。その辺りを心配している先生はいるけど、有村は違うでしょ」

「…………」

「来るよね、有村は。草間さんも、藤堂たちもいるんだから」

 別に、安田と話すことは何もなかった。なので、藤堂はその脇を通り抜けようとした。草間はまだかかるだろうが、安田の無駄話を聞かされるよりは、どこかで珈琲でも飲んでいた方がマシだ。

 壁から背中を浮かせた時、安田がいつものニヤケ顔で言って来た。

「なんか、去年の藤堂みたいだなぁ」

 禄に会ったこともないのに、喧しい。

「去年はそうだったよね。喋らない。で、近寄ったらブッ殺してやるって、顔」

 何がそんなにおかしいのだか。ヘラヘラ笑う顔が癪に障る。

「変わったのかと思ったけど、有村がそばにいないと、そうなんだ」

「……あ?」

 今日は何度もそうしていたので、出やすくなっていた藤堂の手が、安田の胸倉を掴んだ。

 降参だとでもいうように、安田は両手を肩より高く上げて見せる。そういう小馬鹿にした態度も気に入らない。気に入らないので、見下ろす角度で睨みつけた。

「ちがう。ちがう。言い方悪かったなら謝るよ。そうじゃなくて、本当に良い友達なんだなぁって思っただけ」

「…………」

「気が立ってんだよね。わかるよ。有村があんなことになったんだもん。守りたいよな、友達なら」

「…………」

 殴る気が失せ、藤堂は安田から手を離した。

 美術室で有村の相手をしている安田は、悪くない。ただ、この男の軽いノリや言動自体は嫌いだ。ヘラヘラ笑って、他人を上から見ていやがる。先生と呼ばれるヤツは、大抵がそうだ。

 いよいよ、藤堂は安田の脇を通り過ぎた。有村のいない放課後に、安田に何の用もない。

 ここ最近は、有村が美術室へ行く放課後も、安田の顔は見ていない。

「藤堂。煙草、いま風紀頑張ってる系の先生たちがピリピリしてるから、学校ではやめときな。どうせバカスカ吸ってないだろ。吸い方見りゃわかる。手持ち無沙汰なら、美術室おいで。まだ見せてない面白いものがある」

「テメェ、それでも教師か」

「教師ヅラしたら、また睨むだろ。今は学校中がうるさい。避難したくなったら、いつでもおいで」

「…………」

 しょうもない。そんな顔で、藤堂は踵を返す。多少は思っていた、有村と似たようなことを言いやがって、と。同じように絵を描くヤツだから、頭の中も似てるのだろう。

 立ち去る藤堂へ、安田は声を張り上げた。

「藤堂もさ、良い友達だよ」

 バカらしい。黙らせようかと、少しだけ振り向いた。

「言ってやったんだろう? 学校、行きたくないなら、行かなくていいって。有村はイイ子だもん。行きたくなくても、行かなくちゃって、きっと思う。草間さんもイイ子だ。気持ちはわかるけど、学校には行かないと、って思いそう。優しいね、藤堂」

「…………」

 立ち止まって、聞いてやるんじゃなかった。

 ウンザリとした後悔だけを残し、藤堂はその場から立ち去った。


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