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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第八章 暴走少年
314/379

なんかやだ

 可愛かった。可愛かったなぁ。レッサーパンダの赤ちゃん、を見てはしゃぐ草間さん。可愛かった。可愛いのお手本。模範解答。宇宙一可愛い、草間さん。

 気が付くと、念願だった昨日の動物園デートが脳内で反芻される。可愛かった。近付いて来るキリン、にごはんをあげる草間さん。あの、へっぴり腰。目に焼き付いて離れない。

 そうして度々思い出し笑いに耽る有村を、さすがに気持ち悪いと背中を叩く、隣の落合。

「美形でもニヤニヤしてたら台無しだからな? つか、いい加減でこっちに集中! 期待してんだからね! 励めよ、甘党!」

 お言葉ですが、甘党ではない。

 近頃の二年C組は食べ物系の話題が豊富なようだ。前回は激辛ラーメン。二度目の今度も有村は落合に駆り出され、横並びでテーブルにつく。向かいには、それを見守る五人の姿。

「……餡子は無理」

「想定内! 姫様は生クリームをよろ!」

 鈴木と山本が声援を送る中、うんざり顔で珈琲を飲む藤堂と久保の間に座る草間が残り時間を教えてくれる。有村と落合の前には特大のパフェ。容器はガラス製のピッチャーで、ジュースでも七人で飲み切るには骨を折りそうなサイズ。これを最大でふたり、カップル限定で四十分以内に完食すると金一封が進呈されるというフードファイトが、本日の放課後を飾るメインイベントである。

 持ち掛けたのは勿論、落合だ。クラスで彼氏と挑戦したという話を聞き、自分も是非にと思ったらしい。だから、スイーツならのんちゃんをって言ったじゃない、とはささやかに抵抗してみたものの、賞金があるとなっては鈴木が寧ろ、有村を大推薦した。

 痩せの大食い、ここにあり。

 単純な胃の容量なら確かに、男子四人の中で有村がダントツだ。

「なんでパフェに餡子を入れるの。考えて。バランス」

「アイスゾーンもあげるからガンバやで、お嬢。あっま」

 あらゆる甘味を詰め込んだという謳い文句のパフェは層になっており、アイスを挟んで二度目の生クリームゾーンを片付けたあとに出て来た餡子の層が、頑張りたい気持ちだけは折れていない有村を苦しめる。

 好き嫌いはあまりない有村が苦手なもの。梅干しと、餡子。胃にはまだ余裕があるのに、入って行かない。

「染み出した餡子味がイチゴを消すよぅ。あ、咳出る。ゴホッ!」

「なんなん、その餡子食べると咳する特異体質」

「……おぇ」

「ちょ、隣で嘔吐かんで。はい! 餡子完食!」

「あと二十分だよ!」

「ヤベェな。餡子で有村のペースが露骨に落ちた」

「見てるだけで胸焼けしてきた」

「私も。珈琲のおかわり貰おうかしら。圭一郎は?」

「いる。すぐ、いる」

「有村くんも珈琲で口直ししたら?」

「直らな……ゴホッ! ゴホッ!」

「これもうアレルギーでいいと思うわぁ」

「姫様! 死んでないで、次、チーズケーキ!」

「……おのれ、餡子……」

「やば。餡子で一気に満腹」

 大嫌いな餡子でスピードが落ちた有村と、単純に満腹で入って行かなくなった落合が挑む、長い闘い。完食はしたものの落合はテーブルへ倒れ込み、有村は天を仰いで完全に沈黙。賞金はなぜか鈴木が、ピースサインで受け取った。

 その賞金五千円を元手に遊びに行くべく七人で進む繁華街も、先頭は元気な鈴木だ。隣に並ぶ山本が『何か食いに行こうぜ』と言わないでいるのは、落合の目がまだ死んでいて、同じくの有村が度々「気持ち悪い」と零すから。完食から十五分。回復の兆しは未だナシ。

 今日はゲームセンターへという雰囲気でもなく、当てもなく歩く中、藤堂もまた頭をひねる。

「この辺でって言うと、あとはボウリングくらいか」

 ボウリング。経験したことのない単語に、有村の目が輝きを取り戻した。

「興味あるか?」

「うん。前にテレビで観た。疎らに残る白いのを一投で倒すやつ。素晴らしい技術だと思った。あれは数のスポーツだ。頭を使う」

「そんな小難しいもんじゃないが、有村が興味あるなら行くか。嫌なヤツ、いるか」

 七人で行動する際の決め事だ。ひとりでも嫌がるなら、却下。藤堂が挙手か意見を求めると、反対意見は特にない。

 ただ、「あたしはいいけど」と言った落合が、久保を見た。

「絵里奈は平気? ホラ、怪我とかしたら。仕事」

「ああ」

 言われて自らの右手を見る久保はにこやかだ。キレイに整えられている爪。長さはそれほどでもない。

「気を付けるし、平気よ。クリスマスまで仕事もないし、久々だから、行きたい」

「よっし! 決まり!」

 行き先が決まったところで、七人は進行方向を変えた。久保の久々とは違うかもしれないが、幼馴染みとボウリングへ行くのは藤堂にとっても久々だ。

 前に行ったのは、みさきがまだゲームに参加出来ないほど幼かった頃。正月に二家族で行くボウリングは、みさきが生まれる前からの定番だった。

 室内アミューズメントの中でも騒々しい方であるボウリング場で、入って早々に有村が「うるさい」と眉を顰めるのは想定内。フォローは草間に任せ無視をする藤堂には、貸し出しのシューズやボウルのべたつきに嫌な顔をするのもまた、想定内である。

 こういうものだ、と言えば、終わったら手を洗う、と返して来る。未体験への好奇心が新鮮なうちは、有村は大抵に目を瞑るのだ。

 そうした性格を熟知している藤堂がせめて新品に近い靴を借りてやっている頃、有村は同じく靴を借りる草間たちを見ていた。久保は二十四半。落合は二十四。草間は二十三センチの靴を借りる。心配そうな久保が試した方がいいと言い、草間が靴を履いてみる。スルリと入る、小さな足。遠巻きにも、それはサイズが合っていない。

「見てみぃ。なんで見栄張ったん。精々、二十二やろ、仁恵ちゃん。物によっちゃ、もっと小さい小足なのに」

「だって、二十三以下は向こうなんだもん。ひとりだけ別の所で借りるの、恥ずかしいよ」

 大丈夫と言い張る草間の踵の隙間に、落合の指が二本、軽々と入っていた。

 なんてことだ。可愛い。その隙間、是非とも一度、僕も。

 願望は願望として飲み込んだ有村はといえば、右も左のわからない場内を藤堂に連れられ、言われるままに動くだけだ。

 レーンについて通学鞄を下ろしたあと、ボウル選びについて行く。藤堂は慣れた様子で進んで行き、幾つかの穴に指を入れて確かめる。その間、有村は見守るだけ。

「どっちかだな。指、入れてみろ。どっちがいい」

「…………」

「ちがう。人差し指は使わん。そこは親指だ。俺がしてたの見てただろうが。中指と薬指。で、親指だ」

「同じ? 違いがわからない」

「そうか。なら、これにしろ。お前はたぶん、この辺で丁度良い」

「うん」

 持たされたボウルを手に、言わずもがな、有村にはまだ何かしている実感も、始めた実感もまるでない。なので、まだ、楽しくない。表情は未だ澄まし顔だ。

 藤堂は飲み物を買ってから戻るというので、先に戻った。そこにはもう草間と久保、山本以外が戻って来ていて、タオルでボウルを拭く落合がアライグマのよう。

「姫様、いくつ? え、十五? ちょい持たして……おっも!」

「重いのかな、それ。藤堂がこれでいいって言うから。落合さんは?」

「十。頑張って、十。絵里奈は九かな。無理しないって言って」

「のんちゃんは?」

「十三。芳雄も。十五は重いって」

「でも、藤堂が」

「仁恵、六だよ。ここで一番軽いヤツ。六」

「え、それってキッズ……マジか委員長」

「かわいい」

「ブレねぇなぁ」

「手の大きさもあんだよね。重いとホラ、穴が離れるから。仁恵、持てない」

「かわいい」

「お前は委員長が何をしても可愛いのな」

「うん。しんどいくらい、かわいい」

「認めた!」

 重さが違うということで、七つ並んだボウルはそれなりにカラフルだ。

 そこへ置かれた、草間の六。ショッキングピンクの可愛いボウルと赤黒い十五を見比べ、その穴の大きさの違いに人知れず、有村は静かに悶絶する。

 穴、小さい。やることなすこと、存在そのものからして、かわいい。

 仁恵に関しての姫様は知能指数が鬼下がるとは、落合の談。

「なぁー、順番どーする? さっき適当に名前書いたけど」

 人数分の飲み物もやって来て、ようやくゲームのスタートだ。他のレーンを興味深く見ていた有村の背後で藤堂が小さく唸り、振り向く角度の鈴木が「なに」と問う。

「いや、こうやって見ると多いな、七人」

「それな。俺も思った。時間かかりそー」

「ペアにするか。交互に投げりゃ、多少マシだろ」

 ペアを組むと端数が出る七人である。未経験の有村は引き受けると言った藤堂は草間を見て、「お前も入れるか」と放った。

「うまかねぇだろ、お前」

「それほどでも……なくないです。下手です。とても」

「だろうな。なら、俺たちは三人だ。残り、二組に分けろ」

 そんな言い方をしなくてもいいのに。有村は草間へ近付き、「気にしちゃダメだよ」と言ってみる。誰にでもある得意不得意を、ああいう言い方はない。草間は渋い顔のまま、「大丈夫」と答えた。ほら見ろ。傷付いてる。

 口の悪い藤堂はモニター付きの席に座り、作業を始めた。隣には久保がいて、「懐かしいわね」と話しかけている。どうやら幼馴染みの会話らしい。

「何で分ける? ジャンケン?」

 提案する落合は既に、右手がグーだ。久保は涼しい顔をして、「私、山本と組むわ」と言う。

「さっき、そこそこ得意って言ってたわよね。文句ある?」

「ないっス」

「て、ことで、君佳は鈴木とね。決まり」

「なしてー!」

 不毛なやり取りは続き、有村と草間は並んで動向を見守る。

 果たして、これは良いパスなのだろうか。草間は久保の妙案のような顔をしている。取り合わないでいる久保に、落合には勝ち目がなさそうだ。

「そんなに嫌か、俺と組むの」

「嫌じゃないけど」

「だったらいいだろ。傷付くぞ、さすがに」

「……すまん」

 着地はしたので、良しとしよう。

 かくして、ようやく準備が整い、第一投を投げる落合を傍目に、有村は藤堂からレクチャーを受ける。穴に指を入れて持ち、真っ直ぐ投げて、レーンの先のピンを多く倒すゲーム。藤堂にかかると大抵のスポーツが単純だ。

「それだけ?」

「まずはな。コース取りとか投げ方は色々あるが、まずは、それでいい」

「投げるの? 転がすの?」

「投げて転がす。投げて転がる……まぁ、とりあえず真っ直ぐだ。あんまり投げるのは行儀がよくねぇな。上手いヤツほど投げる時は静かなもんだ。パワー勝負のヤツは違うが。隣と同時に投げないってのはルールだ」

「簡単だね」

「そうだ。だから、面白い」

 落合は二投目で全て倒し、はしゃぎながら戻って来る。迎える全員が順にハイタッチを交わすので、有村も乗じてみた。全十回。毎回でこれをやるなら、騒々しいわけだ。

 次に久保が投げ、一投目でストライク。彼女は彼女らしく、ハイタッチもクールだ。

「上手だね、絵里ちゃん!」

「たまたまよ」

 充分に、得意気ではあるけれども。

 まずは見ていろと言い残し、三番手で藤堂がレーンに立つ。有村もついて行き、隣に立った。

「なにしてる」

「見てる」

「邪魔だ。後ろにいろ」

 後ろ。後ろか。

 聞き分け良く後ろへ回り、転がっていくボウルがよく見えるよう、藤堂のすぐ後ろで膝を折る。

「近ぇな。そこにいると危ない。下がって、その段を降りろ」

「よく見たい。前から見ちゃダメ?」

「ダメだ。レーンには入るな。離れて見てろ。それで我慢しろ」

「はーい」

 仕方ない。言われるまま板張りを降りて見ていると、助走をつけてボウルを手放した藤堂の手が、ゆらりと下りる。

 確かに、投じた時の音は落合よりも静かだった。球速は速い。転がるボウルは若干の曲線を描き、先頭のピンを皮切りに十本を弾き飛ばした。

「わかったか?」

 全員とのハイタッチの最後にしゃがんだままの有村とも交わし、藤堂が問う。

「重量は有利だ。球速がそこそこあれば、当たれば倒れる。あのピンは軽いんだね」

「そうだ。扱える重さで、丁度良いのがいい。お前ももっと重いのでもいけるだろうが、無理してると手首に来る。一ゲームで十、多けりゃ二十二回投げる。手首が安定しねぇと曲がる」

「なるほど」

 だとすると、これはそもそも力の弱い草間には不利なゲームだ。重たいボウルは持てない。それだけでも速度は出にくい。低速でもストライクを取るのなら、狙う場所はとても狭くなる。

「でもな。遅ぇのもたまにミラクルが起きる」

「ミラクル?」

「そっちはドミノ倒しだな。パタパタパタ、と。みさきは、よくやる」

「へぇ」

 それはそれで楽しそう。二周目に入り、鈴木の第一投はそれに近かった。揺れに揺れた最後の一本が時間差で倒れ、ストライク。なるほど。そういう猶予はあるわけだ。

 山本は二本残し、久保へ向けて手を合わせる。そうして次は、藤堂チームの番。藤堂が先に行けと言い、草間がレーンに立った。

 ショッキングピンクのボウルを手に、草間は深呼吸をする。真っ直ぐ転がりますように。たくさん倒れますように。願う有村と全員が見守る中、レーンへ落ちた草間のボウルは真っ直ぐ、ガター。

「…………」

「大丈夫だ、草間。もう一回ある。ちょっと、いいか」

 沈痛な面持ちで戻って来る草間を迎え、藤堂が寄り添う。

 うるさいフロアの中で話すのだ。ある程度は仕方がないとして、ふたりの距離が妙に近い。

「お前、六でも少し重いか。球に振り回されてる感じするな。無理に助走をつけなくていい。ラインまで歩いて行って、止まって、落ち着いて真っ直ぐ転がせ。わかるか」

「うん」

「よし。行って来い」

 さすがはお兄ちゃん。そんなことを落合が言った。聞き、見ていた有村は少し、面白くない。

 今、藤堂が草間の背中を、軽く叩いた。

 二投目。草間は藤堂の教え通りに歩いて行き、立ち止まってから深呼吸。狙いを定め、慎重に、丁寧にボウルを転がす。出だしからゆっくりだったショッキングピンクはノロノロと進んで行き、レーンの途中で力尽きた。

「草間……」

「委員長!」

「仁恵ぇ!」

 一回目はガター。二回は途中停止。結果、一本も倒れなかった草間はしゃがんでしまい、顔を手で覆っている。ボタンを押してスタッフを呼んだ藤堂は草間を迎えに行き、「邪魔だから戻るぞ」と、二の腕に手を回した。

 そう。まるで肩を抱くように、草間の二の腕に触れたのだ。その瞬間、有村は明らかに思った。

 やめて。草間さんに、触らないで。

「……なんだ」

 すぐさま席を立ち、戻り切る前に藤堂から草間を引き離した有村は、口もへの字の不満顔。

「触り過ぎ」

「……そうか」

 ヤキモチ、と落合が言った。当人にその自覚がないことは、藤堂にはわかる。

 これまでは草間が男を苦手にしているからやめろと言った。今の有村は明らかに、そうではない。

 自分が嫌で引き離した。自覚のまるでなさそうな目を見つめ、藤堂は思う。

 面倒なヤツがまた、面倒になりやがった、と。

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