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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第七章 開花少女
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苦手な日が始まった

 やって来た当日は数日振りの快晴と季節外れの高気温に恵まれ、絶好の運動会日和。

 澄み渡る青空の下、全校生徒と全教職員が集う校庭には、響き渡る声援と歓声が鳴り止まない。

 負けじと張り切る草間は落合や有村たちと共に、C組に与えられたスペースから懸命に声援を送る。少しでも遠くまで声を届けようと口元へ添える手、その腕には、二年生全員が頭か腕に付けている赤いハチマキ。黄色の一年生、緑色の三年生には特に、今年こそは負けていられない。

 個人でなく、クラスでもなく学年で今年こそ、総合一位を勝ち取るのだ。

 開会式もそこそこに、草間の友人トップバターは鈴木だった。俊足とすばしっこさがウリの彼が挑むは、平均台や地面スレスレのネットという定番から、体格の良い教員二名が支える壁をよじ登るというパワー系まで計六種類の関門が続く障害物競走である。

「あの壁たけー。忍、手ぇ届くかなー」

「のんちゃんなら大丈夫。ただ、あわてんぼうなのがなぁ」

「あっ、次! 次だよ、鈴木くん! 鈴木くん! 頑張って!」

「頑張れ鈴木! お前、ここで活躍しねぇとただのチビだぞ!」

「藤堂、言い方。あっ、のんちゃん! 足に気を付け……あー……」

「ジャージ引っかかってんだって! よかった。取れた。行けっ、鈴木!」

「頑張ってー! 鈴木くーん! あと一個だよー!」

「……っ、かわいい」

「いいから前を見ろ。草間を見るな」

「かわいい」

「鈴木くーん! ラストスパートだよー!」

「抜かせ、忍!」

「負けんなコラー!」

 最後は俊足を活かし、鈴木は僅差で一位でゴール。こちらの声が届いたようで、校庭の中程から息を切らせたまま親指を立てて見せる鈴木へ向けた笑顔がとびきり可愛かったことは本人には、落合には内緒だ。

 総合でも二位に着けて点数を獲得した鈴木と入れ替わりで、次は山本が応援場所から中央へと出て行く。山本と言えば食べ物。運動会で食べ物と言えば、定番のパン食い競争だ。

 障害物が片付けられたレーンには、紐が付いた洗濯バサミで袋入りのパンが吊るされた物干し竿のような棒が設置される。

「あれ、何パン?」

「去年はあんパン。今年は……見える? 有村」

「それ、この中で一番目が悪い僕に訊く?」

「メロンパンだ」

「すげー。見えんの、藤堂」

「と、カレーパンだ」

「選べんの!」

 惑わすなぁ、と鈴木がぼやき、草間は山本はカレーパンを選ぶような気がする。

 丁度良く正面にカレーパンがあるといいけど。山本の出走は第三レースで、カレーパンは真ん中だ。

「場所が悪いなぁ。さっきから、真ん中は取りづらそう」

「芳雄! 欲に負けんな! 端だ、端! 両端狙え!」

「変に揺れるんだよね。藤堂、アレ、真ん中の紐だけゴムだったりする?」

「するかバカ」

「マジか、セコム。そこまで見えんの」

「考えりゃそうだろ」

「へんけーん」

「せんにゅーかーん」

「…………」

「イタっ! なんで俺だけ殴んだよ! 先に言ったの落合だろーが!」

「女は殴らん」

「やーい」

「てめ!」

「やかましい。テメェら真面目に応援――」

「始まった! 頑張ってー! 山本くーん!」

「…………っ」

「悶えるなクズ。キモい」

「メロンパンがいいってー! カレーパンは、あとでねー!」

「……かわいい……っ」

「ホント、キモい」

「え。マジ、芳雄の応援して?」

「あと三センチ跳べ! 山もっち!」

「山本! テメェ、食い意地で負けたらなんもねぇぞ!」

「ねぇ、言い方。山本くん! やたらと飛ばないで、狙って一回! よしっ!」

「いいよ! 山本くん! あとは走るだけだよー!」

「へばってんじゃないわよ! 最後まで気張れ、山本!」

「えぇ……応援もこわぁ……」

「は?」

「何位だ?」

「三位、かな。爪先分、隣りの方が速かった」

「チッ。三位かよ」

「いいよ! いいよ、山本くん! 大健闘だよ!」

「委員長はイイ子だなぁ」

 総合ではこちらも二位。最下位は免れて点数は稼げども、そろそろ一位で大きく点を広げたいところだ。

 次の種目は女子全員参加の玉入れ。落合や久保と共に立ち上がる草間は有村たちをはじめとする残る男子に送り出され、待機場所に着くまでに深呼吸をした。

 今年から、女子の玉入れは可動式になった。草間にとって良かった点は、投げ込むカゴが人の背負う高さになって低くなったこと。増えた憂鬱は、背負う男性教師が時間内ずっと白線が引かれた円形の枠内を逃げ回ること。つまり、玉入れもついに足の速さが重要な種目になってしまったということ。

「追いつける気がしないよ……」

「じゃぁさ、仁恵は玉を拾ってよ。そんで、ちょうだい」

「手分けしましょ。相手が動き回るなら、そういう人も必要だわ」

 今年が初めてということで、草間たちのやり取りはC組から対処法を迷う二年生全体へと伝わり、クラスごとにその場で、落ちた球を拾って集める人、カゴを追い駆ける人が分けられる。

 ザックリと、走りに自信がある人とない人、という感じだ。草間は勿論後者で、同じくの灰谷と「頑張りましょう」「頑張ろうね」を送り合う。追いかけっこを免れても、クラスでたった二名の『拾う人』は開始早々から大忙しだった。

「草間さんは枠内を! 私は、線から出たのを中心に努めます!」

「お願いします!」

 総勢で五十人近くが走り回る枠内を、各組の『拾う人』たちが零れた玉を集めて走る。

 邪魔にならないように、けれど迅速に邪魔な玉を取り除くように。腕一杯に集めては中央へ運び、途中で求められれば渡し、追いかけっことどちらがラクだったかは予想もつかない。

 くたびれて、疲れ果て、徐々に足がもつれて来る。そこら中から「こっちにちょうだい!」「こっちに投げて!」と聞こえて来るが、いま言ったのは誰で、どっちに投げればいいかなど把握し切れるはずもなかった。

 まだ終わらないの。いつまで続くの。

 泣きそうになる草間を呼ぶ声がした。

「草間さん! あと一分! もう少しだ。頑張って!」

 応援場所へ目を遣ると、叫ぶ有村の横で仁王立ちの藤堂が同じく「あと少しだ、頑張れ!」と、鈴木も山本も一緒になって、もうてんやわんやで動けそうにない草間を応援してくれていた。

 もう少し。あと少し。

 終わりが見えたら、草間は近くで転がっている玉を搔き集め、また走った。

「キミちゃん! 絵里ちゃん! これで最後!」

「おっしゃ任せろ!」

「行くわよ、君佳!」

「ぶち込んだるわー!」

 腕一杯に抱えた落合と久保のいる方へ他の女子が総出で、へばっているカゴ役の教師を追い込んでいく。あと三十秒。マイクを通した声がそう告げた時、挟み撃ちでまず落合がカゴを目掛けて襲い掛かった。

「もらったぁ!」

 まるでダンクシュートを決めるかのよう、叩き付けるように投げ入れた玉は粗方入り、すぐさま続く久保の持ち分も半分以上は入った、はず。

 そこで開始と同じピストルが鳴り、カゴ役は崩れるように膝を着いた。

「仁恵、ナイス!」

「ありがとう、仁恵。おつかれさま」

「ふたりこそ……」

 ここに、息が上がっていない人はいない。みんなが肩を大きく揺らし、座り込む人もいるし、無理だと零して寝転がる人もいた。

 草間は今にも倒れそうで、終了を喜ぶ落合と久保と抱き合えば、ついでに支えてもらってやっと立っているよう。

 つらい。しんどい。息も苦しい中で、灰谷やクラスの女子とも「おつかれ」「おつかれさま」を言い合う。

「ねぇ、拾い係もしんどかったでしょ。長くない? 時間。マジおつかれ、草間さん。マオも、よく頑張ったよ」

 大勢やみんなのついでだろうけれど、そう言って長谷がハイタッチをして来たから、草間は少し驚いた。

 カゴ役の教師が三名並び、ひとつずつ玉を高く投げてカウントする間、草間たちもいよいよと校庭へ座り込む。

 三十。四十。四十六。三年生のカゴが空になっても二年生のカゴからはあと二個出て来て、ここでやっと二年生は初めて一位になった。

「おつかれさま。予想を超える、大変な競技だったね」

 疲労困憊の女子がノロノロと戻る応援場所で出迎え、有村は何名かの顔色の優れない人にも声をかける。座る時に手を貸したのは、草間だけ。

「つらいね。寄りかかるかい?」

「ごめんね。ちょっとだけ、肩を」

「うん。おいで」

「ありがと」

 切れた息が戻らない草間は抱きかかえられた腕を擦られ、吹き出す汗に髪を濡らす。

 手で拭いていたら有村がハンカチで拭いてくれ、その隣りではここまで頑張った久保と落合が膝だけでなく手も地面に着き、荒い呼吸を繰り返していた。

「大丈夫か、お前ら。なんか飲め。絵里奈お前、顔色ひどいぞ」

「長い」

「あの五分は長いよ。久保さん、お茶でいい?」

「いい」

「藤堂、これ」

「ん」

「落合も飲んどけよ。藤堂、こっちも。つか、吐きそう?」

「茶をくれ」

「はいよ。こっち座れよ。木、ちょい寄り掛かれるから」

「動けん」

「手ぐらい貸すって」

 不幸中の幸いは、この壮絶な玉入れが前半戦になる午前中に草間たちが出る最後の種目だったこと。徒競走は一番最初に終わっているし、草間は午後を通しても走る種目はそれで終わりだ。

 もう少し、体力をつけなくちゃ。有村に寄り掛かり、草間は思う。

 疲れ過ぎて眩暈がする。運動が出来ないのと体力がないのは、別の問題だ。

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