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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第六章 起動少年
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後夜祭でお片付け

 本年度の穣葉祭の終了を告げる放送は繰り返し、何度か流れた。来場者は続々と帰路へ着き、教室では後片付けが始まっている。

 壁面の装飾を外し、覆っていたカーテンを外し、移動していた机も徐々に戻されて、藤堂は誰も手をつけないでいる黒板の前に立っていた。そこへ、草間持参のクレンジングオイルでようやく顔面がさっぱりした様子の有村が近付き、隣りに立った。

「やりますか」

「勿体ねぇな」

「まぁ、こういうのは、そういうものだよ」

 藤堂には、手をつけないでいる人の気持ちがわかる。一日経って、所々が掠れた黒板の絵。それでも消すのは勿体ないし、消したくないと思ってしまう。週明けからは普通に授業が始まるし、このまま保存出来ないのは承知していても、だ。

 佐和に見つかる前に洗剤で擦って消した花火の絵も、こんな風に消すのを躊躇った。その時と同じで、有村は掴んだ黒板消しで、真ん中に切り込みを入れた。

「お前は、また描けるから消せるのか」

「おかしなことを言うね。同じ絵は、二度と描けないよ」

 作業として消していく有村をしばらく見てから、藤堂も掴んだ黒板消しで、穴に落ちるアリスをただのチョークの汚れにしていく。教室からは方々で、残念そうな声が幾つも上がった。

 教員たちが校内をくまなく見て回り、来場者が全員出たのを確かめてから、文化祭は最後のイベントを迎える。

 放送で全員が校庭へと集められ、クラスごと、特に整列するでもなく、生徒会が集計結果を発表する瞬間を待ち構えるのだ。

 まだ着替えが済んでいない人。電話で早く来いと呼んでいる人。様々な人が校庭に散らばっているが、誰もみな満足そうな少し疲れた顔をしている。藤堂や有村を含め、C組の面々も。

 楽しみだね。今年こそ。C組の誰かが言っていた。聞こえる言葉には笑みを浮かべ、投げかけられれば同調で応える有村の隣りには草間がいて、穏やかな面持ちにはもう緊張も不安もないようだった。

「……あの」

 そんな中、人垣の奥から細い声が聞こえて来た。

 先に持ち主を見つけた町田が「何しに来た」と言う。姿を目視せずとも、そのひと言で充分だ。

「平野さん……」

 呟く草間に半歩分寄り添った有村の腕と、草間の肩先が触れる。忘れていたわけではないけれど、頭の隅で帰ってくれていればよかったのに、とは思った有村の腕には力がない。

 町田や湯川たちに阻まれ、有村からはまだ遠い位置で、平野は話を聞いてくれと願う。弱々しい目線を更に『可哀想』に思わせる、赤い目元。隣りで、草間の手がピクリと動いた。

「……本当に、アタシじゃないの。アタシじゃ……」

 平野の登場は水を差すばかりで、誰も聞く耳は持たないだろうと考える有村の目線が冷めている。楽しく過ごせた最後に話を蒸し返して、誰が平野に寄り添うというのだろう。

 そんなお人好しが、どこに。

「……わかった」

「…………」

 告げたのは、スカートを握るのではなく、胸の前に手を寄せた草間だった。

「話は、これが終わったらちゃんと聞くね。今は、もう、多分そろそろ発表だから、一緒に聞こう?」

 お人好しにもほどがある。腕に触れて、落合が窘める。久保も草間がまた傷付くだけだと諭すけれど、草間はクラスの他の誰に否定されても、首を横へ振らなかった。

「本当に伝えたいことがあるから、最後にまた来てくれたんだと思う。ごめんなさい。私は……私は、平野さんの話を聞きたい。平野さんを、信じたい……です」

 怖がりながら、肩を小さく揺らしながら告げた草間は横顔で、窺うように、助けを求めるように、見つめている有村を一度だけ見上げる。有村は背後から藤堂の視線を感じていた。

 どうすべきかは、あまり考えなかった。

「そうだね。話も聞かないっていうのはフェアじゃない。朝は僕も取り乱して、平野さんだと決めつけるような態度を取って、ごめんね」

 草間の肩を持つのかと町田が言うので、有村は、公正でありたい、真実が知りたい、と返した。

 嘘ではない。そもそも、姫コン前の待ち時間にした雑談で、有村の頭の中では今後の道筋が立っていた。確かめるべきことは、あと数個。足場を固め、最も鋭い一撃にする。有村が計っているのは、あくまでもタイミングだ。せっかくのカードは最適な場所で、最高のシチュエーションで切らなければ勿体ない。

 そうした思惑の元では、平野自身のことは草間が信じると言わなければ、このまま捨て置いただろうけれど。文化祭が終わる今、平野の役目は済んだのだ。

「事実を確かめたら、みんなに報告する。それまで、この件は預からせてほしい。みんなも、どうせなら真犯人を突き止めたいだろう? 責められる悪者なら、誰でもいいわけではなく。ただ、彼女が信用ならない気持ちもわかる。だから話は、僕と草間さんで聞く」

「いいや。俺もだ」

 背後から歩み出た藤堂は有村の隣りに立ち、少々顎を上げるいつもの不遜な面持ちで、平野だけでなく全員を威圧するように目を光らせる。強面も、目付きの鋭さも生まれつき。藤堂らしい持ち物だと言ってしまえばそれまでだが、割り込む登場に有村の表情は明らかな曇りを見せた。

 表向きは、実行犯と教室に忍び込む手引きをした人物を明らかにすれば済む話。

 その裏にある有村の目論見が潰されてしまう予感がする。間違いなく、藤堂は苛立っていた。

「つか、話も何もお前じゃないってだけだろ。面倒臭ぇ。平野、お前が見た三年を教えろ。この中にいるか」

「待って、藤堂。平野さんも、ちょっと待ってね。藤堂。まさかとは思うけど、ここで見つけてすぐに向かおうってつもりじゃないよね?」

「いりゃぁそうする」

「なんで? 事実がわかればいいんだよ。穏便に行こう。こんな所でやり合いにでもなったら、無関係な人たちを巻き込むことになる。騒ぎが大きくなるだけだ」

「なら、月曜に平野を連れて三年のフロアを歩くか? いま指すんなら人の陰からこっそり出来る。距離が近くなっても平野が指差してアイツだって言えるなら、俺はどっちでもいい」

 尤もらしいことを言ったって、如何せん藤堂の目が、『喧嘩上等』を名乗ってしまっているのだ。

 日頃は我慢しているだけだものな。自分という抑止力に自信も持てず、改めて平野を急かす藤堂を止める有村は再びに平野も止め、『ダメだぞ』を瞳に滲ませながら声のトーンをひとつ落とした。

「ひとつ訊くけど……何がしたい?」

「舐め腐った野郎を見つけて一発くれなきゃ気が済まねぇ」

「藤堂……」

「こんな腐った野郎には粗方、目星も付いてる。だから、早く教えろ平野。C組には俺がいる。ふざけたマネしやがって。上等だ」

「だから、なんで君はそう好戦的なの。待ってね、平野さん。話は僕がちゃんと聞くから、藤堂は無視して。藤堂。見つけたとして、その三年生はただの実行犯、手足だ。話を聞いて、教室に入れるよう画策した人を訊き出す必要が――」

「面倒臭ぇんだよ。そんなもんはお前がやれ。しっかり聞き出せ。ソイツも殴る」

「君の中に話し合いって選択肢はないの?」

「言ってわからねぇ野郎は殴る」

「言う前に殴ってやるって顔して?」

「阿呆は言ってもわからねぇ。平野! どいつだ!」

「教えないで平野さん! 面倒なことになる!」

「言え! 平野!」

「言わないで! 平野さん!」

「…………」

 縋るような気持ちで平野を見ていた。全校生徒が集められたこんな場所でケンカなどされては事だ。

 人は多いし、教員もいる。騒動の次第では粛清の論点がズレてしまう可能性もあるし、単純に被害が出る。だいぶ丸くなった藤堂への心証に然り、ここで動くのは得策ではない。などという有村の想いが微塵も、好戦民たる藤堂に伝わらないのだ。

 言わないで。教えないで。切に願う有村の目の前で、困り果てた平野の人差し指が恐る恐る、離れたどこか一点を指し示した。

「よし」

「平野さん!」

 踵を返して進行を始めた藤堂の腕を、有村はすぐさま掴む。無論、そんなものは一瞬で振り払われてしまう。この手のスイッチが入った藤堂は正しく狂犬だ。眼光鋭い三白眼はもはや、打ちのめすべき敵のいる前方しか映していない。

「オイ! ウチの教室荒しやがったクズはどいつだ! 顔出せ!」

「藤堂! 聞いた意味すらないよね! それはもう!」

 張り上げる藤堂の怒声に、人が割れて道が出来る。その中を、藤堂はどんどんと進んで行く。有村はそれを追い駆け、何度も制止し、腕や肩も掴んだ。

 捕まえては振り払われ、終いには邪魔だと突き飛ばされる。勘弁してくれ。追い縋る有村の前に、横から顔見知りでないどこかのクラスの女子生徒が割り込んで来た。

 いや、それはもう割り込んで雪崩れ込むという様相であった。数も、勢いも。

「有村くん! 姫コンとバンド優勝、おめでとう!」

「ありがとう。ちょっと……」

「有村くん! キレイだったし、カッコ良かったよ!」

「ねぇ、アタシも姫って、呼んでいい?」

「ありがとう。うん、好きなように呼んで? でもちょっと、道を……」

 クラスごとに固まっていたことで、C組の面々が壁になってくれていたのだ。

 壁の外へ出た有村は群れからはぐれたシマウマのようなもので、集まって来る女子生徒の数は瞬く間に増えていく。あっという間に取り囲まれ、有村から藤堂の背中が見えなくなるのもすぐだった。

 今は、それどころではないのに。焦りから来る散らしてしまいたい気持ちと、向けられるキラキラ輝く目を無碍に出来ない自分の狭間で悶絶する有村の声はたぶん、彼女たちには届いていない。

「姫! キャッ! 呼んじゃった!」

「ライヴ中、こっち見てくれたよね!」

「ギター、本当にカッコ良かったよ! バンドは文化祭限定?」

「勿体ないよ! もっと弾いて!」

「姫ー!」

「有村くーん!」

「……ちょっと!」

 キャーキャー、ワーワーと群がられ、強めに出してみた声も黄色い声に餌になる。

 焦りは募るばかりで、せめて藤堂が向かった方へと背中を伸ばして視線を投げた。人が多過ぎて目視は叶わなかったが、その必要はすでになかった。

「テメェらか! ウチを荒らしやがったのは!」

「だったらなんだってんだよ!」

「ツラ貸せテメェ!」

「なんだとコラ!」

 そんなやり取りが、有村の周囲より大きな人だかりの中から聞こえて来てしまったからだ。

 ヤダもう。有村には、それくらいしか呟く言葉がない。あちらの集団では女性の悲鳴も上がっているし、始まってしまったのは明らかだ。

「やだ、なに? ケンカ? こわーい」

「怖いよぉ、有村くーん」

 チャンスとばかりに擦り寄って来るひとりの腕が腕に巻き付き、有村はそれを引き抜く形で振り解くと、焦りと憂鬱の限界で思い切り声を張り上げた。

「悪いんだけど、退いてくれないかな!」

「えっ……」

「アレを、藤堂を止めに行きたいの! だから、退いて!」

 有村の大声など聞いたことのない女子たちは驚愕の顔で、一歩、二歩と下がっていく。

「ありがとう! ごめんね!」

 一応は断りを入れ、有村はようやく出来た人垣の道を駆け抜けた。

 その勢いのまま、駆け付けた集団の中へと入り込んでいく。スペースの出来た場所では藤堂が男子生徒と胸倉を掴み合っており、その後ろに二名の制服を着崩した男子がいる。

「藤堂!」

 叫ぶなり有村は中心へ飛び込み、藤堂を引き剥がしにかかった。腕を掴み、肩を掴み、ビクともしないと見るや有村はターゲットを相手へ変えて、藤堂を背にするよう身体で割り込む。

「すみません。話しかけるのが下手で、友人が失礼を。一旦。一旦、手を離していただけませんか」

「邪魔すんな! 引っ込んでろ!」

「そうもいかないんです。すみません。落ち着いて、話を……」

「話なんかな……お前、有村か。藤堂のツレの!」

「はい。有村です。ご挨拶が遅れまして、すみま――」

 やっと目が合ったかと思えば、藤堂から手を離した三年生は藤堂を振り払い、今度は有村の胸倉に掴みかかった来た。こっちに来るか、とは思えど、あのまま藤堂と殴り合いを始められるよりはマシだ。

 強く引かれて言葉が途切れ、有村は一度、大きく前後に頭が揺れた。

「ご挨拶だぁ? お上品な優等生が出しゃばってんじゃねぇぞ!」

 掴みかかられることより何よりも、顔のすぐそばで怒鳴る相手の唾が飛ぶのが気持ち悪い。

 両手が空いた藤堂は藤堂で「有村に手ぇ出すな」と怒鳴るやいなや、再び食って掛かろうとしているし、「手を出すな」のひと言で制止しようと、それが長持ちする気がしない。有村は益々、疲れるばかりだ。

「なんだよ。腑抜けになったってのは本当かぁ? 言いなりかよ、藤堂!」

「んだと!」

「藤堂! いいから落ち着け。腕を下げろ」

「お願いダーリン、ケンカはやめて、って? よかったなぁ藤堂。健気なカノジョがいて!」

「テメェ!」

「藤堂! 僕のことなら気にするな。絶対に殴るな。暴力では何も解決しない!」

「…………ッ!」

「ハハッ! すげぇなぁ優等生! この状況でナメた口きいてんなよ!」

 周囲の騒ぎや混じる悲鳴は、有村が加わったことで大きさを増している。駆け付けた教員の姿も人だかりの中に見え、有村は向かい合う上級生を正面から見つめた。

 藤堂を圧し留めつつ、言質を取る。時間はあまりかけられない。

 取るべき手段はふたつ。少々手荒だが手のかからない方を有村は取った。

「友人の無礼をお詫びします。僕たちはみなさんに、お伺いしたいことがあるだけです。今朝、手前のクラスに忍び込んだ誰かに、教室を荒らされました。あなた方を見たという情報を得たので、真偽のほどを」

「ゴチャゴチャうるせぇんだよ! ナメてんのかテメェ。なんだよ、その口の利き方は!」

「目上の方には敬意を。僕はあくまでお願いをする立場です。お聞かせください。教室を荒らしたのは、あなた方ですか?」

「そうだよ! 丁度、お前と藤堂がいるクラスだったしな! 目障りなんだよ! チャラチャラ女群がらせて気取りやがって!」

「いま、丁度と仰いましたね? それは、誰かに持ち掛けられたと受け取って構いませんか」

「あ?」

「あなた方は誰かに依頼されてウチの教室を荒らした。その依頼主を、教えて頂きたい」

「テメェ!」

 ひときわ大きな悲鳴が上がる中、上級生は拳を振り上げ、襟元を掴み捕らえる有村を目掛けて振り下ろす。まるでスローモーションのようだった。威勢の割に、この男は動きが遅い。

 教員が制止を叫ぶ。藤堂が拳を繰り出すより先に、有村は頬に触れる直前の拳を手首の辺りを掴んで止めた。

「言いました。暴力では何も解決しない――あなたも」

「…………」

 逆の手で、藤堂も制した。有村の目は鋭く、睨むのではなく射抜く形で、対峙する上級生を貫いている。

 出来ればしたくなった手段ではある。学校での有村は微笑みの王子様。他人を制圧するのは本分ではない。上下はともかく、強弱を持ち出すべきではないのだ。平和で穏やかな学校生活を送る為には。

 それでも有村は手首を離さず、みるみる色味を変えていく上級生の瞳を見続けた。熱が引き、冷めて凍えていく瞳を。次第に勢いを削がれ、畏怖すら滲ませるようになった瞳を。

「真実が知りたいのです。僕たちに悪意を向けたのは誰か。反省して頂けるのであれば、依頼を遂行しただけのあなた方に、謝罪までは求めません。首謀者の名を」

「…………」

「あなた方を手引きしたのは誰です。教えてくださるのなら、僕たちは引きます。どうぞ、賢明なご判断を」

 落ちた静寂が重く響く一秒、二秒。その頃、C組の面々も騒ぎの渦中へと駆け付けた。

 群衆を少し抜けた所で、鈴木と山本の足が止まる。いつかのように相手の腕をキリキリと締め上げる有村と臨戦態勢を保つ藤堂の後ろ姿を捉える傍らには、息を飲む草間がいた。

「……まりあ。まりあに頼まれた。自分のクラスを滅茶苦茶にしてくれって。窓から入った。まりあか樹里が鍵を開けておいた、窓から」

「そうですか」

 短く応え、有村は握っていた手を離す。目を泳がせる上級生は腕を下ろし、静寂はまだ辺り一帯を包んでいた。

 鈴木は、声も出せないでいた。視線を寄せるふたりの背中から目を逸らせず、足が鉛になったよう。

「教えてくださり、ありがとうございます。藤堂、行こう」

「…………」

 礼を告げ、有村はひと足先に踵を返した。擦れ違うように藤堂が上級生の前へ立ち、無抵抗の襟首を掴む。引き寄せれば、上級生の身体は人形のようにふらふら揺れた。

「テメェら、もう二度と俺たちに手出しするんじゃねぇぞ。次しやがったら、ただじゃおかねぇ」

 突きつける藤堂を僅かに振り向く仕草で、有村の乾いた声が「藤堂」と名前を呼ぶ。

「約束は守ろう。戻るよ、藤堂」

「…………ああ、わかった」

 相当に堪えたという風な面持ちで藤堂は手を離し、残りの二名へも鋭い睨みを利かせてから、有村に続く形で背中を向ける。いつもの横並びになってから、有村は翻るように振り返った。

 そうして深々と頭を下げた。見守っていた全員へ向けるように。

「お騒がせして、すみませんでした。みなさん、先生方も、ご心配をおかけして。どうか、文化祭の続き、始めてください。すみません。お願いします」

 顔を上げた有村は苦笑いの様相で、向き直る時には藤堂の半歩後ろに立った。道を開ける人々には擦れ違いざまに何度も申し訳なさそうに頭を下げ、待っていたC組と合流すると、尚一層すまなさそうに眉を顰める。

「そういうこと、みたいです。ごめんね、平野さん。君が言っていたことは本当だった。なのに疑って、ごめんなさい」

 二度目のお辞儀は平野を正面に下げられ、一拍置いて、平野がフルフルと首を横へ振った。

「ありがとう、有村。また、助けてくれて。 ……ありがとう」

 応えるように有村もまた首を横へ振り、解けるように笑って見せる。そのすぐ後、C組の空気が一瞬で日頃の賑やかなものに変化した。

 泣き出した平野へ向けて謝る人。ヒヤヒヤしたぞと有村に駆け寄って腕や肩を叩く人。向こう見ずな藤堂に文句を垂れる人もいた。草間は中盤か後の方になって有村の方へと歩み出し、小さく一度、音も出ないくらいに軽く有村の胸を叩いた。

「怪我、するかと思った」

「ごめん。相手が話のわかる人で助かったよ。ごめんね」

「……うん」

 その時、予定より少々遅れて、拡声器の声が校庭に響いた。

『みなさん! ご静粛に!』

 有村は泣き出しそうな草間を向ける微笑みであやしながら、背にしていた校舎の方へと爪先を向ける。続く藤堂が隣りにピタリと寄り添い、鈴木と山本は安堵を浮かべる落合やすまし顔の久保の後方に構える形で、残りのC組の面々と後に倣い振り向いた。

 結果発表が始まり、まず現れた校長の一日を労う短い挨拶のあと、生徒会長が朝礼台へ上がる。

「本年度の優勝クラスは――」

 飛び跳ねて喜んだり、悔しがったり。

 最後の大興奮みたいに騒いで、文化祭が幕を閉じた。

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