見目麗しいのは事実なもので
恋人が可愛過ぎて震えてしまいそうなのですが、どうしたらいいのでしょう。
などという相談を誰に出来るはずもないので、有村は待機させられている舞台袖からミスコンの決選投票を眺めてみる。
「うわぁ。今年は去年より断トツで藤堂だなぁ」
姫コンはミスコンのすぐ後に催される為、舞台袖には呼び出された女装男子十人が押し込まれている格好だ。舞台下から見えないようにとはいえ、許されているスペースは満員電車クラスに狭い。
拍手の大きさで決めるというのは曖昧だと思っていたけれど、確かに藤堂の時だけ盛大さが桁違いだった。二連覇おめでとう。胸の中で呟いて音を立てない拍手を送る有村の隣りで、先程ダントツだと零した先輩が顔をこちらへ向けた。
「ツレだろ? 二年の有村」
「はい。あ、はじめまして」
「はじめまして。俺、三年の高橋。お前があっちに出てたら、もうちょい競ったんだろうな」
「どうでしょう。藤堂はカッコイイですし」
「ああ、そういうの言っちゃう人?」
「事実ですから。素敵だと思うのに、性別はあまり」
「へぇ。さすが、噂通りのフシギくんだ」
三年の男子の中ではそう呼ばれていると教えてもらい、有村は微妙な顔で数回、ゆっくりと頷いた。
隣りにいた高橋先輩も目鼻立ちのハッキリとした美少年だった。なんでも、去年はミスコンで二位を取ったらしい。藤堂と最後まで競った人、そう思って見てみると確かに整った顔立ちをしている。その高橋先輩までこちらにいるということは、どちらにせよ今年のミスコンは出来レースだったわけだ。
舞台上では、優勝者の藤堂に金色の王冠が手渡されていた。受け取る藤堂は二割増しの仏頂面。藤堂らしくて笑えてしまう。
「今年さ、全体的に女装率が高いんだって。それで思い付いたらしいよ、姫コン。同時開催」
「そうですか」
「なにが面白いんだろうなぁ? 有村は、したくて女装してる人?」
「いえ。決まったので、している人です」
「俺も。でも、やるからにはネタになんかしない。有村もそう?」
「面白がってもらうつもりはないです。楽しんでもらえたら、なによりですが」
「わかるわぁ。癪だよなぁ? 誰が見世物になるかっての」
とはいえ、集められた他の八人を見る限り、有村と高橋先輩に同調してくれる人は少なそうだった。服装に然り、メイクに然り、完成度の高い人は半分いるか、いないかだ。
ボリュームのあるミニスカートから伸びる脚が毛深いままの人もいる。大きなリボンを着ける頭も地毛の黒髪、短髪のままという人も。そういう人からすれば姫コンは地獄そのものなようで、未だに出たくないとボヤく気持ちはわからないではない。
想定外の点数を狙う有村にはここにいる理由があるが、表へ出たら十人全員、見世物に違いないような気もした。
「そうだ。噂で聞いたんだけどさ。二年のどっか、朝、大変だったって?」
コメントを求められた藤堂が、司会に寄せられたマイクに「どうも」とだけ呟く最中、高橋先輩は周囲を気にして声を潜める。化粧をしていても心配気なのは見て取れ、有村は雑談のついでで「ウチのクラスです」と答えた。
誰も詳細を知らぬまま、三年生のフロアでは『二年のどこかのクラスが何かされたようだ』という話が出回っていたらしい。開始が遅れたクラスはC組以外にもあったので、噂話の範疇で。
耳にしていた高橋先輩は心を痛めていたらしく、影を落とした横顔が心底、有村を労わっていた。
「そうか……大変だったな。大丈夫だった?」
「はい。みんなで協力して、なんとか。ご心配頂いて、ありがとうございます」
「ううん。だって文化祭の当日だろ? 初っ端から泥塗るとか信じらんないよ。どこのクラスでも。なに? 入り口でも壊された?」
「中です。教室内の飾り付けを、大凡」
「マジで。それ朝から直してって、頑張ったなぁ」
「頑張りました、全員で。でも、なんとかなりましたし、結束力は高まったように思います」
「怪我の功名だ」
「ですね」
有難いと思ったし、親切な人だとも感じたので、有村は改めて礼を言う。
会釈をすれば、高橋先輩は困ったように首を振り、そっと微笑みかけてくれた。
「でも、その話はどこから? ウチのメンバーは朝、校内を駆け回ったりして騒がしかったとは思いますが、騒いで回ったとは、あまり。担任も、混乱があるといけないからと、話は来週以降にすると言っていましたが」
「うん……」
混乱を避ける為に、犯人捜しは週が明けてから。有村は教室で担任教師がそう言ったのを確かに聞き、実際、話の出所は三年生のフロアだった。
言いづらそうに、高橋先輩は先程よりも声を小さくする。
体育館に響く拍手に消えず聞き取るには、有村は寄せられる顔に自らも顔を近付ける必要があった。
「実はさ。朝、やってやった、みたいなことを言ってたヤツがいたんだよね。ウチの学年で。所謂、ヤンキー」
「ヤンキー?」
想像をするのに視線を逸らす有村へ、先輩は優等生を見る顔で「不良」と言い直す。
三年生には、ケンカだの喫煙だのという理由で停学処分になったこともある数名が、群れてグループを作っているらしい。先輩の口調では、かなり迷惑をしているという風な感情が見て取れる。
「二年にはいないって聞くし、イメージ湧かないか。去年、藤堂が大体シメたから、ウチの学年でも減ったんだけどねぇ。まだいるわけだよ、生き残りが」
「なるほど」
昨年時の藤堂の武勇伝は聞くまいとする有村の苦い顔を、先輩は笑う。不良の巣窟ではないが、真面目な生徒ばかりの進学校でもない譲葉には昨年まで、それなりに問題児が多かったようだ。
校舎裏で殴り合いは日常茶飯事。軽めの思い出話を聞き、そこに含まれていたであろう藤堂が容易く想像出来るのが、なんとも切ない気分だ。兎角、面倒臭がりなあの性格なら自分から吹っ掛けはしなかっただろうけれど、血の気が多いのは重々承知している。
ウンザリとする有村へは、自分のような一般人は感謝していると先輩は言ったが、言った顔が含みのある感じで笑っていた。
「だからまぁ、藤堂へのアレがあったんじゃないかなぁ、とか。想像よ? ただの」
「はい」
「そうじゃなくても、碌なヤツらじゃないんだわ。だからさ、まぁ気持ちはわかるけど、有村はそういうの苦手そうだし余計に、あんま関わらない方がいいよ。性質悪いから、因縁つけて何言い出すかわかったもんじゃない。やめといた方がいい。それだけ、な?」
「心配してくれるんですね」
「するよ、そりゃぁ。プライド持った女装仲間だし」
「ははっ」
物は試しと尋ねてみて、先輩は、藤堂は顔見知りだと思うと答えた。
藤堂の記憶にあるかないかは別として、先輩の言う『ソイツら』が藤堂にケンカで負けた話は聞いたというのだ。昨年、複数人でかかった挙げ句、こてんぱんに。藤堂の負け知らずは本当だったようだ。
「ただ、ちょっとした違和感はあるんだよね。自分から藤堂に手ぇ出すかな、って。有村は、どう思う?」
「どうでしょう。意地悪をしようと思ったことがないので」
「言うねぇ。けど、さすがにそろそろアウトだろうし、鍵パクったにしろ窓壊したにしろ、退学とかあんのかね」
「…………」
声でも、表情や目付きでもウンザリと、そうなればいいと思っていそうな先輩を見つめ、有村はマスカラで重たい睫毛を一回、パチリと落とす。
「一応、その方々のお名前を伺ってもいいですか?」
「いいけど……でもホント、関わらない方がいいよ?」
「わかってます。でも、藤堂がもし覚えていたら、名前が出た時に知らない僕だけが出遅れてしまう。彼にはもう、不必要な暴力を揮わせたくないんです。お願いします」
「お願いって言われてもなぁ……」
真っ直ぐに向ける有村の目を、高橋は一度、しっかりと見た。なので、この望みがすぐに叶うのは知っていた。
先輩は思案のあとで溜め息を吐き、「わかった」とひと言。有村へと戻る目はやはり、良い子の優等生を見るものだった。
「お前とつるむようになってから、藤堂が大人しいって話も聞いてる。友達ってのは偉大だな」
「では」
「いいよ、教える。でも、絶対な? 有村ってマジでイイ子そうだし、何かあったら俺が嫌だし」
「ありがとうございます」
「こんなんで礼なんか言われたくないよ。しかし可愛いな。顔面最強かよ」
「はい?」
「なんでもない」
司会者が退場するミスコン参加者へ会場中に拍手を求め、体育館には割れんばかりの歓声等が響き渡る。
互いに耳へ口が付くほどに距離を詰め、有村と高橋先輩が三往復ほどのやり取りをした頃、頭に王冠を乗せた藤堂がこちらの舞台袖へやって来た。
「おめでとう、藤堂」
「ん。出番だ。気張れよ、有村」
「了解です」
チラチラと手を振る高橋先輩のメイクをした顔に見覚えがないらしく、怪訝そうに見送る藤堂に有村は笑みを浮かべ、ライトの白光が注ぐ舞台上へと歩み出た。
体育館を埋めるのは在校生をはじめ、卒業生や家族や友人、エトセトラ。悲鳴のような歓声の中には「有村くん!」や「高橋くん!」の声も飛ぶ。
一年生を一番奥に、学年順、クラス順に横並びになると、有村は丁度舞台の中央付近、高橋との間には二名が挟まった。司会者に名前を呼ばれたら一歩前へ出て、浴びる歓声に応える。照れ臭そうに会釈をするだけの人もいたが、有村は優雅に手を振り、敢えての科を作って笑みを振り撒いた。
どうぞご覧あそばせ。最大限に美しい僕を。
特に指定されなかった持ち時間は、有村と最後に投げキッスのおまけを付けた高橋先輩だけ、他の八人よりも倍以上は長かった。




