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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第六章 起動少年
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謎の組織、生徒会

 二枠目のホームルーム開始後、間もなくして、草間が黒板を背に教壇へ立つ。

 担任は場所を明け渡す格好で窓際に置いた椅子に腰かけており、草間の傍らには書記として、チョーク片手の落合がいる。前を向く草間は緊張の面持ちでいたが、大きく深呼吸をしたあと、最初の大役を始めた。

「それでは最初に、C組の出し物を決めたいと思います。案がある人はいませんか?」

 草間が募るやいなや、男子と言わず、女子と言わず、手を挙げたり挙げなかったりしながら、矢継ぎ早に提案が飛び出した。

 書記の落合が忙しそうに、黒板へ書き留める。去年もやったというお化け屋敷も出たし、ゲーム、ビンゴ、射的やヨーヨー釣りなどの縁日のようなものも出て、有村としてはりんご飴は少し作ってみたい気もしたが、賑やかな教室の中でひと心地つくのを待っていた。

 文化祭では飲食系の出し物が定番なのかもしれない。カフェは形態を変えて既に二つ出ていた。黒板の半分以上が埋まっても発言が止むことはなく、そんな折、ふと校内放送が流れた。

『二年C組の藤堂くんと有村くん、生徒会室まで来てください』

 放送で名前を呼ばれたのは、初めてだった。

 なので有村は振り向いて、藤堂を見る。藤堂は怒っている顔をして苛立つような溜め息を吐くと席を立ち、有村へは「行くぞ」と、ひと言。担任も行って来いと言うので、張り切る草間に後ろ髪を引かれつつ、有村は藤堂に続いて教室をあとにした。

 向かおうとして気付いたことだが、譲葉に通い出して数ヶ月、有村は生徒会室の前を通ったことがない。藤堂は場所を知っていると言った。旧校舎の三階だ。ドアの上には『生徒会室』のプレートが刺さっていた。やけに静かなドアは、藤堂が開けた。

「キャッ! 来た! 本物!」

「…………」

 開いたドアの向こうに有村が見たものは、三名の女子生徒の姿。長机を二つ向かい合わせた大きなテーブルの奥、窓際に横一列で並んでおり、両端のふたりは口元を覆って「どうしよう」と挙動不審に身悶えている。

 どうしようと言われても困る。呼び出されたから、やって来たのだ。藤堂は露骨に『怒っているぞ』のアピールに忙しく口を動かす気はないようだったので、代わりに有村が軽い会釈をした。

「呼び出しを受けたので来ました。二年C組の有村と、藤堂です」

 しかし、返って来たのは再びの悲鳴。喋った。動いた。声がいい。恐らくは褒めてもらっているのだろうが、有村の目線は隣りの藤堂へ向く。

 どうやら、加勢をする気もないらしい。昨年なにがあったのやら、藤堂はほとほと生徒会とは関わりたくないようだ。

「あの、ご用件は?」

 問いかけてようやく、生徒会室の三人はお互いを窘めたり叱ったりしながら、肩を揺らして背筋を伸ばした。三つの中で一番大きな咳払いをした真ん中の生徒が、「中へどうぞ」と入室を促す。

 逆らうものではないだろうから、有村は動く気もない藤堂の背中を押して部屋へ入った。ドアを閉めて、勧められた椅子に座る。長机と同様に、味気のないパイプ椅子だ。入口から見て縦長に配置された机の左右両側に四つずつ、窓を背にする奥のひとつを加えて、計九つ置かれている。有村は藤堂を端からひとつ押し込む格好で、一番手前の椅子にかけた。

 大きな咳払いをした生徒は、座っても真ん中にいた。彼女が生徒会長であるらしい。あとのふたりは似た風貌だが、眼鏡をしている方が副会長で、していない方が書記である。役職だけを名乗られて、名前は教えてもらえなかった。

「用件というのは、文化祭のことです」

「はい」

「単刀直入に言うと、有村くん、には、今年のミスコンへの不参加をお願いしたい」

「ミスコン?」

 質問は隣りの藤堂へした。全くの初耳だ。

 藤堂は腕組みの格好で固まっており、回答は生徒会長がしてくれた。

「当校では毎年の文化祭で、校内一の美男子の決めるミスター譲葉コンテスト、通称ミスコンを行っています。基本、全校男子生徒が対象となるコンテストですが、協議の結果、有村くん、には、不参加をお願いしようと」

 心苦しい、という口調だ。説明をしてくれる生徒会長だけでなく、副会長と書記も表情で、申し訳ないと言っている。

 気になることはそこそこあるが、有村は三人の様子を見て多少、頭の位置を低くした。

「構いませんが、僕は何かしてしまったのでしょうか。参加することで、ご迷惑になるような」

 全員参加が基本なのに最初から除外されるには、きっと、それなりの理由があると思ったのだ。

 目立つ問題は起こしていないと思う。少なくとも教員に叱られたことはない。初めて、生徒会長と正面から目が合った。

「ぶっちぎり確定でレースにならないからです」

「え?」

 視線と同時に首も動かし、生徒会の三人と藤堂を見遣る有村に応えてくれる声はない。代わりに、生徒会長が副会長から受け取った一枚の紙を眺め、もう一度、大きな咳払いをした。

「調べました。現在、有村くん、あなたの親衛隊やそれに準ずるものを名乗る人数は、男女総勢で百名を優に超え、潜在人数は同数以上いると考えられます。当校の全生徒数は三百八十六名。過半数を超えているのは間違いない。投票権は在校生だけでなく、一般参加、先生方にも一点ずつ与えられますが、初めて見る人があなたに投票しないはずがない。これではやったところで出来レースです。ミスコンは文化祭で最も盛り上がるメインイベント。ある程度、競って頂かないと困る」

「ええと……」

「調べました。一年、二年、三年、男女平等に話を聞いたところ、先生方を含め、あなたへの悪評はひとつも出なかった。多少の妬みはありましたが、あなたは間違いなく、当校のアイドル。あなたの容貌は当校の、いえ、国の宝です」

「たから……」

「ですので、コンテストには不参加となりますが積極的に表舞台で、どうぞその素晴らしい容貌を如何なく発揮して頂き、来年度の新入生増加に貢献して頂きたい。生徒会からの要請は、以上です」

「……貢献?」

「はい。当校の新入生は年々、減少傾向にあります。由々しき事態です。どうぞ、ご協力を」

「……はぁ……」

 どうしよう。困り果てた有村は藤堂の腕を揺すり、腕組みのまま横へグラグラ揺れるだけの藤堂に「どうしたらいい?」と、耳打ちで助けを乞う。

 有無を言わせぬ物言いの生徒会長、真摯な眼差しを注ぐ副会長と書記。見られ続ける有村は居心地悪いなどという程度ではなく逃げ出したい気分で、返事が来るまで二度、藤堂を呼んだ。

「なら、俺も不参加にしろ」

「無理です。藤堂くんは昨年度王者。ディフェンディングチャンピオン。現、ミスター譲葉です。不参加は有り得ない」

「え?」

 次は、「そうなの?」と囁き声で訊いてみた。藤堂が返して来るのは鋭い睨みだけ。やはり、生徒会長が回答役を引き受けた。昨年度のコンテストで過半数を獲得して王位についた藤堂には、初の三年連覇、殿堂入りの期待がかかっているのだとか。

 生徒会長が話す間、有村は藤堂がいつ生徒会室を出て行ってしまうかばかりが気にかかる。女は殴らないと言っていたけれど、今の藤堂は胸倉くらい掴んでしまいそうだ。

「藤堂くんには終盤、必ずステージへ上がって頂きます。なので、大体四時以降は動ける状態にしておいてください。念の為、メイクだけはお控えください。王者の顔にペイントが施されていては、格好がつきませんので」

「やりたくねぇ」

「却下します。ミスコンが盛り上がるかどうかが、文化祭成功のカギを握っているのですから。抵抗するならまた、人海戦術でお連れするだけです」

「てめぇ」

「藤堂。女子。相手、女子」

 去年のミスコンは大層、盛り上がったそうだ。二年生、今の三年生に、藤堂と最後まで競った美男子がいるとかで、生徒会は今年もその盛況に多大なる期待を寄せている。

 そこまで熱を入れる理由が、他にあるような気がした。尋ねてみれば、文化祭は生徒会にとって一番の大仕事であり、OBも例年、多数が様子を見にやって来るらしい。先輩方の前で有終の美を飾りたい生徒会には生徒会で、譲れない強い想いがあるわけだ。

「だとしても、俺たちだってクラスの出し物がある。生徒会の手伝いをする暇はない」

「構いません。何をするにせよ、裏方には回らないで欲しいというだけです。出来れば、接客を伴う飲食系などが人の入りが多くなって有難いですが、生徒会にクラスの決定にまで口を挟む権限はありませんから。生徒の自由は奪いません」

「だったら、嫌がってる生徒を無理矢理、壇上に上げるな」

「ミスコンは別です。アレは生徒会主導。全権譲渡」

「クソが」

「藤堂」

 どうやら、折れる他ないらしい。有村は「善処します」とだけ告げて、睨み足りない藤堂を引き摺るように生徒会室をあとにした。そうも嫌う理由はわからなくもない。どこがどうもいうわけではないにしろ有村も、あの部屋の、あの三人の雰囲気というか勢いというか姿勢というかは得意ではなかった。訊いたのに、名前を教えてくれなかったし。

 しかし、兎にも角にもだ。有村は一刻も早く教室に戻りたかった。草間が頑張っているのだ。応援しなくて、協力しなくて、どうする。

 旧校舎三階からの移動は、それなりに時間がかかる。気が付けば駆け足にならない限界速度で、パタパタと靴底を鳴らしていた。途中で見た時計では、ホームルームに残された時間はあと十分。話は纏まっているだろうか。草間は困っていないだろうか。急ぐ有村の後ろに、藤堂がいる。

「戻りました」

 教室後方のドアを開けたところ、二年C組はなにやら挙手で多数決の最中だった。そういえば、教室を出る時に藤堂が、自分と有村の意見は後回しにして決めちまってくれ、と言っていた気がする。草間に気を取られていた有村が今更、思い出す限りでは。

「ごめんね。時間があと少しだから、いないのに、始めちゃって」

「いいよ。そう言って出てったよね、藤堂が」

「うん。ごめんね」

「いいって」

 申し訳なさそうな草間の後ろで、落合が妙に疎らな行間を開けた三つの一番最後、『縁日屋さん』に三票を付け、ひとつ戻った真ん中にピンクのチョークで花丸を付けた。

「て、ことは、女装カフェに決まりだね! 異議なし?」

「異議なし!」

 花丸が付いたのは、有村と藤堂が座席へ辿り着いた頃。椅子に座ってすぐ、有村は大量の疑問符を頭に浮かべて、辺り一面を見渡した。

「え、女装? ただのカフェじゃなくて?」

 ただのカフェなら呼び出しを受ける前から黒板に書いてあった。女装は、付いていなかった。なんで、敢えて女装。

 見渡す中では数名の男子が「やりたくない」「いやだ」と言っているが、女子は概ね大盛り上がり。面白そうだと言っている他の数名の男子は窓際の後方、有村と藤堂がいる一角を振り向いてニヤニヤと笑っている。

 なんで。どうして。困り顔の有村が正面を向くと、気まずそうな草間の斜め後ろで、落合が不遜な表情を浮かべていた。

「他のクラスから苦情が来たの。ウチの文化祭はクラス毎の人気投票もあるから、姫様とセコムの顔活かしはズルい、って」

「ズルい?」

「そう。どこか面白かったかって投票なのに、ただのカフェにして姫様とセコムがホストしたら混むじゃん。その顔、目当てに。女装はハンデ。さすがに、そのデカさで女装したら素体よりマシでしょうよ」

「え、ちょっと、言い方酷くない?」

「エグい美形は黙っとれや」

「ひどい!」

 あんまりな言い草だ。好きでこんな顔をしているわけじゃないのに。生徒会室でも容姿をネタに散々言われ、滅入ったあとなら余計にだ。

 助けと加勢を求めて有村は振り返り、頼みの綱の藤堂に視線で縋る。しかし、藤堂はそんな有村など見えていないかのように、すました顔で右手を挙げた。

「俺、さっき生徒会に化粧すんなって言われたから、裏方な」

「そっか。生徒会に言われちゃ、しょうがないね」

 そこまでの力はないと口で言うあの生徒会とは一体、何者なのだろう。落合に同意するよう、それなら仕方がないと続く女子の声、何だよと残念がる男子の声が幾つかした。

 でも、そこじゃない。有村は藤堂の腕をパシパシと、数回叩いた。

「裏方もダメだって言われた」

「お前はな。化粧がダメなのも俺だけだ。丁度よかったな」

「なにが? え、なにこれ、裏切り?」

「心配するな。お前なら、すげー美人になれる」

「なんの励まし? いやいや、ならなくていいし、なりたくもないんだけど?」

 教室だから言葉にはしなかったが、有村は目で知っているはずの藤堂に訴える。女装は嫌だ。嫌な想い出しかない。言ってしまえば、トラウマだ。

 手応えのない藤堂が零す「単なるお祭り」でトラウマを抉られる気持ちを考えてみろ。多少は小声で言いもした。藤堂から返って来る囁き声は簡単に、「ガキの頃の話だろ?」。甲斐がないったらない。

 その間に教室では、「可愛くなるぜー、有子ちゃん」という、恐らくは町田の半分笑った声などが飛び出した。爆乳の有村が見たい、とか、勘弁して欲しい。ささやかではあるが抵抗を見せる有村の背後で、草間がもう一度、「ごめんね」と言った。

「女装なんて、嫌だよね。やっぱり、戻って来てから決めればよかった……」

 ごめんね。草間はもう一度繰り返し、教卓へ向かって俯いてしまう。

 そうして少々、教室が静かになったのだ。そこで、橋本が口を開けた。

「多数決で決まったのに、彼氏の顔色見て変えようとか、司会としてどうなんですかー?」

 クスクス。橋本が発言すると付き物のように上がる笑い声がふたつした。おかげで教室に流れる空気は、一気に重たいものになる。有村が見渡す限り、全員が動向の様子見、という具合だ。

 沈黙を落としたあとで橋本は振り向き、有村を見た。

「人に偉そうなこと言っといて、自分はワガママ通すんだ? すごいねー、王子様って」

 さっきの仕返し、というつもりだろう。勝ち誇った顔が悪臭塗れのくすみ色に見え、有村は観念して、ひと息吐いた。

「確かに、橋本さんの言う通りだね。騒いでごめん。やるよ、女装。でも、やるからには世界一の美女を目指すからね。みんなも、綺麗な女の子になるんだよ!」

 ネタなんかでやらないよ。有村はそう言って、男子たちの顔をキリリと見る。彼らは「無理だ!」「無茶振りだ!」と騒いだが、重苦しい空気は一瞬で晴れた。

 黒板の前、おずおずと目線を上げる草間に、有村は微笑みかける。なってやろうじゃないか、世界一の美女に。草間のリベンジを華々しく飾る為ならば。

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