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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第六章 起動少年
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勝負の世界は遠くの話

 夏休みが終わると九月の半ばに球技大会が行われ、それが終わればすぐ文化祭の期間になる。実施は十月の後半だが、係を決め、徐々に準備が始まるのだ。

 昨日辺りから校内放送で生徒会の役員が呼び出されたり、生徒会からの放送が流れるようになっていた。因みに今日は、球技大会の当日である。

「大丈夫だよ。苦手なものは誰にだってある。頑張ればいいんだって。ね、草間さん」

 男子はバスケットボール、女子はバレーボールに決まっていた。どちらもクラス対抗の総当たり戦。全員が一度は試合に出なければならず、草間は三日前から憂鬱で胃が痛そうにしている。

 一昨日は体育の終わりに、久保と落合の三人で練習をしたはずだ。その時、手首に出来た痣はまだ残っており、ジャージの上を着てやるとは言っているが、それが何の助けにもならないのは実証済みである。

「出来ないのはいいの、わかってるし。でも、それで迷惑をかけるのが……」

「勝負は時の運と言いまして」

「有村くん?」

「失敗する可能性は誰にでもある。みんなが勝つ為に一生懸命頑張れば、それでいいんじゃない?」

 球技大会では体育館を二面で使い、奥で男子がバスケットボールを、手前のネットが張られたコートで女子がバレーボールの試合をする。午前中に終わらせる為、今日に限ってチャイムは無視をするらしい。

 代わりに自分のクラスが試合をしていない時間が、それぞれの休み時間や休憩時間に充てられる。総当たり戦なので組み合わせの順番は男女で同じ。つまり、次に有村が草間を励ませるのは男女共にC組が試合のないタイミングだけ。草間は一回目の出番を終えたあと、ということになる。

 背中を押してコートへ入る草間を見送れないだけでなく、試合中に声をかけることも出来なくなりそうなのだ。次に会える時に草間が深く落ち込んでいるのは、叶うなら回避したい。なので有村は言い付けられた準備を早々に終えたあと、開始の号令がかかるまで体育館の隅で、こうして草間にかかり切りでいるというわけだ。

「それに、僕もバスケは苦手だよ。ルールがあるスポーツは、あまりね」

「そうなの?」

「うん。キッチリと決まってないか、個人競技の方がいいな。ここは任せて、ここは自分で行ってとか、あとで言われるけど、よくわからない」

「そうなんだ」

「でも、頑張るよ? 草間さんのこと、応援する。だから一緒に頑張ろう? 目指せ、C組初優勝! ホラ。草間さんも手を上げて? 頑張るぞ、おー!」

「……おー……ふふっ。うん、そうだね。頑張る」

「うん! 怪我しない程度にね。そこそこでね」

「どっちなの、もう」

 落合と久保も近くにはいる。藤堂や鈴木、山本も似たようなものだ。

 そうやって体育館には幾つもの仲良しグループが作る集団が出来ている。ストレッチをしたり、作戦を練ったりしている真面目な生徒はごく僅か。遊び気分の二年生たちを集め、D組までの四人の担任が一列に並んで球技大会の開始を告げた。

 始まってしまうと、基本的に体育館を二つに分ける巨大なネットの壁の奥と出前で、男子と女子は分断された。もちろん、トイレへ行くなどの理由があれば通り抜けなければならないので、多少の行き来は可能である。

 しかし、始まってしまえばというもうひとつのものが有村をネットの向こうへ行かせてくれず、C組の男子たちも一応の作戦会議に勤しむことになった。

「途中で何回代えていいんだ?」

「無制限。でも、一回フルで出たヤツは、次の試合で出られない」

「後半のラストは?」

「ダメ。後半も出たら、フル扱いするってよ」

「マジか」

 C組には三人のバスケ部員がいた。試合に出たことがあるのは一人だけで、あとの二人は自信がない様子。昨年の結果と日頃の運動神経を買われて、藤堂と鈴木は使い場所を悩まれていた。山本は動けるし上手いのだが、体力がないという面でやはり投入場所を悩まれている一人だ。

 その点、有村はというと、話の成り行きを見守っているだけ。バスケットボールに限らず、スポーツのルールに詳しくないのもチームプレーが得意でないのも、C組男子の中では常識だ。

「誰にだって向き、不向きはあるって。取れって言ったら取るし、抜けって言ったら抜くし、打てって言えばシュート決めるんだから、指示出すのは俺たちで頑張ろうぜ。有村は、使いよう」

「だな」

 中心核のバスケ部員、及川の提案に、他の男子たちが賛同する。有村も多少は申し訳なく思うのだけれど、確かにこればかりは苦手なので仕方がない。

 周りが見えていないわけではないのだ。誰がどこにいて、どういう状況なのかは把握している。相手がどう動くのかの予想もまず、外れない。極論、ひとりでボールを持って点を取れと言われた方が簡単なのだ。出来るとも思うのだけれど、これはチームプレイだと言われた瞬間、有村は極端に使い勝手の悪いプレイヤーになってしまう。

 初戦で、有村と藤堂は温存されることになった。強敵は二戦目のB組なのだ。山本は初戦の前半、鈴木は後半に出ることが決まった。

 開始から五分で息切れが甚だしくなった山本を応援しつつ、有村は隅の方で藤堂と並び、座っている。

「お前はまず、スポーツマンとしてなってねぇ。勝ちたいと思ってないお前に勝とうと思って負けるヤツは気の毒だ。勝っても同じで、気分が悪い。これは勝負だ。やるなら、勝つことだけ考えろ」

 出番を待つ鈴木は同じくの男子と一緒に、もう少しだけコートに近い場所にいた。声援のひとつとして、鈴木の声は良く通る。

「考えてるよ。勝とうとしてる」

「みんながそう言うからな。お前はどうなんだ。負けても楽しけりゃいいって思ってんだろ。そういう楽しみ方もあっていい。ただ、本気でやってるヤツには失礼だって話だ。勝負に遊びで応えるな」

「遊んでない」

「でも、根性据えてやってもない。一遍でも見せてみろ。お前の一生懸命は、必死じゃない」

 会田の打ったシュートが決まり、C組に二点目が入る。皆と同じように手を叩いて賞賛を送るが、有村はチラチラと、「もう一本」としか言わない藤堂を窺う。

「だったら、みんなは矛盾してる。打てそうなのに、パスを出せって言う」

「囲まれてるから言うんだ。お前は相手の裏くらい、平気でかくけど」

「点を取れば勝ちなのに? そうかと思って周りに配ったら、自分でやれって言うし」

「極端なんだ、お前は。特攻か中継かって、どっちかしかしねぇ」

「そんなバランス、わからない」

「お前は自分で勝つか、誰かを勝たせるしかねぇのか。だったら確かに、お前みたいなのはチームプレーに向いてない。嬉しかねぇだろ。勝って、よかったねって言ってるくらいじゃな」

 へばり始めた山本へ「根性出せ」と言ったあと、藤堂は退屈そうに「お前は出来過ぎるんだ」と吐き捨てた。他人よりも上手く出来てしまうから、他人を頼る意味がない。そこで藤堂は、旅行中の役割分担の話を持ち出して来た。

 掃除も洗濯も誰より手早く、完璧にこなす。けれど料理が一番群を抜いているのだから、その他を自分より出来なくても他人に任せる。有村は別に自分が完璧だと思っていないし、誰がした何かにケチをつける気もない。その辺りは承知した上で、藤堂はやはり「向いてない」と言うのだ。

「俺も人のことは言えねぇし、お前に協調性がないとは言わない。ただ、お前は他と足並みが揃わない。やるんならもっと、そもそも役割が決まってるスポーツがいい」

「どんな?」

「……野球とか」

「野球……」

「何人でやるか知ってるか」

「知らない。十人くらい?」

「遠くねぇ」

「やった」

 時間が来て、後半戦が始まった。山本は伸びてしまい、コートの向こうで寝転がっている。四点目になる最初の得点は、八木からパスを受けた鈴木が決めた。

 これで相手との得点差は三点。大体、及川の読み通りだ。

「……勝ちてぇから、負けると悔しい。どっちもねぇまま勝負するのは、そのウチきつくなる。楽しくもなくなる。じきにな」

「うん?」

 外れたボールが近くの壁に当たり、有村はその音でピクリと肩を跳ねさせる。試合は続行。有村は改めて「なにが?」と尋ねてみるが、藤堂は「なんでもない」と少し真面目に応援をし始めた。

 藤堂が以前、地元で有名な野球少年だったことは知っている。怪我をしてやめたこと、みさきや母親が今でも残念に思っていることも知っているし、藤堂自身が続けたいと強く思えなかったことも、有村は知っていた。

 後悔はないと言う。良い機会だったと話した藤堂に嘘はないように感じたが、何度か掃除をした藤堂の部屋の押し入れには未だに、使い込まれたグローブやバットがしまわれている。すぐに取り上げられてしまったが、袋にユニフォームらしき物が入っているのも見た。有村が思うに、つまりは、そういうことだ。

「今度教えてよ、野球」

「嫌だ」

「本当は知ってる。ナインって言う。九人でするスポーツだ」

「違う」

「違わない」

「違う。だからお前に、野球は教えない」

「ケチ」

「言ってろ」

 自分から話しかけて来たくせに、藤堂は有村に「しっかり応援しろ」と今更、尤もらしい注意をした。誰の周りが空いているとか、誰をガードしろとか。教えたら相手にも聞こえるのにと思うと、有村は言えて「ガンバレ」くらいしかない。

 相手が一点決め、こちらも二点決めた。残り時間はあと僅か。次の試合に出るものだから町田がふたりを呼びに来て、先に立ち上がった藤堂は遅れて立ち上がる有村へ、突然の拳を繰り出す。

「なに」

 丁度、顔の高さに飛んで来た握り拳だ。何気なく右手で掴んで遮ると、藤堂は鼻を鳴らす塩梅で、悪人のような笑みを浮かべた。

「キャッチボールならいい。それなら、俺とお前、ふたりで出来る」

「やった。いつやる? いま?」

「今はバスケだろうが。いいか。お前はとにかく相手からボールを奪え。で、取ったら空いてるヤツにパスを出せ」

「了解」

「でも、取った場所があの丸より後ろなら、シュート打て。三点入る。勝つぞ。有村」

「かしこまり!」

 伸びをした藤堂と有村がコートへ入ると、ネットの向こうから真っ黄色な声援が割れんばかりに巻き起こった。相手のB組には五人のバスケ部員がいて、うち三人の試合に出られる二年生が全員、コートの中に顔を揃えている。

 燃える、と言ったのは町田と藤堂。有村はネットの方を振り向いて、目が合った草間へ小さく手を振った。

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