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起動少年
第六章【起動少年】
「洸太。美しいピアノを、どうもありがとう」
懐かしい中庭で
瞳の色は違えど祖母によく似た顔立ちの伯母が言った。
「そんな風に笑えるようになったのは
あなたの心に、翳りがなくなったからかしら?」
なんとなく
二度と聞くことはないような気がしていた言語を聞いた。
「いいえ。
僕はまだ、リリーのいない世界が怖くて仕方ありません」
同じく二度と話すことはない気がしていた特別な言葉は
あの頃のまま
生まれた国の言語よりも、身体に馴染む。
「けれど、満たない僕と、臆病な僕と、向き合ってくれる人がいます。
大切な友人が、愛しい人がいます。
そういう人たちに恥じる自分でいたくないから
僕はもう、逃げ回るのはやめようと思います」
舌にも、耳にも、肌にも馴染む。
伯母は声も、祖母と似ている。
「……そう」
なにより
はにかむように笑う少女のようなその笑顔がうりふたつ。
膝の辺りにリリーの体温を感じた。
太腿を指で叩けば
肉体を失くしたリリーは気配で、今も寄り添ってくれる。
リリー。
胸の中で呼びかけた。
リリーは近頃、とても無口だ。




