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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第五章 萌芽少女
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おまかせあれ!

 草間がしたアドバイスは、少し内容を纏めてみんなにも意見を聞いてみようよ、だった。

「それでね。あの、なんて言うか……」

 色々と考え過ぎてしまうのだと思う。誰かに迷惑をかけないようにとか、面倒をかけないようにとか。有村には方々に気を遣い過ぎて自分のしたいように振舞えない時が、昔からあったのかもしれない。自由奔放に行動してしまうのとは、別の意味合いで。

 薦めた草間には勝算があった。こちらには、察することに優れた落合と久保がいる。鈴木や山本もそうだ。フムフムと真剣にスムーズにいかない有村の話を聞き、途切れた所で落合が動いた。

「つまり、姫様はお世話になったお礼がしたいけど、今までしたことがないし、有村の家の子は普通しないから、しない方が良いのかなって悩んでるんだ?」

「うん。お礼を言うだけで、滅相もないとか言われちゃって」

「まぁ、昨日も結局、勝手に持ってった焼き魚がピーチパイに化けたしねぇ。でも、したいんだよね?」

「なにか、ね。出来れば。してもいいなら? でも、それで気を遣わせるのは違うし……だから」

 多少案じていたのだが、今朝の久保は悪態も嫌味も苛立ちすらも持ち出さず、「坊ちゃんも苦労するわね」と気の毒そうな顔をしていた。草間も同意見だ。余り物だと言ったのに、大急ぎでお返しのパイを焼いてもらっては、自然と次は躊躇われる。どこかへ行けば歓迎の準備万端。有難いけれど、それでお礼も言えない環境は、ひたすら心苦しいだけだ。

 山本は鈴木と一緒に、別にしてもいいんじゃないか、と言う。その脇で、朝食後の珈琲を飲む藤堂は未だ静観の構え。そこで動くのはやはり、落合だ。

「じゃぁ、こういうのはどうよ。姫様がって言わないで、あたしたちが一週間のお礼したいって、何かすればいいんじゃない? 実際、あたしもなんかしたいし。何が出来るかってのは……鈴木、なんかない?」

「俺かよ。まぁ現実的には食いモンだろうな。和斗さんが余裕見て五時頃出ようって言ってたから、時間的に昼飯を、とか。でもそれじゃ有村が全負担で、俺たちやることねぇか」

「だったらここの中庭で、パーティー的なコトしたらいーんじゃねー? セッティング? オレたちでして、有村が奥でメシ作って、オレたちが運ぶ。アレだよ。全員でオモテナシ!」

「いいね、山もっち! ソレ採用!」

 落合が動き出せばトントン拍子に進むのは、この一週間で明らかだった。鈴木や山本から次々にアイディアが出て来るし、久保はそれをそっとバージョンアップ出来る。そこには草間も参加した。せっかくなら中庭にテーブルを置いて、飾りつけもしたいね。落合は当然、そうするつもりでいたようだ。

 丁度良く一目惚れして買ったカードがあるから、急いで招待状を作って、と、リビングが賑やかになった頃に、それまで黙っていた有村が口を開いた。

「すごく良いプランだと思うんだけど、ここに招くってなると、断りづらくないかな。みなさん、お仕事があるし」

「あのねぇ」

 勢いに乗った時の落合というのは、本領発揮の真っ最中だ。そういう時はいつも以上に、的のど真ん中を射抜いてくれる。今朝は少々鋭い角度で、グサッと。

「それを言い出したら何も出来ないの。お礼なんだから、無理のない範囲でってウチらも上手くやるよ。てか、姫様ちょい気持ち悪い。人を喜ばせるのは得意分野でしょうが」

 花咲じいさんのイメージなのだろう。落合はバケツサイズの見えない容器を小脇に抱え、逆の手で何かを撒くジェスチャーをする。

「そりゃ洸太坊ちゃん的には、普段通りにいかないんだろうけどさ。最後くらいいいじゃんね。いつもの姫様を見せてあげなよ。某ミッキーの如く、ハピネス!」

 そして一応、落合はモノマネもした。山本が「似てねぇ」と笑えば、鈴木は「似せる気がない」と指をさす。実際、落合のモノマネはあまり上手ではなかった。山本と鈴木も、似たようなものだったが。

 裏声の「ハピネス!」が飛び交う中、草間は未だ戸惑いを残す有村の腕を引いた。微笑みを浮かべ、コクリと頷く。大丈夫だよ、とも言った。胸を張り、私たちに任せて、と。半分くらいは、キミちゃんに任せておけば大丈夫だよ、でもあったのは内緒だ。

「和斗さん、すぐ来るってよ」

「えっ! セコム行動早っ!」

 いつの間にか珈琲を飲み干していた藤堂は人知れず、和斗に電話を入れていたようだ。ついでに屋外で使って構わない机や椅子も借りたいと話したそうで、その辺りの手際の良さで藤堂を忘れてはいけなかった。

 話がある程度まとまれば、ここから先は彼の出番だ。仕切りと言えば藤堂。落合にメモ帳を持って来させ、呼ぶ人数をピックアップ。席は五つも余分に考えておけばいいだろうと、山本を食器を数えに走らせた。

「ダメだ。十枚くらいしかねー」

「佐々木さんのトコから借りるか」

「いや、出来るだけ物を借りないように回した方が良い。外で食うわけだしな。後片付けも考えると、紙皿でもいい気がするが。落合、それじゃぁマズいか」

「いんや? 逆にその方が良いかもね。後片付けだけは、とかも言われないで済みそう。あ! したらさ、姫様とセコムがダーツでやらかしたビル! あそこに可愛い雑貨屋あって、そこに使えそうなの確かあったよ。あったよね、鈴木。土産物屋の二個か三個、となり」

「あー、見たことねぇ三百円均一みてーなトコな。お前見てたよな。透明のカップとかだろ? いろんな色の」

「そう! 必要な物は他にもありそうだし、一回買い物出させてもらおうよ!」

「なら、借りられるテーブルを見てから落合と鈴木で買い出し、頼めるか。山本は俺と設営だ。絵里奈と草間は、有村を手伝ってやれ。今は、九時か。昼にってんなら、遅くても一時には始めてぇな。そのくらいでいけるか、有村」

「…………」

「有村!」

「あっ、はい」

「はい、じゃねぇ。時間がねぇんだ。シャキッとしろ」

 藤堂の一喝を待っていたかのように、玄関でチャイムが鳴った。やって来た和斗は使えるテーブルと椅子を持って来ていて、早速、鈴木と山本が搬入に取り掛かる。

 テーブルは四つあった。ひとつずつが鈴木と山本がふたりで運んで「重てぇ!」と零す、大振りの長机だ。折り畳み式のパイプの脚がどうにも事務的だが、リビングのテーブルに使うクロスを敷けば、多少の目隠しは出来そうである。

 終わってから洗濯をして、乾燥機へ。草間は洗濯係らしく、その時間を考える。アイロンをかける時間はあるだろうか。

「乾燥機かける前によく伸ばして、畳んでネットに入れりゃ、ちょっとはマシだぜ」

「そう? さすが、山本くん」

「まーなー!」

 椅子は、折り畳みでない木製の物。これは二十個あった。こちらもそれなりに重たいようで、手伝おうとした草間と落合は鈴木に止められ、運んだあとを頼むと言われた。

 手が空いたので落合は階段を駆け上がり、部屋から例のカードとペンを持って来た。ウッドデッキでは久保がテーブルの位置を決めていて、草間も数あるクロスの中から大きい順に四枚選ぶ。

 そうした中で、本来であれば最も視野が広く気が利いて、行動も素早い有村だけがまだ、彼らしさを発揮出来ていなかった。動き回る面々を不安そうに眺めており、ついに藤堂がキョロキョロと動く有村の頭をガッシリと鷲掴んだ。

「俺たちは悪巧みしてるんじゃねぇんだ。ビクビクすんな。感謝してるから礼を言う。当然のことだ。ガキなら褒めてもらえるところだ。そんな時に不安そうにするんじゃねぇ」

「でも……」

「ご迷惑でしょうが、なんて態度で礼を言われた方が気まずいだろうが。気持ち良く、ありがとうございましたって言やぁいい。いいんだ、有村。悪いことしてねぇのに、申し訳なさそうにするな」

「…………」

 こういう時、草間は藤堂の躊躇いのない物言いが、近頃素直に気持ちが良い。いいんだ。やれ。やるぞ。堂々と振舞ってくれる人がひとりいると、場が締まるのを肌で感じる。

 今回の件で言えば、草間には有村の躊躇いも重々承知していたので、目が合ったら頷くのを繰り返していた。その中間に、和斗が入る。二脚の椅子を運んだ帰りだ。有村の顔を覗き込む角度で、「大旦那様はしてたらしいぞ」と言った。

「俺も知らなかったんだけど、借りる時に多枝さんから聞いた。ここへ来る時は色々持って来て、まず全員を招いて食事会。泊まったら、帰りも同じ。多枝さんが言ってたぞー? やっぱり洸太坊ちゃんは、旦那様によく似てる、って」

「僕は、そんな……」

「いや、実際似てるんだろうな。小葉さんも言ってたし、志津さんも。俺も思うよ? なんとなく似てる。顔は勿論、洸太の方がキレイだけどな!」

 ポンポン、と腕を叩かれ、有村の目線は床へと落ちてしまった。一番長い付き合いなのに、和斗が一番、有村を笑わせるのが下手だ。料理を楽しみにしてる、までは良いが、去り際に包丁と火傷に気を付けろと念を押す過保護ぶりが、草間はほとほと残念である。

 そこへ来ると、今は藤堂に任せるのが良いだろう。彼が一番、有村の扱いに慣れている。すぐに手が出るから、草間が心配なのはそこだけだ。

「メインは外のグリルで俺が焼く。お前は冷めてもいいようなのを数品作って、始まったら一緒に食えた方が良いだろ。肉をよ、こう美味い味付けてホイルで巻いて用意しておいてくれ。二種類か三種類あるといいな。あと、最後に甘いもんがあるといいんじゃねぇか。女が多いし、ガキもいるしよ」

「甘いもの?」

「お前のことだから品数多いよな。腹具合もあるだろうから、あれか。フルーツポンチとかか。お袋が昔、よく作ってた。デカいボウルになみなみ。自分で取って食えるから、量の調節しやすいんだよな」

「フルーツを色々入れて、炭酸を注ぐやつ?」

「そうだ。他のでも良いけどな。デカいので出して、好きに食える方がいいかもしれん」

「……わかった」

 藤堂の説得を受け、ようやくキッチンへ向かった有村へは、必要な物があったら電話して、と落合が『電話』のジェスチャーを付けて声をかける。

「絵里奈と仁恵もカード手伝ってくれない? メイドさんたちは手渡しのが来てもらい易い気すんの。ちょい多めに作りたい」

「わかったわ。一応、手ぶらでとか書いておく?」

「だね。食べ物が溢れる。文章決めよう。 ……こんなんで」

 ペンのキャップを外し、草間は冷蔵庫の前にいる有村を振り向いた。

「有村くん! 時間は本当に、一時で平気?」

「決めてもらえれば、それに合わせる」

「わかった! 私も手伝うから、美味しいの、いっぱい食べてもらおうね!」

 楽しみだね。そう言って、大きく笑った。

 そんな可愛らしい草間を見て、久保と落合は思うのだ。やっぱり、仁恵だった。和斗でも藤堂でもない。キッチンでやっと、有村が頬を緩めて微笑んでいた。

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