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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第五章 萌芽少女
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恋がしたい。

 曰く、有村洸太という最強のモテ男子にとって口と口でする以外のキスは、七夕祭りで横っ面を殴るほど草間仁恵が拒絶した『キス』の類ではない、らしい。

 驚くべきことに、この日本という恥じらいの国の内側で、挨拶で頬にキスをする民族が実在したのだ。

 そうと草間に説明した藤堂がまた、落合的爆弾を投下して行った。だからアイツは、すぐに抱き着いて来る。仲の良い同性に対してだけ過剰なスキンシップ。詰められるのは嫌がるが、寄って来る分には相当に近い距離。制限がある所がまた美味しい、いや、けしからん限り。

 けしからん。全く以て、けしからん美人、カッコ男がいたものだ。

 けしからん。けしからんぞ、姫様。寧ろ藤有。さては貴様ら、尊いの化身か。ありがとう藤有。おかげで今日も、脳内が咀嚼で忙しい。

 かくして、落合君佳の煩悩スイッチはフルスロットルでオンモードになった。

「――で、マンガ描いてるっていうの? ここまで来て?」

「うん。降りて来たって言ってた」

 心が瀕死の重傷を負った草間がなんとか意識を回復し、別荘へ戻ったあと、有村が夕食の支度を終えるまで、気分転換がてら庭の東屋にでも行こうと久保が誘いをかけて来たのだけれど、机に向かう落合は無反応。

 小難しそうに「うーん」と唸る落合の現状を説明した草間も多少は旅先でまで描かなくてもと思っていたが、それほどに打ち込む趣味がある落合がやはり羨ましくもある。

 本当に好きなんだな、と思うのだ。実際は落合の原稿がただ、白紙を多く残していただけなのだけれど。

「ダメだ! 描けん!」

 集中している落合は部屋に残して出て行こうとしていた草間と久保が、聞こえた雄叫びに振り返る。落合は頭を抱えており、仰け反った所為で椅子の足が前の二本、浮いていた。

「生で見たから描けると思ったのに、馬、難しッ!」

 どうやら落合は悪い方向へ煮詰まってしまったようで、描きたい話はあるのに絵がついて来ないとシャープペンシルを投げ出した割には立ち上がろうとせず、草間と久保を見てニヤリと笑った。

「ねぇ。馬、描ける?」

「は?」

 咄嗟に返した久保はまだしも、草間にそんなもの描けるはずがなかった。

 遡れば小学生の頃からだ。当時から暇さえあれば絵を描いていた落合に巻き込まれて、三人はよくお絵描きをした。器用な久保はそこそこの絵をサラリと描く。対して草間はといえば、落合から『画伯』と呼ばれる有様である。

 今日はもう、心のダメージが修復の限界を越えているというのに。

「ひゃはは! 仁恵のはソレ、土偶の馬じゃん! しかもギリ!」

「でも馬ってわかるわ。上手よ、仁恵」

「キミちゃん、笑い過ぎだよ! ひどいよ!」

「ごめんって! やっぱいいわ、ツボるわ、仁恵の絵。じゃぁ次、猫で」

「もうやだぁ。描けないよ、猫なんて。だったら先に、ふたりが描いてよ!」

 紙の端っこに小さく描かれる草間の絵を、落合は『ふにゃイラ』と名付けている。線がふにゃふにゃとしていて、描けば描くほど救いようがなくなる絵は描いた本人ですら少々不気味だ。

 毎回のように草間は思う。絵が上手い人と下手な人の違いは何なのだろう、と。落合は仲良くなかった頃から上手だった。草間は幼稚園の頃から下手だった。

 そもそも草間は何をどこから、どう描けばいいのかわらないのだ。イメージはあるのに手が付いて行かない感覚というと、少し格好良過ぎるか。まず、どこにペン先を置けばいいのかからして、サッパリわからない。

 落合の描いた猫は可愛かった。次の久保が描いた猫もイラストっぽくて可愛い。

 ふたりが描くのを一生懸命に見て同じように真似をして描いた草間の猫はやはり小さく、刑事ドラマで死体があった場所を囲んだロープのようにふにゃふにゃだ。

「仁恵、ちょ、目が……目が恐怖! ちょ、白目て!」

「あっ、そうか! ネコ目って言うもんね」

「仁恵……」

「ヤバい! 呪われる!」

「ひどい!」

 しかしながらペンを置いて眺めれば、描いた張本人である草間も『呪われそうだ』と思う。どうしてこうも不気味になってしまうのだろう。頭の中で思い描いた猫はとても可愛かったのに。

 悔しくてもうひとつ描いてみた。さっきよりは大きく、描き直した目も尻尾も一回目よりは上手に描けたと思う。まだ、少し呪いが籠っていそうだけれど。

 落合は笑い疲れていて、目元に浮かんだ涙を拭っていたりする。そこまで笑わなくてもと思うが、苦手な絵を草間が描くのは我慢しきれなくなった久保にもつられて、最後には三人で笑ってしまうからかもしれない。

 不意に聞こえたノックに応えて草間がドアを開けると、そこにはクスクスと笑う有村がいた。

「楽しそうだね。階段の途中から、笑い声が聞こえたよ」

 そろそろ夕食が出来るから迎えに来たのだという。何をして遊んでいたの、と尋ねて来る有村を見上げて、草間は閃いた。

「有村くん、馬の体って詳しくわかる?」

「馬?」

「ちょっと、こっち来て!」

「うん」

 手を引いて座らせた床の上には、落書きが散らばったノートが一冊。

 何か思いついた顔で落合がそれを拾い上げ、有村の前に翳して見せた。

「姫様や。コレ、なんだと思う?」

「うん?」

 顔を近付けて有村が凝視するのは、落合が指で指し示した草間の二回目の猫。上手く描けた方の猫だ。

 隣りから、猫だよ、わかるよね、と念を送る。有村ならわかってくれるはずだ。なにせ彼は察しが良い。

 しかし。

「……これは、なにかのモンスター?」

 答えた横顔が、控えめに見ても怯えている。

 夕暮れ時の、魂だけがどこか遠い場所へ行ってしまう直前の草間と同じくらい、露骨に。

「ヒント。動物」

「動物? これが? え、動物……じゃぁ……たぬき?」

「ヒント。もっと身近。うちの近所にもいる」

「近所……え。いないよ、こんな……こんな、溶けかけた物体……」

「ぶふっ!」

 これで、落合はだいぶ我慢した。堪え切れずに吹き出した向かいでは久保が鋭い平手打ちを繰り出しており、肩を思い切り叩かれた有村はそちらを見るばかりで、草間の険しくなる表情を捉えない。

 笑ってくれるならまだいい。それをそんな悍ましい物を見るような目で見なくたっていいじゃない。恥ずかしいより、草間は明らかに腹を立てていた。

「ひどい」

「えっ、これ、草間さんが描いたの?」

「ひどい!」

 腹を抱えて落合が笑う。笑いながら「それは猫」だと教えるが、教えられた有村が本気で驚愕した顔をしたから、草間は思い切りその腕を突き飛ばした。

「そうだよ! 下手だよ! でも、だからって、そんな顔しなくても!」

「いや、だって、上手い下手の問題じゃ――」

「ひどいよ! 有村くん!」

 逆隣りから久保が「見なさいよ」と促して、再びノートを覗かせる。三角の耳があって、三本の髭が生えてるじゃない、と説得中、落合はやはり涙を浮かべて笑い転げるし、有村の眉は困ったまま。

 確かに、とは呟くものの、次に草間を見遣った時にはなにやら悲しそうな顔をしていたので、草間の口は渾身のへの字だ。

「あの……草間さんには、こういう風に見えてるの? ねこ……」

「なっ! そんなわけないでしょ! 見えてるよ、ちゃんと! わかってるけど、描けないの!」

 もう我慢の限界だとばかりに、声を上げた草間は握った拳で交互に有村を叩いた。

 目を瞑っていたから、どこに当たったのかはわからない。寧ろ、知ったことか。いくらなんでも失礼だ。いくら、自分が絵が得意だからって。

 そうだ。

「だったら! 描いてよ、有村くんも!」

「えっ」

 ごめんを浴びても許せずに叩き続け、草間は放った。

 そうだ。もう描きたくないようなことを言っていたから遠慮していたけれど、そんな風にバカにするなら知ったことか。繰り返し「描いてみせてよ!」と叫び、草間は床に転がっていたシャープペンシルを拾い上げて、突き出した。

「いや、僕、もう絵は……」

「知らない! そんな、そんなにバカにするんなら描いてよ! お手本!」

「バカになんかしてないよ。猫って気付けなくて、ごめ――」

「知らない! 描いてよ! もう!」

 一歩も引かない草間と、ただただ困惑しきりの有村。

 いつの間にか静かになった落合と久保が顔を見合わせたのは、どちらの所為で、とは甲乙つけ難い。

「本当にごめんね? 草間さん、あの……」

「描いて!」

「いや……」

「はやく!」

 強いて言えば前者。相手が誰であろうとも、こうも強気に出る草間に、ふたりは出会った例がない。

 しかも相手は有村だ。憧れの、全校生徒の王子様。その上、男。草間が根深く、苦手なモノ。

 ついさっき頭に軽くキスされたくらいで魂をどこかへ飛ばした、そういう相手、なのに。

 引く気の一切ない草間の剣幕に有村はついに折れ、仕方なくシャープペンシルを受け取る。常々飄々としている有村がまだ気弱げに「描かないとダメ?」と尋ねるのも、大層衝撃的な光景ではあったけれど。

「ダメ!」

 やはり、そう放った草間に比べてしまうと、唇を噛む有村など見劣りしてしまう。

「じゃぁ、どんな猫?」

「有村くん」

「違うよ、もう抵抗しない。描くけど。頑張ってみるけど、ヒントちょうだい? 猫って言っても色々いるでしょ? アメリカンショートとかロシアンブルーとか、マンチカンとかメインクーンとか」

「有村くん」

「……わかった。わかったから、もうそんな怒らないでよ……ごめんね、ほんと」

 恋人同士の間には少なからずパワーバランスとやらがあると知ってはいる落合が、目と動かすだけの口で『そういうこと?』と久保に尋ねる。睨む目付きは『知らないわよ』とでも言っているのだろう。落合は当然に有村が上なのだろうと思っていたから、少し草間がお姉さんに見えた。

「ねこ……ねこ……」

 ノートを見つめて呟く姿でさえ、胃が痛くなるくらいの美形だ。美人が三日で飽きるというのは嘘。慣れはするが、どれだけ見慣れても有村は反則級の超絶美形だと落合は思う。

 しかも、やけにこなれた最強モテ男子。そんなのをある意味、掌で転がしているのだから、草間はかなりの見上げたものに変身していたようだ。

 迷った挙句、有村がノートに一本の線を引いた。

 そうしてふと、顔を上げた。草間を見る横顔にはもう、困惑がない。

「君が好きなのは、スタイルの良い短毛の猫だ」

「え? ……うん。そう、かな」

「わかった」

 有村の大きな目が、一回の大きな瞬きを落とした。

「ん?」

 気の所為かなと、落合は久保を見る。久保の面持ちに変化はなく、草間の方には多少の動きがあった。気の所為、ではないのかな。落合には、その瞬きの前と後で有村の何かが変わったような気がしていた。

 見た目では特に変化はない。有村はノートに手を着いた。そして、カチカチと長めに芯を出したシャープペンシルの先を乗せた。そこからは、息を飲むのが精々だった。

「……うわ」

 やっと声に出せた落合の向かいで、草間は口元を手で覆っている。久保も身を乗り出してノートを覗き、素直な目が大きく、丸くなっていく。

「…………」

 描き出した有村の筆跡には、一切の迷いがなかった。飛び飛びに描いていくのではなく、頭の方から順に描いていく。輪郭は柔らかそうな毛並み。その一本、一本に動きがある。間違いない。落合にはわかる。有村は描き慣れているという度合いを越えて、手がすっかりと絵を覚えている。話には聞いたことがある、落合が辿り着きたい領域だ。

 仰向けで寝転がる猫の目は丸い。一生懸命に遊んでいて、ふと我に返った時の顔。身体も僅かにカーブしている。持ち上がっている足の自然さ。たったいま動きを止めたように見える尻尾の角度。たとえそこに下描きがあっても落合には描けそうにないリアルな猫の絵。この凄さがわかるのは自分だけだと落合は思う。なにせ、その猫は群を抜いて全てのバランスが絶妙だったのだ。

 最後の一筆を払い終わった有村は首を傾げて描き上げた猫を眺め、そうしてコトリとシャープペンシルを床に置いた。

「……失敗」

「なに言ってんの!」

 呟くと同時にページを千切ろうとするものだから、叫んだ落合がノートを救出し、草間も慌てて有村を止める。二の腕を両手で掴んだ草間を見る有村のすまし顔。よくよく見ると珍しく、僅かだが口がへの字だ。目も若干、いつもよりも細められていた。

「久々に描いたから、なんか違う」

 王子は出来栄えに不満の様子。胸に抱えたノートを浮かせ、改めて見てみるけれど、これで不満なら落合は嫉妬で有村を呪い殺してしまいそうだ。

 有村の絵はデッサンの領域だった。本物の猫、そのもの。無駄な線がなく、しかも、最高に可愛い。罫線付きのノートではなくそれなりの用紙に作画用の道具で有村が描く満足のいく絵が、落合は堪らなく見てみたくなった。きっと、コンクールの常連レベルのはずだ。もしかすれば、それ以上かも。

「だとしても、すごいよ有村くん! 絵、本当に得意だったんだね!」

 感動しきりの草間に腕を揺らされて、落合の気の所為か、有村はどこか何とも言い難い妙な含みのある表情を浮かべている。

「キミちゃん! 見せて!」

「うん」

 なんだろう。少し、らしくないような。

 最近、多少仲良くなって来た落合でも、有村が何かを自慢げするタイプでないのはわかっている。謙虚というか、出来て当たり前な所が彼にはあって、特別なことではないように振舞うのが常だ。

 ノートを受け取り、草間がはしゃぐ。少なくともそれを見て、普段の有村なら嬉しそうにするはずだと落合は予想する。気まずそう、不安気にも見える。総じて戸惑っているような若干の上目遣いで草間を窺う有村に覚えた疑問を、落合は機嫌取りが成功かどうかの様子を見ているのだと結論付けることにした。それなら、納得出来なくもない。

 上出来だと伝えるつもりで、落合もまたノートを覗き込んだ。

「マジで上手いね。習ったりしたの? 上手過ぎてビビるレベル!」

 久保も珍しく素直に動き、「可愛い」と絶賛だ。そうせずにはいられないレベル。ノートの落書きでここまで完成度の高い絵には、そうそうお目に掛かれない。

「実は子供の頃から賞とか総なめだったんじゃん? ねぇ、もっと描い、て……」

 描いて見せて欲しい。そう強請ろうとした落合の声が、尻窄みに消えて行く。

 見てしまったと言った方がいいのだろうか。あの最強モテ男子兼不思議ちゃんこと有村洸太が手で口を隠し、俯いているのまではいいとして、その耳や首が真っ赤なのだけれど。

「……あの、僕、やっぱり苦手だから、先に降りるね。終わったら、来て? ごはんにしよう」

「…………」

「邪魔してごめんね。あの……お邪魔しました」

「…………」

 もはや腕まで赤い気がするけど。

 逃げるように出て行った有村を見送り、落合と久保の瞬きをするだけの沈黙が数秒。

「……ふふっ」

 草間が突然、笑い出した。

「久しぶりに見たなぁ、赤くなっちゃう有村くん。ふふっ、可愛い」

「…………」

「こっちも可愛いなぁ。絵、本当に上手。ふふっ」

 クスクス。うふふ。

 笑い続ける草間はまだ、寝転がる猫に夢中。

「仁恵、さ……もしかして、わざと?」

「なにが?」

「仁恵がああやって怒ったら、姫様が言うこと聞くって知ってて、やった?」

「え……?」

 尋ねた落合はいっそ、背筋がゾクリと凍るかと思った。

 長い付き合いだから、見ればわかる。ノートの中で寝転がっている猫と似た丸い目をしている時の草間は、本気でなにも、わかってない。

 今度は、草間発祥の沈黙が数秒。そうして草間は、みるみる顔を真っ赤にした。

「ちっ、違うよ! 私は、そんな……だって、絵が下手なのバカにされたと思って。ひどいって。それで、ちょっと……怒った、けど……でも、有村くんが言うこと聞くなんて全然……あっ!」

「なに」

「……そっか。そうだよね。私、有村くんが嫌がってるのに、無理矢理……どうしよう、怒ってるかな……さっきの、こともあるし……」

「……えー……」

「どうしよう……早く、謝りに行った方が良いのかな……でも下に降りたら、藤堂くんとか、みんないる……どうしよう……」

 胸の前へ右手を左手で抱え込むように引き寄せ、草間は繰り返す「どうしよう」に見合う、大層不安気な顔でいる。さっきまでのクスクス笑いなど、どこへやら、だ。

 嘘だぁ。呟いた落合の腕を、久保が引いた。ちょっと、こっちに。言われるまま、悶々と悩み続ける草間を横目に部屋の隅まで移動すると、草間が相手なら到底しなさそうな座り切った目で、久保は落合の耳元へ顔と添えた手を近付けて来る。

「多分だけど、仁恵は無意識にやってる」

「は? 無意識に姫様のコトぶん回してるっての? 仁恵だよ? あの、私には恋愛なんて無理だよー、とか、お通夜みたいな顔して言ってた仁恵だよ?」

「そうよ。逆に、考えてみて? 他人に気を遣って何も言えなくなる仁恵が意識的に、あの口から産まれた詐欺師男を焦らせたり、さっきみたいに困らせた挙げ句、折れさせるなんて出来ると思う?」

「ひど……え、いや、でもさ。仁恵だよぉ? 相手、姫様だよ? さっきだって脳天にチューされて、魂抜けたばっかだよ? コロコロされるのは仁恵じゃな……あー、そうか。転がってんのか、姫様が。なるほどなぁ。アレだ。ホレた弱み的な」

「……かもね」

「へぇー、そーなんねぇ」

 なるほど。落合は腕を組み、千人切りとも噂されている百戦錬磨の最強モテ男子と付き合うと、そんなメリットもあるのかと、ひとりで納得。ウンウン頷く。

 そりゃぁ、女なんかお手の物な手練れともなれば、手の内で転がされてやるのもワケないのだろう。考えて、ふと思う。なんだよソレおいしいな。飄々メンズが不意に見せる赤面とか最高かよ。やっぱり姫様は最強モテ男子でありながら、理想的な魔性系受け子。ありがとう姫様。おかげでめちゃくちゃ捗るわ。

 フッ、フッ、フッ。ほくそ笑む落合は腐った乙女心が満たされて、創作意欲も格段に湧いて来る。シチュエーションやストーリー展開のアイディアも続々と。しかし。

「……ちゃんと、今日の内にごめんなさい、する。そうしよう。うん」

 なにやら意を決した面持ちで顔を上げる草間を見て、落合の中に棲む別の乙女心が、その存在を猛烈にアピールして来た。

 ほんのりと桜色の頬。ある種の強さを持った草間の目はただの黒目がちではなく、どこかキラキラと輝いている。

「……マジかぁ……」

 恋がしたい。

 落合は久々に、しみじみ閉じた瞼の裏で心の底から思った。

 ああ、恋がしたい。結構、切実に。

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