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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第一章 初恋少女
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彼の隣りは温かい

 それからふたりは、人で賑わう土曜日のショッピングモールを歩いて回った。

 何かが目に留まる度に立ち止まり、或いはそうでなくても話の種に立ち止まり、店先から中を覗いてみたり、少し足を踏み入れたりと足取りは思いつくまま気の向くまま。 

 オーダーメイドが売りという帽子屋では背の高いシルクハットを草間に被らせ、「それでやっとこのくらい」などと自身の鼻先の辺りに手を翳す有村に顔を真っ赤にして反論し、次の店ではハート形のビーズクッションの抱き心地の良さに、「だめなひとになりそう」とふたり揃ってしばしの間うっとりと目を閉じる。

 書店で好みの作家を教え合ったり、雑貨屋で用途不明の小物を相手にクイズの回答者よろしく頭を捻ったり、靴屋でキッズサイズ圏内の草間の小足を笑ったあとはパーティグッズの付け耳でひと騒ぎ。

 猫耳だウサ耳だとはしゃげば「牙は自前で」と有村が自らの犬歯を見せるので、草間は今まで気付きもしなかった本当に牙のように尖った吸血鬼のようなそれに釘付けになり、そのあまりの熱視線に苦笑いを浮かべ「恥ずかしいからクラスのみんなには内緒にしてね」と返されれば誰も知らない秘密を共有出来たようで、にやける口元が抑えきれなかった。

 まったく退屈する暇も、気まずさを感じる隙もない。最初のうちは遠慮がちに、中盤には草間からも「次はここを」と言い出して、気付けば当たり前のように有村と目を合わせて話しながら歩いていた。

 そこには楽しいと思う気持ちしかなかったのだ。言葉が上手く紡げずに口籠ってしまっても、いつものように失敗したと落ち込むこともない。一度擦れ違いざまに人にぶつかりそうになり、その胸に飛び込んでしまうくらいに引き寄せられた時には気が遠くなるほど緊張したが、照れや嬉しさがそれに勝った。

 だから草間は途中でおかしいと気が付いた。「人見知りって嘘でしょ」と何処かの店先で言ってきた有村にそんなことはないと返しても、確かに今の自分は草間でもそうとはとても思えなかったからだ。

 人の目を見る、人と触れ合う、思っていることを自分の言葉でちゃんと伝える。普段は心がけていても難しいそれらのことが、有村が相手なら自然と出来てしまう。

 やめてよとその腕を小突いたり、なんでそうやって揶揄うのと不機嫌に背中を向けることにも抵抗がなく、そうして感情豊かに振る舞えば振る舞うほど同じくらい新しい顔を見せてくれる有村に心が躍って、気が付けば声もしっかりとした音を持って伝える為に口から零れた。

 知り合って長いわけでもなく、加えて有村は草間の苦手な異性であり、中でもより意識してしまうはずの意中の人。だからこそ、わけがわからなかったのだ。どうして有村といるとこんなにも息がしやすいのだろうか、とか。素直に楽しいと思えるのだろうか、とか。笑われても馬鹿にされているわけではないとわかるし、仕方がないなと言われても呆れられているのではないと思える。身構えず、まるで家族と過ごすような気楽さでそこにいられるのに、ふとした瞬間に有村の些細な言動にときめいて、頬や耳を赤く染める。そうすればやはり違うと思い出すのだけれど、少し経つとまた和やかに笑っている自分がいる。

 腑には落ちない。けれど、たまらない。自分が自分でなくなるような感覚、なりたかった自分に近づけたような、そんな気分だ。

 草間は背伸びをせずにそう思わせてくれる有村と過ごすこの時間に、すっかり魅了されていた。

「そろそろ休憩しようか?」

 足を止めて有村が切り出したのは、草間が彼を呼ぶのに袖を引くのにすら迷いがなくなった頃のこと。

 言われて久方ぶりに正面を向けば、ふたりはいつの間にかショッピングモールの三階でその突き当りに差し掛かっていた。

「ああ、もう……」

 着いてしまったのか、そんな気持ちで草間はなんとはなしに中央に備え付けの大きな時計を眺める。

「え、もう?」

「どっち」

 草間の上げた間抜け声に頬を緩める有村の腕時計を覗き見て、草間は見間違いでなかったと驚いた。

 映画館を離れたのが三時過ぎで、今はもう五時を優に回った夕方の時間帯。久保たちと遊びに来ても大抵一時間もあれば通り抜けられるこの距離を、果たしてそんなにウロウロと歩き回っただろうか。

 草間は振り返り、端から端まで、上へ下へと無造作に行き来した足取りを思いつく限り辿ってみた。あそこも見たし、向こうも見た。その向かいも、その二軒隣りも。

 そう考えていけば二時間という時間を費やしたのも当たり前の話で、寧ろ少ないくらいだろうかとも思えた。普段は気になっても入らないような店にまで入ったもの。満足感の所為か疲れは全く感じなかったが、立ち止まってみれば多少、足の裏がピリリと痛んだ。

「まだ時間あるなら、どっかでお茶でもする?」

「有村くんは?」

「俺は全然。て言うか、こういう時に女の子がそういうこと訊く?」

「訊かない……もの?」

「だと思うよー? 帰りたいなんて言うわけないじゃん。寧ろちょっと期待する」

「なにに?」

「どのくらいまで付き合ってくれるのかなって」

「うーん。えっとね、普通に学校から帰るくらいまでの時間なら連絡しないでも平気だし、連絡すれば、八時とか」

「そういうのはもっと言っちゃダメ」

「なんで?」

「……いいよ、もう」

 はぁ、と吐かれた溜め息に慌て、何がいけなかったのかとしどろもどろに問いかける草間に、「大丈夫。それも君の味だから」と掌を向けた有村は儚げだった。

 それに似たやり取りはこの二時間で数回した気がするが、有村は結局どこかおかしかったのかを教えてくれなかった。ただ少しだけ草間を見つめて、小さく笑うのだ。教えてくれればいいものを。

 今回は少々粘ってみたのだが有村はやはりはぐらかすばかりで、店を探しに歩き出してしまう。その後ろにひょこひょことついて行けば、前を行く背中が「少しのんびり出来る店がいいな」と言うので草間は気を取り直し、近くに母親が珈琲が美味しかったと言っていたカフェがあるよと提案した。

 純喫茶のような佇まいで、珈琲の他にもスタンダードなものなら紅茶も揃えているという。そこならば紅茶党の草間と、どちらかと言えば珈琲をよく飲むと言っていた有村にも丁度良いはずだ。そう伝えれば有村は当たり前という様子で、「そこに行こう」と草間の手を握り直した。その仕草がまた不意打ちで胸の奥をくすぐったりする。

 夕暮れ間近の空の下、混み合っていると言うほど人はもう多くないのに。

 変わらずに繋いでいてくれることが、とても嬉しい。

「そこね、奥にテラスがあって、いくつも席がないから貸し切りみたいにゆっくり出来るんだって」

「貸し切りみたいかぁ、いいね。無邪気な視線が逆に痛いね」

「暑くないなら行ってみる? ……視線? 誰の?」

「流石にもうそんなじゃないでしょー。言ってもまだ六月だしね。このくらいの時間なら風が涼しいくらいじゃない」

「そうかなぁ。だといいな」

「外に出るならブランケットとかあればいいけど」

「有村くんて、寒がり?」

「そうじゃないけど、今は心が凍えそう」

「なんで?」

「あ、今ちょっと死んだ」

「なんで!」

「回復までしばらくお待ちくださいな」

「有村くん?」

 凍える、死んだなどと不穏な言葉を使うものだから慌ててその顔を覗き込んだのだが、そこに見える表情は別段苦し気なこともない、強いて言えば多少目の座ったすまし顔のように思えて、草間はホッと胸を撫で下ろす。

 ブランケットがあれば自分も一枚借りようかな。外を歩いていた時には汗ばむほど太陽に晒された素足も今はすっかり元の体温にまで戻っていて、これで夜風を浴びれば冷えて寒くなってしまうかもしれない。日が暮れるまでだなんて今日は一日たくさん遊んだな、とか。草間の頭の中にあるのは、それくらい。

 店に入る前に手洗いへとどちらからともなく二手に分かれ、ひとりになった途端に有村は「はぁ」と大きく息を吐き出した。

「……すごいな、あの子。もっとわかりやすくないとダメ、か」

 そうして軽く口の端を上げると、有村は迷いのない足取りで歩いて来た道を引き返した。

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