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彼と彼女のソロプレイ  作者: 秋野終
第五章 萌芽少女
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『せっかく』ゲーム

 草間の言葉をそのままで表すのなら、キミちゃんは『楽しい』の天才だ。

 小学生の頃から身近にある物で工夫して、いつも新しいゲームを考え付く。先のダーツでどっと疲れてしまったのか全員が空腹だったもので、早くに終えてしまった夕食のあと、今夜の落合は土産物売り場で貰った小分け用の紙袋をふたつ用意して、全員をリビングのテーブルに集めた。

「こうやってひとつ屋根の下で寝泊まりするのも何かの縁ってことで、せっかくだからお互いをもっと知りましょうってゲームだよ。配った紙に、みんなに訊いてみたいことをひとつ書いて。たくさんあったら別の紙に、ひとつずつ。訊きたい相手の名前は書かないでね。それはこっちで決めるから」

 ひとつ目の袋には二つ折りの紙が幾つか入っており、それぞれに『全員』『男子のみ』『女子のみ』『名指し出来るよ、おめでとう!』と書いてある。各枚数はランダムであるらしい。

「内容はNGナシ! 自分のことでもいいし、友達のことを教えてでも何でもオーケー! 勿論当たったら答えて欲しいけど、ゲームは嫌々じゃ楽しくないからね。パスはひとり、三回まで。書けたら二つに折って、こっちの袋に入れてね!」

 草間は途端に楽しくなって、真っ先にペンを取った。

 ずっと仲は良いけれど落合や久保に今更改まっては訊けない些細なことは幾つもあるし、最近少しずつ話すようになった藤堂や鈴木や山本のことは殆ど知らないも同然だから、食べ物などの好みや趣味など、訊いてみたいことがたくさんある。

 誰に当たるかわからないのも面白いと思った。匿名っぽい感じにもなるし一枚書いて、また一枚。三枚目に取り掛かった頃、久保や有村たちもペンを取って記入し始めた。

「センセー! 下ネタはアリですかー!」

「アリなわけなかろうが、空気読めよ山もっち。気付いてるから隣り、見ないようにしてるっしょ。見てごらんよ。姫様がめっちゃコイツなに言ってんだって目で見てるから」

「だって、こういうのってさぁ」

「山本くん」

「夜だしさ!」

「山本くん」

「軽いのなら一個くらいさ!」

「山本くん。書いてもいいけど、万が一それが出た場合、わかるよね?」

「ん?」

「文字でも草間さんに見せてごらん? 明日まで残るくらいイジメるよ、頭蓋骨」

「……サーセンした!」

「うん。わかってくれて嬉しいよ」

 四枚目を書きながら、草間はそっと安堵に胸を撫で下ろす。きっと山本もふざけただけで本当に書きやしないだろうが、そういう話は苦手だから、きちんと『ナシ』にしてもらえると気がラクだ。

 時間はそれほどかからなかった。クジを引く人はジャンケンで決めるらしい。

 最初に勝ったのは落合で、回答者は『全員』。メインのクジを引いた落合は目を座らせ、開いた紙を有村へ向けて差し出した。

「味噌汁に入れて欲しい具って、そんなに訊くことないか」

「気になるじゃない。定番にして欲しいパンっていうのも入れたよ」

「ハイ、姫様が書いた食事系はスルー決定!」

「ひどい!」

 クスクス笑いが止まらない草間が、二人目の選択者になった。

 引いたクジは『全員』と『フェチ』。フェチは下ネタじゃないのかと尋ねたのは藤堂で、「性癖ならアウトなんじゃない?」と返した有村がテーブルの下で久保に蹴られる。

 追加のルールがここで出現し、『全員』を引いてしまった場合、引いた人が最初に答えることになった。フェチ。フェチ。何度か胸の中で呟いてみて、草間は強いて言えばという感覚で「声、かなぁ」と答えたあとで、頬に火が付いたみたいに体温が上がった。

 気付かないでくれるといいな。確かに藤堂の声も低くて素敵なのだろうけれど、思い浮かべたのは有村で。定番だけど鎖骨とかの骨フェチと答えた落合と、特にないけどちょっと深爪気味の手は見ると答えた久保は当然に気付いていて、敢えて掘り下げないでいてくれた。

「あ、フェチって異性へのってこと。なら、のんちゃんは答える必要ないね」

「なんでだよ」

「だっていつも言ってるじゃない。山本くんもね」

「おっぱい!」

「それ」

「拘りがあるんだよ!」

「要らない。大きさが全てだと思ってるのも、みんな知ってる」

「全てだろうが!」

「ノーコメント」

「有村ぁ!」 

 意外にも、藤堂の回答は「長い髪」だった。ずっと野球少年らしい坊主頭だった反動だと、山本がケラケラ笑う。

「僕も落合さんと似てるかなぁ。外見で言うと、骨格を見てしまうかも」

「骨格? 華奢な子が好きってこと?」

 うーん、と唸る有村を、草間はチラチラと三回は見た。そういう話を聞くのは初めて。少しだけ落合が何かのサポートをしてくれるつもりで、このゲームを始めたのかと思ったほどだ。

「全体のバランスと配置、かなぁ。パーツごとなら、形の美しさとか。緊張感のあるアキレス腱とか、左右が対象で健康的だと、見てしまうね」

「え、めっちゃコア……え? この中だったら誰が綺麗? オススメの骨格は?」

 人知れず、草間は小さく息を飲んだ。悩む様子の有村は腕組みで顎先など撫でつつ、天井のどこかでも見ているよう。

「あ。草間さんの膝」

「ヒザぁ?!」

 緊張からの動揺で、草間は思わず噎せてしまった。

 場所に限らず外見を褒められることなど殆どないが、膝は絶対に、初めて持ち出された。鈴木と山本は有村らしいと言って手を叩いて笑うけれど、草間の心中は顔芸を披露した落合と、怪訝を浮かべた久保に近い。

「形が良いし、すごく可愛いと思う。サイズも良いね。無理をしたことがなさそうで、さほど発達してないのも良い。歩く。走る。最低限な感じ。可愛い、すごく。生まれたての仔犬に似てる」

「ちょ、わっかんないんだけど……とりあえず、仁恵の膝がお気に入り?」

「うん。特にと言えば、膝ね。草間さんの話になると、全てがお気に入りだから困ってしまうけれど」

「……だってよ、仁恵」

「…………」

「次に行きましょう。仁恵が息をしてないわ。有村、アンタちょっと、仁恵を狙い撃ちするのはやめなさい」

「訊かれたから答えたのに……」

 私の、膝。そっと擦ってしまったのだけは、落合にも久保にも気付かれていないといいけれど。

 ランダムにした割には、三つ目も四つ目も『全員』の紙が出た。五つ目でやっと『女子だけ』が出たあとも、一枚しかないという名指しカードは出て来ない。男子組は本当に仲が良いようで、先に互いの答えを言ってしまったりして本人が答えない質問もあったから、半分くらいは名指しの暴露のようでもあった。

 好きな漫画や実は自信がある教科、向かいに座る人を褒める、など、組み合わせの方は中々豊富で、山盛りのお菓子と冷めていく飲み物を傍らに、時間を忘れた質問ゲームは続く。

 次の選択者になった落合は、ふたつのクジを同時に引くことにしたようだ。念入りにかき混ぜて、二つ折りを開く顔がお目当てを引き当てられたと言っている。

「やっと出たよ、男子のみ! しかもこれは中々それっぽいよぉ? ズバリ! 初恋はいつ!」

 パパーンと口で効果音を付け、落合は得意気にカードを翳す。もちろん、すぐさま「小三で同級生だったタチバナさんでした!」と元気よく答えた山本を含め、テーブルの向かいに並ぶ男子四人へ向けてだ。

「誰から答えてもらおうかなー?」

 悩むのは格好だけで、落合は端に座る藤堂を指差した。

 ピンと伸ばした人差し指。間に落ちる、微妙な沈黙。口を開いた藤堂は、初めての『パス』を使った。

「……えー、ここで使うー?」

「覚えてねぇよ、そんなもん。だからパスだ。次に行け」

「……じゃぁ、姫様。姫様はちゃんと答えてくれ――」

「僕もパスで」

「なぜ!」

「恥ずかしいじゃない、そういうのは」

「なんだよ、それぇ!」

 ふたりも続けば当然の顔で、鈴木もパス。残念そうなのは落合と、ひとりだけ答えてしまった山本くらいなもの。当事者でもないのに心臓がどうにかなりそうになっていた草間としては、すぐに次の質問移れてよかったような、本当は訊いてみたかったような複雑な心境で、すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干した。

 いつ、なのだろう。有村の初恋。相手はどんな人だったのだろう。気にはなるけれど、聞いたら落ち込みそうな自分の面倒臭さを知っていて、次の質問も『男子のみ』だったので、草間はずっと上の空。

「おっ、なんか新しいの出たぞ? この中で一番ズボラなヤツを指差して理由を言う、だって!」

 引いたのは山本で、落合が発した「せーの!」の掛け声に合わせ有村は藤堂を指差したが、あとの三人は有村を指差していた。

 雲の上から戻って来たばかりの草間としては、だいぶ意外な展開だ。マメで几帳面な有村がズボラだなんて。

「有村だろー、コレは。メシは腹に入れば何でもよくて、服も着てりゃいいと思ってんだから、ズボラ決定!」

「腹が減ったじゃなくて糖分足りねぇって角砂糖食わねぇよ、普通。床で寝るし、風呂もさぁ。お前キレイ好きだからちゃんと洗ってんだろうけど、行って来るねーっつって五分もかかってねぇぞ。リラックスって知ってるか? 髪も乾かせよ。禿げるぞ、マジで」

「潔癖とは別モンなんだよな。ズボラっつーか雑だ、お前は。自分に手をかけるのが下手くそだ。暇潰し以外の趣味でも見つけてよ、ちょっと洗濯モン溜め込むくらいでいいと思うぞ。お前はいつも、他人の為に忙し過ぎる」

「うーん……そういうつもりはないんだけどなぁ……」

 渦中の有村が不服そうにすればするほど、三人からは出るわ出るわのズボラ事情。すぐに着るなら服が生乾きでも気にしない。料理には使わない賞味期限切れの食材も自分だけなら食べてしまう。血が出る怪我も基本的に放置、等々。

 中でも草間が一番驚いたのが、髪が邪魔だと零すやいなや手近にあった文具のはさみを使い、適当に掴んだ襟足をバッサリ切った、という話だ。店も開いていない時間だったとかで器用なみさきが必死で修正したらしいが、外見など清潔であれば問題ないのだと、神様の最高傑作のような絶世の美人が言う。

「……ふふっ」

 聞くだけ聞いて、意外に思っていたはずの草間は、気が付くと笑っていた。

 確かに驚きはしたのだけれど、それは藤堂たちが持ち出す話が少々極端だっただけだ。自分に構わない人をズボラと呼ぶのなら草間も、この中では藤堂より有村だと思う。

「有村くん、よく言うもんね。自分のことだけ、面倒臭いって」

 だって本当に面倒なんだ、とすこぶる面倒な顔をして有村が言うから、草間は更に笑ってしまう。欲がないというか、みんなにしてくれる半分でも自分にしてあげればいいのに。興味がないからしないのも知っていて、揺れてしまう肩を我慢するのは難しい。

「藤堂くんたちの言う通りだよ。いつも頑張ってるんだから、ちょっとくらい自分にご褒美をあげればいいのに。私なんて結構するよ? テストで良い点数が取れたら、我慢してたちょっと高い本を買っちゃう、とか。バイト先で良いことがあったら、とっておきの紅茶を淹れて、読みかけの本を読み終わるまで夜更かししちゃったり」

「……草間さんのご褒美は全部、本?」

「あ。そういえばそうだね。ふふっ、私も趣味は少なかったみたい」

 照れ臭くて、草間の頬は淡い桃色。そのひとつしかない趣味で一緒に過ごせたり会話が増えるのが嬉しいのだと白状しなくても、考えただけで草間の桃色はリンゴ色に近付いた。

 本だけど、今はただの本じゃない。

 ヒロインは自分の姿をしていることが多く、ヒーローは有村の声で話しかけて来ることが多いのだ。イメージとは違っても、年上の有村も裏の顔を持つ悪者の有村だって、草間の優秀な想像力ならお手のもの。

 ラブストーリーなら、ちょっとくらいは。実際には、相当に恥ずかしい妄想もしている。手を繋ぐより、抱きしめてもらうよりもずっと、恥ずかしいこと。ふと見てしまった有村の形の良い唇が、小さく横へ広がった。

「……なら、早速ご褒美を貰おうかな」

 告げた有村は席を立ち、草間は近付いて来る姿を目で追った。

 頑張り屋さんの有村が言う『ご褒美』が、草間には少しも、見当も付かなかったのだ。

 背後に回り込まれ、後ろから両方の肩に手を置かれても、草間は首を捻ったまま沢山の不思議を抱えて瞬きをしていた。

「みんなは是非、ゲームを続けて。僕と草間さんは、ここで失礼するね」

「はいよー」

「えっ」

 すぐさま返事をした鈴木と落合も、珈琲や紅茶を飲む藤堂や久保も、さっさと次回の準備に取り掛かりふたつの袋を振り出した山本も、誰ひとりとして戸惑う草間の方を見てくれない。

 助けを求めて落合の腕を揺するが、「今のは仁恵がアウト」と取り付く島もなかった。やっとひとり目を向けてくれた藤堂も、草間ではなく後ろの有村を見ただけのような気がする。

「いざとなったら悲鳴を上げるのよ? 聞こえたら飛んで行くわ、藤堂が」

「俺かよ」

「あたしが行くよ!」

「君佳ははしゃぎたいだけだからダメ」

「ケチー!」

 相変わらずの久保も顔を上げてはくれず、五人はさっさとジャンケンを始めてしまう。

 あいこに次ぐ、あいこ。掛け声が途切れないから、草間は口が挟めない。挙動不審に使えない口をパクパクさせていると、椅子が自動で後ろへ動いた。

「へ、あっ!」

 自動のはずがない。動かしたのは有村だ。見上げれば満面の笑みと出会ってしまい、草間は益々、目が真ん丸。

「さて、と」

「なっ、なにっ?」

 腰を折った有村は、草間の背中と膝の裏に手を差し込もうとしていた。身体を丸めるささやかな抵抗も、いつでも綺麗な湖色の瞳と目が合ってしまえば、正に藻屑と消えてしまう。

「なに、って。ご褒美をもらうんだよ、草間さんに」

「わたしっ?」

「他に何がある?」

「たくさんあると思うよ! 美味しい物とか、好きなこととか!」

「そうだね。だから君をお借りする。僕は、君と過ごす時間が一番好き」

「……ヒュッ……」

 喉に棲んでいる小鳥が鳴いた。隙間風みたいな、甲高い音だった。

 背を向けてしまったテーブルから「手加減してやれ」と藤堂が言った気がするし、「早く行きなよ」と言ったのは落合だった気もする。隣りの部屋から聞こえて来るような、ぼんやりした声だった。

「せ、せめて自分で、あの……」

 どこかに行くなら自分で歩くから。言えたなら言っていた草間の頭の何処かは、もう何回はされたので、この体勢が抱き上げられる前兆なのを理解していたようだ。

 草間としては真っ白な思考をいっそ空っぽにしてしまうような笑みを、至近距離で見せられた。

 普段は二割程度に抑えてくれているのだなと目も開けていられなくなるような、美しさを一切自重しない有村がそこにいた。

「ご褒美なのに、僕の好きにさせてくれないの?」

「うっ……」

「ねぇ、草間さん?」

「……きれい、少し仕舞ってくれるなら……もう、なんでも……」

「ありがと」

「ううっ……」

 所謂『お姫様抱っこ』で抱き上げられてしまった草間が出来た抵抗は、せめて両手で顔を覆うことだけ。もう誰も見たくないし、誰も見ないでと願うばかり。羞恥が死因になるのなら、草間は秒殺されている。

 一回だけ横へ揺れた気がした。久保の声が何か言って、誰かしらの男子の声もしたが、隣りの部屋から隣の建物へ移動したみたいに、草間に中身は聞こえて来ない。

 ガラス戸が開く音がして、草間は「くつ……」と呟く。もう少し早くクスクス笑う声が聞こえていたら、指の隙間から有村を見上げるなんて愚かなことはしなかったのに。

「悪いけど、靴を履くのは僕だけだ。君は裸足で、芝生の上を走ったりしないだろう?」

「…………!」

「十分でも、五分でもいい。草間さんを独り占めさせて?」

「…………!」

 いざとなれば藤堂が、若しくは久保や落合が駆けつけてくれるとして、心の中で張り上げる絶叫では全くの無意味だと、草間は思った。

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