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番外編 歩く魔力炉とレイニーデイ

 春となったからか。ここ最近は、入れ替わるように暑さと寒さがやってきていた。

 今日は暑い方が勝つ。むしろ前日の寒さからすれば、暖かいようにも感じられた。彼女の主観によると、七寒八温――稚拙な表現と友に笑われそうであったとしても、目まぐるしく変わる気温を、春の実感を表す言葉はこれしか思い浮かばなかった。

 暖かさを肌で感じては、黙考しながら黒髪の少女は森の中を歩く。

 しとしととした雨降りの日。まるで寒くはないが傘も持たないでいる風変わりな少女だ。その証拠に雨に打たれながらもまるで急ぐ様子が見られない。

 身にまとうローブからもわかるとおり、彼女は魔導に関する生きものなのだ。さらに言えば、ここは彼女のテリトリー。であればこの程度の雨など何ら障害にもなりはしない。

 工房の近くに位置する森は彼女の庭。日課の散歩が如く、その足運びはゆったりとしたものであった。

 しかし黙々と歩いていたのもここまで。目の前に長い金髪の少女を見つけた途端に、小走りしてみせる。

 待つ者駆け寄る者のどちらとも、その2人ともスラリと手足の伸びた美少女であった。そして彼女らの装いは、濃紺色のローブ。

 違いを指摘するならば、金髪の方が少しばかり背が高い。ついでに言えば、広いおでこと少しキツい目つきがより印象に残る。

 例えるなら武闘派令嬢。平素よりもキリリと細められた瞳はまだ黒髪の方を見てもいないが、誰が来たかなど見ずともわかる。


「まったく、貴女という人は……まったくもって、これっぽっちも変わりませんことね」


 金髪の少女――リィーンは、あいさつ代わりに苦言をプレゼントした。

 傘で頭をすっぽりと覆っているので、文句をぶつけるべき相手の姿はまだ見えない。だが、きっとこいつはそうに違いないという確信がこの少女にはある。

 言葉遣いと同様、実にお嬢様っぽい装飾の傘を傾けてみれば、やはりそこにはセミロングの黒髪が目に入る。もう少し見やれば、当人と視線も合う。その真紅の瞳はとぼけたようである。

 青と赤の交錯後、そこには予想どおりに悪びれた様子のない友の姿があった。いつものように彼女は小首を傾げてみせた。


「そうかな? ボルドーのじっちゃんは、“ガハハハ、貴様ももう一端の淑女であるなっ!”て言ってくれたよ?」

「淑女はガハハ笑いはしないものですの……それにいつも申してますけどね、老先生は何かと規格外の方でしてよ。世間一般の基準には合いませんの」


 件の人物は、竜殺しなどという異名を持つ大魔導士だ。規格外過ぎてその物差しが測る範囲はメートル単位。ミリもセンチも測れない物差しで何を測ろうというのか……リィーンとしては大いに不服である。

 だから続けて小言を溢したりもする。


「貴女も魔導師の末席を汚す立場なのですから、測定、観測されるものには重々に神経を傾けなさいな――って、どうしましたの、フィア」


 友が瞳をより丸くするものだから、リィーンは思わず言葉を切ってまで尋ねてしまった。

 いや、言わずともわかる。その顔が示すものは、変わってないのはリィーンの方だよ、とでも言いたげであることは、悲しいかなわかってしまう。

 そのくらいには、一緒に過ごしてきた。何せ孵化せずに消える魔導士の卵の多いこと多いこと……

 リィーンはつむることをあまりよしとしない信条を掲げているが、それでも性格も魔導の方向性も違うエンファでさえ同族意識を覚えていたりするものだ。

 さて、あれこれ考える内に、友達とやらが口を開くのをおでこの広い魔導士は見つめていた。成長したフィアが一体何を言ってくれるのかと、少々の期待もあった。


「いつもどーりの小うるさいお説教だ。変わってないのはリィーンの方だよ」

「お黙りなさい。言われるってわかってるのにあれこれやらかすのが貴女なのですから! 本当に、本当に懲りない人ですわね!」


 マジで実際に言うやつがあるか! みるみる内に血圧が上がっていくが、すんなりと抑制された。これでいてリィーンも魔導士の端くれ。見習い時代ならいざ知らず、今では笑って受け流すことも出来る。

 事実、トゲっぽいやり取りだったが、責める音韻に反して、二人の声音は明るいものだった。

 ふふふ、と笑い合えば世間話へと移る。


「ああ、変わったところもあるね。リィーンはまたおでこが広く――」

「フィアッ!」


 西の魔女譲りの短気さで、静かな森にごく小規模の爆発系魔法が奔った。




「ねぇ……そろそろ機嫌直しなよ」


 しばらく黙って歩いていたが、いい加減飽いてしまった。そろそろ会話をしようではないか。明言は避けつつも、フィアから口が開れた。

 草が踏まれて立てるサクサクという音は小気味よくて好きだが、友が険悪さをアピールしてくるのだから何とも言い難い。

 サクサク祭りを一日中開催して過ごしたこともあった。だが、あれはもう子ども時代に堪能し尽くした。事実“泣き虫フィア”はもう卒業したのだと、彼女は日頃から豪語している。

 そう、ここにいるのは一端の淑女。淑女たる者は、未だ子ども染みたことを続ける友へも、自ら歩み寄るのだ。

 そのように意気込み、追加で口を開こうとした頃、より大人な友は先に語り始めていた。


「機嫌が悪いんじゃありませんの。そうではなくて、怒っておりますのよ……」

「意味はそう変わらないんじゃな――」

「言葉は厳密にお遣いなさいな。貴女が謝らないから、怒りを継続させておりますの。ですの!」


 面倒臭いという顔をしていたのがバレたのだろう。中和しようとした台詞の途中で割り込まれてしまった。魔導士として詠唱を大事にする彼女が遮るのだから、よっぽどだ。

 さて、問題は何でリィーンが怒っているか、だ。


「むぅ……」


 雨の降る中、傘もささないでフィアは唸った。顎元に手をやりながら灰色の雲を眺めつつ、思い当る節を探る。

 師が思考する際に取るポーズを真似ても、残念ながらリィーンが怒る原因はわからなかった。だから真摯に尋ねることしかできない。それがあてずっぽうであっても、フィアにとっては真剣そのものだ。


「三日前、決闘をすっぽかしたから?」

「それも腹が立ちますけど、違いますの」

「エンファとお出かけしてお土産がなかったから?」

「それは初耳。でも違いますの、今日のお話でしてよ」


 問題は直近も直近のことらしかった。それ以前に思い当る節が多すぎる。我が事ながらなんとご迷惑をおかけしているものか。

 こうなれば面倒などとは言ってもいられぬと、フィアは灰色の脳細胞を全力で働かせた。師であるアーヴァインによく似た顔つきになった頃、ようやくにして謝るべきものが見つかった。


「約束の時間に間に合わなくて、ごめんなさい」


 いや何を今更か。悪いことをしたらごめんなさいなのだ。これはもう真摯に謝った。ごめんなさいは一度きりなので、これ以上ない謝罪だとフィアは自負する程。

 しかしそれでも、リィーンの機嫌は持ち直されなかった。器用にも片眉だけがギリギリと持ち上げられていたりする。


「遅刻も腹立ちますけど、そうじゃありませんの」

「じゃあ、なんなのさ――」

「貴女ね! どうして雨降りの日に傘をお差しになられませんの!」

「ああ……」


 うん。なるほど。

 これが気に喰わなかったのかと、フィアもようやく合点がいった。

 リィーンとは対照的に、フィアは手ぶらでこの森にやって来ている。何で傘を差さないかと言われても、必要ないからなのだが――今も彼女は魔力的措置により、雨粒を避けている。

 魔導士なのだから、困りごとを魔法で解決してもよいではないか。師匠もそうしているし。

 そんなフィアを前に、友であり好敵手であるリィーンは苛立ちを加速させていく。魔力の波で髪のわななくその様は、実に西の魔女にそっくりだ。


「魔導士は――」

「魔力を倹約しろって話でしょ?」

「そう言ってますの! もう、本当に貴女という人は……傘をさせば済むことにさえ高位の魔法をポンポンと! ポンポンポンポン、何ですの? 狸の腹鼓ですの? 貴女は狸ですの?」

「あたしは、人だよ。多分だけど」

「む……」


 魔力の無駄遣いこそが彼女の腹を立てる話だった。だが、怒りに任せていて、気づけば今度はリィーンが要らぬことを言っていたのだと気づいた。

 フィア・ウォーレンとは異端も甚だしい。

 曰く――歩く魔力炉。

 親なし魔導士の癖にその魔力量だけは高いと、フィアは学院で誹られて育った。それが今では成績もリィーンに次いで学院2位の位置にいる。周囲の嫌味はやっかみに違いない。


「うん、いつものやつなんだ」

「……はぁ」


 落ち込むフィアを前に、軽く、本当に軽くだけリィーンは溜め息を吐いた。

 師の教えに危うく背くところだった。己が真に魔導士であるなら、高潔であらねばならない――このままでは自分は有象無象と同じではないか。


「フィア」


 魔女になりつつある少女は、態々足を止めて友へ向き直る。これは魔力どころか時間の消費(ロス)が甚だしいのだが、どうでもいい。

 目の前のいきものは、数少ない友だ。ここで惜しむは倹約ではなく狭量。


「ん?」

「ごめんなさいを言ってくれてありがとう……わたくしも、ごめんなさいを言わないといけませんわ」

「うーん、いいんじゃないかな? あたしは“歩く魔力炉”だ。魔力に全てを持ってかれた生きものだし」

「でも! わたくしのお友達ですわ。貴女はね、わたくしにとって、大切な人ですのよ?」


 降り続く雨粒を寄せ付けぬよう吹き飛ばすならまだしも、肌に触れる端から弾くことをフィアは魔法でし続けている。どう考えても頭のおかしな魔法行使だ。常識としては考えられないが、それでも彼女はやってのける。見習い時代がどうあれ、今ではそれが出来てしまう。


 あの歩く魔導書の一番弟子なのだから、それくらい出来て当たり前。膨大な魔力を妬む人たちの悪意に晒されながら、フィアは今もこうしてフィアのままでいる。せめてこの友には顔を上げていて欲しいとリィーンは思う。

 彼女の師、アーヴァインの好敵手が自分の師匠なのだから、リィーンはフィアの好敵手でい続けたいと思う。


「だって、貴女は……貴女は、こんなにも……」

「ありがとう、リィーン。もう十分、ううん。十二分だよ」


 友が言葉を尽くそうとしてくれた。陰鬱としたものは傍らにいるが、にっこりと笑うことができる。そうとなれば、待ち合わせの目的どおり森の散策は再開された。

 お目当てのものまではあと少し。ごめんなさいを互いに言った二人は、再びおしゃべりに興じる。


「素朴な疑問なのですけれど、尋ねてもよろしくて?」

「ええ、よくってよ」

「……口真似はおよしなさいな。ああもう、調子の狂いますこと」

「いつもどおりじゃないかな?」


 それもそうですわね、と口の中で転がしてリィーンは今更なことを問うてみる。


「貴女、急に成長しましたでしょ、座学はともかくとして。ええ、努力をされてきたことは知っておりますの。でもここまでとは誰も思いもしませんでした……どうして、と聴いてもよろしいかしら?」

「ああ……」


 友が言ったことは尤もだと、フィア自身も思う。


 生来の魔力量を見れば疾うにできたこと。学びの環境を思えば何を今更。志は言うに及ばず。


 どれも手を抜いたことはない。ただ噛み合わなかっただけ。それを近くで見て来たリィーンなれば当然の疑問だ。


 瞳をゆっくりと二三度瞬かせ、フィアは言う。


「成長、したのかはよくわからない。けど、そうだね。リィーンの聴きたいことに答えるなら、一つだ」


 うん。と一つ頷いて続けられる。


「できないことを数えるのをやめた。それだけだ」

「……まさか、本当に?」

「うん、そうだよ。自分では納得いってなかったけど、流石あたしは歩く魔導書の弟子。納得いこうがいくまいが、そこそこできてたんだ」


 だから、できることをつなぎ合わせれば、今までできなかったこともできるようになった。


 師匠そっくりそのままとはいかないが、今の年齢を思えば出来は十分じゃないか。そのように彼女は言う。


「はぁ……そうでしたの」

「納得、いかなかった?」

「いえ。貴女らしいですわ。ほんと、バカげた程の……何でしょう。以前言っていた逆回し詠唱理論だとか、発想が突飛すぎて言葉も見つかりませんわ。ほんと、おバカですわね」

「けなしてる?」

「こう見えて褒めてるのですから、何でもかんでも一々聞きませんの。わたくしがお尋ねしてた筈ですのに、貴女という人はほんとに……」


 むぅ、と唸りだしたフィアを他所に、リィーンは微笑を浮かべた。


 できないできないと泣いていた友の姿が懐かしい。だが今の彼女もあの日の少女のままだ。師事する魔導士は異なれど、それが偉大なる師であることに変わりはない。道が違えども同じところを目指す彼女の有り様に嬉しくなってしまう。


「じゃあ、もう質問はおしまいかな。今日のお目当てが近づいてきたよ」


 目的地を前に、フィアはローブの下から作業用の手袋を取り出す。後は黙々とこなすのみ。その顔つきは魔導士らしいものだった。


「どうしたの、リィーン?」


 だが隣を見ればどうか。実に魔導士らしくない表情をする友を訝しく思う。


「地味な作業こそ魔導士に必要なものとは理解しておりますの。でも、おしゃべりくらいよろしいんじゃなくて?」

「今日のリィーンは珍しいね。いつもなら“作業中は私語を慎みますことよ”って言うのに」

「優先順位の問題ですわ。わたくしはね、魔導を極めることと同じくらい、青春を謳歌することも諦めておりませんの」

「師匠らの多忙さを見てたら、今遊ばないでいつ遊ぶってのもわからないではないけど……魔導にのめり込んで婚期が後回しになるのは折り込み済みじゃなかった? それとも、お師匠さんに何か言われた?」

「ノー、コメント!」


 力強い返事だった。


「まぁ、あたしもお喋りは好きな方だ。何を話す?」


 手袋を嵌め、腰を屈めたフィアは早速作業にかかっている。作業と会話の同時並行をすべく、脳は新しい回線を作り出していた。


「そりゃあ勿論、恋のお話ですわ」

「お、ぉう……」


 瞳をキラキラと輝かせる友の姿に、フィアは思わず手を止めかかってしまった。こいつ、こんな一面があったのかと、長い付き合いながら新鮮な驚きがあることに少し戸惑う。


「貴女にも、言い寄って来る殿方のお一人やお二人はいらっしゃいますでしょ?」

「どうだろうね、ミラが悪い人に捕まらないようにするので手一杯だよあたしは」

「まぁお姉ちゃんですこと。どっちかと言えば、フィアは意中の人を追いかける方かしら?」


 作業の手は止めず。だが真っ直ぐに向けるリィーンの碧眼は、恋せぬ乙女などいなくてよ、と訴えているようでもあった。

 さてどう答えたものか。フィアとしては極力考えないようにしてきた話題だ。かといって、友に嘘をつくようなこともしたくない。


「さぁてね。それこそ、どうだろうね。あたしは、うーん……胸に秘めておいとくタイプと言いますか」

「それも美徳かもですけど、悲恋は美談になっても幸福にはつながりませんことよ。自分の工房を持つようになったら、青春何て言ってられませんのよ?」


 リィーンの言うことはよくわかる。だから卒業まで胸に秘めたまま逃げ切ろうとしているというのに。友とは時にありがたく、時に辛辣なものだと思った。


「じゃあ、アドバイスは半分受け取るよ」

「と、おっしゃいますと?」

「恋だか何だかはややこしいから置いとくけど、極力素直に生きることにするよ」


 横ではリィーンがどんな顔をしているだろうか。少し面倒になったので視線は敢えて向けない。というよりも、何でこんなに質問攻めに遭うのだ。


「あたしのことよりも、リィーンの話を聴かせてよ。この間は錬金科の美少年に誘われてたじゃ――」

「あまりベラベラ話すのもはしたないものですが、尋ねられたのであれば仕方ありませんわね!」


 台詞を喰ってまで語り出すリィーン。まぁ喋ること喋ること。


(そういえばお師様が言ってたな。聴きたがりの人は、実は話したがりだって)


 おうリィーン、その様を見ればお相手も千年の恋も冷めるというものだ。


「って、聞いてますの?」

「きいてるよー」


 曖昧に返事をしながらフィアは笑っていた。

 雨の日にわざわざ素材を採取しに来るのが魔導士らしくあれば、こうして他愛ない話に花を咲かせるのは実に学生らしい。

 淑女らしいのかはちょっと疑問だったが、友が珍しくご機嫌なのでよしとしよう。




 魔法で雨露を避ける必要がなくなる頃に、魔導の徒たちは帰路についていた。

 西の魔女の元に戻った子は、泥だらけになった姿を叱責されつつ、手にした薬草のお陰で怒られ切らずに済んだ。

 さて、歩く魔力炉の方と言えば――


「ただいま、です」


 日も沈み、すっかりと辺りは暗くなっている。

 フィアも免許皆伝に近づいているのであれば、そもそも遅くなることを咎められる筈もない。だが、彼女を待っていたのは尖った瞳だった。


「遅かったですね」

「お、おぉ……」


 育て親である師匠が玄関で待っていた。

 いつもとよく似た笑顔が浮かべられている。しかしそのこめかみには、ようよう見ねばわからぬ程度だが血管が浮き出ている。つまりは、お怒りであった。

 自立した魔導士が帰るには早い時間だが、見習いには遅すぎる。そんな曖昧な時間だ。

 フィア自身、今ではそれを把握しているからビビってもいた。


「お師さ――」

「フィア、貴女もいい加減に……失礼しました」


 師匠と弟子の言葉が交錯した後、間を置くこともなく師の法が折れた。実際、腰を折って頭を下げてもいたりする。


「お、お師様! 頭をお上げくだされっ」


 慌てるフィアを他所に、師匠の方はゆっくりと頭の位置を戻す。そして、ゆっくりと利き手を彼女の頭の上へ伸ばす。

 もういい加減、幼子ではないとわかっている。そうすべきではないのだが、そうしたかった。

 満面の笑みで師はお土産を持ち帰った子を労わざるを得ない。


「雨の中、ようよう薬草を探してくださいましたね」

「うん。師匠にはすっかりバレていたな。でも、あたしもリィーンも、師匠の肩凝りや腰痛が心配なんだ」

「リィーンと一緒、でしたか。西の魔女のやつにも渡っているのは不服ではありますが……」

「お師様。違うよ? あたしがそうであるように、リィーンもまた、そのお師匠に感謝している」


 弟子の真っ直ぐな言葉に、師匠は頷きで返した。


「他の師匠がどうのこうのは置くべきですね。ああ、前にフィアが話しているときは他の女性のことは話してはいけないと言われていましたね。これはありがたくいただきましょう」

「うん。お師様も最早立派な中年。ゆっくり休めるときは休んで欲しいんだ」


 この答えに、師は苦い表情を浮かべていたが、フィアとしては上々。よくもまぁ師匠に向かって“他の女の話はするな”なぞ言ったものだ。だが、こんな他愛ない話を覚えてくれていたことは嬉しい。他の女を差しおいてくれるのは、素直に嬉しい。


「フィア、どうかしましたか?」

「うんにゃ? 何も変わらない。でも、変わってる気がする。けど、それはお師様が言うみたいに、悪いもんでもないらしんだ」


 答えつつ、フィアは言葉を心で噛み締める。

 心境の変化に戸惑いつつ、何となく受け入れつつもあった。

 もっと言えば、雨の日はずっと嫌いだったのだ。

 だが、友と森を歩いて薬草を詰んだ今日は良き日だった。恋のお話とやらは余計だった気もするが。

 しかし思い返せば、師と雨の森を歩いたあの日も良きものだった。

 歩く魔力炉ながら、魔力の制御法を身につけることでその後は幾らも変わった。主に周りからの見られ方が変わった。だが、その実の部分はどうだろうか。


「フィア?」


 師匠からの投げかけを前に、真っ直ぐに少女は笑みで答える。


「変わりたくなくても変わる。でも、変わりたくなければ変わらなくてもいい。変わってもいい――あるがままに現象を見つめるのが魔導の道、ですよね?」


 言葉に対して、師は頷きで返した。

 歩く魔力炉と非難された日々も今や昔。日々成長しながら、フィアは魔導の道を歩んでいる。







2023年5月1日 加筆修正

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― 新着の感想 ―
[一言] 新作エピソード、楽しく読ませていただきました。 前回からもう四年経っているのですね。 フィアとリィーンが少し成長した姿で登場するだけでなく、関係性にも変化があるのに驚きつつ、でも物語の柔ら…
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