第3話 奇跡は、絶望の淵に。
彼の名はアーヴェイン。
かつて、徳光と同じ環境にあったもの。
彼は、彼の痛みを理解していた。
周囲が秀でている者の痛みを。
だから、彼は徳光を試練の相手に選んだ。
同じ痛みを知る者として、せめて己の手で。
そんな、慈悲にも似た感情で、悪意にも似た心情で。
彼は、徳光の仲間達の前に立っていた。
「来たか、徳光」
まず口を開いたのは、真ん中に立つ大柄な男。瞳からは疑いの目がありありと浮かんでおり、ともすれば自分を徳光では無いと疑っているかのようにも見えた。
「本当、お前はいい度胸してるよな…俺たちにあんな事をしておいて、何事もなかった様に助けてくれ、とかさ。」
言葉からも怒り、疑念が迸る。
それを見て、アーヴェインは心底ため息をつく。
「所詮、友達なんてこんなものか…」
彼自身、友を裏切りで無くしているせいか。
彼の友達を見るその目は冷たく、下手をすれば殺してしまいそうなほどに見下げていた。
「ねえ、雄星。友情ってなんだと思う?」
無論言葉には出さず、あくまで「徳光」として言葉を紡ぐ。
「君たちは、俺の何を知ってる?表面的な事じゃなくて、内面的な事を。
俺がどんな人間で、どう生きてきて、そしてどう生きているのか。」
「そんなもの、お前が話そうとしないんだから知るはずがないだろ」
雄星の言葉は、さらに彼を呆れさせた。
「話そうとしない?話しても君たちは忘れてしまうだろ。それが『ただの友達』の姿だろ。」
ただの友達。
お互いのことを深くまで探らず、ただただ楽しければいい。
それは、今まで徳光が無意識に行ってきたことでもあった。
「じゃあ、教えてあげるよ。俺の、『徳光』という男のことを」
「いや、それはお前が話すべきことじゃない」
不意に聞こえた声は空高く、そして声の先には誰もいない。
数秒後、蒼空に黒い点が生じ、それは加速度的にあたりの蒼を侵食していく。
「・・・来たか」
アーヴェインはそう呟き、声の主が地を砕いて登場するのを待った。
ここで雑談をしよう。
今回の話の主役はみんなご存じ徳光。
お調子者で、前世は金魚、来世は類人猿の徳光だ。
そして、
彼に運命づけられた呪いのような因果。
そう、彼は・・・・
「うおおおおお調子乗って高く飛びすぎたぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
彼は、致命的なまでに格好がつかないのである。
案の定、彼は文字通り地を砕き、足どころか首まで地に埋まっての登場を果たした。
雄星たちからすれば、いきなり高速の落下物が目の前に落ち、巻き上がる土煙が晴れた先には生首となった友人がいるのだから、反応は当然
『・・・は?』
処理しきれず、フリーズする。
そして、その生首が顔に張り付けているのが、数秒前まで話していた人間と同じ顔をしているのだから、なおのこと状況が理解しきれない。
「雄星!みんな!無事か!?」
「いや、お前が無事じゃないだろうが。」
仕切り直し。
「まさか、空を飛んでくるとは思わなかったよ。」
アーヴェインが若干引き気味に徳光に言葉を投げかける。
「人が空を飛べるわけないだろ。楓ならまだしも」
あいつはやりかねない。
「いや待て。さっきからそれどころじゃなくてスルーしてたけどなんで徳光が二人いるんだ!?」
ここで、ようやくフリーズが解けた雄星が二人の間に割って入る。
「その問いに対する答えは簡単だよ。俺は『今の』徳光じゃないからね」
そういうと、アーヴェインは変身を解き、本来の姿に戻る。
逆立った白髪に射貫くような眼光をした、革ジャンを粋に着こなす若者。
徳光が憧れていた、昔のトレンド。
「改めて初めまして。俺の名はアーヴェイン。今風に言うとガヴェインの方が馴染み深いかな?ケルト神話、アーサー物語に出てくる円卓の騎士の一人さ」
「徳光じゃ無いじゃん。」
雄星に続いて、今まで黙っていた女が一歩前に出ながらツッコミを入れる。
安浦美佳。徳光がいつもツッコミ(物理)を受けている悪友の一人である。
「そうだ。お前は俺じゃ無い。」
だろ?宿怨の騎士。
徳光がその名を口にした瞬間、アーヴェインは突然激昂した。
「その名を…口にするな!!」
激昂したアーヴェインはそのまま宙から剣を抜き、徳光めがけて突貫する。
徳光の首を狙って一直線に進む剣は、しかし徳光に届くことなく、横から飛んできた飛来物に弾かれる。
「ふむふむ、なるほど。私たちが今まで徳光だと思ってたのは別人で、登場と同時にシリアスムードをぶっ壊したそっちが本物の徳光か。」
「この緊迫したタイミングで的確に判断しすぎだろ!つーかなんでそんな物騒なもの持ってんだ秋川!!」
横から飛んできた飛来物とは、すなわち銃弾。
そして、徳光がツッコミを入れた小柄な女が構えているのは、ルガーP08Yカスタム(軽量化、最適化、反動抑制、USBポート付き)。
秋川芳佳。趣味はミリタリー全般。特技、遠距離射撃。最近うれしかったこと、友達の兄が自分専用に愛銃をカスタマイズしてくれたこと。
「徳光のお兄さんに改造してもらった。」
あの兄は…!!!
「普通に銃刀法違反だろ!」
「問題無い。許可は取得済み。」
最近うれしかったことその2、友達の兄が愛銃を国に許可申請してくれたこと。
「徳光…君の友達はなんか個性的だね…」
冷静になったらしいアーヴェインがまたも引き気味に徳光から距離をとる。
…やっぱり。そうだ。
徳光がかすかに覚えた疑問が確信に変わる。
「…やっぱり、お前徳光じゃないな。」
徳光が言葉を発する前に、雄星がアーヴェインにそう言葉を投げかける。
「違うぞ雄星。あれは俺だ。」
俺になれなかった俺だよ。
「…意味がわからないんだが」
雄星の疑問を解くように、徳光は言葉を束ねる。
「未来の分岐、って言葉くらいはわかるよな?人が何かを選ぶとき、未来は二つに割れるんだ。」
例えば、道端の石を蹴るか否か。そんな些細なことですら未来は分岐する。
「石を蹴らなかった未来を選択したとしたら、本来石を蹴る未来は霧散する。」
選択肢は無限、しかし収束する未来は一つ。
「だがもし、なんらかのはずみで選ばれなかった運命が霧散しなかったからどうなると思う?」
「平行世界…」
徳光の問いに芳佳が答える。
「そう。こいつは俺が選択しなかった未来の俺なんだよ。そして、その分岐点はおそらく。」
「俺が、全てを捨てて逃げ出そうとした、あのときだよ。」
あのとき。正確には二年前。
いつものように集まって、些細な事で喧嘩した。そしてそのあと、徳光はこの街から逃げようとした。
「それと同時に、芳佳と美佳が誘拐され、俺は考えるよりも先に助けに行った。」
ではもし、そこで徳光がそれでも尚逃げていたら?
「その成れの果てが、このアーヴェインだよ。」
「そうか。そこまで理解しちゃったか…」
アーヴェインは静かにそう言うと、武器を仕舞う。
「じゃあ、そこまで理解していて、どうしてそんなに遠くにいるのかな?」
その一言で、意味を理解したのは徳光だけだった。
「みんな!逃げ…」
間に合わない。
考えろ、どうすればいい?
声をかけてちゃ間に合わない。
ならどうする?
アーヴェインの攻撃を止める方法。
そこまで一瞬。そして、勝手に体が動くまでにかかる時間はほぼ一瞬。
限界。
アーヴェインの攻撃はあと1秒でみんなへと達する。
1秒では間に合わない。
脳から体に届くシグナルでは間に合わない。
なら、どうすれば。
俺より早く俺の意思を伝えられるもの。
…「伝え、達する、言葉。」
「脳より速く、確実に動かす、それが反射だ。」
「そして、反射の中で最も早いのは、条件反射だ。」
父の言葉を思い出す。
徳光は肺の中の空気を目一杯吸い込み、自身のできる最大級の高音を持ってして、あらん限りに叫ぶ。
「チーーーーンパン!!!!!!!!」
声には、方向がある。
大勢に話すときは、人は無意識に広範囲に伝わるように、広角的に声の方向を変え、一人に向けるときにはその人に向かって、ほぼ直線で声を出す。
さらに、そこに感情が乗せられた時、その声は、その相手に向かってまっすぐに進む。
徳光の意図通り、ノイズにも似た叫び声は、五人の耳を劈き、思わず耳を塞いでしゃがみこむ。
アーヴェインもまた、攻撃を止めて耐えなければならないほど、神話級の相手にすら届き、行動を強制的にキャンセルさせることが出来るのは。
人と向かい合う覚悟のできた徳光だからこそできる。唯一の個性。
数秒の木々の共鳴の後、徳光は改めて五人の方へ向き直る。
「今更こんなこと言うのはどうかと思うんだけど、頼む。力を貸してくれ。」
終焉へと加速する物語。
友人との絆、平行世界の自分との対話を経て、徳光は大切なものが何か改めて理解する。
友を超えた仲間に。
かつて捨てた可能性に。
正面から向き合う時、徳光の根底にある「生き方のルール」に変化が訪れる。
次回、第4話
「影は、光のもとに」
生き方のルール。それは魂の形。