第2話 絶望は策略と共に
あのあとすぐ、楓達は反転世界に入ってしまい、俺は1人で夜を過ごすことになった。
家はロリンの力で元どおりになったが、いつも騒がしいはずの家が静かと言うのは、それだけで気分が落ち込む。
「仲間…か」
楓の言葉を思い出す。
仲間。と口に出して、すぐに浮かぶ幾つかの顔。同級生である彼らを、この因果に巻き込むことはできない。
「そもそも俺、楓と違ってチームプレイとか苦手なんだよな…」
いつだって自身の問題は他者に頼らず、自分一人でケリを付けてきた。
それ故に、俺は他者に頼ることを考えられない。
しかし、俺一人でどうにかなるのか?
悠生は別格として、力では彩香が、頭では楓が一番秀でている。
他の面々も、俺と比べたらかなり能力が高い。
そんな連中があっさり倒されるような相手に、俺一人で。
どう考えても不可能だ。
いっその事逃げてしまおうか。
そもそも、俺が試練とやらに参加する義務も、必要も無い。
このまま遠くへ。
誰も俺を知らないようなところへ。
「逃げても良いけど、それだと楓君達は、君の家族達はみんな死ぬよ?」
突然の声に振り向くと、ロリンがそこにいた。
「いきなり出てきて、心を読むなよ…」
「いつもみたいに、片言で話したほうが良かったかな?」
「いやいいよ、そのままで。」
「そうかい、じゃあこのまま話を戻すけれど。私が楓君の試練の相手だったのはもう理解しているだろう?もしあの時楓が逃げていたり、君達を復活させようとしていたら、その時点で試練は失敗し、楓を含めた全員の存在が消失していた。どういうことかわかるかな?」
「試練から逃げた場合、家族もろとも存在が消える、と。しかも、試練には一人で立ち向かわなければならない。」
「そう。家族以外の人間は、その限りじゃ無いけどね。楓君が仲間と立ち向かえと助言したのは、それが試練に影響を与えないと知っていたからだよ。」
「だからって、あいつらを巻き込むわけには…」
「逆だよ。」
ロリンの断言、それに気圧され、後の言葉が出てこない。
「君に少し魔法をかけさせてもらった。だからそのまま聞け。」
楓君が仲間と立ち向かえと言ったのは、それだけの理由じゃ無いんだよ。
守るために。
君が思い浮かべた仲間達が危機に瀕した時、手を伸ばし、救い出せるように。
アーヴェインの魔の手から守るために、そばにいろって言っていたんだよ。
「楓君は、その手を伸ばすことが出来なかった。結果的に復活はしたけれど、それでも一度はみんな消えていたのだから。
だから急げ。アーヴェインは私のように甘くは無い。君が巻き込みたくないと逃げている間にも、奴は次の手を打っている。
本来は私から助言をするのはご法度なんだ。それでも!
……君たちには、消えて欲しく無い。」
ロリンの、恐らくは初めてであろう感情のこもった口調。
「楓君には出来なかった。でも君なら、それを成し遂げられる。」
「俺には、あいつを超えることはできない。」
「超える必要なんて無い。誰かと比べて自分を情けなく思う必要なんて無い。みんながみんな弱さを持っているんだから。君は君らしくいればいい。それとも、誰かと比べ無いと君は自分のことを測れないのかい?」
「いつもは無口なのに、こういう時に限って饒舌なのな。」
ロリンの言葉に、そこに込められた意思に。
俺はやっと、仲間を頼る決心がついた。
「決心がついたのなら早く行くことだよ。私は楓君の治療に戻る。あ、その前に」
アーヴェインは君の未来の姿なんかじゃ無い。
だから、恐れる必要は無いんだよ。
「最後に言う言葉がそれかよ。」
ロリンが消えたあと、一人でそう呟く。
でも、これで本気で抗える。
そう感じた俺は、仲間達に連絡するため、携帯を開いた。
アーヴェインは私ほど甘くは無い。
その言葉に嘘はなかった。
ただ、どこかで甘く見ていた。
俺が連絡を取ったそのすべてに、先手が打たれていたのに気づき、初めて気がついた。
俺が連絡を取ったのは5人。そのすべての答えは一致していた。
「お前とはもう会いたく無い。」
簡単なことだ。
アーヴェインが俺の姿をしているのなら。
アーヴェインの行動は、そのまま俺の行動にされてしまう。
普通の人間なら、姿で人を認識しているのなら、なおさらだ。
「甘くはないってレベルじゃないだろ…」
5人連続で同じ返答を受け、俺は落ち込んでいた。
頼ろうとした時限って相手に拒絶される。
今までになかったことだけに、耐性など有り様も無い。
「マジかよ…どうすんだこれ」
正直、一人で立ち向かうと言う想像は既に無くなっていただけに、次の手を考えあぐねてしまう。
脳みそをフル回転させ、それでも尚考え付かないことに苛立っていると、不意に携帯が振動した。
何の気なしに携帯を手に取り、そこに写された名前に意外にも驚いてしまった。
着信:花園雄星
件名:なし
本文:赤 金公園に来い
「雄星…?」
花園雄星。俺が連絡を取ったうちの一人で、個人的に一番仲の良い男だ。
先ほどはにべもなく断られているだけに、素直に信じることはできなかった。
アーヴェインの罠か…?
そんなことが頭をよぎり、行くか否か迷う。
「雄星のことを疑う気は無いけど…これはさすがに罠くさいな…ん?」
文面を眺めていると、不可解な点に気がつく。
「赤金公園…じゃ無い。空白がある。」
ここで、うちの周辺に付いて話をしておこう。
うちの周辺には、全部で三つの公園がある。
赤金公園、白金公園。
そして、その二つの公園のちょうど中間にある、赤白金公園。
「赤白金公園か…!」
とはいえ、俺にわかることがアーヴェインに分からないはずも無い。
「急げ…!」
それを察知した瞬間、俺は家を飛び出していた。
もしアーヴェインが先に付いていたら。
間違いなく、俺とあいつらの縁は断ち切られる。
「それだけは…絶対に嫌だ!」
家から目的の公園まで2キロほど。バイクで行けば5分かからない…けど
「バイクより走ったほうが早い!」
確か、前に計った時のタイムは50m4秒。
そのまま2キロ走るとしたら、タイムは160秒。
「彩香の最速タイムは50m2秒。あいつより早くはなれない。だけど…!」
それでも、今なら…!
直線ならその差は絶望的。だが、公園までは曲がり角が多くスピードは出せない。
「曲がり角が多いなら、直線で行けるようにすれば良いんだよ。」
以前、彩香に聞いたことがある。
直線ではなく、曲がり角が多いコースでスピードを出す方法を。
そのときの回答、そのときは意味がわからなかった。
「要するに、こういうことだろ!」
曲がり角の直前で、地を蹴り飛び上がる。
そのまま塀を蹴り、さらに上へ。
簡単な事だ。直線にするのではなく、
「遮蔽物のない高さまで跳べばいい。」
以前見た昔の忍の如く。
屋根を走り、電柱を蹴り、電線で軌道を修正すればいい。
「…!!くっそ…!」
屋根を駆け抜ける事数秒。目的の公園には六つの人影が見えた。
そのうちの五つは俺の仲間達だろう。
じゃあ、残りの一つは…?
「間に合え…!」
縁が断ち切られる前に。
全てが終わる前に。
全力で公園に向かう徳光。
アーヴェインの魔の手が仲間に伸びる。
完全に断ち切られるその前に。
彼は、初めて思いの丈を告白する。
その言葉は、仲間達に届くのか。
次回、徳光篇第3話
「奇跡は、絶望の淵に」
魂の慟哭は、誰の為に。