第1話 始まりは、唐突に
なかむらけ物語、第2部は徳光のお話です。
何かにつけて向き合うことから逃げてきた彼に、向き合うべき現実が襲いかかります。
果たして、彼は自由を手に入れられるのか?そもそも自由とは何か?
そんな話も交えながら、少しコメディ色強めで繰り広げられる我らが三男の物語、開幕です。
生き方、という言葉を何度聞いたことだろう。
自由を求める人を、人は不真面目という。
他人の目を気にして、唯々諾々と従う人間を、人は真面目と言う。
人の目を気にしてなんになる。
自分を捨てて、他者の理想に近づいて、それが一体なんになるというのだろう。
俺は、他人の目なんて気にしない。
好きなように生きる。
それが、俺のルールだ。
でもそれが、今回の事件につながったというのなら。
全ての責任は俺にあるのだろう。
始まりは唐突に…まるで意識の裏側に潜むかのように。
兄である楓が憐命の女神の事件を解決してから数日。
あの日から楓と父こと悠生は部屋にこもり、滅多に顔を見なくなった。
たまに部屋から出てきては、2人で何かを手に話し合い、また部屋に戻る。
聞こえてきた会話からして、この前の事件をベースに、これから起こるであろうあらゆる事件を、あらゆる方法を用いて試している、というところだろうか。
それを理解しているからこそ、うちの家族はみんなそれを影ながらサポートしている。
そしてそれを見て、俺こと徳光は、心底どうでもいいと、他人事のように思うのだった。
辛気臭い家から抜け出し、愛用のバイクにまたがる。
16になれてやっと取った原付の免許。
そして、必死にバイトをして貯めたお金で買った愛車。
今日はどこへ行こう。これから数日間連休だ、少し遠出して、山道でも走ってみようか。
そんなことを考えながら、エンジンに火を入れ、あてもなく走り出す。
(いっそ、あの家から抜け出しちまえよ。)
最近よく聞くようになった幻聴を、いつも通りシカトして。
数時間ほど走っただろうか、目的地である近くの山の麓まで到着した。
(あんなつまらない家、捨てちまえよ。)
…これが楓の言っていた試練なのだろうか?
今やうちに馴染み、すっかり今の生活を満喫しているロリンと同じ、なんとかの騎士とかいう神様の試練なのだろうか
そうなのだとしたら、くだらない。
この程度の言葉で、俺の心が揺らぐものか。
「まぁ、一筋縄に行くとは思ってなかったけどさ、やっぱり君たち面倒だね。」
いつの間にか、隣を並走するバイクがあった。
「まぁ、一筋縄に行くなら、ローが敗けるわけないんだけどさ。」
ロー、というのはおそらくロリンのことだろう。ということは、こいつがなんとかの騎士か。
「とりあえず失せろ。」
カーブに差し掛かるタイミングで、車体ごとそいつを弾き飛ばす。
油断していたのだろう、抵抗なく吹き飛んだそいつはガードレールを飛び越えて、崖の下に消えていった。
「やっば、もし違ったらどうしよう。」
焦ったが時すでに遅く、そいつの姿は既に見えなくなっていた。
「いやぁ危なかった。普通の人なら死んでたよ?よくもまぁ躊躇なく吹っ飛ばすね」
確実に弾き飛ばした。間違いなく崖から落ちたはずのそいつは、平然と俺の後ろに立っていた。
間違いない。
こいつが円卓の騎士。
「その通り。俺は円卓の騎士アーヴェイン。今風に言えばガウェインか。」
そういって、ガウェインはヘルメットを脱ぐ。そこには
「…俺?」
いつも鏡の前で見ている顔。だがどこか大人びて見える。
「正解。俺は未来のお前だよ。徳光。」
ガウェインじゃねーじゃん。俺じゃん。
そんなツッコミを頭の中でしつつ、とりあえず距離をとる。
関係ないのだが、うちの馬鹿兄は人のものを勝手に改造する。
以前買ったスーパーカーのラジコンを貸したら、戦車になって帰ってきた。
そしてこれも関係ないのだが、先日兄にこのバイクを貸している。
みると、ハンドルに小さなボタンが付いていた。
体勢を整えるふりをして、それとなくボタンを押す。
すると、甲高い音とともに、バイクの先端が変形し、そこからミニガンの銃身が顔を出した。
人のバイクになんてもの付けるんだあの馬鹿は。
帰ったら兄を殴ることを決め、突然のことに戸惑っているガウェインに向けて掃射する。
嵐のような銃撃、つーか本当に嵐の如く弾丸を吐き出すな。
10秒ほど掃射し、煙で何も見えなくなったあたりでバイクを元に戻し、山を降りる。
神様といえどあの銃撃の中で無傷とは言わないだろう。
対策は…後でロリンにでも聞こう。
来た道をそのまま辿り、家に着いたのはとっぷりと日が暮れた頃だった。
そこで俺が目にしたのは、
「やっと帰ってきたか…」
うちの暴れん坊こと彩花ですら破壊できないはずの家が完全に破壊されていると言う事実と、
一人一人が一個大隊以上の戦闘能力を誇るはずの家族が血まみれで倒れ伏し、唯一意識のある兄の、半身が欠損しているという衝撃だった。
「随分と派手なイメチェンだな」
「こんな殺伐としたイメチェンかあってたまるかっての。しばくぞ」
言葉こそ熾烈だが、語気はどこか弱々しい。
「そういえばロリンはどこ行った?姿が見えないけど」
「ロリンは反転世界に避難させた。俺たちもこれからそこで治療する。」
楓が言い終わると、すぐ横の空間が割れ、中からロリンが姿を現した。
「徳光か、おかえり。君がいない間、大変だったんだよ。楓君が機転を利かせて、私の力を解放したからこれだけの被害で済んだんだ。」
力を解放って…それは大丈夫なのかよ。
「ロリンのことなら心配いらない。俺が許可した場合のみ、その力を解放できることになっている。」
どういう仕組みだよ、という疑問は置いておいて、改めて楓に向き直る。
「で、何があったんだよ」
「次の試練だ。徳光、お前が標的のな。」
以下、楓の説明
「お前がツーリングに出かけてから大体2時間くらいか、お前が急に帰ってきたんだよ。
忘れ物でもしたのかと思ったが、どうやら様子がおかしくてな、話を聞いたら騎士の襲撃にあって、慌てて帰ってきた、と言っていた。
それとほぼ同時に、うちの壁が吹き飛んだ。
当然俺は襲撃を警戒して外へと出た、そこで、もう1人のお前がいたんだ。
そこで気づいた。最初の1人も偽物だったと。
急いで家の中に戻ると、みんなが血まみれで倒れててな、徳光だったはずの人間が笑いながら立ち尽くしていた。
本当、バカだよねぇ。姿形を真似ただけで、こんなにも簡単に消せるんだから。
ここまでは前置きだ、いいな?
奴らの力は力の向きを操作する力だ。
どんな破壊力の攻撃も、ありとあらゆる力をもってしても傷一つ付けられなかった。
だから徳光。
あいつらとは戦うな。
戦う以外の選択で、お前なりの決着をつけろ。
今回、俺たちは傷の手当で手が離せない。
お前1人で立ち向かうんだ。なかむらけの中ではな。
そして、これは先に試練を受けた俺からのアドバイスた。
お前を理解してくれている仲間とともに立ち向かうんだ。
楓の言葉を胸に、頼れる悪友を集める徳光。
しかしそこにも、ガヴェインの策略が待ち受ける。
策略、謀略。
それを前に、徳光は自身のあり方について再び考え始める。
次回、2章第2話
『謀略は、絶望とともに』
絆の意味を、徳光は知る。