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なかむらけ外伝  作者: 椿姫
第1章 楓の運命物語
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最終話 結末、そして再開

憐命の女神。

その名はローエングリン。

古くから伝わる「アーサー王」の伝説の登場人物。


別名「白鳥の騎士」。


そして。


この騒動を引き起こした張本人でもある。





「おいロリン」

そんな、神を信仰する人なら咽び泣くくらいの大物を前にして、無神論者の俺は敬意のかけらもなく、不遜にそう呼ぶ。

ロリン。


俺がこいつにつけた「名前」。


そして、




気づかれないように張った最後の切り札。







「君は神を信じていないのかい?…曲がりなりにも神様を目の前にしてるんだ、少しは敬意を表したらどうだい。」


ロリンは呆れたように俺につぶやく。


「無神論者なんでな。神様だろうと何だろうと知らん。」


俺の返答にさらにため息をつくロリン。その何気ない仕草さえ神々しく、気を緩めれば膝をつき、忠誠を誓ってしまいそうになる。まずいな、この俺にすら影響を与えるとは…


「まぁいいか。わかっているとは思うけど、一応教えてあげるよ。私が消した、というか鏡の世界に飛ばした人たちを元に戻すには、君が消えるしかない。君は本当に危険な存在だ。というか、君の持つその頭脳。世界の理すら書き換えることが可能なその力は、いつか必ず世界を滅ぼす。」



…一応ただの人間なのだが。


「ロリンよ、だとしたら俺の家族はどうなる?俺なんかよりはるかに異常度は上だ。まさかとは思うが、俺らをまとめて処理するわけじゃないだろうな。」


「この際、ロリンという呼び名をつけたことを責めはしないよ。君以外の君の家族は、すでに力を失っている。君も一度無くしただろう?」


…確かに。一度俺は一般人レベルまで能力が落ちた。


緊急避難で作成しておいた記憶細胞のおかげで元に戻ったが。


「君があのまま力を無くしていれば、私はここまでする必要はなかった。あの状態からまさか力を取り戻すとは思わなかったからね。」


だから、君を消さざるをえないんだよ。


正確には、君の記憶、今の君を構成する根幹を消すことで、君は、今の君の人格は消滅する。


そんなことを言って、ロリンは何かを唱える。


途端、俺の記憶が更に曖昧になる。


人、物。ありとあらゆる記憶が、次々に俺から消えていく。

忘れてはならないことも。

今、目の前にいる物が何なのか、それすら曖昧になっていく。


あれ?



俺は今、何を…?

というか、





俺は…誰だ?

目の前にいるのは、誰だったっけ?







何も、思い出せない。




何も…ない。



俺の中には…




目の前の女性が、剣を片手に近づいてくる。



「君は、よく戦った。」



戦う?何と?



「何ヶ月という長い間、1人で戦い続けた。」




わからない。


言語すら、言葉すら俺の中から消えていく。




「だから、君に敬意を表し、自ら葬ってあげるよ。」




理由はわからない。


なのに、俺は。


今まさに自分を殺そうとしている物に対し、





「さようなら…」



たった一つ、記憶に刻まれた言葉。


すべての鍵となる、その言葉。


その人間の生きた証。



その言葉。




「…楓」



その言葉を聞いた瞬間、俺は確かに笑っていた。


振り下ろされるその剣を見据え、俺は小さく呟く。


「その皮膚は鋼のように硬く、何物をも通すことはなし。」


言い終わると同時にロリンの剣が俺の身体を両断…することはなく、甲高い音とともに弾かれる。





「なん…で」


驚いた表情を浮かべるロリン。


そりゃわからないだろう。


「どうしたよ。ロリン。」


だから、俺はもう一度、彼女に付けたあだ名を口にする。


「どうして…全て忘れたはずの君からその名が出てくる!」


君が私に付けたあだ名を!


そう声を荒げるロリンを見つつ、心の中で安堵する。


これで条件は整った。


これで、この事件を終わらせられる。


「俺は、二つの危険な賭けをしていた。」


一つ目は、ロリンが俺の名を口にするという賭け。


もう一つは、


「お前が、ロリンという名を認めることだよ。」



名前。


この世にあるありとあらゆる物に付けられる物。


個々の識別、種別ごとの名、通り名、あだ名、学名…理由はたくさんあるが、そのどれもが、その存在を表す上で最も重要なもので、だから人はあらゆるものに名前を付け、その存在を忘れないようにする。


ならばこそ。


名前がなければどうなるだろう?


きっとその存在は誰からも認識されず、認識されたとしてもすぐに忘れられ、いつの間にか消えている。


名は、その魂を縛る鎖に他ならない。


魂をこの世界に閉じ込めるための。


「…!!!まさか…!」


ロリンは気がついたらしいが、もう遅い。


「ロリン。17歳。ロシアと日本のハーフ。親は海外でそれぞれ単身赴任。親の知り合いである中村家にホームステイし、香織や静也と同じクラス。」


俺は、ロリンの「人としての【設定】」を口にする。


無論、この設定は嘘っぱちだ。


真実なんて一つもない。


だけど。


認識する人間が俺しかいない今、俺が認識した世界はそのまま、世界に影響を及ぼす。


「くっ…!!!まさか私を罠にはめようとする人間が現れるとはね…!!」


「世界の認識は人によって決まる。今この世界に人間が俺しかいないのなら、俺の認識したことはそのまま現実になるんだよ。」


「神をも恐れない人間…か」

ロリンは悔しそうにそう言うと、膝をつく。


同時に、今までまとっていたローブのような服は消え、香織たちと同じ学生服へと変わった。


ロリンの神としての存在が消えたことを確認し、俺は全てを終わらせるための言葉を紡ぐ。


「そして、俺が力の全てを失う代わりに、鏡の世界と、そこに囚われている人は元の状態へと戻る。」


俺がそう「認識」すると、身体が重くなり、ついには倒れこむ。そして…。






「ほら、楓ならなんとかするって言ったでしょ?」


俺の頭上で、懐かしい声が聞こえる。


「やっぱり、楓はすげーやつだよな。」


いつもつるんでた悪友の声。


「よくやったな。さすが俺の息子だ。」


尊敬する父の声。




そして。



「信じてたよ。楓くん。きっと、楓くんなら私たちを救ってくれるって。」


俺が、最も守りたい存在の声。


「…君の勝ちだよ。楓。」


最後に、ロリンの声。



そんな、いつもの日常が戻ったことに安堵し、俺は目を閉じる。



力を全て失う、ということは。


突出した力はもちろん、生きるために必要な力すら失うことである。


それを俺が認識したならば。


俺の命は、生命力は失われることになる。


「楓…?」


ドクン…


最初に気づいたのは父だった。


目を閉じ、呼吸をせず、心臓も動いていない。


「おい嘘だろ…!!楓!楓!!!」


ドクン…


それに続いて、俺の状態を知った裕が俺の名を呼ぶ。


みんなを元に戻し、さらなる上位からの干渉を止めるためには、これしかない。


「楓くん!!」


ドクン…


「楓!」


ド…


「楓君…君というやつは…!」






うるせぇ。



きっちり5人。5人全員が俺の名前を呼んだのに呼応して、埋め込んだ細胞が活性化する。


その細胞には二つの仕掛けがあった。


一つは、俺の名前を鍵とし、現状がわかる程度の記憶を蘇らせるもの。


もう一つは…



「…っ!!」


5人の呼びかけを鍵として、自身の生命活動を復活させ、すべての記憶を取り戻すというものだ。


「とはいえ…さすがに危ない賭けだった、か。」


突然むくりと起き上がった俺を見て、みんな声が出せなくなっていた。



「どうしたよ。俺の顔がそんなに変ごぅっ!?」


言い終わる前に4人の体重に押しつぶされ、空気が肺から絞り出される。


「楓くんー!!」

「死んじまったかと思ったぜこの野郎ー!!」

「現に一回完全に死んでるから。というか親父!お前が一番重いんだよどけ!」

「一回死んだって…なんで復活できたのよ」

夜白が呆れた顔をしながらも助けてくれる。


「俺が細胞を埋め込んでたろ?あれに仕掛けをしておいたんだよ」


「君は…底がしれないね…」


ロリンは微笑みながらそう言う。底がしれないね、とか何涼しげにしてんだ。こっちはお前のせいで死ぬハメになったんだからな?


「親父、こいつ家に置いていいよな?」


「なんだ、楓の彼女か?」


ぴくっ


親父のからかうような一言に反応した小さな阿修羅像。てか葉月、お前そんな顔できたのかよ。


「な訳ねーだろ。こいつはロリン。今回の一件の黒幕だが、すでにただの人間に戻した。だから葉月。首がもげる前にやめてくれ。死ぬ。」


渋々といった表情で俺の首から手を離してくれる葉月。スッゲェ痣になってんだけど。


「黒幕?」


「あぁ。憐命の女神様だ。」


…おいやめろ。可哀想な目で俺を見るな!


「ロリン、お前からも説明しやがれ。」


「ワタシ、ニホンゴ、デキマセーン」


こいつ…!!見た目が日本離れしてるからって外人キャラで逃げやがった…!!


「楓君…?本当に彼女じゃないのかなぁ?」


…ヤバイ。復活したはいいが修羅場った!


「よく思い出せ!さっきこいつ普通に名前呼んでたろうが!」


「…ロリンさん、だっけ?本当なのかな?」


「あ、あぁ、本当だ…」

葉月の剣幕に一瞬で外人キャラをやめるロリン。

うわ、(元)神様をビビらせてるよ…


「これで、一件落着…じゃ、ねーか」


そう、まだ終わってない。


おそらく、また近いうちに同様のことが起こるだろう。

そして、多分それは、俺には対処できない。


これは一つの試練。


天上の神様からの挑戦状。


俺たちに対する宣戦布告。


「親父。」


「わかってる。」


アイコンタクトで親父に伝えると、自信たっぷりに返事する。


まだ、俺たちの抵抗は終わらない。

次回予告。




なかむらけ次男、徳光。



彼の眼の前に、新たな試練が姿を見せる。



目に見えるものだけが真実じゃない。


目を凝らせ、見極めろ。


自身の本当の姿、その意義を。



次回、新章。


「始まりは紫煙と共に。」

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