第4話 逆転の秘策・神を騙るもの
細田優香、という人物を覚えているだろうか。
知らない、という人はなかむらけシリーズをもう一度読み返せばいい。
細田優香。
以前楓が技術提供した会社の令嬢であり、過去の一件以降、なぜか楓を神聖視している。
優香曰く、「妹の為にあそこまでやる兄はそうそういない。優しすぎる。」らしい。
そのことについて楓は「妹の為に頑張るのは兄の定め」とコメントしている。
話が逸れた。
楓が一瞬だけ思い浮かべた影。それは間違いなく、細田優香のものだった。
そして、今目の前でそわそわしているのもまた、細田優香その人なのだった。
「…いい加減落ち着けよ。」
携帯に連絡してきた人間は、細田優香だった。はい、あらすじ終わり。
「で、でも楓さん。だれもいない家に男女が二人きりというのは…」
「お前のそのピンクな思考は元からとして、今は現実を見ろ。生き残りが知り合いだっただけラッキーだろう」
なるほど、先ほどからそわそわしてると思ったらこの女、頭が沸いてやがる
「…冗談はさておき。楓さん。本当に私たち以外の生き残り…というか、執行から逃れている人間はいないんですか?」
と思ったらからかっていただけのようで、軽い咳払いとともにいつもの調子に戻った優香は状況を改めて確認してくる。
「ああ。俺たちの知り合い、という括りで言えば、俺たち以外にいない。」
優香の知り合いにも連絡してもらったが、やはり連絡が取れた人間はいなかった。
「私が戻ってこれたのは、楓さんが私のことを思い出してくれた、ということですよね。」
「まぁ、そうなるな。」
完全に偶然だったが。
「偶然思い出したことで私が戻ってこれたのに、思い出そうとした時には戻るどころか消えてしまう人がいた…不思議なルールですね。」
俺が今までの詳細を話すと、優香はそう口にした。
「意図的に戻すことは不可能。偶発的に、さらに戻ってくるかはわからない…。」
「ですが、執行されたとしても戻ってこれるということは、完全に消去されているわけではないのですね。」
「ああ。これは推論だが、消えた人たちの存在自体はその場にとどまっている。」
「留まっている…?」
優香の疑問を帯びた声に、俺はそう判断した材料を伝えた。すると優香は
「『鏡の国のアリス』」
と、無意識につぶやいた。
「…なんで童話が出て来るんだ。」
あれは確か、鏡の世界に迷い込んでしまった少女が、鏡の世界を彷徨う話だったはず…
「『鏡の世界』…!」
優香の言わんとすることを察し、思わず声が出てしまう。この女、脳内はピンクのくせに頭の回転と思考の柔軟性は人一倍らしい。
「鏡の世界というよりは、反転世界、とでも言った方が良さそうですね。」
反転世界。
某国民的青狸のアニメにもそんな道具があった。
あれは鏡の中にもう一つの世界を作り出していたが。
待てよ、それなら元凶は…
「つまり、なんらかの要因によって作り出された反転世界には、この世界で消えた人たちがいる」
さすがに、元凶までは推理しきれなかったらしいが、ただの高校生にしては推理力が飛び抜けてるな。将来開発スタッフに勧誘しよう。
「なんらかの要因じゃない。『憐命の女神』だ。」
憐命の女神。またの名を
「ローエングリン」
アーサー王伝説、ケルト神話の騎士の一人。
円卓の騎士の一人、パーシヴァルの娘で、白鳥の騎士と呼ばれている。
「ローエングリンは知っていますが…なぜ彼女が『憐命の女神』なのですか?」
それは…
「本人に聞いた方が早いだろ。なぁ?『白鳥の騎士』さんよ。」
俺は、優香に向けてそう言った。
「何を、言ってるんですか?私は…」
「白鳥の騎士の使命は『聖杯』を守ること。聖杯とは、すなわち人間。だからお前は俺を隔離した。人間を、聖杯を守るために。」
「…そこまで見抜いていたとは、感服致しますわ。」
そう言った優香…ローエングリンは、魔法を解く。
周りの人間の認識を狂わせる魔法を。
途端、見慣れた姿ではなく、青い瞳を持つ、銀髪の女性が目の前に現れた。
「ずいぶん綺麗な騎士様だ。こんな状況じゃなきゃ惚れてたぜ。」
まだ、軽口を叩ける。
まだ、俺の身体は俺の物のままだ。
「文字通り女神様ですから。不用意に近付くと火傷じゃ済みませんよ?」
ローエングリン…長いからロリンでいいや。
「おいロリン。俺以外の人間は全員無事なんだろうな。」
「ええ。人間を飛ばしたのは反転世界。端的に言うなら右と左が逆の世界。危害など加えませんわ。…って、つい流してしまったけれどロリン?」
「なげーから渾名だ。喜べ。」
…うわぁ、すげぇ目で俺を睨んでるよロリン。
そんなに酷いとは思わないんだがなぁ。
まぁいい。
これで、全ての準備が整った。
元凶の登場。
正真正銘の一騎打ち。しかも相手はこの世の理から外れているときた。
だけど、こちらには逆転の一手がある。
使いどころを間違えれば意味をなさない。かなりハイリスクローリターンな切り札。
それでも。
負けるわけにはいかない。
今はもう。うっすらとしか思い出せない彼ら、彼女らのためにも。
「ハヅキ」。
その名前が誰の物かはわからないが。
何か、大切な人だったのだろう。
今となっては知る術はないけどね。
神を騙るものとの争いは苛烈を極める。
『記憶』が消され、自身の存在すらあやふやになってなお、彼は静かに待ち続ける。
歯車がかみ合い、すべてが整うその時を。
次回、最終回
『結末、そして再会』
世界を救った少年は、大切なものを失う。