2話 小さな英雄、薄れゆく記憶
外伝2話、始まります。
夜白が楓たちと合流してから2日。
繋がりを途絶えさせないため、楓達はなかむらけで生活していた。
近くに仲間のいる安心感から、最初こそ暗いムードだった四人は、徐々にいつもの雰囲気を取り戻していた。
「よし。みんな。集まってくれ。」
楓の声かけに、それぞれ別のことをしていた3人が集まってくる。
「以前水無月を取り戻すことができたのは、俺、五十嵐、裕の3人が水無月の記憶を取り戻し、影響力を強くしたからだ。」
言わんとすることは皆わかっていた。
それが唯一の希望で、すがることのできるただ一本の藁だから。
「まだ運命力には不明な点が多い。だからつながりの深い人間から試していこうと思う。」
四人全員とつながりの深い人間。そんな人間はただ一人しかいない。
「拓哉を取り戻すぞ。」
楓の声に、3人が頷いた。
「水無月の時は、名前が鍵だった。みんな、拓哉の苗字は覚えてるか?」
「うん。粂でしょ?」
「正解だ。じゃあ、それぞれ、拓哉との一番印象的な出来事を教えてくれ。まずは五十嵐」
「楓君をどう思ってるか聞かれた」
「どうしてそれが印象的なのかは聞かないでおく。次、裕」
「楓を落とし穴に落とす作戦を共謀した」
「とりあえず後で詳しい話を聞かせろ、最後、水無月」
「中村と葉月を……何でもない」
「オイコラ。…まぁいい。」
楓はここで、違和感を感じた。
「名前は覚えてる。印象的な出来事も覚えてる…なら何で、拓哉は戻ってこない?」
「確かに…しろちゃんの時は名前が鍵だったのに」
他に、何か見落としていることがあるのか…?
楓は思考を加速させ、拓哉のあらゆる情報をノートに書き記す。
「…何でこんなに知ってるのよ」
最終的に、1ページ埋め尽くす程になった情報を見て、夜白は嘆息した。
「…これを見ても、拓哉は戻ってこない、か…」
相変わらず繋がらない携帯を置き、裕がつぶやく。
「どういうことだろう…」
葉月も首をかしげる。
「つまり、まだ運命の影響には不明なところがある、ということだろう。」
そう結論づけるしかなかった。そもそもどうして夜白が戻ってこれたのかも分かりきっているわけではない。
「楓隊長、楓隊長。提案があるであります」
「発言を許可する。五十嵐隊員」
突然軍人言葉になった葉月が、すっくと立ち上がり、提案を口にした。
『…はい?』
その提案に、3人はぽかんとしてしまった。
その提案とは、
「お互いを名前で呼び合う」
要約すればそういうことだった。
「私、聞いたことがあるの。人とのつながりは、名前で生まれるものだって。つながりが絶たれたら消えてしまう今、少しでも消える可能性を低くするために、お互いの魂、名前で呼び合おうよ。人間に名前が付いているのは、この世に魂を縛るためのもの。名前がなければ人は容易く存在を失ってしまう。だから人は魂をこの世界に縛り、つながりを持つために、いろいろなものに名前をつけるんだ。だから、えっと、名前で呼び合うことを提案しましゅ!」
…うまく着地点を見つけられず、強引に着地した結果噛んだ。だが、言わんとすることは3人には理解できた。
「お互いを名前で、か。消える条件がつながりによる影響力なら、お互いを名前で呼び合い、縛ることで記憶を留め、つながりを深くしておけば、より影響を受けることができる。」
「まぁ、他に方法がわからない今、できることをやっていくのが一番ね」
「じゃあ、いがら…葉月が楓を名前で呼んでいたのはそれがわかっていたから…?」
「え、あ、うん。そうだよ」
どうやら違うらしい。
「えっと、じゃあ葉月。夜白。裕。これからは名前で呼び合うことにしよう」
「わかったわ、か、楓」
「ぎこちないな夜白。どもる理由はないはずだぞ」
「しかたないじゃない。今まで男を名前で呼んだことなんてないんだから。」
「そうなのか夜白。」
「裕まで楓に乗るな。シバくぞ」
「俺にだけ酷い!」
葉月の本当の意図はわからないにしても、彼女の言葉で四人はしばらくの間、この状況を忘れることができた。
それから一夜明け、翌日
「夜白ー。ハンガー取ってくれ」
「ほい。投げるからキャッチしてよ楓」
「すっかり慣れたな、名前」
「まぁ楓も裕も語感は女の子っぽいしね」
『地味に気にしてることを…』
四人いる、という安心感が、どこかで油断に変わっていた。その報いを、楓はすぐに受けることとなる。
「楓君ー。ちょっときてー」
「んあ?今行く」
葉月に呼ばれ、キッチンに入る楓。そこには
「あはは…わたしの番みたい」
下半身が消えつつある、葉月の姿だった。
「葉月!!」
突然の消滅の始まりに、頭が混乱した楓は、名前を呼び続ける。
「どういうことよ!私たちは葉月の記憶を無くしてない!なのにどうして!」
「んなことどうでもいいだろ!おい葉月!消えるなんてゆるさねぇぞ!」
楓の声に気づき、キッチンに入ってきた夜白と裕も事態が飲み込めない。3人とも訳が分からず、葉月の名前を呼ぶことしかできない。
「…私、わかっちゃった。運命の執行の条件…」
消滅は止まらず、胸のあたりまでが消えつつある葉月は、それでも言葉を紡ぐ。
「一つは、楓君の仮説通り、人への影響を失うこと…もう一つは…」
人へ、強い影響を与えること。
その言葉に、ただ言葉を失う3人。
影響を失うと消えて、強い影響を与えても消える…?
「…なんだよそれ、どうしろって言うんだよ!」
裕が叫ぶ。夜白も険しい顔をしたまま、黙っている。
「私は…名前という鍵で、みんなの関係を変えた…。それが、運命の執行を早めてしまった」
自分が消えているのに。
他人を気にする余裕なんてないはずなのに。
どうして葉月は…
「ふざけんな…!!」
裕も夜白も、楓の声に気圧され、口を紡ぐ。
(嫌だ…)
「どうしてそんなに冷静なんだよ!」
(どうして…)
「お前、自分が消えるって分かってんのかよ!」
(いなくならないで)
「待ってろ、俺が今…」
「楓君。」
葉月の優しい声に、初めて涙を流していることに気づく楓。
「ありがとう。私、楓君のそういう所大好きだよ。」
葉月は楓の涙を指で拭い、微笑んだ。
「友達のためなら自分すら犠牲にする所。諦めない所。何より、優しい所が大好き。」
「やめろ…そんな」
そんな最期みたいな言い方、やめてくれ。
「最期なんかじゃないよ。きっとまた、会える。確証はないけど、そう信じてる。」
葉月の体を蝕む消滅は、ついに首に到達した。
消滅のスピードからして、あと持って30秒。
「楓…お前はどうなんだよ」
不意に、裕が口を開く。
「お前は葉月の事、どう思ってんだ。」
「それは…」
「何迷ってんだよ!」
口ごもる楓に、裕が怒鳴る。その顔は悲痛で、哀しげで。
「もう会えないかもしれないんだぞ!お前はそれでもいいのか!葉月の精一杯の告白を、お前は無駄にするつもりか!」
裕の言葉に、楓は悟る。
この状況でまともな告白などしてしまえば、間違いなく運命の執行を加速させる。だからこそ、葉月は言葉を選んでいたのだ。
少しでもみんなと、楓と居るために。
「俺は…」
かつて抱いたその感情。
「葉月の事が…」
意味がないと諦めていた想い。それを今、言葉へと…
「ダメだよ、楓君」
葉月に止められ、最後の踏ん切りをつける事ができなかった。
「言ったでしょ?他人へと強い影響を与えてしまえば、その時点で運命は執行される。だから、その先は言葉にしちゃダメ。」
そう言って、葉月は、消えたはずの手を楓に伸ばし、その口に指を立てる。消えたはずなのに、楓にはその温もりが感じられた。
「それに、これで終わりじゃない。楓君なら運命の執行を止められる。だから。」
続きの言葉は、すべてが終わってから聞かせてね。
それが、葉月の最後の言葉だった。
「葉月…」
裕が顔を背ける。夜白は声を上げて泣いている。
そんな中、楓だけは涙を流さず。否、流す事が出来なかった。
泣いてなどいられない。
意図したわけではないと思うが、葉月の行動に、もう一つのヒントが隠されていた事に気がついたからだ。
あるいは、思考していないと、頭が狂ってしまいそうだったのかもしれない。
「泣いてる場合じゃないぞ、夜白。裕。」
未だ涙を流す二人に、そう言葉をかける。
「今ので理解した。運命のシステムと、それを覆す方法を。」
傷心から立ち直れない裕と夜白。
どんよりと暗い空気が流れる中、楓はある賭けに出る。
解決に進もうとする楓と、葉月を取り戻そうとする二人。すれ違い始める三人の思い。そしてそれはある時、どうしようもない形で三人に降りかかる。
取り戻すべきは、過去か、未来か。
次回。
「失われた絆、迫り来る終焉」