第五幕 闇、叛逆、終末感
遡ること数時間前。香織は自身の心の中にいた。
『産まれた時から共にある俺を剥がすということは、文字通り半身を裂かれるのと同義』『そもそも、俺を剥がす方法なぞ存在しない。身体ごと殺す以外にはな』
モードレッドが語りかける。私が語りかける。
私は生まれた時から心に居座る彼を感じていた。
彼は最初、私の守護霊だと宣った。
思えば、その時に楓に相談していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
今更そんなことを考えてもどうにもならないのはわかっている。でもどうしても考えてしまう。
あの時ああしていれば、こうしていれば。
それはただの後悔だと、理解している。
過去は変えられない。そんなことはわかっている。
それでも、考えずにはいられない。
それが私の弱さだと。理解している。
楓も徳光も、過去を後悔することはない。
どうしても比べてしまう。
なぜ、私は彼らのようにはなれないのだろうと。
『あいつらは純粋にバカなんだよ。それに、どんな結末も受け入れ、切り替える冷酷さがある。』
モードレッドは、私に対してのみ、友達のように接してくる。それが、私を懐柔しようとしての行動だとわかってはいる。
でも、家族すら知らない私の闇を、彼だけは知っている。
『…ん、楓から連絡だ。あいつら、ついに覚悟が出来たみたいだな。』
今私の身体の主導権を握っているのはモードレッドなので、おそらくメールでもきたのだろう。
覚悟。
覚悟か。
私は、覚悟して何かに臨むことはなかったな、と。
今更、そんなことを考えてしまう。
それはそうだ。
私の周りには。
私を守ってくれる人達が
私を閉じ込める人達が。
いつだって側にいたのだから。
「遅刻だぞ。モードレッド」
「それは失礼。正確な場所までは書かれていませんでしたので。」
時は戻り、モードレッドは三人の前に現れた。
「三人…それも、主力なしで私とやり合おうとは。舐められたものですね?」
「言ってろ。俺たちだけで充分なんだよ。」
「ふむ。その様子だと、私の能力を理解したようですね。」
『まぁそういうことだ。だから、最適な人選のつもりだが、何か不満はあるか?』
楓はモードレッドの持つ携帯からそう言う。どこにいるかはわからないあたり、あの長男は何か企んでいる。
否。企んでないとおかしい。
目の前の三人は、既に一度私の力を見ている。
なら、恐怖はどこかに必ず残っている。
「優しさで教えてあげますが、私を彼女から引き離すことは不可能です。」
俺の言葉に、三人は動揺した様子はない。おそらく、楓が逆転の秘策を思いついたのだろう。
「やってみなきゃわからないじゃん?」
そう言って皓子が鎌を展開する。あれは楓作の連結式戦闘用鎌『ヴァルキリー』か。
「鎌とは、また使いづらい武器を選んだものですね。剣とか銃とかあったでしょうに。」
「ほっとけ。わたしにはこれが一番しっくりきたんだよ。」
何か特別な効果を付与した…と言う線は薄いか。そんなものを付与すれば、対価で彼女の身体では戦闘などとても無理だろう。
「まぁ、どこにいるかわからない楓も、あなた達を殺せば出てくるでしょう。レディーファーストです。仕掛けるのはあなた達からでいいですよ。」
「俺は男だが…それにお前も女じゃねーか」
徳光のツッコミは無視するとして、俺は相手の分析に移る。
…やはり、一番厄介なのは彩香だろう。あの怪力では死なないまでも骨を砕かれる。真っ先に潰す。
皓子は…唯一武器を手にしてはいるが、所詮ただの人間。脅威にはなり得ない。
徳光は…つい先日試練を突破してはいるが、能力の使用は制限が付いているはず。それに、事象剪定は大きな弱点がある。
「のんびり考え事してると、首狩るよ?」
皓子の声とともに、皓子が目の前に現れる。これは想定内。
次いで繰り出される鎌の一閃を避けず、真意を確かめる。
「…チッ」
予想通り。皓子は鎌を寸前で止め、距離をとった。
「なるほど、私を殺しにきた、と言うわけではないようですね」
「当たり前だろ。わたし達は香織を助けるためにきてるんだよ。」
「約束通り一撃目は譲りましたので、ここからは虐殺させていただきます。」
今度はこちらから、皓子の背後に移動する。そのまま貫手を心臓めがけて…
「…くっ!」
背に鎌の刃を差し込んで受け止められる。だが甘い。
「これは人と人の試合ではなく、禁じ手なしの殺し合いですよ?」
貫手をそのまま押し込み、鎌ごと弾き飛ばす。人間の膂力では防御など不可能。それは理解していると思っていたが、理解していない様子。これは…
「なるほど、考えましたね楓、」
『あ、バレた。そりゃバレるか』
楓は、特別な指示をしていない。つまり、この戦いには意味を込めていない。
「あなた、この三人を捨て駒にしたのですね?」
『んなわけねーだろ。大事な妹達だぞ。それに、まだ終わってない。』
「私が言うのも変ですが、あなたが出ればもう少しマシだったのでは?」
『いいや。こいつらの方がうまくやる。』
楓はこの言葉を最後に電話を切る。
「さて、上手くやれ。今のところ、皓子しか突破口を開けないからな。」
「父さん。射角左に5度調整。3秒後に射撃。」
「静也くんは右に7度。8秒後ね」
「「了解」」
ところ変わってビルの屋上。悠生と静也はそこから長距離の狙撃で三人を援護していた。
「父さん。これは多分。楓も気づいてないと思うんだけどさ。」
「なんだ。」
「香織とモードレッドは、最初から一つの存在だったんだよ。正確には、香織の中の闇が、名前を与えられてると思うんだ。はっきりとはわからないんだけど…
あれは。香織の別側面な気がする。」
どれくらい戦っている?
まだ多分5分も経ってない。
後ろの二人はとうに倒れ伏し、私も鎌を杖にしてやっと立てている状態だ。
鎌を持つ手は震え、身体はとうに限界を超えている。
視界が霞み、吐きそうになる。
それでも、堪えなければ。
ここで膝をついたら、二度と立ち上がれない。
どうして私だけ。
そんな声が聞こえた。
「…香織?」
その幻聴は、香織の声だった。
私だけが。守られている。
皓子の方が弱いのに。
どうして皓子は肩を並べて戦えるのに、私は守られてるの?
どうして、どうして、どうして…
「香織!」
叫ぶ。
届くか届かないかじゃない。届かせる。
「香織は弱くなんかない!」
私にしか理解できないこの痛みを。焦りを。
ありったけ声に乗せて叫ぶ。
喉が裂けても構わない。
届け、届け、届け!!!!!
「今更擁護しても、もう遅いんだよ。」
その声は、香織の声で。
でも、香織は。
涙を流していた。
「お前達は、俺たちがどんな気持ちで敵対しているのか知らない。」
「お前達は、香織の痛みを知らない。」
「お前達の優しさが、香織にとってどれだけ辛かったか知らない。」
「だから。俺が分からせる。」
「俺たちの望みは。香織の望みはただ一つ。」
お前達と、肩を並べることだ。
「なに…それ。そんな…そんなことをずっと、考えていたの?」
香織は頷く。
「香織…貴女は…」
「皓子。退がれ。」
いつのまにか、楓が隣にいる。
「事情が変わった。あそこまで融合してちゃ、切り離すのは不可能だ。いや、最初から一つだったのか?なぁ…香織よ」
香織、と呼ばれたモードレッドは、微笑を浮かべる。
「やっと気付いたんだ。楓にも分からないことってあるんだね。」
「当たり前だろ。人の気持ちは言わなきゃ伝わらない。推測こそできるが、合ってる保証はないからな。それで、お前の望みはわかった。俺の行動がすべての元凶だってのもわかった。それで、どうする?」
「もちろん。みんなを倒すよ。」
「なっ…」
「黙ってろ皓子。後は任せて休んでろ、限界だろう」
楓は私の言葉を当然のように受け止める。
「そうなると、俺は本気でお前を殺しに行かなきゃならないわけだが、勝つ自信でもあるのか?」
「あるよ。現に一度勝ってるじゃん。」
「あれは片付けないように加減してただけだ。それに、お前がモードレッドの因子を持っているなら。俺には勝てない。」
感じる。楓の中にある因子の一つ。あれは…
「アーサー王。モードレッドの父親であり、叛逆の相手であり。モードレッドを殺した存在だ。」
「俺たちはお前に殺されない。ふん縛ってでも家に連れて帰るぞ。」
「やれるものならやってみなよ。お兄ちゃん」
「…お前、俺がそう呼ばれるの嫌いなの知ってて煽ってるな?」
「当然。もう勝負は始まってるんだよ。」
私はモードレッドの持つ邪剣、カララントを楓に突き刺す。
「…なんで」
楓は、その一撃を避けることも、防ぐこともなく。
その裏切りの剣は、胸へと深く突き刺さる。
「なんで?変なことを聞くなよ。妹の癇癪に付き合うのは兄貴の義務だろ。」
そういう楓の胸からは、どくどくと血が流れる。本当に、細胞操作すらしていない。
「そんな変な義務で…死んでもいいの?」
私の問いに、ゆっくりと頷く楓。
「すまなかった。お前の気持ちを汲んでやれなくて。」
そんなことを、楓は言う。
「お前と静也が生まれた時、俺は兄として、お前達を守ると誓った。それが裏目にでるなんてな…」
「そんな…こと」
「香織。よく聞け。俺はもうすぐ死ぬ。でも、お前のせいじゃない。これは俺が招いた結果だ。」
楓は、この後に及んで私から罪の意識を取り上げようとする。
「やめてよ…楓を殺したのは、私だよ。」
「…まぁ、そういうと思ったよ。だから、お前に罪の意識は持たせない。」
見ると、楓の胸の血は凝固し、栓のようになっている。
「事象に対して結末を選択する…こう言う使い方もできるんだな。」
振り返ると、徳光が立っていた。しかし、その目に光はなく、無意識に楓の結末を選択したのがうかがえる。
「香織、戻ってこい。俺たちはもう、お前を弱いだなんて思ったりしないし、お前の闇も受け止める。」
「でも…それじゃ試練は…」
「試練ならクリアしたさ。香織の試練は『信頼』。俺たちを信じて、全てを打ち明けた。その時、試練は達成されたのさ。その証拠に今、お前の中にモードレッドはいない。完全に融合し、香織と共にあるからな。」
言われて気がついた。心の中にいつもいた、彼がいない。
「最初は俺も気づかなかったよ。試練は香織に対してではなく、俺たち全員に対してのものだなんて。」
楓は笑う。
でも、ただ一人、私だけは。
「ごめんね、楓…」
涙が頬を伝う。
「カララントが邪剣といわれる理由、それは…」
この剣で傷付けたものは、決して治癒することはない。
それが、邪剣カララント。叛逆を目論み、憎悪と悲哀に囚われたモードレッドの持つ能力。
楓はゆっくりと倒れる。
胸の傷は、再び血を吐き出す。
最強のはずの兄を、自分の手で死に追いやる感覚。
その感覚を最後に、私の意識は閉ざされた。
「楓が…死んだ?」
スコープ越しに状況を見ていた悠生が驚愕する。
今までどんな傷も治していた細胞が、全く機能していない事を意味するそれは、本当に。
楓という存在の死を意味していた。
兄の死、意識の喪失。
残された家族の前に、新たな試練が降りかかる。
その前に、次回は今までのおさらい。




