第三幕 惑、疑念、協力者
跡形も無くなったなかむらけ、その中心と思しき場所に立ち尽くす楓は、意識を失っていた。
「家ごとなくなるって・・・どうやったらこうなるのよ」
晧子の言葉に反応するように、楓が意識を取り戻す。
「あぁ、おかえり。それと、ゴメン、止められなかったわ」
「うわっ…なんだこれ」
楓に近づいた悠生が眉をひそめる。その視線の先には。
「神造兵器まで使ってくるとか聞いてないんだけど…」
楓の首から下は、何か黒いもので覆われていた。強いて表現するならば、ノイズを可視化したかのような。
「魔槍ガングニール。わかりやすく言うとグングニルだ。その効果は諸説あるが、これはどの伝説にも当てはまらない。外傷はないが感覚がないところからすると…内部消滅に近いかな。」
冷静にその効果を分析する楓に、言いようのない悪寒を感じたのか、皓子がその手を取ろうとする。
「やめろ。こいつはまだ生きている。触れたら最後、お前も取り込まれるぞ。」
楓の言葉に、皓子の手が止まる。
「そうだ、それでいい。俺を助けようとするな。時間をかければ解除することはできる。それより、これからどうするか考えよう。」
「結論から言うと、あれに力で勝つのは不可能だ。あれの能力は無効化と反射。それに能力の使用限界はない。正直、俺の本気ですら傷一つつけられなかった。」
「なにそれ…反則じゃん…」
「一応能力の使用には制限…というか、反応できない攻撃にはそもそも発動しないが、身体能力の高さからしてそれはほぼ不可能だろう。だから、あれを止める方法は一つだけだ。」
香織の意識を取り戻し、試練の枠に押し込める。
一同は絶句していた。
なかむらけ最強の男が勝てないという事実に、そして。
そんな状況でもなお、楓は一ミリも諦めていないということに。
「意識を取り戻させるって…一体どうやって?」
「そこんとこだが、正直俺にも検討がつかない。だから、ある女に協力を求めてある。みんなにはそいつのところに行って、手を貸してあげてほしい。」
「ある女…?」
「ああ、そいつの名前は…」
悠生達が楓の言葉を頼りにたどり着いたのは、元なかむらけから数キロ離れたところにある大きな屋敷、細田邸だった。
「優香嬢に話は通してある。説明は優香嬢に受けてくれって言われたけど…」
そもそも、どこに入り口があるのかさえ分からない。
「俺と父さんは知ってはいるけど、家に来るのは初めてだしなぁ…」
悠生達が思案していると、ガードマンと思しき人物が近づいて来た。
「お前達、ここで何をしている。」
「あ、すいません。優香さんに会いに来たんですけど。」
「なに?お前達、名前は?」
「中村といいます。俺と姉がクラスメイトです。」
「失礼いたしました…あなた方がそうなのですね。」
黒服は安堵したような声でそういうと
「どうぞこちらへ。お嬢様から話は聞いております。」
黒服の後ろを付いていく悠生たち、しばらく歩くとそこには…
「でっかい家だなぁ…」
悠生ですら唖然とするほどの、大きな屋敷が姿を見せた。
「あ、あそこに優香ちゃんがいるぞ。ほら静也、手を振ってるぞ」
見ると、屋敷の右上の方に、なにやら手を振っている人影のようなものが見える。
「本当だ。つーか、よくもまぁ楓の説明で納得したよな。神話の存在と戦ってるとか、精神病院オススメされてもおかしくないだろ。」
「それを言ったら、今までの私たちの生活丸ごとおとぎ話みたいなものじゃない。」
「確かにそうだった。」
若干自分たちが人間であることに疑問を覚えたが、それどころではないと考えた悠生達は、それ以上追求することなくガードマンの後ろに並んで歩き、屋敷の中へと足を踏み入れた。
「一応、初めましての方もいるので、自己紹介から入りますね。私、香織さんと静也くんのクラスメイトで、楓さんの助手をしてます。細田優香と申します。まずは、現在の状況と打てる策、それから、香織…モードレッドの狙いについておさらいさせてもらいます。」
「待った待った。楓の助手?聞いてないんだけど」
あまりにも当然のように口にするので、危うく受け入れるところだったが、静也は聞き逃すことはなかった。あの馬鹿兄に助手がいるなんて聞いてないし、ましてやそれが自分のクラスメイトだなんて、普通じゃありえない。あの馬鹿兄の頭に追いつける人間がいるはずがない。
「今は『自称』助手よ。いつか公認になるつもり。」
優香の言葉には、若干不貞腐れたような色が見えた。
「それで、言い方は悪いのは承知の上で言うけれど、俺たちの今の状況を、一般人に同行できるとは思わないんだが。」
悠生の一言に、全員が心の中で肯定する。確かに優香は一般人としては優れてはいるが、極端な才能を持つわけではない。ましてや、相手は神話の存在。普通に考えれば、いくら知恵を出しても勝てるはずがない。
「そこは、わたしから説明するよ。」
と、聞こえたのは優香の影からだった。そこから浮かぶように現れたのは、悠生たちのよく知る顔だった。
「ロリン?出てこないと思ったら、そんなところで何してたんだ。吸血鬼ごっこか?」
「遊んでる暇はないだろう。ちゃんと意味があってここにいるんだよ。」
悠生のとぼけた一言に呆れたような口調で返すロリン。
「今、わたしとロリンさんは意識下で繋がってます。そして、ロリンさんと楓さんも。つまり、楓さんのオリジナル圧縮言語をロリンさんの力で解凍し、私はそこから必要な情報を集めて推論、それをロリンさんが圧縮言語に変換し、楓さんに届け、帰ってきた答えをまた解凍…と言うように、簡単に言うとロリンさんに変換器の役割をお願いしている状態です。」
よくわからない人は、スパコン2台がメールのやり取りをしてると思ってほしい。ほとんどそれに近いことを、彼女はやってのけていた。
「そりゃ、神話の存在とかのことも信じられるわな…というか、なんだよオリジナル圧縮言語って…」
徳光の呆れもごもっともだ。
「あ、言い忘れてたけど、私は今楓に能力の凍結を解除されているから、ローエングリンと呼んでくれるかな?」
「長いから却下。」
「えぇ…」
「で、対策とか色々あると考えていいのか?」
静也の真剣な一言で、全員の間に流れていた緩めの空気が引き締まる。そうだ、今は悠長に構えている場合ではない。
「ええ、その通り。ただ、おそらくあなたたちは納得しないわ。」
香織を、モードレッドごと殺すことになるから。
優香の口にした一言が、状況の絶望感をさらに助長する。楓とローエングリン、そして優香の三人が出した結論だという事実に、それ以外に方法はないのだと理解させられる。その事実、現実に、そこにいた全員が戦慄させられる。
「ま、待てよ。それ以外に方法はないのか?楓は…」
「楓さんは、香織からモードレッドを引き離せれば、試練の枠に押し込めれば、香織を救える。そういったのでしょう?では、そもそもどうやって引き離せば良いの?生まれた時から潜んでいた、乖離した人格を。」
「乖離した…人格?」
耳を疑う。
生まれた時から潜んでいた?乖離した人格?
「冗談だろ…だって、俺たちが神話の存在の試練を知ったのは、ちょっと前だぞ?生まれた時から潜んでいるわけがない。」
「まさか…そういう事か」
皓子が、何かに気づく。唯一、神話の存在の源泉に気がついてしまった。
「皓子、何かわかったのか?」
「あいつらは誰かにプログラムされた存在。それは質問した時のモードレッドの反応からして間違いない。プログラムされてできたということは、実体はない。だから、香織の中に人知れず隠れていた、別人格に成り代わった…」
「おおよそ当たりだけれど、一つ忘れてないか?アーヴェインは、選択されなかった未来の徳光自身だった。ということは、あれは…」
香織が辿っていたかもしれない、一つの可能性。
「そんな…流石にそれは…「ない。とは言い切れないだろう。あの楓でさえ、未来の予測は難しいんだ。そんな突拍子も無い可能性だって存在する。」
ロリンの言葉に、完全に沈黙してしまう。
「手段を選ばないならもう一つ、かなり確率の低い賭けならある。失敗すれば全員死ぬし、成功しても三人は死ぬだろう。」
次いで出たロリンの言葉に、その場にいた全員が絶望に食いつぶされる。
「どうしようもないってのかよ…」
静也の言葉に怒気が篭る。それは無力な自分への怒り。
「…………」
皓子の沈黙に、悲痛が滲む。それは凄惨な可能性に至ってしまった義妹に。
「なに葬式ムード出してるんだよ?まだ終わったわけじゃないだろ?どうせ楓がなんとかしてくれるって…」
徳光の空元気も、その言葉には力がない。認めたくないと言うかのように、諦めきれない自分を鼓舞するかのように。
「………」
悠生の沈黙にも、いつもの楽観はカケラも見当たらない。あるのはただただ無のみ。
「ん…?優香、楓から連絡が来たよ。これは…!?」
ロリンの動揺に、全員の意識が集中する。ロリンの顔には疑念と、希望が見えていた。
「楓がガングニールの呪いを解除したみたいだ。あと数秒でこちらに着くらしい。それともう一つ……
モードレッドの能力の詳細は、『鏡写し』で間違いない。」




