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なかむらけ外伝  作者: 椿姫
2章 徳光の自由倫理
11/19

最終話 日常は、騒動の果てに

「先に行くぞ、徳光。」


眼前に広がる異常な光景に、楓は物怖じすることなく飛び降り、押し寄せる人波に消えていく。


「俺は…これだけの未来を亡くしてきたのか…」


徳光はその光景に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


己が選ぶことのなかった運命の残滓達。


自ら絶った運命とはいえ、その地獄のような光景は、徳光を縛る鎖としては余りに重すぎた。


かつて父である悠生が言っていた。


『人間の運命はことあるごとに分岐している。歩くときに右から踏み出すか左から踏み出すか、たったそれだけのことで運命は変わるんだ。』


その言葉の真意を、その時は理解できなかった。


今ならはっきりわかる。


「己の選択に、自信を持て。それが、選ばれなかった未来への手向けになる。か…」


今の未来に、今の世界線に不満はない。


それなら…


「俺は、この選択に後悔はない。だから…


…ごめんな。みんな。」


小さな声で謝罪をつぶやき、屋根から飛び降りる。


地面に降り立つと同時に、無数の怨嗟の声が徳光に浴びせられる。


「どうして…!!」

「お前があの時…!!」

「正しい選択をしていれば…!!」

「あんなことにはならなかったんだ!!」




「うるっせぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


その無数の声を、徳光は薙ぎ払った。


「てめえらが俺だっていうなら、どうして自分で道を切り開かねーんだ!てめえの信じた生き方を貫く、それが俺の意志じゃねーのかよ!俺はいつだって信じた道を歩いて来た!その結果俺は今、やっと仲間に心を許すことができたんだ!喪われた運命だかなんだか知らねーが…」



「信じた俺の生き方を、邪魔するんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


徳光の本気の声は、響き渡る。


普段本気になることがない徳光の、本気の声。


それは、なかむらけ随一の声帯が生み出す声の砲弾。


不可視の砲弾はひしめく残滓達を貫き、その奥にいる元凶にまで届いた。


「…っと、アーヴェインが正気に戻ったか。これ以上手を出すのはやばい。」


放心状態の残滓達をかき分け、楓が姿を見せる。


「…楓、あとは俺がやる。任せてくれ。」


「言われなくても、もう手は出せない。俺のお節介もここまでだよ。後はお前が手を下せ。お前の信じた未来を、切り開いてみせろ。」


「わかってる。それと楓。」


「なんだ。」


「その手の赤いのは何?」


楓の両手は、真っ赤に染まっていた。


「そりゃもちろん血だよ。」


「お前…あれ一応全部俺だぞ!?」


「お前はいなかったから知らんだろうが、俺たちはあれに全滅させられたんだ。多少は仕返ししても許されんだろ。」


このバカ兄鬼は…


「さて、俺はロリンと世界の時間を巻き戻す。お前は信じる仲間と一緒にケリをつけてこい。」


「仲間と一緒に?だって…」


アーヴェインのいる公園跡までは、放心状態とはいえ徳光と同じ身体能力の人間が山ほどいるのだ、楓ならなんとかできただろうが、徳光には残念ながら守りながら進むことはできない。


「おいおい徳光、あの子らを舐めすぎじゃないか?確かに身体能力では大きく劣るかもしれない。それでも、あの子らはやる気満々だぜ?後ろ見てみろよ」


「後ろって…うわっ」


「ちょっと、うわって何よ」


言われた通り後ろを振り向くと、どこからそんなもんを引っ張り出してきたと言わんばかりの装備をまとった四人が立っていた。


「お前の兄貴に借りたのさ。もちろん使うのは初めてだがな。」


一番右の雄星はいい笑顔でそう口にする。後ろに背負っているのはRPG-7『クレイジーサーカス』(雄星モデル)。グリップ部分が雄星の手に合うように調節され、後方排気を少なくした雄星専用モデル。


隣の芳佳の手には、お気に入りの拳銃『メテオライト』が握られている。モデルガンの軽さをそのまま、内部機構をいじることで擬似的なレールガンの発射を可能にしたモデル。9mmパラベラム弾を装填することで電磁力による加速を受けた弾を発射できるスグレモノ。


その隣の美佳の両手には大鎌『ファニーデビル』。大鎌の弱点である重量を極限まで軽量化し、両刃にした美佳専用大鎌。腰にはロケットブースターが2基装着されている。


最後、晴彦の手に握られているのは対物ライフル『シューティングスター』。サイト部分にCPUを搭載し、姿勢制御から対象までの距離、角度まで算出し、一撃で無力化することに重点を置かれたライフル。メテオライトと同じくレールガン機構を搭載しており、発射される弾丸は光速に至る。


「物々しいってレベルじゃねーぞ…」


味方のフル装備っぷりに、早くもゲンナリ気味になる徳光。その間にも放心状態から解放された残滓達は徳光を目で捉え、迫ってくる。


「チッ…思いの外早く立ち直りやがったか…」


急がなければ。


道を塞ぐ残滓達に歯噛みしていると、徳光のすぐ横を何かが通過し、数秒後、前方の残滓達が消し飛んだ。


「あいつまでの道は俺たちが拓いてやる。お前はまっすぐ進め。いいな!」


雄星が徳光にそう告げると、前方の残滓に向けてクレイジーサーカスを次々に放つ。


「それロケランの装填速度じゃねーだろ!?」


徳光はツッコミを入れつつ走り出す。爆発に巻き込まれなかった残滓達は、芳佳と晴彦によって無力化されていく。


明らかにオーバーキルであることに若干心を痛めつつ、全速力で最短の道を駆け抜けていく。


半分ほど進んだところで、地面が崩落し始める。どうやら残滓達も馬鹿ではないらしい。道を崩してアーヴェインの元へ行かせないようにする魂胆のようだ。


「まずいな…俺の跳躍力じゃギリギリ届かない…!」


「なら、踏み台があれば良いのよね?」


声をした方を見ると、美佳が並走していた。もちろん生身では不可能なのでブースターの推力で、ではあるが。


「踏み台って…地面が崩れてるんじゃ無理だろ…」


「そのために私がいるんじゃない。3秒後に跳躍よ。3…2…」


美佳のコールとともに思い切り跳躍する。しかし、見立て通り距離がギリギリ足りない。すると


「大鎌の上に乗って!早く!」


「大鎌の上って…流石に無理だろ!」


「あんたのお兄さんの作った大鎌よ!」


「悔しいけどすごく納得。」


言われるがまま大鎌の上に乗ると、


「さっさと終わらせてきてよね。もちろん生きて帰ってくること!」


「当たり前だ。信じろ。」


「…よし!いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」


「え、ちょ…うおぁぁぁぁぁぁ!?!?」


美佳が徳光の乗った大鎌を思い切りスイングする。ブースターの推進力と鎌の遠心力でもって、徳光を投擲する。


姿勢もへったくれもなく、弾丸のごときスピードで徳光はアーヴェインのいる領域へと飛ばされていく。





そこには、何もなかった。


音も、光も。


外では定期的に爆炎が上がるが、その音は聞こえて来ない。


徳光は気を引き締める。


ここは、アーヴェインの領域。そしてそれは、同時に自身の心の奥底でもあることを、徳光は理解していた。


外界のいかなる事象にも影響を受けない、徳光の根底にある暗闇。


それが今、自身を包んでいる。


一筋の光さえ見えない深淵の中、それは、それだけははっきりと目視出来た。


この奥に、アーヴェインが立っている。


「…ここまでこれたのか。」


「最後は強引だったけどな。みんなのおかげだ。」


「みんな…ね」


アーヴェインは至極冷静で、ともすれば冷酷なまでに徳光を見据えていた。


「アーヴェイン、ケリをつけようぜ。もう終わりにしよう。」


徳光はそう言ってアーヴェインに近づいていく。


「あれだけの運命を踏みにじって尚、その歩みを止めることはしないか。」


「あぁ。俺は自分の道を信じて歩いてきた。これからもそれを止める気はないし、それが俺の生きる指針だ。」


「お前の言う自分の道というのは、たとえ友が死んでも揺るがないものなのか?」


アーヴェインの声には、懇願のような思いがあるように聞こえた。


「当然だ。でもな…」



「仲間が困っていれば全力で助ける。仲間の大切さを理解した今なら言える。どんな奴らでも、俺にとってはかけがえない仲間だから。」



「そうか…。」


アーヴェインは天を仰ぐ。


「徳光よ。お前の試練の内容は『理解』と『信頼』だ。お前はそれを二つともクリアした。もうじき俺は元の世界に還るだろう。別の世界線の「徳光」として。だが忘れるな。お前がまた仲間への信頼を失った時、俺はまたお前の前に試練として現れる。」


「その心配は無用だ。それに、お前の事も理解した。」


徳光の言葉に戸惑うアーヴェイン。その後ろから


「アーヴェイン。俺たちをフルボッコにした件は置いといてだ。俺をお前の世界線に連れてけ。」


楓が姿を現した。


「楓…?どうしてここに」


「お前が徳光だっていうのならわかるだろう?俺に常識はほぼ通用しない。推測するに、お前は誘拐のことを知った直後の分岐で分かれている。つまり、その時に戻り、何者かが手を加えれば運命はさらに分岐する。 同一人物は同じ世界線には存在できない。だからこそ、俺が一瞬だけそっちの世界線で「風」を吹かせてやる。」


「風…?」


「バタフライエフェクト。意味くらいは分かるだろ?」


バタフライエフェクト。些細な行動が未来に大きな影響を与えることを言う。


「つーか、それだと俺にも影響あるんじゃねーか?」


徳光はふと思った。楓がやろうとしていることは矛盾を作ることになり、この世界線の徳光に影響を与えないとも限らない。


「それについては心配はいらない。世界線の分岐後なら、お前たちは別の時空の同一人物。運命の影響を受けない。」


「よくわからんが、なんとなくニュアンスは伝わった。」


そうこうしているうちに、アーヴェインの体が消えていく。


「楓の言っていることは理解できたが…還るのは俺たちのみだ。連れて行くことはできない。」


「そりゃ残念。じゃあ後でプレゼントを一発撃ち込んどいてやる。」


そう言って楓はまた消えてしまった。


「あいつ…本当に常識通用しなさすぎんだろ…」


「今のはロリンの力だな。鏡世界の応用だ。」


アーヴェインの体は顔以外消えている。終わりが近づいていることを示すように、周りの空間も崩壊を始める。


「徳光…いや俺よ。もう会うこともないだろうが、仲間を信じる心は、忘れないでくれ。」


「…わかってる。」


「我が身の消滅を持って試練は終了とする。お前は試練をクリアした。お見事だ。」


そう言って、アーヴェインは完全に消滅する。


気がつくと、徳光は高いビルの上に立っていた。


「世界の巻き戻しが終わったのか…。」


こうして、徳光の長い試練は幕を閉じた。







「楓、何してんの?」


後日、地面に向かってライフルを打つという奇行をする兄に徳光は尋ねる。


「言ったろ?プレゼントだよ。」











ここは、別の世界線。


雄星と晴彦の二人は、誘拐犯と対峙していた。


「芳佳と美佳はどこだ!」


「教えるわけないだろ?まぁ知ったところでお前達は助けられないけどな!」


そう言って誘拐犯は銃を構える。


「おいおい…マジかよ。」


雄星の背にどっと汗が滲む。誘拐犯がまさに引き金を引こうとしたその時。


「…!?ぐあっ!?」


天空から飛来した何かが拳銃を撃ち抜き、拳銃を破壊する。


「…俺のダチに…!!!」


続いて、おたけびのような声が聞こえる。その声の主は上空から落下し。


「なにしやがんだコラァァァァァ!!!」


声の主、徳光は地面を粉砕し、ついでに誘拐犯を巻き込んで地へと着地した。


「間に…あった?」


土煙の中、徳光は困惑する。


自分がここで間に合ってしまったら、運命は変わってしまう。


運命の改変は、即ち存在の改変につながる。


「徳光!!」


駆け寄ってくる二人を視認しつつも、徳光は現状の理解に時間を要していた。


「さっきの弾丸もお前が撃ったのか?」


晴彦の言葉で、徳光は理解する。


「楓の言っていたプレゼントって…これのことか。」


基本世界の徳光が戻ることを選んだ未来。その時点で彼の世界は徳光の世界から切り離された。それにより、彼は独立した『徳光』として、自身の行動で運命を選べるようになった。


それを徳光が理解するのは、まだ先の話。



こうして、徳光の試練は終わりを告げた。



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