四話 影は、光のもとに
数秒の静寂。
徳光が口にした言葉は、今までの徳光なら絶対に口にしないであろう言葉。
仲間を頼ることを選んだ徳光が、初めて口にした、覚悟の言葉。
その言葉に込められた意志に、想いに。
先ほどとは別の衝撃が、5人を呑み込んでいた。
「徳光…」
徳光の名を呼ぶことしかできない程に、彼らの心は徳光の言葉に惹きつけられ、囚われていた。
「…やはり、そちらを選んだんだね。徳光。」
五人が動けない中、アーヴェインは徳光を真っ直ぐに見つめる。
その瞳はどこか寂しげで、また隠しきれないほどの憎しみを湛えていた。
「アーヴェイン。いや、失われた俺よ。俺は、いつお前と同じになってもおかしくなかった。誰も信じず、誰にも期待せず、表向きの笑顔で人と付き合ってきた。」
アーヴェインの目を見つめ返しながら、徳光ははっきりと告げる。
「でもそれじゃ、ダメだったんだ。人を信じずに生きていけるなんていうのは、不可能だったんだよ。」
「なら…なぜあの時に気がつかなかった!あの時に気付いていれば、俺は!…俺は…!」
「すまなかった。お前をそんな風にしてしまったのは、俺が気づくのが遅すぎたせいだ。」
そこで初めて、徳光は過去の自分に。
自分のもう一つの可能性に、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「でも、俺がやり直すことができるんだ。お前が俺だというのなら、お前だってやり直せる。どんなに怖くても、仲間と向き合う覚悟さえあれば、大丈夫なはずなんだ。だから…」
「…もう遅い!俺の世界のこいつらは…死んだ。」
「死んだ…?」
「そうだ。あの日、俺は美佳と芳佳が誘拐された事を知りながらに逃げた。雄星と晴彦は、二人で助けに向かって…殺されたんだ。」
「そんな…」
衝撃から立ち直った雄星が、思わず声を漏らす。
「美佳と芳佳も誘拐犯に殺されたよ。そして、俺がそれを知ったのはそれから一週間後。俺は後悔した。そして、その時に俺は宿怨の騎士として選ばれた。」
「…」
悲痛なまでの言葉に、口を紡ぐことしかできない徳光。
「…バッカじゃねーの。そんなの、後悔しても意味ないじゃねーか。」
そんな風に、苛立ちを隠しもせずに言い放ったのは、ずっと無言だった、細田晴彦だった。
「晴彦…」
「お前が徳光だってことはよくわかった。俺たちのダチの徳光も、そうやってすぐ自責の念に駆られるからな。だが、言わせてもらうぞ。てめーのそれは、ただの見当違いの逆恨みじゃねーか。」
「晴彦、やめろ」
徳光の制止も聞かず、晴彦は続ける。
「徳光が戻る事を選択した?当たり前だろうが。こいつに一人で生きる力なんてねーよ。その結果、俺たちは生きてここにいる。美佳と芳佳も無事に救出出来た。つまり、徳光が選択する世界が本物の世界ってことだろうが。徳光が選択しなかったお前の世界は、その時点で徳光の行動の影響から解放されていた。」
「晴彦…!やめろ!」
「徳光が気づかなかったんじゃない。お前が逃げただけじゃねーか。それを徳光の所為にして、あまつさえ本物の世界を壊そうとして、逆恨みじゃなかったらなんなんだよ。お前は徳光じゃない。徳光はここにいるアホだ。お前は誰でもないんだよ。」
「誰でもない…」
アーヴェインは晴彦を睨みつける。
「どの口が言うんだよ。元はと言えば、お前の一言が原因だ。あの時も。その前も!お前の発言で、俺は…!」
「今度は俺に責任転嫁か。つくづく救えねー野郎だ。」
その一言は、アーヴェインが最後に敷いていた一線を消し去るに十分過ぎた。
「…もう、いい。」
アーヴェインの顔から表情が消える。
「試練も、世界も、仲間も!!全てどうでもいい!消し去ってやる!!」
アーヴェインを起点として、暗黒の環が広がる。その環は、触れたものを無に帰す消滅の環。
「壊す。砕く。消す。殺す。滅す。抉る。穿つ。屠る!…消えろ!!!!」
「だからやめろって言ったのに…晴彦、お前の言葉はいつも直球すぎるんだよ…」
徳光は晴彦を窘めると、アーヴェインに向き直る。
「あれは…どうにもならんな…。とりあえず逃げるぞ。美佳はいい加減戻ってこい。」
戻ってくる気配のない芳佳を担ぎ、徳光たちはなかむらけへと急いで逃げる。
「徳光!!」
なかむらけの家の前には、楓がいた。
「楓!治ったのか!」
「その話は後だ。お前一体何したんだよ。ロリンが急に『試練が…止まった?』とか言い出すから急いで俺だけ治して様子を見に行けって言ってたが…ありゃなんだ?」
楓の指差す先は、赤白金公園。それが何を意味しているのか、徳光は理解していた。
「俺の試練、アーヴェインが引き起こしてる。あれに触れると消滅するんだ。生物無機物問わずに。」
「おいおい…ここはアニメの世界じゃねーんだぞ…」
楓は大仰に空を仰ぐ。それから数秒黙考して。
「ふむ。なんとなくわかった。とりあえず家に入れ。崩壊対策はしておく。」
「…ちょっと待て、崩壊?消滅じゃなくて?」
「その説明も中でする。いいから入れ。他のみんなはまだ治療中だ」
若干の疑問を覚えつつ、素直に従い、なかむらけの中へと入る。
リビングへ着いた時、消滅の環がなかむらけを通過した。
「あれ、消えてない。」
「だから言ったろ、あれは触れたものを消滅させるのではなく、分子レベルまで結合崩壊させる代物だ。対策は簡単。分子結合を極限まで強固にすれば崩壊しきれずに通過する。外側が崩壊してないなら、内側にも影響はないってことだ。」
普通に言っているが、軽く超科学である。
「さて…現在試練が止まっているってことは、俺たちが参戦しても問題ないってことだよな?ロリン。」
楓が隣の空間を見ると、その空間がひび割れ、中からロリンの右手が出てきた。
「グッ」
「まぁそういうことになるね。原因はアーヴェインの暴走だから、理性を取り戻してしまったら試練は再開されてしまう。まぁ一撃でケリをつけるのが一番いいだろうね。」
「どうでもいいが右腕だけ出てるとホラーだな」
「…ふむ。なら俺が行って片付けてくるか。」
ロリンの言葉を聞いて、楓が席を立とうとする。だが
「いや、俺が行く。楓はそこまでの道を作って欲しい。」
その行動を止めたのは、徳光だった。
「何を…いや、その目を見ればわかるな。わかった。俺が道を作ってやる。その代わり、死んだら殺すからな。」
「矛盾してるぞそれ」
「要するに死ぬなってことさ。さて…君たちはここに残って他の面子が揃うのを待っててくれ」
楓の一言に、無言でうなずく四人。
「徳光、五分ほど待ってろ。すぐ準備してくる。」
そういって楓は自室へと戻り、リビングには徳光と美佳、芳佳、晴彦、雄星の五人が残された。
「・・・なぁ徳光。」
ふいに、雄星が口を開く。
「どうした雄星。」
「俺達には、何もできない」
「仕方ないさ。これはイレギュラーなんだ。」
「それでも。俺は・・・」
「俺は、お前たちが信じてくれるだけでうれしい。」
徳光の言葉に、悔しそうに歯噛みする雄星。
「…全く。なんで俺たちがこんな目に会わなきゃならないんだ。」
晴彦の胡乱な視線に、徳光は目を伏せる。
「その通りだよな…。お前達は本来関係なかった。俺が巻き込んだようなものだ。…すまない」
「謝って済むならとっくに終わってんだよ。いいからとっととこの騒動を片付けてこい。話はそれからだ。」
「晴彦…」
晴彦の言葉の意味を、徳光は理解する。
「騒動が終わったら徳光の奢りで焼肉だな。」
「…え?」
「そりゃいいや。高い肉たらふく食べようぜ。」
「ふふふ…焼き加減なら私に任せなさい。」
「出たよ焼肉番長。お前いっつも焦がすじゃねーか」
徳光を置いて盛り上がる四人。
「待て待て、いっつも?お前らそんなに焼肉行ってるの?俺を置いて?」
「いや、お前いつも来ないじゃん。部活」
疑問に対する雄星の一言に、徳光の思考が一瞬止まる。
「部活?」
「うん。部活。」
そう言われて徳光は自身の在籍する部活を思い出す。
「…焼き部?」
「うん。焼き部。」
徳光の所属する部活の名は焼き部。活動目的は『最高の焼き加減を極める』
「あれ肉の焼き加減のことだったの!?」
「焼肉だけじゃないぞ。焼き芋、鉄板焼き、カルメ焼き、お好み焼き…焼き物はだいたいやってる」
晴彦の一言を聞いて、徳光の中にふつふつと怒りが湧き上がる。
「ふっざけんなよ!なんでそういう大事なこと先に言わないの!?つーかなんで最初の活動で俺を焼こうとしたの!?」
徳光が部活に来なくなった理由。それは、最初の活動の時にバーナーで炙られかけたからである。
「…まぁ、この騒動が終わったら、ちゃんと部活こいよな。今度はバーナーで炙ったりしないからさ。」
雄星の言葉で、徳光の心の奥の重みが解かれる。
「…たりめーだ。俺の焼肉スキルをなめるなよ」
「美味しそうな話をしてるとこ悪いが、準備完了だ。行くぞ徳光。」
席を立ち、四人を振り返る。
それぞれ、形は違えど徳光へと無言のエールを送る。
これが、人を信頼するということなのだろうか。
「…なぁ楓。」
「なんだ。ビビったか?」
「いや、まぁ相手がアーヴェインだけだと思ってたからびっくりはしたんだけどさ…」
家の屋根から見下ろす二人。
眼前には、夥しい数の堕ちた徳光が、揃って徳光達を見ていた。
目の前にひしめく、『徳光になれなかったもの達』
そして、その奥で待つ、宿怨の騎士アーヴェイン。
運命とは残酷で、だからこそ、その重みは果てしなく。
最後の対決。徳光の最後の戦いが始まる。
次回、徳光編最終話
「日常は、騒動の果てに」
幸せは、いつでもそばにある。




