第1話。消える人間。見い出す希望
シリアス多めのなかむらけ外伝。その始まりは楓の物語です。
運命というものに抗う、長男の物語を、お楽しみください
ここは、なかむらけ「だった」場所。
すでにこの家は廃墟となっており、この家には誰も住んでいない。
皆どこかへ行ってしまったのだ。唐突に、さながら存在が消えてしまったかのように。
その廃墟には、こんな噂があった。
「この家には、夜になると勝手に電気がつき、朝になると消える」と。
それを聞いて、「俺」はため息をつく。
「まだ、この辺りには無事な人がいるんだな…」
なかむらけの長兄にして唯一の生き残り、楓である。
助けに行こうか、と楓は一瞬考えるも、すぐにそれが無駄であることに気づく。
なぜなら、今回の元凶は世界そのものなのだから。
世界、あるいは運命。
運命というものには修正力というものがある。
決まった運命は必ず実行される。
だからこそ、なかむらけは消えた。ある日突然。楓を残して。
最初は、ただの旅行だと思った。
過去にも何度か、楓を置いて旅行に行くことがあったからだ。
楓は高校生ながら大手企業の開発支援もしており、忙しい程度では済まない程の仕事量を持っていたからだ。
だから、最初はその程度の認識だった。
ことの重大さに気づいたのは一週間が経った頃だった。
「集団失踪事件」。
偶然テレビを見ていた時に流れたニュースだった。
突然。家族が誰かを残して、文字通り消えるというものたった。
理解の早い楓は、すぐにそれがただ事でないと悟った。
だが、すでに遅かった。遅すぎたのだ。
現に、なかむらけは消えた。
それと時を同じくして、楓は力が抜けていくのを感じた。
文字通り力が、無くなっていく。
自分の推理を確かめるように、壁を全力で殴る。
しかし、壁は傷一つつかなかった。
そして、楓は気づく。自身も、運命によって消されつつあると。
同時に、この事件のカラクリも。
それから楓は、あらゆる手段を試した。
自らを実験台に、様々な改造を。
そしてようやく、運命の執行を抑制することに成功した。
だが、それから一月たった今日。
楓は、それの意味を知ることになった。
事件が起きたのは今日の朝。
抵抗を続けていた楓の携帯が、振動したところから始まる。
最初は、幻聴だと思った。
携帯が鳴るなどと、自分の知り合いが生き残っているなどと。
だが、二回目のコールが鳴り響いた時に、楓はそれが幻聴ではないと知る。
携帯を取り、電話に出る。
「楓君!」
声の主は、五十嵐葉月だった。
「楓君!聞こえる?」
「…あぁ。聞こえるよ。五十嵐」
「よかった…消えてなかったんだね…」
「五十嵐こそ…消えてなくてよかった。」
誰かと話をするのは久しぶりだった。
その声に、自然と涙が溢れる。
「楓君、いま楓君の家の前に来てるの。噂を聞いて、もしかしたらって」
「そうか、今鍵を開けるよ。」
「うん。」
一応携帯をインカムにつなぎ、家の鍵を開ける。
すると、彼女はそこにいた。
見た所、まだ影響を受けていないようだ。
「楓君…」
五十嵐の頬を涙が伝う。彼女もまた、心細かったのだ。
「よかった…本当に」
楓は五十嵐を家の中に入れ、しっかりと鍵を閉める。
「待て待て!俺も入れろよ!」
鍵をかけたところで、また聞き覚えのある声がした。
「お前も生き残ってたか。裕」
「噂を聞いて、お前がいるんじゃないかって走ってきた。」
楓の悪友、五反田裕。
彼もまた、消えずに生き残っていた。
楓は友達が2人も残っていたことに多少驚きつつ、状況を少しでも正確にするため、リビングで2人の話を聞くことにした。
『運命の執行?』
楓の仮説を聞いた2人は、揃って疑問の声を上げた。
「ああ。そうだ。与太話だと思うかもしれないが、間違いないだろう。」
葉月が落ち着くのを待って、話を始める楓。備蓄はまだ充分にある。なくなったら…まぁ、俺は食わなくてもなんとかなる。そんなことを考えていた楓は、その途中で自身が普通の人間に堕とされてしまったことを思い出し、また暗い気持ちになる。
「そういえば裕、五十嵐、拓哉と水無月はどうだった?」
もしかしたら2人も…。そう考えていた楓は、2人の顔を見てすぐに気づいた。
「拓哉とは…連絡が取れない。」
「しろちゃんも…同じだよ。」
「そうか…すまない。」
拓哉と水無月(名前は夜白という。)は既に消えてしまっていたか。楓はそれに僅かに心を落とすも、気持ちを切り替える。
「なんにせよ2人は無事なんだもんな。一人じゃないってだけでマシだ。」
裕の言葉に頷いてから、楓は本題を切り出す。
「裕、五十嵐。これを見てくれ。」
楓が机に置いたのは悠生のノート。そこにはこの事件のヒントがあった。
「人間の持つ影響力…?」
「え、読めるの?」
ノートの意味を理解できない五十嵐と、そもそも悠生の字が読めない裕。
「父さんの仮説には、この事件の鍵は、人間一人一人が他者に与える影響力が関係しているとある。影響力、即ち人間が生きる上で必ず起きる、他者の運命を変える力。今回の事件で消えた人間たちは、それが薄れ、やがて他者に影響を与えることができなくなり、存在そのものが…」
「消える…」
「だけど、もしそうだとしてもだ。楓の家族の影響力は絶大なはずだ。なのに、どうして楓の家族は消えたんだ?」
裕の疑問はもっともだった。なかむらけは一人一人が強烈な個性を持っており、それに付随して影響力も並大抵ではない。なのになぜ彼らが最初に消えたのか。
「答えは簡単だ。その個性を最初に消されたからだよ。」
個性と影響力がイコールならば、個性が消えてしまえば影響力はゼロになる。
「俺の身体能力が落とされたみたいにな。運命の実行には意思のようなものがある。実行に支障のあるものは、それが効く様に存在を落としてから実行する。そんな風に設定されているのさ。」
「そっか、私たちが消えていないのも」
「今こうして向かい合っているだけで、俺たちは互いに影響を受けている。だから運命の執行を停止することが出来ている。」
楓は、自身の頭の中を整理する様に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、こうして一緒にいるだけで消える心配はないってことか」
「そう単純な話でもないんだ。」
一緒にいるだけで消えないなら、今まで誰も消えなかったはずだ。
楓は、ふと気づいて2人に質問する。
「2人とも、水無月の下の名前は覚えてるか?」
水無月夜白。楓はしっかりと覚えている。だが
「もちろん覚えてるよ。水無月……あれ?」
「…思い出せない。」
やはりそうか。楓は疑問が確信に変わり、ノートに文字を書く。
「水無月夜白。字は夜に白だ。思った通り。影響力を失った人間の記憶は徐々に消えて無くなる。そして、そのつながりが完全に絶たれた時、その人物が自身に与えている影響も消える。今は俺が水無月の影響を強く受けていたから、2人に思い出させることが出来た。だから…」
おそらく、消えた人々を元に戻すことはできる。
そう考えた楓は、携帯である番号をコールする。
「…うぅ、誰…」
数回のコールの後、ようやく目的の人物が電話に出た。
「水無月、水無月夜白。今どこにいる」
「え、…中村…?どこって、家よ…」
「そうか、今家にいる。五十嵐と裕も一緒だ。お前も来い。」
『…』
2人はなにが起きているかわからず、瞳を丸くしている。
「わかったわ。すぐに行く…」
「あ、ちゃんと服着て来いよ」
「わかってるわよ変態!」
切られた携帯を片手に、2人に微笑む。
「これで仮説が実証された。消えた人間は、少なくとも3人への影響力を取り戻すことで、戻ってくることが出来る。」
楓は心の中で、その後の言葉を飲み込んだ。
まだ、終わったわけではないのだから。
裕、葉月、夜白と、3人の影響を維持するため、なかむらけでの生活を続ける楓。
つながりの深い拓哉を取り戻すべく方法を模索するが、夜白の様に存在を取り戻すことが出来なかった。
「運命の執行にはまだ不明な力がある。」
そう結論づける楓に、容赦なく運命が襲いかかる。
運命に翻弄されるのが人間か、運命を翻弄するのが人間か。
徐々に消えゆく大切な記憶。
次回…
「小さな英雄、薄れゆく記憶」