09
更新が遅れて申し訳ありませんでした……
二話続けて投稿させていただきます。
「男の刃が、十の兵士を薙ぎ払う。その一突きが千の兵士を押し返す。数多の軍勢を従えながら、女王メイヴはその男を越えられない。その刃の振るい手こそは、半神半人の英雄ク・ホリン。数多の禁忌と影の国での修行で得た力は凄まじく、たった一人で祖国を守り、敵を討つ。誰が相手であろうとも、彼を越えられるものなし!」
アイルランドの地に伝わる長大なアルスター伝説の中で、もっとも盛り上がる「クーリーの牛争い」。その一場面を謳い上げると、ホールの熱は最高潮となった。周囲を覆う幻影も、無数の軍勢と一人の勇士の姿をドラマチックに映し出す。地を踏みしめる音と金属のぶつかり合う音色があたりを満たし、閧の声は割れんばかりだ。
目まぐるしく転換する場面、吟遊詩人たちの呪歌やドルイドの魔力が飛び交い、半神の英雄の結末を彩っていく。現代ファンタジーの祖の1つと断言できる物語は、やがてその幕を下ろした。
「溢れた臓腑を納め、今際まで戦い続けたク・ホリン。だが、その死は過たず訪れる。かつて槍を取ったその日に語られた予言の通り、短くもなお鮮烈に、彼はアルスターの地に散ったのだ──」
幻影が消え、後に残ったのは一瞬の静寂。一拍の間を置いて訪れた拍手に、僕は弓を下げると胸を撫で下ろした。
「面白かったぜー兄ちゃん!国のため、名誉の為にたった一人で大軍勢に立ち向かう……くぅ~痺れるねぇ!」
「なぁなぁさっきの、〈冒険者〉の秘術なのか!?あんな幻、俺見たことねぇよ!」
「これは海を越えたアルスター騎士剣同盟の、とても古い物語なんだってね。実に興味深いよ」
拍手を贈ってくれる聴衆の中には〈大地人〉の青年や詩人も混じっているが、〈冒険者〉の数も思ったより多かった。全体的に男性が多いのは、おそらく今日の演目のせいだろう。今朝、キティさんが『本日の演目:アルスター伝説~ク・ホリンの生涯~』と書いたボードを掲示していたのを見た。これが可愛らしい動物や妖精の登場する童話であれば、途端に女性や子供が増えるのだ。
「すまない、〈冒険者〉殿!よろしければ、先ほどの『アルスター伝説』について詳しく教えていただけないだろうか!」
「わ、私もだ!ぜひお願いしたい!」
一礼をして席を立つと、今度は先ほど聞いていた詩人たちに囲まれる。これは新しい演目が出るたび、新しい詩人が現れるたびに起こることだ。〈大地人〉達の勉強熱心さには、こちらの方こそ頭が下がってしまう。僕としても物語を語り合う仲間が増えるのは嬉しいので、願ったり叶ったりではあるのだが。
そうして彼らに物語を伝えるうちにホールの熱はゆっくりと冷めていき、そこでようやく僕はお役御免になる。相棒の〈金星音楽団のセロ〉を仕舞いカウンター端の席に腰掛ければ、温かい黒薔薇茶が一杯出される。これも、ここ最近ルーチンとなってきたことだ。
「大人気だねぇ〈セロ弾き〉。おかげでこっちは大繁盛、まったく笑いが止まらないよ」
「よく言ってくれるよ、まったく。その称号の方が好きなのは確かだけれど、そうやってご機嫌を取らないでくれないかい。……本当に資金が貯まったら旅に出させてくれるんだろうね?」
「約束は守るさ、当然だろう?その為に他の語り手も詩人も、アンタの書き記した物語も用意してんじゃないか」
にやにやと実の愉快そうなキティさんは、いつものカウガールファッションとは違ってシックなベストに髪を纏めた佇まいをしていた。その笑顔さえ仕舞えばクールな女マスターといった風情だろうに、肝心の笑顔がすべてを台無しにしている。相変わらずのビジネスパートナーにため息を吐くと、消耗した喉を黒薔薇茶で潤す。
──店を開く、という彼女の話に乗ってから二週間と少し。僕は甘言に乗ってしまったばかりに予期せぬ労働を課されていた。てっきり内装やメニューなどの基礎的な部分を任されるのかと思えば、コンセプトを決める以外の仕事はすべて奪い取られ歌わされていのだ。どうやらキティさんは初めから僕の〈ストーリーテラー〉としての技能を使う気でいたらしく、まんまと引っかかった形になる。
「映画もアニメもない世界で動画を見せる、受けること間違いナシじゃないか」そう言い切った彼女の背中に、僕は悪魔の羽を見た。加えてこの仕事自体はそこまで嫌ではないことが、よけいに嵌められた気がして妙に腹ただしくなったことは記憶に新しい。かくして店は見事に軌道に乗り、アキバの隠れ家的……とまではいかないかもしれないが、そこそこの繁盛をすることとなった。
「|アンタ(語り手)が留守にする旨は初めから店に掲示してあるし、従業員どももここ一週間で様になってきた。ほら、見て分かるだろう?」
キティさんの指し示した先に視線を向ければ、あの日僕が勧誘した面々が接客に勤しんでいる。特に目立つのはやはり法儀族のナーグくん。もう一人のマスターとしてキティさんに仕込まれた彼は、甘いマスクと丁寧な物腰によって、女性客のハートをがっちり掴んでいるようだ。ポットから注がれる茶の芳香も、手伝い始めた当初とは雲泥の差がある。
……その鮮やかな黒薔薇茶の手並みは、キティさんの昼夜を問わないスパルタ指導によって培われたものなのだが。「やっぱり騙しやがりましたね!」と悲鳴を上げる彼には、発つ前に謝っておかなければならないだろう。
店内を更に眺めれば、なんとか僕が注文を付けて揃えた大正モダンなインテリアが目に入る。そんな内装に合わせたウェイトレス服は派手さを抑えたデザインで、目を引く容姿をしていた一座の面々とは逆に釣り合いが取れているのだ。おとぎ話の『長靴をはいた猫』を思わせる猫人族、トールキンの世界へ誘う神秘的な面持ちのエルフ、昔話の小人のように背丈の低いドワーフ。種族の混在した給仕が行き交う店内は、このファンタジー世界の中にあって、更に幻想的な雰囲気を漂わせている。
仕事をするにあたって自分のたどたどしい言葉遣いを気にしていたエレミアさんなど、仕事ぶりもさることながら、そのたどたどしさがいいと結構な数のファンがついている。店員が好かれている方が店はやりやすいのだとキティさんは評価していたが、実際に見ると苦笑するほかない。〈冒険者〉はともかく、〈大地人〉にもそういった需要があるようだ。
もう一度、黒薔薇茶を喉に流し込む。ぼんやりと考えてみれば、予想よりも長くアキバに居ることとなってしまったものの実はそこまで悪い気はしていないのが本音だ。街に居れば赤間くんたちの様子を見ることも容易いし、興味深い噂もいくつも入ってくる。おかげで旅の候補地がいくつも増えたわけだが、ただ逆に〈大地人〉側に流れる噂は意外な内容で固まっていた。そのことをふと思いだし、心に一瞬、冷たいものが吹き込んだ気がした。
「……〈円卓会議〉は、支配者ではない。〈冒険者〉の法と自由を守るための地盤だ」
「ああ?また唐突に……あの話を気にしてんのかい。統治機構が強い権力を持ってその他を従えるってのは向こうからすれば当然、いや絶対の体制さ。人間は自分の知識でしか物事を計れない、違うか?」
「それはわかっているのだけどね、なんだか〈円卓会議〉にずいぶん重いものを背負わせてしまっているような気がするんだ」
「ふん、やりたくてやってる奴らにゃ余計な世話さね。アタシらはアタシの方法で世話を焼けばいいのさ」
そう言いきって、キティさんは二杯目の黒薔薇茶を差し出した。彼女の言う通り、僕には彼らの業務を代行できる能力も立場も持ち合わせてはいない。それでも、今〈円卓会議〉が置かれている立場を意識することだけは忘れないようにしたかった。権力と権威という悪魔はどんなに強固な繋がりだろうと、あっさりと握りつぶしてしまう。街ほどの大きな規模では知らなくとも、周囲より少しだけ長い人生の中で、何度かはそれを垣間見てきたのだ。
僕達が忘れかけている“〈大地人〉の悪意”という存在を胸中に思い浮かべながら、二杯目の茶を啜る。すると、キティさんが入り口の方向を向いて笑いかけた。
「ほら、噂をすればってところだねぇ。こんな大物がやってくるなんて、うちの店もなかなかのものじゃないかい?」
「大物、という表現はいささか言い過ぎでしょう。大切な役を任されている自負は当然ありますがね」
「アインスさん、来てくれたのかい。もう随分顔を合わせていなかったが、元気そうで何よりだよ」
〈神祇官〉特有のゆったりとした衣装と、いつも笑っているかのように細められた目が特徴的な中年男性。年話でそこそこ会話を交してはいたものの、実際に会うのはなんと大災害以来になるアインスさんがそこに立っていた。席を勧めると、すぐ隣の座席に座り慣れた様子で注文を済ます。
珈琲の濃い茶色にミルクの白が混ざり合う間、しばし無言の時間が流れる。立ち昇る湯気に表情を緩めながら口をつけると、ひと心地ついたのか彼は口を開いた。
「元気と言えば元気なのですが、今はまだどこもかしこも落ち着ける状態ではありませんよ。多くの善意に支えられていますが、〈円卓会議〉のメンバーのほとんどは行政など未経験ですから。公務員のオブザーバーを呼ぶ、などの対策も講じられましたが、もっとも問題になっているのは人手不足です」
「おや、〈大地人〉の事務員も雇ったってこの間客から聞いたけどねぇ?勘定の心得がある奴をかなりの数雇ったってハナシじゃないか」
「ひょっとして、それでもまだ足りないんじゃないのかい?四則演算ができる人間が多くないとは、早苗ちゃんの方から伝わってきたよ」
「お察しの通り、書類を片付けられる事務員が少ないのですよ。我々が求めているレベルの計算能力があれば、大抵は商人になるか〈大地人〉貴族に仕えてしまいます。人員確保のためにも学校を開くべきだと、既に会議でも提案されていますね」
耳の早いキティさんと〈先生〉と称されるアインスさんが相手だと、自然話が小難しくなっていく。モンスターという都市間ラインを脅かす存在のせいか、学校と呼べる専門機関は多くない。また、印刷機が存在しないため教科書など夢のまた夢だ。これもまた、〈冒険者〉の側から対策を講じていく必要がある。
まずは教師役の〈大地人〉を育成し、それからさらに……という話らしいが、まだ少し遠い話だろう。生産ギルドの開発ラッシュもまだまだ止まらないため、行政としては気の長い話になるのだとか。
アインスさんは、そこから繋がってちょっと面白い話もしてくれた。〈冒険者〉が戯れに製作した、元の世界での知識をまとめた本が〈大地人〉の間で高額で取引されているのだという。僕の歌う物語もそうだが、〈冒険者〉が持ち込んだ文化や技術に〈大地人〉は興味津々であるようだ。そこで図書館を設立しよう、という話も上がっているらしく、こちらからもいくらかの書籍を寄贈すると約束する。
他にも通商のルートを偶然助けた現地の村人に教えてもらったり、はたまた商隊の護衛に付いた〈冒険者〉が村の魔物を退治したりと、彼は微笑ましい話をいくつも教えてくれた。語る口が収まらないのか、アインスさんからは止めどなく新たな話題が流れてくる。
「そのうちにアキクロでも発表されるかと思いますが、生産ギルド総出で蒸気船を開発している最中なんです。今現在、鉄鋼が多く取引されていますでしょう?あれらはすべて外輪船〈オキュペテー〉の建材として購入されています。木材で組んだ仮の船は既に成功していますし、処女航海は遠い話ではないでしょう」
「相当大きなものを造る気でいるんだね、彼らは。まず出来るならガレオン船からかとも思ったけれど、動力があるのなら外輪船の方が先か……ゴールデン・ハインド号もロマンだけれど、古代ローマから続く雄大な歴史も素晴らしい」
「ああ、そういや結局外輪船になったんだったか。回転翼船は早いんだけどねぇ、まずは船を作るのが優先だろうさ。……って、アンタはまた妙な知識を」
キティさんに不服という他ない文句を言われつつも、僕はこれから生まれる新たな船に想いを馳せる。外輪船は古くはローマから存在している歴史ある船であり、スクリュー式が誕生するその時まで動力付き船舶の主力となっていた船である。
僕は船も好きだ。今なお語り継がれる大航海時代は、遥かな海に多くものが名誉と富を求めたロマン溢れる時代であり、船はその主役であった。その後時代が下っても船は海と旅の主役で居続け、多くの財と、夢と、悲劇と幸福を運んだ存在として海を渡ってきたのだ。人々の戦記と、ロマンスと、旅行記と、冒険譚の立役者。どうしてこれを好まずにいられようか。
それに、船の就航はアキバにとっても文句なしに記念となる出来事のはずだ。蒸気機関は料理とともに〈大災害〉からの復興を示す技術である。
多くの日本人プレイヤーが絶望の縁に立たされた〈大災害〉以降、ありとあらゆる現代技術がファンタジー特有の魔導技術との融合を果たすこととなった。どうにもゲーマーというものは仮説や考察、はたまた数値計算が好きな生き物であり、別段生産ギルドに所属せずとも、俄仕込みからガチガチの本気工作まで多種多様な開発が行われている。そのような状況であれば自然を汚さす燃料は召喚時の魔力だけというクリーンな動力機関など、ワクワクしてたまらないはずだ。実際、僕自身胸の高鳴りを感じている。
「最終的には製造した船を使い、他大陸との通商も予定されています。……とはいえ、これは本当にまだ先の話ではありますが。当面はまず進水式をつつがなく成功させ、ヤマト各地での通商ルート確保や新たなダンジョンの開拓、または現地の〈大地人〉と縁を作ること。この辺が目標になるでしょう」
「へぇ……いいねぇいいねぇワクワクしてくるじゃないか!アチコチ行けるようになればモンスターどもに睨みも利くし、品物を早く、安全に運べる。アキバの主な需要は食品だし、遠隔地の特産品を集められればそれだけで一財産、ついでにクエストもこなせばもうひと財産いけるよ」
「金勘定になると早いね、キティさん。……それと、〈大地人〉との交渉もね。そろそろ、なにかあってもおかしくないんじゃないかな?」
そう言って、片目だけを向けるようにすればすぐにアインスさんは苦笑いを浮かべる。立場上は話せないだろうが──まぁ、つまりそういうわけなのだろう。現状、アキバの街は自由都市同盟イースタルの勢力圏内に突然沸いて出た一大勢力なのは間違いない。住む場所も属す勢力もなかったがゆえに見逃されていた〈冒険者〉の能力が、ここにきて警戒の種になっている、というのが妥当なところだろう。
実際のところ、別段〈冒険者〉側には同盟に義理立てする理由などありはしない、が、同盟側を無視すれば下手な軋轢を生むだろうというのは決して悲観的な予測でもない。古今東西、貴族というのは面子を大切にするものである。
だが実際、実利優先で過干渉を嫌う傾向にある〈冒険者〉とどこまで意見が擦り合わせられるだろうか。そこまで考えたところで、カウンターの脇から投げかけられた声に思考を中断する。どうやらナーグくんがキティさんに何事かを頼んだようで、キティさんは別のお客への接客に向かったようだった。去り際に、僕の頭に拳骨を当てていくあたりやはり抜け目ない。
「思うに、キティさんは自分の名前に過剰反応し過ぎじゃあないかな。可愛らしくも愛嬌があって、交友関係の広い彼女にはいい名前だと思うのだけど」
「マスターをそんな風に評価できるのはオーナーだけでございますよ、きっと。アレはどう見ても女傑でありましょうに」
出会って以来から変わらぬ、しかし少しは柔らかくなったように感じる慇懃な口調でナーグくんが僕の言葉に繋げた。どうやら追加の珈琲を持ってきてくれたようで、二杯目はやさしい色合いのカフェオレだ。
「女傑?確かにらしいと言えばらしいけれど僕は同年代だからね、姉御か何かのように扱うには歳が近すぎるんだよ。アインスさんだってそうじゃないかな」
「……申し訳ありませんが、私はそっちの彼に同意しますよ」
「え、そんなものかい。僕はてっきりこの考えの方が一般的とばかり」
「三大生産ギルドはともかく、その他中小生産ギルドに広く顔が利き、なおかつ腕っ節と商売勘定の腕前に優れた女性プレイヤーが〈エルダー・テイル〉に何人居ると思っているんですか」
思わぬところでキティさんの功績を見せつけられる結果となってしまった。多少の気まずさはカフェオレの甘さに溶かして、僕は曖昧な笑みを浮かべるに留める。金勘定でキティさんに勝てたことは、当然ながら一度もない。この間茶店の店長になる前の経歴を教えてもらったが、貿易会社勤務だったらしい。さすがはインターネット、どこまでも人材が豊富と言わざるをえない。
こほん、と咳払いで場をごまかすとナーグくんの視線が突き刺さるのを感じる。この店での勤務を始めてからというもの、〈冒険者〉への猜疑とついでに畏怖が完全に砕け散ったようで、態度にも割と容赦がなくなりつつある。それでも雇い主と店員、というスタイルは崩さないのが彼ららしいともいえなくはない。
呆れ、もしくは諦め混じりのため息とともに茶菓子も追加された。シンプルなチョコチップ入りのスコーンだが、甘いカフェオレに合わせてビターテイストになっているのが心憎い。ありがたくいただいていると、今度は視線に僅かながら気遣うような気配が感じられた。
「のんきにお茶菓子を頬張るとは、いい気なものですね。出発は近日中に、とマスターから伺いましたが?」
「ああ、うん。必要な道具はすべて揃えてしまったし、あとは食材を鞄に詰めておしまいかな……まぁ、身一つの旅だから身軽なものだよ」
「それは、お気をつけください。オーナーに死なれれば我々はマスターに今以上にこき使われますので」
「死なないよ、そんな簡単にはね。お気遣いどうも」
なるべく機嫌よく見えるように笑い返すと、彼はどことなく憮然な笑顔でグラスを磨きはじめた。アインスさんが小さく「素直ではない年頃だからね」と呟くとすぐさま睨み付けられるものの、磨く手を止めることはない。この辺で若者弄りを終わりにして、僕は席を立つ。
「行くのかな」
それに頷きだけで応じて、アキバの街並みへ歩き出す。街を出立する、3日ほど前の話である。
「それじゃ、行ってくるよ」
7月、まだ青く光る木々に若さが残る季節。真夏と言うにはまだ早いこの日に、僕は旅立ちを迎えた。
見送りに来たのは家を預かる四人と従業員代表としてエレミアさんが一人。人数は少ないが、ちっぽけな吟遊詩人の旅立ちにはちょうどいいだろう。
「朗読、ドワーフ……グリューに任せた。ナーグ、まだ若い、けど、大丈夫。店長、居るから」
「せんせー、お元気でっ!何かあったらお手紙くださいね!」
「専用の伝書召喚笛も持たせてやったんだから、ちゃんと書くんだよ!書かなかったら承知しないからね」
女性陣の見送りは細かな気遣いが感じられて、なんだか面映ゆくなる言葉に感じられる。普段の僕の方が何倍も照れくさい文言を口にしていると人は言うかもしれないが、それとこれとは別である。さりげなく、かつ安心して旅立てるようにという願いのこもった声は、そのまま背を押してくれる追い風となるだろう。
そして、僕は赤間くんや金井くんと握った拳を向かい合わせた。こう比較すると男の何と口下手なことだろうか。だが、意外とこれで十分なのもまた男という生き物なのだ。お互いに喝を入れるかのように、あるいはお互いに感謝するように。一度だけ拳をぶつけ合わせると、別れはそれで済んだ。
そうして皆に背を向けると、始めてここにやってきた時のようにブリッジ・オブ・オールエイジスはそこにあった。夏の日差しを受けきらきらと輝く川面と、川の冷たい空気を含んだ朝の風は、旅立ちにはもってこいのロケーションだ。
初めてここを渡った時のように、一歩足を踏み出す。僕は控えめに、少しだけ振り返って
「いってきます、またね」
別れと再会を言葉に込めて、旅路をへと踏み出したのだ。
夏の暑さに負けて、筆がぱったりと止まっていました。プロットが出来ていても、遅筆だけはどうにもなりません。
ですが、ようやくナーサリーが旅立てたので、ちまちまと続けていくづもりです。