表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

08

前話の前書きどおりに間が開いてしまい申し訳ありません。できるだけ毎週更新したいのですが、忙しさもあってなかなか筆が進まず。


 〈円卓会議〉の発足から五日ほど経ち、僕は粛々と旅の準備を進めていたはずだった。それが、今目の前には企画書と書かれた紙の束が鎮座し、ケティさんは爛々と目を輝かせている。どうしてこうなったのかは僕自身理解しがたいが、なんとなくはめられそうな予感だけはひそかにしていた。〈用心棒〉を自称するものの、キティさんの性根は抜け目ない商人のそれなのだ。


 頭を掻いて目の前の企画書なる紙束に目を通すと、まとめられている内容は内装やメニュー案などが中心で、あからさまに喫茶店の体をなしているのは理解した。問題は、これに書かれているのが明らかに僕の家だからだ。自宅の赤いソファに座りながら、がりりと頭を掻いて紅色べにいろの瞳を見つめ返す。



「店を開くだって?僕の家でかい?」


「そうさ、こんな家をただ住むだけにしておくなんざもったいない!アタシはアンタにも得な話だと思うけどねぇ。どうせこれから旅に出て、頻繁ってほどには帰るつもりもないんだろう?」


「それはそうだけれど……ここは赤間くんたちの家でもあるんだ、そう勝手には」



 僕の言葉を遮り、算盤が突き出される。「三人からはとっくにOKもらってるよ」と言い出すキティさんの根回しの良さに溜め息をつく他ないが、気になったのは算盤の内容だ。何の数字を表したものかは定かではないが、そこそこの数がそこには示されていた。

 胡乱げな僕の表情に気づいたか、今度は別の紙を取り出し数字の内訳を書き出していく。そこに記されていたのは



「収益……?これ、店の売上のつもりなのかい。皮算用かもしれないのに、真面目に計算するなんて……」


「それだけアタシは本気マジってことだよ。……ところで、今後の旅の資金は十分かねえ」


「ぐっ!?い、いや。そこは旅人らしく行く先々で狩りをだね」



 痛いところを指摘され、ぐっと怯んでしまう。正直に言えば、不安だ。数人がかりで旅をするなら旅支度もすぐに済むというものだが、これから予定しているのはすべて僕個人の趣味の旅行なのだ。必要な食料、日用品、装備の数々。現代日本人として利便性を捨て去りたくはないのだが、まだ黎明にあるアキバの街では高水準の道具というのはそれだけ値が張る。

 今までの貯金を崩しても、今度は装備と家の維持費に支障が出るという困窮ぶり。結論として泣く泣く便利を捨て、狩りをして稼ぎながら移動するつもりでいたのだ。この案の致命的な部分は自分でも分かっているため、できることならば指摘して欲しくなかった。だが、キティさんにそんな容赦などこれっぽっちも持ち合わせてはいない。追い討ちをかけるように、意地悪い視線がこちらに向けられる。



「ほう、それじゃあ忙しくて何にも見て回ることができないんじゃないかい?なにせ一人旅だからねぇ、やっぱり先立つものは大切だよ?」


「だから、僕の家を明け渡せって?」


「違うよ。あんたはオーナー、アタシは店長。そんで後は〈大地人〉の店員雇って任せておく……どうだい、悪くない話だろう」


「それは、わかったけど……」



 口ごもる僕に手応えを感じたのか、キティさんとの距離が一歩詰められる。けれどソファの端に逃げ込んだ僕に、何か裁断された布が投げ渡された。それは簡素だが、だからこそどこか初々しさを漂わせたエプロンであった。促されるままに表示されるアイテムウィンドウを確認した僕は、つい驚きの声を上げた。



「〈新妻のエプロン〉!君まさか、これを」


「一人旅とはいえ、味気ない携帯食料は嫌なんじゃないかい……?これさえあれば簡単な料理なら思いのまま、悪い話じゃないと、思うけどねぇ」



 吐き出した息が震えた気がする、目の前に人参をぶら下げられた馬の気分だ。キティさんの笑みが契約を持ちかける悪魔に見えてしかたがなく、またこの誘惑というのが実に抗いがたい。リビング兼キッチン代わりに使用していた店舗スペースを使用するものの、この家には本来のキッチンとリビングがきちんと備えられている。個人の生活スペースは二階にあるし、喫茶店であれば食堂ほど騒がしくない気もする。

 何度考えても反論する要素が見つからないのだが、あまりの手際に子供じみた反抗心が芽生え、ついあら探しを行ってしまう。それでもほとんどの考えが空回りして意味を無くした後、ふっと頭をよぎった反論に僕は勢いよく立ち上がった。



「そ、そうだ!僕は喫茶店のノウハウを持っていないから、チャレンジするにしてもすぐにはむ」


「アタシ、リアルで茶店のマスターだけど?」



 勝負は僕の完敗であった。おとなしく〈新妻のエプロン〉を受けとると、従業員を探してこいと家から追い出されてしまった。いつの世も道楽者は商人に弱いのだと、僕は痛感した。









「……なんだか、凄い人だかりだね」



 従業員と言われたところで、採用基準などがまったく伝えられぬまま追い出されてしまった。そんな有様で当てもなく通りを歩く僕の前に現れたのは、とんでもないとまではいかずとも、相当な数の〈大地人〉の列だった。ちらほらと見える誘導役の〈冒険者〉のギルドタグを確かめれば、刻印された〈D.D.D〉の文字が見て取れる。

 〈大地人〉の数がいくら多いとはいえ、プレイヤータウンに住む〈大地人〉というのはそう多い数ではない。にも関わらずこれだけの人数が集まっているということは、流れの人間か農村であぶれた人間を集めてきたのかもしれない。見物ついでに近くに寄ってみれば、見知った赤毛が目に付いた。あそこまで見事な赤というのは、僕の交友関係の中では数人に限られる。



「赤間くん!〈D.D.D〉がずいぶんと騒がしいけれど、掃除婦の募集でもしたのかい?」


「ん…?って、おじさんじゃんか。そーだよ、これ使用人ってか、掃除とか建物の修繕やってくれる人の募集。〈D.D.D〉のギルドキャッスルってさ、俺が思ってた以上にバカ広いから人数がいるんだ」


「へぇ……やはり、考えることは皆同じか。キティさんから連絡が言っているだろうけど、僕らも人を集めるつもりだし」



 突然の問いかけにも戸惑うことなく応対した赤間くんは、今や〈D.D.D〉のギルド構成員だ。

 やはり男の子と言うべきか、強さを求め最大規模のギルドの門をこの少年は叩いた。構成員とは言ってもまだまだ入隊数日のひよっ子だが、ひよっ子だろうと今のアキバでは大事な人手となる。今も並んでいる〈大地人〉の間でトラブルが起きないよう、彼は列のそばで警備に付いていた。


 その横に立って列に並んだ人々を観察してみれば、同じように見えて微妙に違う。やや擦り切れた、しかし頑丈そうなワンピースに身を包んだ女性は、そこそこ豊かな農村の娘だろうか。故郷の人々にどんなことを教え込まれたかは知らないが、いっそ気にしすぎるほどに周囲を警戒している。都会は確かに危ないが、そこまで怖がらなくても安心できる街作りがアキバには期待されるだろう。


 女性からやや後ろに並んだ青年は、流しの芸人だろうか。派手な身なりにそこそこ精悍な顔つきだが、顔には深い疲労の色が伺える。決まった住処を持たない流浪の身は、モンスターのはびこる〈セルデシア〉では生き辛いのだろう。鮮やかな衣の煤け具合が、旅の過酷さを物語る。増えすぎたモンスターの討伐は〈冒険者〉の急務となるはずだ。


 逆にそこからかなり前、明らかに薄汚れた衣服に身を包んだ幼い少女。推測するのなら、寒村から口減らし同然で追い出された子供かもしれない。骨が浮き出そうなほどに細い体は痛々しく、まわりをおどおどと見回す目は、落ち窪んで昏い。我々が掲げる食料事情の改善は、ある意味“味”どうこうの問題ではないのかもしれない。


 だれもが皆おのおのの理由で、仕事を求めている。最初はそう簡単に見つからないと踏んでいた従業員だが、こうして求人に集まる人々を見ると案外そうではないのかもしれない。これはひょっとして選り好みすらできるのかも知れないぞ──と、邪ながら期待の想いが湧き上がる。

 僕にだって好みがある、できることなら店員にだってこだわりたい欲求はあるのだ。頭の中で浮かんだ考えをこねくり回しつつ、視線を赤間くんに移す。ギルドタグを身につけた姿は初々しくも誇らしげで、わざわざ口を出す必要もなさそうだった。少し言葉を交わしてから、通りに足を向けることにする。



「〈D.D.D〉には馴染めたかい?」


「ちょっとだけなら。でも、訓練担当の隊長がおっかないのなんのって。ぜってーあれイインチョタイプだ」


「あはは、大丈夫だよ。大抵の〈冒険者〉はしごかれて伸びるものだから。僕の教官はモンスターだったけど、赤間くんは何度も死にたくないだろう?」


「絶対、嫌だ!ゲームだったとしても嫌だっての!」



 無謀の果ての全滅や、それに伴う辻蘇生もMMOの醍醐味だとは思うのだが、それを今言ったところで始まらない。慌てる赤間くんを尻目に、僕は騒がしい音をたてて改装されていく建物群へと歩いていった。



 ◆ ◆ ◆



「なぁなぁ、回復薬の素材と強化系の霊薬混ぜても、単純に効果が重なるわけじゃないよな?」


「当然だろ、それやって昨日端の部屋が爆発したじゃねぇか。ちょっと前に作った薬品で結果出たんだけどよ、やっぱり調合のバランスを変えねぇと副作用が出るぜ」


「おーい!この間の蒸気機関の改良案、設計図どこやった!?数人足りないんだけど!」


「それならまだ詰められそうだからとか言って未提出だったはずですよ、素材の購入費のことも考えてほしいですね」


「ボクの〈水の精霊〉ウンディーネ流し代わりにしてるのどこの班!?せっかく新衣装できたのに!」



 僕が入っていけない空気が、そこにはあった。規模の大きなところであれば〈大地人〉も雇っているかと思い覗きにきたものの、〈ロデリック商会〉のギルドハウスは訳が分からなくなるほどの喧騒に包まれていた。


 何段にも重ねられた焦げた何か、完成品らしいジンジャークッキーに七色の輝きを放つ怪しげな水薬、時計の文字盤と作りかけのゼンマイ構造、もうもうと煙を吹き出すフラスコ、試験管、ビーカーの群れ。“RPGの研究者ギルド”の体現が、そこに存在していたのだった。



「あ、えっとうん。なんだか僕、これはお邪魔かな、邪魔だよね?」


「……ナーサリーさん、ギルドにご用ならそこ右に避けてください!さっき〈調剤師〉の方が薬品をまき散らしてしまって、踏んだら靴が溶けてしまいかねませんから!」



 踏み込んでいいのか否か迷う僕に、救いの手が差し伸べられた。やたら物騒な忠告を聞き入れて床の染みを避けると、今度は視界に金色が飛び込んで来る。

 眩しい金髪に切り揃えられたおかっぱ頭。研究者風味の白衣にカーキのエプロンという統一性のないファッションは、ギルドに参加してから身につけたものなのだろう。〈ロデリック商会〉の〈料理人〉としてこの場所の門を叩いた金井くんが、僕を出迎えてくれたのだ。


 金井くんはため息を吐きながらバケツと木製のモップを持ち、ちょっと待っていてくださいねと断わりを入れて掃除を始めた。バケツに湛えられた水に中和剤でも入っているのか、しゅうしゅうと音を立てて床の染みは掃除されていく。もしもアレを踏んでいたら、と不穏な空想を脳裏に描きながら見守っていると、ほどなくして薬品は除去された。

 掃除用具を先輩に引き渡し、ようやく金井くんが僕の方へと歩いてくる。その表情は呆れを多分に含んではいたものの、不満の色は感じられない。



「すいません、お構いもできずに。〈円卓会議〉発足から続く開発ラッシュがまったく止まらなくて、〈ロデリック商会〉は常時フル稼働してるようなものなんです」


「いや、きっと楽しくて止まらないのだろうから構わないけれど……すごいね、あちこちから爆音が聞こえてくる」


「実験の反応とか、無害な爆発もあるんですけど……〈調剤師〉や〈錬金術師〉は苦戦していて、部屋が吹っ飛ぶこともわりとあるんです。なにせ参考にできるものがありませんから。逆に、〈料理人〉や〈筆写師〉なんて絶好調ですよ」



 料理需要なんてうなぎ登りで、と言葉を続ける金井くんに、僕は目を細める。アキバの発展に寄与できるから、と生産ギルドの道を選んだ彼だったが、どうやら先輩生産職のサポート役に収まったらしい。雑用係とも言えるのかも知れないが、研究者気質の多い〈ロデリック商会〉は研究のために他のことを放り出せる人が少なくない。となれば、誰かが世話するのなら話は早い。

 珈琲を人知れず継ぎ足したり、食事を忘れている〈冒険者〉に食べるように促したりと、持ち前の気配りを発揮しているようだった。


 「皆さん開発はあんなに凄いのに、日常生活となるとてんでダメなんです」と愚痴る金井くんの顔はやはりどこか誇らしげで、いい選択ができたらしいことに僕は安堵する。控えめで足りない部分を補うように立ち振る舞うことが多い彼の選択は、正しいものであって欲しかったのだ。



「従業員を雇う参考にしようかと思って来たけれど──少なくとも、今はダメだね。これでは危険過ぎて〈大地人〉を雇えないだろう」


「爆発に巻き込んで死んでしまったら、ごめんじゃ済みませんから。もう少し居住スペースが確保できない限り、当面はないですね……」


「だろうね。なら、邪魔しないうちにお暇しようかな。すぐに君の手が必要になりそうだから」



 僕がそう言った途端、金井くんの背後からドドメ色の煙が流れてきた。慌てて駆け戻る後ろ姿を見送って、こちらも踵を返す。くれぐれも、死人が出てしまわないよう祈りながら。



 ◆ ◆ ◆



 いっそ商店や露店ならどうだろうか、と僕は市場に繰り出した。時間はもう昼をとうに過ぎているため人はそう多くないが、おやつを楽しむ客が菓子を買っていったり、人が少ないうちに買い物を済ませにきた客で市は賑わいを見せている。

 店先を軽く冷やかしながら歩いていくと、狙いどおりそこそこの数の〈大地人〉が目についた。値段をあらかじめ決められるため、売り子はそう高い技能を必要としない。むしろ大事なのは愛想と器量で、そうなれば〈冒険者〉よりも〈大地人〉の方が一歩先を行くと断言できるだろう。育った土地柄にもよるが、〈大地人〉の方が基本押しが強いのだ。


 売り子たちを見ると大半がヒューマンだが、思ったよりそれ以外の種族が多い。話を聞いてみればエルフ、ドワーフ、ヒューマン以外の種族は定住することが少なく、アキバに流れ着いてようやく決まった仕事を得たという。あまり実感は沸かないが、これは人種差別の一種なのだろうか。僕らから見れば魅力的な彼らも、三種族から見ればただの異形という認識の差もありうるのだと意識を新たにする。


 さて、彼らから他の〈大地人〉を紹介してもらえないだろうかと算段をつけたところで、僕はまた見知った人間を見つけた。いくらか大げさに手を振れば、彼女は明るく応じてくれた。──早苗ちゃんだ。



「せんせーこんにちはー!なんですか、ひょっとしてお買い物?三時のおやつなら加奈子さんのケーキがとっても美味しいですよ!」


「いや、今日はちょっと従業員探しにね。早苗ちゃんは……あちこち走ってるみたいだけど、今はボランティアみたいなものだったかな?」


「はい!まだ〈円卓会議〉でも部門がちゃんと出来てるわけじゃないので、仕事と言うより単なるお手伝いさんです。とーっても楽しいですよっ、たくさん〈大地人〉さんたちとお話ができて!」



 他の二人はそれぞれギルドに加入した。では早苗ちゃんはというと、彼女はなんと無所属を選んだのだ。無所属とはいっても、望んだのは単なるソロではなく窓口だ。〈冒険者〉と〈大地人〉を結ぶ窓口を作る、というのは〈円卓会議〉の公約として存在するものの、この短い間に話が進むほど急務とはされていない。今の彼女は半ばボランティアという体で、双方の架け橋となる調停役を勤めている。


 現代日本人と中世ファンタジーの住人では価値観が違って当たり前なのだが、その当たり前を許容出来ず、挙句排斥してしまうというのはそれほど珍しい話ではない。早苗ちゃんは誰とでも仲良くなれるコミュ力を生かし、お互いがなるだけトントンで話が進むように話を導くのだという。今が一番忙しい時期らしく、担当となって以来始めて彼女と対面したほどだ。



「ほら、こっちだとまだ人権とかの法整備が進むほど豊かでないじゃないですか?やっぱり個人の自由とかがあんまり保証されてなくて、農奴のーどみたいな立場の人たちの扱いが一番揉めるんですよねー……。私達は人身売買は絶対だめですけど、向こうは“売買”だとすら思ってなくて。でもでも、その人たちは自分の土地も他にできる仕事もなくて、農奴以外ではやっていけないくらいの生活を強いられてるんです!そしたら、簡単にダメダメ言えないじゃないですか。技術支援込みでの契約で何とか話付けたんですよー」


「やっぱり、そういう最下層にいる人たちの扱いは難しいね。全員を平等に扱えば逆に暮らしていけない、かといって奴隷扱いのままはこちらが嫌……生活水準に関わる問題をどうにかしないと、そこはキツいままになってしまいかねないか」


「はい、人道支援が難しいってホントですね。……けど良いこともあったんですよ!そこの村の伝統食のレシピを復活させた人がいて、こっそりレシピ教えてもらっちゃいました!素朴だけど凄く美味しそうなので、夕飯にぜひ!」



 自らが体感した〈セルデシア〉の厳しい現実を交えながらも、早苗ちゃんは微笑んで見せる。あちこちの〈大地人〉と言葉を交わしつづけてきた彼女にとって、〈大地人〉たちはそう遠い存在ではない。プレイヤーとしては未熟でも、ひょっとすれば僕よりもはるかに重要な存在となりうるかもしれないのだ。

 悔いも躊躇いも写さない瞳に頼もしさを覚えながら、そろそろ本来の目的を果たすことに決める。窓口を担当する彼女であれば、希望に合った〈大地人〉とコンタクトを取れるかもしれない。こちらの要望を伝えると、早苗ちゃんは少し考えてから街路の向かい側を指した。



「法儀族と猫人族、それとエルフかドワーフですよね?……それなら昨日街に来た旅芸人の一座が、ちょうどそんな感じのメンバーです。ほら、今あそこで食事している」



 指差した先で、あれこれと興味深げに話し合いながら食事する一団が視界に入った。食事しているのは〈冒険者〉が経営している軽食喫茶らしく、テラス席のような外の座席を設けて客をもてなしているようだった。陽光に照らされ印象的な、宣伝を兼ねているだろう服装も揃いのものではないようで、その姿は旅の一座らしく誇張バロック的だ。種族の多様な〈冒険者〉ですらあまり見かけることのない法儀族が混じっているせいか、アキバの外から来た〈大地人〉からは視線を集めている。

 実のところ街の人々から聞く限り、この世界における旅芸人というのは大抵がはみ出し者らしい。単純に食うに困って故郷を出たもの、種族を理由に定住できず各地を彷徨うものと理由は様々だとか。目の前の華やかな姿からは想像もつかないが、旅に出るとは思った以上に重い行為のようだ。


 早苗ちゃんに礼を述べてからその一団に近づくと、長い人影で接近に気づいたか団長と思わしき法儀族の青年がこちらを向く。青年の服装は洒落たタキシード風の衣装だが、瞳から頬をへと走った紋様が涙のメイクを思わせ、見るものに道化師クラウンにも似た印象を抱かせる。こちらから視線を合わせれば、そんな紋様の走る目が細められ、その貌にはシニカルな笑みが浮かぶ。途端に色めき立った周囲の反応から、きっとこの表情に女性ファンがつくのだなと埒もないことを考えつつ、僕は交渉の席を設けるべく口を開いた。



「……やぁ、旅の方。君たちは昨日来たばかりだと担当の子から聞いたのだけれど、アキバの街はどうだったかな?差し支えなければ、僕に少し話してはくれないか」


「これはこれは、こんにちは〈冒険者〉様。私たちのようなしがない旅芸人にお声をかけていただき至極光栄でございます。しかしながら私めは皮肉は得意でも、褒め称える言葉は不得手。さりとてこの素晴らしい街につける文句など持ち合わせてはおらず……あなた様の耳に届けるには、あまりに拙い言葉になってしまいましょう」



 視線を交わしながら、堅苦しくなりすぎぬように言葉を投げかけてはみたものの、真っ先に慇懃な態度に阻まれてしまう。言葉にあまり嘘を感じないのはいいが、はっきりと結論を口にしてくれないのは面倒な約束ごとを確約させないための処世術の一種だろう。華美な言葉で会話を飾るところも、どちらかといえば遠回しな言い方を好む貴族の態度に近いのかもしれない。

 よくよく考えてみれば身なりがある程度整った芸人であれば、貴族の手慰みに使われることも少なくはないはずである。過去に妙な因縁をつけられたり、勝手な契約を結ばされかけた経験があるのかもしれないと考え直し、少しばかり背筋を伸ばす。まずは〈冒険者〉と〈大地人〉の考え方の違いについて、認識を新たにしてもらわなければならない。



「そのように言わずとも、簡単な言葉で構わない。僕たち〈冒険者〉は多くの意見を必要としているんだ。〈大地人〉の俗習や嗜好を知らないままでは、この街も発展していけないからね」


「それはそれは……慈悲深いその態度、大変よい心がけかと存じます。そう、私めの語り口では穢してしまいそうなほどに」



 暖簾に腕を押すような反応しか返ってこないのは、僕のコミュ力が足りないせいなのだろうか。短気は損気とはいうものの、向こうはこちらを躱すことしか考えていないような気もする。青年の背後からも、戸惑いのような囁き声が聞こえてくるあたり、普段はこの手口でおだてに乗りやすい貴族を追い払ってきたのだろう。


 だがあいにくこちらは元々一般市民、何かひとつやらかせば瞬く間に周囲に広がるムラ社会を生きてきた人間である。階級を絶対とする封建社会とは悪口の基準が違うのだ。とはいえ口にもせずにそうだとは分かるはずがないので、こちらから切り込まなければならないだろう。



「ははは、まさか失言一つでどうこうされるとでも思っているのかい。僕なんて、今さっき利に聡い商人にうまく乗せられてうっかり契約してしまったばかりなんだけどねぇ?鼻先に餌をぶら下げられたというか……やっぱり手慣れた人間ってのは凄いよ」


「……それは、その、怒らないので?」


「うーん、怒ってどうにか出来る相手じゃないからね。自分に抜けてる部分があるのは、自覚しているし」



 あはははは、と笑ってみせた僕に、青年の困惑した視線が向けられる。こちらの秘宝級、幻想級の装備を見て判断していたのかもしれないが、外観と内面の食い違いが甚だしいのが〈冒険者〉である。見た目と内面が完全にマッチしているのは、ギルド幹部クラスの人間にしか恐らくは居ないだろう。

 ……考えると随分不釣り合いなものである。平和な土地で遊んでいた人間と苦を見た人間の財産が、ここまで違うのだ。向こうからすれば、理解しがたいのも当然なのかもしれない。思考の隅に、そんな考えが引っかかった。


 しばらく様子を見ていると、固まったままの青年を押しのけて、すらりと背の高いエルフの女性がこちらに近づいてきた。背後の仲間が心配そうに見つめていることから察するに、一座のまとめ役か何かであろうか。陽光を透かした緑の葉のように鮮やかな瞳が、ひたりとこちらに合わせられる。



「私たち、何の用?話聞きたい、それだけじゃない、はず」


「おい、エレミア!何やってんでございますかっ!?勝手に出てくんなっておっしゃったはずだろ!」


「ナーグ、言葉混ざってる。……この〈冒険者〉、危険違う。警戒する、馬鹿」


「ばっ……仕方ないでしょう、貴族のように偉ぶる〈冒険者〉もいたのですから」



 その利発そうな外見からはあまり想像できないたどたどしい口調だが、どうやらこちらに理解を示してくれたらしい。そっぽを向いて不満たらたらといった風情のナーグと呼ばれた青年も、引き下がってはくれるようで安堵する。エレミアというらしい女性も、ブルネットの優しい色合いの髪を揺らし真摯な眼差しでこちらを見つめ続けている。



「あなた、用、なに。私たち、有益、こと?」


「もちろんだよ、お嬢さん。というのも、先ほど言った商人との契約の話なんだけれどね。……君たち、飲食店の経営に興味はないかい?」


「……!?仕事、もらえる?危なくない、街の仕事?」


「商人と組んで喫茶店を経営することになったのだけど、僕は街に長居する気はあまりなくてね。代わりに店を切り盛りして欲しいという話なんだけど、どうかな?」



 話を聞いた一座のメンバーが、にわかに色めきたつ。旅の芸人にとっては悪くない話だと思い持ちかけてはみたものの、予想以上の反響である。罠ではないかと疑いの眼差しを向けるものも居るには居るが、赤間くんたちから「弱そう」と評価していただいたこの容姿が功を相したのか数は少ない。各々の意見を聞き終わったのか、話を進めていた二人がこちらに向き直る。



「お受けするかどうかはそちらの商人と面会させていただき、詳細をお聞かせいただいてから。それでよろしゅうございますね?」


「皆、旅、疲れてる。いい話だと、嬉しい」


「こちらこそ。僕としては、ぜひ皆さんに来てもらえればと思っているよ」



 差し伸べられた手と、固く握手を交わす。これから彼らの信用を得るのは自分次第なのだと、また一つ意識を引き締めた。






キャラが増えすぎる予感が、とてもしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ