06
スキルを習得するレベル帯の情報とか、どこかにないですかね。微妙に使っていいか迷います。
「クレセントバーガー?」
赤間くんと早苗ちゃんがその知らせを持ってきたのは、突然のことだった。そのとき僕はちょうど狩りの成果を整頓していた最中で、いきなり扉を開けて入ってきたことに少々驚いていた。二人はなにやら懐かしさを感じる赤いビラを持って、真剣な表情でこちらを見つめている。聞き覚えのない言葉に首を傾げると、目の前にビラを突きつけて赤間くんは叫んだ。
「だっから、バーガーだよバーガー!おじさんでも食べたことあるだろ、ハンバーガーぐらい!」
「私、このかりっと焼いたチキンが気になるんです!だから……」
「一緒に行きたい、と?」
二人の申し出に答えると、もげるくらいに勢いよく首が縦に振られる。思えばこれは不思議なことである、何といっても今の料理には味がないのだ。無論食事に誘われれば付き合うのもやぶさかではないが、わざわざ出向いてまで食べる価値がこのハンバーガーにはあるのだろうか?よく見れば、価格もずいぶんと高く設定されている気もする。
困惑する僕の目の前で、主張する側である少年達の勢いはますます増していく。そんなに近づけてはこちらからも見えなくなるだろうに、ぐいぐいと押し付けてくる手を遮り相手を見返す。その顔はいまだ真っ直ぐこちらを見つめている。
どうしてそんなに必死なのか。そう問いかけようとして、食いぎみに言葉が被せられた。
「匂いがしたんだよ、この屋台!食料アイテムにはなかった、匂いがしてたんだ!」
こちらがはっと目を見開いたことに対して満足げな表情を浮かべた二人が、僕の手を引き走り出す。疑問こそ尽きなかったものの、僕にその手を振り払う理由はなかった。扉を勢いよく開け放ち、引かれるがままに走っていくと、だんだんと人の流れのようなものがちらほらと見えてくる。大柄の〈吟遊詩人〉が頭一つ以上低い背の二人に引かれて走るのはかなり目立ったが、前を走る赤間くんと早苗ちゃんはとくに気にしていないようだった。
本当のところを言えば、この時点で僕はかなり動揺していた。匂いのする食料とは、詰まるところ──
「見えた見えた、あれが〈軽食販売クレセントムーン〉!みっなさーん、お客連れてきましたぁ!」
「すいませーん!俺たちも並びます!」
野次馬をすり抜けるようにして辿り着いたその場所には、簡素な屋台が設営されていた。どことなくお祭りの屋台を彷彿とさせるその店を取り仕切っていたのは、豊満な体型と輝く笑顔が人目を引くだろう緑髪の女性。ギルド〈三日月同盟〉を取り仕切るギルドマスター、マリエールと記憶しているその顔は、大きく手を振って客を呼び込んでいる。
「クレセントバーガーおひとつ金貨15枚、かりかりチキンは一本18枚っ!お肉がダメならフィッシュ&チップスがお勧めやで、ちっちゃいのならたったの金貨10枚!どうせなら一緒に飲みもんも買うていってなぁ!」
明るく笑顔を振りまく彼女は、まさに看板娘といった所だろう。思えば〈大災害〉の初日もこんなふうに活気を保っていたな、と一方的な面識ながら考える。だがその周囲に見える光景は、その笑顔と並べて眺めるには一種異様ですらあった。
皆、泣いているのだ。溢れる涙を拭うこともせず、一心不乱にバーガーを貪るさまは貧困地域の欠食児童を連想するほど必死さを漂わせている。皆がっつくように、肉汁のひとつも逃さないようにして食べているのだ。……僕はそれを馬鹿にするつもりはない、むしろその輪に今すぐ入っていきたいくらいだった。泣くほどの感動を味わった理由は、すでに目の前に示されていたから。
列が進み、順番が僕達に回ってくる。二人は悩む様子を見せながらも何を頼むか相談しあい、僕に伝えてくる。僕はそれに頷きでだけ答えて、注文した。
「すいません、クレセントバーガー二つとかりかりチキン一つ。それから持ち帰りで、クレセントバーガーと小さいフィッシュ&チップスをひとつずつ、水筒のブラックローズティーを一つで」
「はい、お買い上げありがとうございます!クレセントバーガー三つとかりかりチキン一本。フィッシュ&チップス(小)一つ、ブラックローズティーを水筒で。以上で金貨88枚になります。そちらの列に並んでお待ちください」
「はい、ありがとうございます。……なんだか懐かしいな、このやりとり」
かつての故郷で何度繰り返したか分からない『ファストフードの店員とのやりとり』に、なんとなく頬が緩んでしまう。手持ち無沙汰になりそわそわと足を彷徨わせる二人を一応たしなめてはみるものの、同じように浮き足立っている自分が言ったところで効果は期待できなかった。
しばらく待って、持ち帰り用の紙袋といい匂いを漂わせる包みが目の前に差し出される。めいめいにそれを受けとると、そそくさとその場を離れて期待も露わに包みを剥く。真っ先に鼻に飛び込んでくるのは、脂と香辛料が混ざりあった魅惑の香りだ。その香りに誘われるがままにかぶりつけば、口の中に肉汁が溢れ出した。
そこからは頭が働いてくれなかった。脳髄は味蕾から伝えられる味を受け取るだけの機関となり、口は瞬く間にハンバーガーを平らげていく。美味い、美味いのだ。肉に食感がある、トマトは酸味と汁気がち舌を楽しませ、パンズはふかふかカリカリで香ばしい。まともに調理された食事が美味しい、それだけで体の内側の、魂に燃料が注がれるような心地がした。
「……おいしい、美味しいようせんせぇー!なんか泣けてくるくらいおいしい、食べ物ってこんな味だったよね、食べるだけですっごく幸せになれるものだったよね!」
「かーちゃんごめん、俺メシに文句ばっか言ってて!美味いよ、メシがうまいってこんなに凄いことだったんだ!」
喜び勇んで僕を連れてきていた二人は、とっくに泣き出していた。そして僕自身、辛子以外の理由で鼻の奥がツンとしている。いい年こいてみっともないなんてとんでもない。これで泣きたくならない奴がいれば、三人がかりで殴りかかれる自信があった。そのくらいには、このハンバーガーは美味しかったのだ。
顔を上げれば、すでに屋台の周囲は黒山の人だかりと化していた。周囲のリアクションからその衝撃のほどを感じ取り、我先にと並び始めた結果だろう。自分たちはたまたま混雑しきる前に並べただけであり、間違いなく幸運だったのだ。丁寧にハンバーガーの包みを折りたたむと、泣き止まない二人に声をかける。この感動を分け合うべき人物が、あと二人いたからだ。
「早苗ちゃん、赤間くん」
「……はい」
「帰ろう、この包みを渡さなければならない相手が残っているよ。あの二人をびっくりさせたら、みんなでこの水筒のお茶を楽しむんだ。きっと、とても楽しいよ」
「うん、うん。……金井はさ、魚の揚げ物好きなんだ。だから絶対喜ぶ。おばさんもジャンクな食べ物が好きだってこの間言ってたし、きっと」
「ってか、渡さなきゃぜったい喧嘩になるって!泣いて喜んでくれますよ、私たちがそうだったんですから」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、笑いあう。人間ほっとしたときほど泣きたくなるものだ。この日は〈ゼルデシア〉に来てから、一番泣いた日になった。
〈軽食販売クレセントムーン〉は、怒涛の勢いでアキバに食の喜びを思い出させていた。
廃墟で縮こまっていた〈冒険者〉たちが、パーティを組んで街の外に出るようになった。クレセントバーガーを昼ご飯にして、またクレセントバーガーにありつくために稼ぎにいく。出かけのパーティーを見送ってクレセントムーンの従業員が明るく声をかけ、見送られる側もまんざらではない様子で街の外へ出て行った。
今までの〈エルダー・テイル〉にこそそんな光景は見られなかったが、それは好ましい変化ではあった。旅立つ人々の中に下を向いている人はいなかったし、なにより失われていた活気が戻ってきていたのだ。美味しいものが食べたいから稼ぎにいく、効率よく稼ぎたいからいい道具を揃える。生産プレイヤーと戦闘プレイヤーがクレセントムーンを通して繋がれ、物流に循環が生まれ始める。物流とはすなわち都市の血液に等しい、循環しなければやがては衰弱死しかねないものだ。死にかけていたアキバの街は、食事というエネルギーによって息を吹き返しはじめたのだ。
そんな人々の中には、当然僕らも混ざっている。活気が戻ったといっても縄張り争いが消えたわけではないため少し遠くなるが、後輩に合わせて低レベルゾーンに篭もり、時に追い出されながらも戦闘に精を出している。
「〈フリージングライナー〉!」
「うぉおおお!〈シールドスウィング〉!」
かつては買い物客で賑わいを見せていたであろう長い廊下を、流水が洗い流していく。まっすぐにこちらに襲いかかってくる机型の〈付喪神〉や巨大な掃除機型の〈全自動掃除奇兵〉を冷気を以て勢いよく押し流すと、すかさずモンスターの眼前に躍り出た赤間くんが横様に盾をふるい殴りつける。そのまま〈タウンティングブロウ〉を決めた彼に、背後から〈リアクティブヒール〉が飛んでいく。
直線の通路の丁度真ん中に陣取る赤間くんが、威勢よく〈アンカーハウル〉を叫べば、それに引きずられ躓いた〈付喪神〉が引き出しから現わした、霧状の腕で素早く殴りかかってきた。その攻撃は難なく受け止めるものの、後方から迫る〈全自動掃除奇兵〉に焦りの色を浮かべた。両方の攻撃を受け止めきるには、まだ彼の防御力が心許ないのだ。
「もうちょっとだけ耐えな!今を突っ込ませるから、この調子で倒しちまうよ!」
「回復早めて、合図と同時に寝かせた後方の〈からくり人形〉を巻き込んで、範囲でトドメ!」
「了解、〈ロバストバッテリー〉いきます!起動は……えっと、15秒後、〈サーペントボルト〉で!」
最後尾に陣取りながらそれを目ざとく察知したキティさんから、激励の言葉が飛ぶ。彼女の振るう鞭に打たれた不定形の影が矢のように飛び出すと、獣の牙を思わせる器官を形成し〈付喪神〉に食らい付いた。おぞましいほどに鋭い〈恐怖の影〉の牙に貫かれた〈付喪神〉が怯んだ瞬間、〈全自動掃除奇兵〉の射出した瓦礫が構えた大盾に着弾する。
大型エネミーの一撃に鎧に包まれた体が傾ぐが、早苗ちゃんが反応起動回復に加えて〈ヒール〉を重ねがけすることで、その重い一撃で削れたHPは補われた。続けざまに〈全自動掃除奇兵〉の強烈な吸引が始まったが、その吸引口に〈レゾナンスビート〉を打ち込むことで妨害する。
展開されている援護歌は〈猛攻のプレリュード〉と〈臆病者のフーガ〉。脳内で残る詠唱時間をカウントしつつ、赤い髪の少年が〈付喪神〉めがけて〈クロススラッシュ〉を放つ姿を視界に収める。あと五秒、四、三、二、一、
「〈バトルコンダクト〉!」
「っ、……よし、〈サーペントボルト〉!」
「手を緩めんじゃないよ!〈戦技召喚:ソードプリンセス〉!」
鳴り響いた号令の笛とともに、戦場に紫電が奔る。〈全自動掃除奇兵〉に着弾した輝きが、周囲に弾け飛び敵を焼き尽くした。続けざまに放たれた剣戟が〈全自動掃除奇兵〉を丸太のように両断すると、〈付喪神〉の脚を断ち切りその魂を霧散させる。後方の〈からくり人形〉の集団もまた絶命したが、それでも稼働を続けようとした〈全自動掃除奇兵〉は剣と矢によって打ち払われる。
そうして周囲から音が途絶え、後続のモンスターがいないことを確認すると武器を握る手を緩めた。まちがいなく緊張していたのだろう。少年達の手元を見れば、武器を握っていた手が強張ってしまっていたようだった。
ここはアキバの街から北西の方向にあるダンジョン、ナカノモール。多少構造が複雑ではあるものの出現するモンスターは総じて弱く、訓練と金策を同時に行うには都合がいい場所である。比較的敵の通りがからない玄室に身を潜めると、まずはじめに反省会を行なう。
「あー!なんだよあのでっかい掃除機、あんなにでかいとか反則だろ巨人用かよ!」
「ごりっとHP削られたよねー…私回復以外なんにもできなかったよ」
「ここのはまだ弱い方なんだけど、いきなり〈全自動掃除奇兵〉を相手取るのはちょっと早まったかねぇ。まぁ勝てたからよかったじゃないか」
「……〈サーペントボルト〉のカウント、ちょっとズレました、すいません」
さきほどのモンスターに対して文句を口にしたり、各々戦績を反省したみたり。口々に意見を交わし合う姿を見ながら、僕は密かに微笑んだ。この三人は、元から三人一組で組んでいただけあって呼吸は大変によい。その上で素直に話を聞いてくれるため、教えやすいというのも気が楽だった。
脳内に表示されたステータスを確認すると、揃って示されたレベル31の表示。〈大災害〉以前に戦ったことがないわけではなかったがために、そのレベルは今やそこそこのものになっている。支給される〈EXPポット〉をきちんと飲んでいたのも、その理由のひとつではあろうが。
休憩にしようか、とキティさんが水筒を取り出すと、歓声が上がる。僕もこっそりお相伴に預かりながらマップを書き込んでいると、横から声が飛んできた。金井くんだ。
「あの、やっぱりナーサリーさんも知っているんですか、〈放蕩者の茶会〉という集団を」
「そうだね、直接面識があるわけではないけれど」
「あんときゃ海外ばっかいってたせいで特に最初期知らないだろアンタは、アタシは実物拝んだことあるさ」
懐かしい名前を聞いた気分だった。確かに〈放蕩者の茶会〉は伝説とまで言われた集団だが、それは既に思い出の中に過ぎ去った過去の存在である。誰かから聞いたのかもしれないが、ここにきてその名前が上がるのは少々不思議だった。
すると黒薔薇茶を手にした早苗ちゃんが、金井くんの脇から補足をしてくれた。
「街の人たちが言ってたんですよ、“〈軽食販売クレセントムーン〉の裏に〈腹ぐろ眼鏡〉の影あり”って。〈茶会〉の連中ならやりかねない、っても言ってました」
「〈腹ぐろ眼鏡〉かぁ……その二つ名なら間違いないね。〈放蕩者の茶会〉の参謀役、〈付与術師〉のシロエさんだ」
記憶している中でもっとも強烈なインパクトを持った〈付与術師〉だったように思う。プレイ動画でしかその姿を見たことはないが、未来を予測しているとしか思えないあの指揮は、見る側が高レベルであればあるほどその難易度のほどを浮き彫りにする。支援職としては、その技能は素直に羨ましいと思える青年だ。
「あの〈腹ぐろ眼鏡〉と〈三日月同盟〉、今じゃ〈第8商店街〉や〈海洋機構〉〈ロデリック商会〉と手を組んでるしねぇ。あいつら懇意にしてる戦闘ギルドと協力して、〈クレセントムーン〉のための食材を集めてんだとさ。戦闘ギルドと生産ギルドがマーケットを挟まず支援し合う……面白いことになってきたよ」
そのように思い返して語っていると、今度はキティさんが横から口をはさんでくる。彼女の言葉でそういえば、とギルド間でのキティさんの立ち位置を思い出す。
彼女は多くの生産ギルドのメンバーと懇意にしている。それというのも“昔世話してやった奴ら”だからそうだ。〈用心棒〉を自称していた彼女は、主に生産職を志すプレイヤーに生産のイロハや働き口(という名のギルド)を紹介したり、戦闘が不得手な生産プレイヤーの護衛をしていたようで、〈大災害〉の起こった今でもギルド間を飛び回る仲介役として何度か呼ばれているようだった。
「金策のためにあれこれ生産職試して、最後いっこの職90まで上げたらなんかやりきった気分になっちゃってねぇ。今は〈見習い徒弟〉になって傭兵業の得意先作りってわけさ」……そう彼女は語っていたが、今考えても中々珍しいタイプのプレイングである。用心棒ではなくアウトローを目指さないのかと聞けば、「アンタアタシに村八分になれって?」と返されたので、これも彼女なりの努力なのだろう。
ふと、キティさんが微笑んだ。自信に満ちた挑発的な笑みがよく似合う彼女にしては珍しい顔に首を傾げると、はっと気がついた顔をしてバツが悪そうに頬を掻く。
「いやぁね、生産ギルドなんだけどさ……〈クレセントムーン〉の話が持ち上がる前は結構暗かったんだよ。特に〈料理人〉なんて、悔しそうに食材とにらめっこして何度も料理作って、その度落ち込んで。食べた人に少しも喜んでもらえない料理なんて意味ないって、泣くくらいの奴もいた。アタシも見ちゃいられなかったんだよ、それがさぁ」
そう言いながら木製のカップを傾ける、その中には水筒から注がれた黒薔薇茶。芳しい香りに誘われるまま口を付ければ、きっと優しい味わいが迎え入れてくれるだろう『味のする』お茶だ。
「昨日様子見に行ったら、目をかっぴらいてクレセントバーガーとにらめっこしてたんだ。ちょっとかじっては何かしら書き込んで、分解したり自作したハンバーガーと比べたり。何が何でもこの味を手に入れるって、息巻いてさ。自分たちだったらソースをこう改良するのにとか喧々諤々うるさいのなんのって。なんか、ほっとしちまったんだよ」
昔のあいつらと同じか、それ以上に元気でさ。そうつぶやく彼女の様子を見て、彼ら〈クレセントムーン〉に僕はまた感謝したくなった。一口食べたときのあの感動も、目の前の赤間くんたちの笑顔もキティさんの安心も、皆彼らがもたらしてくれたのだ。暗躍していると目される〈はらぐろ眼鏡〉と呼ばれた人物が、何を望んでこんなことを仕組んだのは分からなくても、きっと僕はその意図を肯定するのだろう──そんな予感も、胸の中に生まれつつあった。
「こんな良いことしちゃうって凄いんですねぇ〈茶会〉って。ほら、会館前の居る薬品売りのケビンさんとか川沿いにある宿屋のマリーナさんとかも大絶賛してるんですよ、クレセントバーガーのこと!同じ〈冒険者〉として、なんか誇らしくなっちゃいます」
「お前相変わらず店員と仲良くなるの上手いよなぁ……ひょっとして、なんか光線でも出てんのか?」
「ひっどい!フレンドリーにすれば向こうも気持ちよくお仕事できるでしょ、あわよくばオマケしてくれるし?」
「……セコ」
ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めた二人を見て、僕は金井くんと一緒に苦笑いを浮かべてみる。こんな些細なやりとりが嬉しくて、つい苦さが抜けた笑い方をしてしまったが、別にかまいはしないだろう。まだ諦めなくとも良い、そんな事実を実感できたことに比べれば、とても些細だったから。
(あとは、〈ハーメルン〉や縄張り争いが沈静化できればいいんだが……明日あたり、もう一度方々に話しにいってみようか。今この喜びの中に、虐げられる人々は居ないんだ)
活力を取り戻した心に、密かに暗いものを浮かべながら。僕は二人のやりとりを見つめていた。