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04

いきなり話が飛びます。というかこのお話はとてもよく話が飛びます。


 あの日、僕が実戦を経験してからさらに二週間。一定の事実が判明してからこの方、アキバの街は変化を失った。


 あの時の戦闘で僕が行ったのは、俗に動作入力、と〈冒険者〉から称される特技の使い方だった。特技を使用した際の動きを再現することで、メニューに頼ることなく術技を発動する手法。他にもありとあらゆるゾーンの買い取りが可能になったこと、素材アイテムには味があることといった事柄が判明したが──それらの情報では、泥沼に沈んでいく〈冒険者〉を、生気ある状態まで立ち直らせることはできなかった。

 僕自身調査や戦闘訓練、情報収集といった行動はこまめにこなしてはいたものの、そこから何らかの新事実に発展させることはできなかったのだ。


 味気ない食事、薄暗い街の雰囲気、そのどれもがマイペースなはずの自分の精神を削っていく。今自分は生活を営んではいない、ただ生きているだけ。その実感ばかりが、毎日積み重なっていくだけだった。


 それでも僕は──いや僕ら・・は、歩みを止めることだけはしなかった。流れない水が淀んで腐るように、うずくまっているだけでは心が死ぬと、過去の人生経験が告げていたからである。



「〈エレガントアクト〉、そこから〈レゾナンスビート〉!一番の危険は痛めつけておいたから、薙ぎ払い頼むよっ!」


「ほいきた、逝きな!〈戦技召喚:ソードプリンセス〉、アイツらまとめてぶっ飛ばしておくんだよ!」



 〈虹のアラベスク〉により火炎を付加された矢が、〈死血花〉アルラウネ〈巨大蜘蛛〉ジャイアント・スパイダーといった中型のモンスターを焼き払い、そこにダメ押しとばかりに剣姫の刃が叩き込まれ、周囲の〈人喰い草〉トリフイドごと殲滅する。魔物の一団はそれだけで崩壊し、跡形もなく消滅するが、けして油断することはない。なにせ、運の悪いことに囲まれているのだ。

 次の瞬間にはまた別の植物系モンスターの一団が襲いかかってくる。同類の死骸を踏み越えて迫るさまは、それだけで怖気が走るほどに恐ろしい。恐怖を撥ねつけ矢を放つと、続けてパチンと弾いた指先が仲間を誘導する。



「続けて頼むよ、〈リピートノート〉!右の塊は睡眠で固めておくから、寝る前に一撃入れて!左がすぐ来るから相手を、」


「すりゃいいんだろ、人使い荒いねぇ!その代わり回避追加!〈火蜥蜴〉サラマンダー、あっちに〈エレメンタルレイ〉、〈早撃ちガンマン〉クイックシューターはアタシについてきな!」

「今はそうしないといけないからねっ、〈アンプロンプチュ〉、〈舞い踊るパヴァーヌ〉!奥から来る二組で視認できるのは最後、悪いけどMP切れまで踏ん張ってほしいなぁ!〈のろまなカタツムリのバラッド〉……〈グランドフィナーレ〉!」



 剣姫の薙ぎ払った軌跡に鮮やかな音符が飛び散ると、それだけで敵陣は再び瓦解する。三度現れた集団は炎によって焼き払われ、悲鳴を上げる間もなく眠りに落ちた。残った群れもともども打ち払いその数を減らす。


 何度も何度も派手なエフェクトが飛び回り、その度に敵の一群が消し飛んでいく。だが、僕等もけっして無傷ではない。盾役のいない二人きりのパーティでは受けるダメージも激しく、回避とレベル差、それから殲滅力に頼っての戦線維持となってしまっていた。

 今とて西部劇のヒーローを思わせる姿の〈早撃ちガンマン〉クイックシューターと、燃え盛る鞭を携えたキティさんのコンビが瞬く間に敵を殲滅していくものの、すでに浅い傷はいくらかもらってしまっていた。


 僕も足止めのデバフや回避バフスキルで盾の真似事をしているが、〈吟遊詩人〉の回避力などたかが知れている。今は傷を押して、なんとか戦っているにすぎないのだ。僕等の合間を駆ける〈一角獣〉ユニコーンが定期的に癒しの魔力をばらまき、前線の維持に一役買っていた。


 巨大な〈猛猪〉ワイルドボアの突進を遅め、渾身の一撃を以って打ち倒すと、視界の端で眠りこけていた集団をキティさんが焼き払い、最後の二組と対面する体制を整えているのが見て取れた。僕は片方の塊にもう一度〈月照らす人魚のララバイ〉を飛ばすと、〈シフティングタクト〉をかけ最後のラッシュに備える。少数で戦うのなら、敵の数を減らすことに注力することで総合的な被弾を減らすのが基本。両者の考えは一致し、残りの敵を掃討するための下準備を終える。



「合わせて輪唱するから、好きにしていいよ!〈ウォーコンダクター〉………」


「なぁらジャンジャンバリバリいかせてもらおうじゃないのさ!まず〈エレメンタルレイ〉、〈早撃ちガンマン〉(クイックシューター)はMPたま切れまで〈エレメンタルブラスト〉をブッ放しなぁ!!」


「……ホントに好きにしたね、〈マエストロエコー〉!」



 ため息をつきながらも駆ける火炎を追い声を上げ、残る敵を燃やし尽していく。そうしてさんざめく降り注ぐ攻撃に、数十秒後には消し炭になったモンスターたちが転がった。ドロップアイテムに本体の損傷が関わらないというのは、この場合ありがたかった。これでは焦げた葉っぱくらいしか残らないだろう。

 それを見届けてから、燃焼によって熱に包まれた大気を吸い込むと、こころなしか喉が焼けるような心地がした。しかしとにかく一息がつきたくて、深く深く呼吸をする。そうしいていると、焦げた草原の向こうが見て取れた。戦場とはうって変わって、初夏の花々や木々が生い茂るさまは、まさしく庭園の名に相応しい光景だ。


 ──そう、僕はキティさんを伴って『スモールストーンの薬草園』にやってきていた。特殊な薬草などが豊富に取れる場所で、植物モンスターを中心とした敵であれば属性を絞って稼ぐことができる……そんな理由でこのゾーンを選んで戦っていたのだが、今回は見事に囲まれ消耗戦になってしまった。普段はここまでのことにはならないので、この結果には微妙にへこんでしまう。そんな僕の斜め下から、キティさんの声がした。



「まだほかの連中は来ちゃいないけど、そろそろ来るころになるかねぇ。嫌なもんさね、こんな窮屈な暮らしはさ」


「そうだね。こんな短い合間に、誰もが翼を切り落とされてしまった。きっと、足場のない不確かな空が怖いのだろう」


「はん、アタシらもたいして変わらないけどね。年の功ってのはこんな時ばっかり役に立たないもんだ」



 話しているのは、今のアキバについてだ。PKによる初心者や少数パーティー狩りが横行したせいか、街の空気の険悪さはいや増していて、抱え込んでいる初心者三人を連れ回すのも難しくなっていった。

 そんなわけで、僕はあれからやっと連絡の取れたキティさんに頼んで(出所した後すっかり忘れていたらしい)二人で狩りを続けている。そんな小さな活動ですらPKの横行するエリアをすり抜けながら行っている有り様なのだが、こればかりはどうしようもない。


 目の前の彼女はつまらなさそうに鞭に付いた汚れを振り払うと、〈一角獣〉ユニコーンに乗り込み出立の準備をし始める。僕も周囲のアイテムを拾い集めると、召喚笛の馬を呼び出し背に跨った。こうして何かしらの生物に乗り込んだ方が、襲撃の危険性は下がるのだ。馬の腹を蹴って駆け出せば、夕暮れ時のひんやりした風が頬を撫でた。


 見回せば、あたりはすっかり傾いた日に照らされ輝いている。茜に染まった薬草園の風景は、モンスターの出没する危険な地域だとは思えないほどに美しい。あちらの世界では花見スポットとしても愛されていた植物園は、たとえ世界が変わっても、多くの植物たちが瑞々しくその緑を風に遊ばせていた。


 ──世界はこんなにも美しいのに、僕らだけがまるで取り残されたかのように停滞している。今の〈冒険者〉に比べれば、〈大地人〉の方がよっぽど上手く生きているだろう。

 哀愁を宿した赤い風景は、そんな思考をもたらした。そこから連なるようにして、ぽろりとどうしようもない思いが口から漏れてしまった。



「……できないのかな、あの活気を取り戻すことは」


「あぁ?ナスめ、あんた現状の問題点がなんなのかわかって言ってんのかい」



 ずいぶんな言い草だとは思うが、今は言い返すだけの元気はない。首だけをわずかに傾げ、苦笑いで意を示した。そんなことは分かってはいない、嫌なのは誰だって変わらないはずなのに、ずっとこのままなのだから。僕の回答に不満そうな顔のキティさんは、軽く首を回すとこちらを向いた。気は乗らないようだが、どうやら疑問に答えてくれるようだった。



「ナーサリー、秩序……そうだね、特に大きな秩序ってヤツはなんで生まれるか知ってるかい?欲しいものがあるからさ」


「ムラの成立する過程の延長ではないのかい?」


「そりゃ小さい範囲の、今で言うギルド単位の話だよ。街レベルの秩序ともなれば、いちから作るにはでかい理由が要るんだ。国から命令されて造るのとは違ってね。欲しいものってのは例えば豊かな土地だったり、食料だったり、平穏とかなんだが……今はそれがない、生きるのにジャマな敵もいなければ食料も不足はないからね。〈冒険者〉は不死身だし、たとえ食事とも言えないようなエサでも食ってりゃ餓死しないんだから、必死こいて秩序を創ろうとは思わないだろうさ」


「加えて、支配者の苦労を間接的にでも知っているから、野心もないと。なんだいこれ、……今のところ詰んでるじゃないか」



 投了はしちゃいないからいいじゃないか、とキティさんは鼻で笑うものの、その表情はけして明るいとは言えない。彼女自身現状を理解した上で、それを解消する手立てを思いつけないのが悔しいのだろう。


 要するに、ブレイクスルーとも言うべき活動への報酬が足りないのだ。

 現代であればあらゆる娯楽が蔓延し、多種多様な美食に溢れ、多くの労働が存在した。それらは実に追求のしがいがある行いであり、相応の報酬と達成感が存在したのだ。だがこの世界には、それがない。達成するための娯楽や労働というものはなく、それらは自分たちで生産しなければならない。それだけの活力というものは、今のアキバには存在しないだろう。


 加えてネットゲーマーというものはその多くがインドア派であり、この大自然の中で好ましい娯楽を見つけるのはさらに難しいだろう。誰もが自分のように、まだ見ぬ天地に思いを馳せることはできないのだ。


 例外として、戦闘系ギルドは戦いに重きを置くが故に一定の活気があるが、誰も彼もがそのようにはいかないだろう。この世界はゲームではなく、現実である。それがこんなにも、重い。



「どうせならば『エターナルアイスの古宮廷』をこの目で見たかったが……それは夢のまた夢、か。こんなにも心踊る大地だというのに、自分自身こそが最大の枷になるとはね」


「そんなら宮廷近くの街にでも住めばいいじゃないか。事実そうしているやつらだっているんだろう?」


「そうなんだけれどね、死んだときのことを考えると怖いんだ。他所はマシになるどころか、加速度的に悪化しているプレイヤータウンもあるくらいだしさ」


 ススキノの惨状も、すでに僕の耳に入っていた。〈大地人〉を奴隷として売り払っている、という話を耳にしたとき、背に冷たいものが走ったのを覚えている。無秩序となった人間への恐怖、そして彼らもまた自分たちの同胞なのだという恐怖。この街もいつかこうなるかもしれない──そんな底知れない不安が、プレイヤータウンから目を離すことを避けさせたのだ。


 どちらにせよ三人分の将来を背負った自分には、あまり好き勝手な行動はできないだろう。これが引率者の責任かと、ほんのりと関わりのあるギルドマスターの顔が浮かんでは消えた。

 そんな風に物思いに耽っていると、いくつかのゾーンを通過していたのだろう。そろそろアキバの街が見えてきた。



「帰ろうか、赤間くんたちも帰っているだろうし」


「ちったあいいハナシが聞けるといいねぇ。ただ、先に物売ってからだよ」


 いつの間にかうちに住んでいることになっていたキティさんを横目に、僕は石造りのゲートを越えていった。










 黒土のむき出しになった路地を歩いていると、もううずくまっている人間を見かけることはなくなった。所属するギルドと連絡が取れたのか、はたまたどこかのギルドと加わったのか。

 ひょっとすれば単にひとりで持ち直したか落ち込む場所を変えただけなのかもしれないが、貧民街のような光景を頻繁に見せられることがなくなったのは、単純に助かったと思っている。あの絶望的な光景は、今でも思い出す度に心に暗い影を落としていく苦い記憶だ。


 そのまま銀葉の大樹を目印に進んでいくと、今度は大手戦闘ギルドの面々とすれ違う。今歩いていったのは〈シルバーソード〉だろう、より実践向きの戦術について話し合っているのが聞こえた。


 あのような戦闘ギルドはこの泥沼の街において、例外的に活発な活動を継続している集団だ。戦闘、というこの世界でも可能な行為を主体としたギルドは、今の世界においては恐るべき戦力を保有する軍団へと変性していた。その戦力に任せて大々的、かつ積極的に狩りを行ない、彼らは自身の実力を高めている。

 アキバが完全に停滞に陥ってしまわないのは、こういった積極性のあるギルドが存在しているのが理由のひとつにある。


 かといって彼らは素晴らしい集団、と手放しには褒められない。幹部クラスはだいたいマナーがなっているのだが、〈大災害〉以降急速に人員を増やしたせいもあり、末端の構成員までいくとどうしても権威を傘に着る連中が混じってしまう。

 本来なら組織内で統制するところが、今回の自体で手が回りきらなくなってしまったのだろう。膨れ上がった巨大な組織は、腐敗への道を静かに歩み始めている……そんな気がするのだ。


 そのようにしてすれ違う人々を見送りながら、さして時間もかからず我が家へと到着する。窓から漏れる光はマジックライトのものだろう。何となく暖かみのあるその光を直に浴びるべく、僕は建物のドアを開けた。


「おかえりなさい、せんせー。おかえりなさい、あねさん!」


「晩ご飯は用意してありますよ、いつもの食料アイテムですけど」


「おば……じゃなくておねーさん、完全に我が物顔だよな……」



 元気に迎えてくれる三人にただいま、と頷き返して家に入る。真っ先に目に入るのは、清掃されこみごみとしたインテリアが片付けられたホールだ。

 三人を迎えてこの方、賛成多数で模様替えされてしまった僕の家は、どちらかというと白熱灯が似合いそうなモダンな雰囲気に様変わりしていた。


 あの混沌とした雰囲気が懐かしくはあるものの、熱心に手入れする三人を見ていると言い出せなくなり、このように今に至るのだった。

 シンプルだが柔らかい赤色のソファにもたれると、さっと目の前にグラスに注がれた水が出される。ありがたくいただくと、給仕したらしい早苗ちゃんと目が合った。



「外、どうでした?PKはそう簡単には無くなんないかもですけど、新しい発見とか!」


「うん、目新しい発見は無かったけど……なんと、木苺とさくらんぼがありました」


「おっ、要するにラズベリーとチェリーってことじゃん!さすがおじさん、他の〈冒険者〉じゃまず見つかんねーよ」


「アンタいったいいつ取ったんだい、そんなもの生えてたっけか?」



 僕が取ってきたかわいらしい実の数々を見せると、一同の目がきらりと輝いた。味の少ないこの世界では、生食できる──つまり味のある食べ物というのは非常に需要が高い。そのため、目につく果物はだいたい先に取られてしまうのだが、こういった小さい木の実はそうでもない。


 野性種だとやはり判別がつき辛いのか、取られているということが少ないのだ。

 僕としてはアザミやゼンマイ、フキだって食べたかったのだが、調理ができない今ではそれらを食べることはできず断念した。やはりこの食料事情は世知辛い。



「……アザミって食えんのかい?」


「味噌汁にすると美味しいよ?ふきのとうの天ぷらも食べられないし、菜の花のお浸しもお預け……ああ、また食べたいなぁ」


 僕の至極真面目な発言を冗談と判断したのか、はいはいと手を振ってキティさんはホールの奥に消えていく。今日買った生活用品をしまうためだろう。

 肩をすくめて再度グラスを傾けると、ぱたぱたと夕飯の準備がはじまりだした。美味しくもない食事でも話の種があれば、食事の席はずっと楽しくなるものだ。


 僕の持ち込んだ果物もかごの中で洗われて、今夜のデザートに変身していく。


 品数が多いとよけいにしょんぼりしてしまうため、塩気を混ぜやすいスープやご飯ものが僕らの食事の中心だ。

 塩や砂糖を足すという工夫はずいぶん広まり、今では塩も貴重品の一つとなったが、心が荒むよりはマシだと買い込むようにはしている。それでも手に入らないときはあるが、そういうときはひたすら不味さをネタにして笑うのが決まりになっていた。

 今日はそんなことはなかったため、全員で塩ご飯に手を合わせて食事を始める。


 本日の話題の中心は、新人三人組の方だった。街中での情報収集に精を出す彼らは、先輩よりずっと話題豊富なのだ。



「……それで、その新人さんたちはギルドに所属することにしたんだそうです、初心者救済を目的にしたギルドがあるそうで」


「親切なもんだよね、やっぱPKとかに遭っちゃうとギルドに所属したくなるだろうし。私らは真っ先にせんせーに助けてもらったけど、その子たちはPKされたって最初泣いてもん」


「へぇ、それはまた大変そうなことを始めたギルドだね。こう言うのはなんだけど、〈大災害〉の後に新人を助けるって明確に宣言するところが出るとは思わなかったよ」



 耳に入ってきた情報は、実に明るいものだった。初心者救済のギルドと一口にいっても、けっして簡単なことではない。何も知らない初心者に一から教え込むというのは、別種の文化を刷り込んでいくことに等しいのだ。

 自分には簡単に出来ることができない他人に教えるのはストレスにもなるし、ミスのフォローとて気が抜けない。


 人手があるか初心者が少数でもない限り大々的にやるギルドは、あまり無いだろう。 僕が吉報に表情を綻ばせたのが嬉しかったのか、三人はさらににこやかに言葉を続ける。



「ほんと、物好きだよな。その〈ハーメルン〉ってギルド!」



 瞬間、笑みが固まったのが自分でも分かった。怪訝そうな三人とは対照的に、わけを理解したキティさんは苦笑いを浮かべて塩のスープを置いた。


 そう、僕がどんな人間なのか理解している人物であれば、固まった理由も判別がつく。──ハーメルンというのは、基本的にドイツの地名である。だが、〈物語愛好家〉ぼくにとって、また多くの読書好きにとってはそうではない。強張った唇を動かして、そのわけを述べた。


「『ハーメルン』っていうのは、『ハーメルンの笛吹き男』に通じる。ただそれだけ、それだけなんだけど──ごめんね、ちょっと過剰反応が過ぎたよ」


「笛吹き……?なんか聞いたことがあるような、ないような……」


「赤間君、あれですよ!笛を吹いて子供を操り、連れ去ってしまったっていうお話!」



 金井くんの言葉で大体の意味を理解したのか、赤間くんの顔に動揺が走る。その狼狽ぶりに、そんな風に不安がらせてしまったことに申し訳なさを感じたが、僕自身かなり動揺していた。


 初心者こどもを誘うギルドにその名前の組み合わせは、あまりにも不吉すぎたのだ。別に目的に沿ったギルド名にするわけでもあるまいに、そう自分に言い聞かせても、嫌な考えは消えてくれなかった。



「ほ……ほら!なんかの漫画とかからあんまり意味考えずに取ったのかもだし!変に考えずポジティブにいこポジティブに!」


「そうだねぇ、さしあたって次会った時にでも聞いてみればいいんじゃないかい。まだフレンドリストには登録してないんだろう?」


「はい、そうします。きっと大丈夫、ですよね?」



 何かの勘違い、そう無理やり片付けて黙々と食事を再会する。もはや楽しい食事という雰囲気ではなく、僕は自分の不用意さを呪ったが──悪い予感は往々にして的中するのが世の常である。


 そのとき三人が出会った新人は、翌日になっても、さらにまたその翌日でも。その姿を見つけることは、できなかった。


 




実は本編での音楽に関わるアレとかソレの公開により、少々冷や汗が出ていたりします。

バトル描写に関しても付け焼き刃なので、悩ましいことこの上ない。

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