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だいぶ遅れましたが、やっと続きが書けました。試験的にスマホから投稿しています。
煮詰まりすぎたときは全く違うものを書いてみるとあんがいすっきりします。書くことが義務になってしまうとやはり進みはよくないのだと実感しました。相変わらず牛歩のごとき歩みですが、今後ともよろしくおねがいします。
すでに夜半は過ぎたザントリーフ半島において、〈冒険者〉達は休むことなくその剣を振るい続けていた。各々の思いを秘め、そのひと振りが一人の命を救うのだと信じて。
暗夜の静謐を切り裂く――否、打ち砕くような轟音と共に、狂獣の羽ばたきが〈緑小鬼〉を吹き飛ばす。獅子の咆哮とともに地面すれすれの急旋回を敢行した〈僭主嵐鳥〉。
思うがままに吠え、喰らい、蹴散らすそのさまは戦闘というよりは蹂躙。形相の恐ろしさと相まって悪役の風格すら漂わせた従者は数匹の〈緑小鬼〉を纏めて鷲掴みにすると空中へと舞い戻り、地面に放り投げた。散魂の儚い輝きすら、その凶相を和らげることはない。
猛禽の凛々しさを横顔に宿した〈鷲獅子〉とは違い、凶悪な獅子の形相を持つこの魔物はまさに獣。人によっては己が従者であっても震え上がると契約を解除してしまうこの幻獣を、目の前で軽々と乗りこなす女性が、一人いた。
「……ヒュウ、それでこそアタシの従者だ!一切合切、粉々に噛み砕いてやりなァ!」
弄ぶように咥えていた〈緑小鬼〉を襤褸切れのように投げ捨てた従者に賛辞を贈るキティさん。初っ端から運び屋をやらされた鬱憤が噴出しているのか、戻ってきたときからこの調子である。〈妖術師〉と〈森呪遣い〉の魔法が降り注ぐ中を自在に飛び回るその度胸は、生まれる世界を間違えていたのではないかと思わせるほど生き生きとしたもので、苦笑が漏れてしまいそうになってしまった。
同感だったのかどうなのか、聡子さんの表情も苦笑の色に染まっていたが疲れた様子はなかった。よくも悪くも、あれが彼女のいいところなのだ。
とはいえ、こちらも暴れるに任せているわけにはいかない。昼間からさまざまな群れに対し続けて行われている「列車砲作戦」だが、最初ほど大規模なカイティングが必要な場面は少なくなってきている。露払いの仕事はだいたい済んだ、ということなのだろう。さっさとこのひと塊を掃除しきるために、負けじと声を張り上げた。
「続けっ」
「了解、〈ウォーコンダクター〉!〈リピート……」
「〈コールストーム〉、……〈ライトニング、」
狂獣の羽ばたきよりもなお激しい暴風が、〈緑小鬼〉たちに叩き付けられる。それだけで命を散らすものも多い中、数に任せて突撃を指示する〈緑小鬼の占領隊長〉を鼻で笑う声がチャット越しに届く。
暗雲の向こうに潜むのは、古来より生物が恐れてきた自然の力そのもの。天地を焼く紫電の輝き。
「フォール〉!!」
「ノート〉ッ!!」
群れなす〈緑小鬼〉を、苛烈な雷光が焼き焦がす。主力として組み込まれていたであろう〈鉄躯緑鬼〉や〈緑小鬼の獣操師〉が、それによって炭同然の姿になり地に伏してゆく。
〈ライトニングフォール〉は〈コールストーム〉との連携効果を持った魔法であり、〈シャーマン〉ビルドを選択した〈森呪遣い〉が愛用するスキルのひとつである。だが、改めてそれを目の当たりにするとなるとわけが違う。術者の呼びかけに応え天から降る雷は、自然現象のそれとそう変わらないほどの光と轟音を伴って敵を討つのだ。片棒を担いでおいてなんだが、あまりの迫力に鼓動が早まる。古の人々が神威と称した轟雷は、原始の本能に訴えかけてくるようだった。
けれど、これで休符とはならない。雷光の隙間を縫うように氷河がなだれ込み、流氷の上を軽やかに狐が駆け抜けていく。〈雲雀の靴〉効果によって中空を駆け上がる足を手に入れたミタマさんは、禍々しい鉤爪を振り回し、〈ドラゴンテイルスウィング〉の勢いでひと塊の亜人を礫のように弾き飛ばした。〈ビートアップ〉の炎を纏った姿は恐ろしくも雄々しく、猟犬の機敏さで敵をかき集めていく。
なおも食い下がる〈緑小鬼〉を嘲笑うかのような車輪の音が敵の足並みをかき乱す中、木々を薙ぐ嵐を乗りこなしたけものが、天高らかと声を張る。
「さぁ来な無法者ども!取れるタマぁ根こそぎぶんどって、鉛代に変えてやるとしようじゃないか!」
腕の一振りで放たれる光から、いくつもの蹄鉄の音が鳴り響く。その輝きに気を取られた〈緑小鬼〉の眉間に、鮮やかな緋色の風穴が空いた。どかどかと無遠慮に戦場に駆け込んできたのはカウボーイのようで、それよりもなお凶悪な連中だ。……キティさんの趣味満載の、である。
戦場のあらゆる生き物に容赦なく鉛玉を叩きこむ、ファンタジーをどこかにぶん投げたような召喚術、〈戦技召喚:ワイルドバンチ〉。騎乗したガンマンたちの駆け抜けた後には、惨憺たる亜人たちの死骸が転がるばかりの、荒涼とした風景しか残らない。これぞ、まさにキワモノ。面白ければ迷わずぶち込むのはいいが、ちょっと米国本社はノリが良すぎると思ったのは、僕だけの秘密である。
だというのに、ローゼンクロイツさんもキティさんもまったくもって楽しそうなのが困りものだ。踊らにゃ損、とまでは言わないが、こちらまで引きずられて乗ってきてしまう。いたしかたない、と深呼吸とともに熱された脳髄を静め、硝煙の匂いが立ち込める空気を震わせた。
「〈妖術師〉、MP三割切るんじゃないかい!この群れはそろそろ“任せてもいい”と思うけれど!」
「おっといかん、楽しくてつい……。んじゃま、頼んだぜサトコちゃん!」
「ねじ切るぞ。……〈魔狂狼〉!」
聡子さんの一声で〈魔狂狼〉が馬車の後部から逸れ、山中へと一直線駆け出していく。その姿を見届けたローゼンクロイツさんは、杖の石突で円を描くようにくるりと回転し、足元に魔法陣を展開。屋根越しに見える、重ねるようにして描かれゆく陣は、花開くさまにも似ている。
けれど、これはそんなに可愛らしいものでもない。兵をことごとく倒され、陣形隊列の奥を走っていた〈緑小鬼の占領隊長〉がようやっと素の視界に収まったことを確認したこの〈妖術師〉は、レイドでもそうそうは打たないような一手を繰り出そうとしているのだ。それも、むろん趣味で。
呆れた僕の溜息に、オヤブンさんの忍び笑いが重なって、より口元が引きつった気がした。
「〈スペルマキシマイズ〉、はい|〈ロバストバッテリー〉(ロババ)。ちっくたっくちっくたっく……」
緻密な魔法陣と異様な風体とは不釣り合いの陽気な声が、カウントを刻む。周囲のマナが励起し、震え、凝縮されていくのが肌に感じられる。現実となったこの世界で、魔法ダメージを増幅する複数の特技を重ねがけする、それも火力に長けた〈妖術師〉が。世界の変容が与えた魔法の手触りが自分の心を揺さぶっていることに我知らず、吐息が漏れた気がした。
「ちっく、……〈エンハンスコード〉」
さらに一段階、大気の重みが増す。頭上で杖を振るう音が、戦場においてやけに鮮明に聞こえた。
「――――〈ライトニングネビュラ〉ぁ!!」
三重に積まれた陣から、魔力の閃光が迸る。標的となった〈緑小鬼の占領隊長〉を中心にして青紫の稲光が弾け、眩い光が夜闇を昼のように照らしていく。標的を中心に魔力が濁流のように渦巻き、空の星雲を写し取ったかのような光が次々に弾けていく。あれは、雷光を浴びた〈緑小鬼〉が焼き尽くされる光だ。
闇を切り裂く光は網膜を焼くほどの輝きを放ち、収束していく。あとに残るのは、まともな残骸すら残らず消し飛んだ〈緑小鬼〉らの炭だけだ。轟雷に足を止めていた生き残りの〈緑小鬼〉たちもその光景に指揮者の死亡を認識し、悲鳴とも雄叫びともつかぬ声を上げて喚きだす。
これでヘイトは大事故状態だ。どれだけ腕の立つ盾役であろうと、三重の強化を施した大魔法の爆発的な上昇にはそう追いすがることはできないだろう。最後に残った小物ばかりの〈緑小鬼〉はこれで引き付け続けられるだろうが、〈緑小鬼の占領隊長〉を撃破した今、さらに後方の〈緑小鬼〉がばらけ、取り逃がす可能性も生まれた。
「……目が焼ける。もういいな、呼ぶぞ」
それを補うのが、聡子さんの一手。不機嫌そうにしながら口に咥えた呼子の音が、いずこかより己の従者を呼び寄せる。森の闇に光る、赤い月光を宿した目――〈魔狂狼〉の遠吠えが、主君の命に応じるように山々に響く。
やがて木霊が返すように、二つ目の遠吠えが聞こえてきた。いや、これは反響音ではない。吠えた従者とは別に、まったく別の〈魔狂狼〉が追従の声を上げたのだ。その返事は木々の向こうから、何十もの気配となって近づいてくる。――これが群れだ。何十匹もの〈魔狂狼〉の群れが、こちらに向かって駆けてくる。
普通なら、これはピンチとまではいかなくとも面倒が増えたと認識するだろう。けれど僕はこの群れを知っていたし、パーティの全員がこの群れが何なのかを知っていた。その証左に、聡子さんは眉ひとつ動かすことなく〈緑小鬼〉を睨んだままだ。そして、その指先で戦場をなぞるように手を振り、叫ぶ。
「囲えっ!!」
その一声に従者の〈魔狂狼〉が吠えると、木々の間から飛び出した〈魔狂狼〉の群れが一斉に〈緑小鬼〉を取り囲んだ。数の利という最後の砦すら奪われた〈緑小鬼〉は慌てふためき、動転した部隊から順にばらばらと陣形が崩れていく。
その無様さに気を抜くこともしない〈魔狂狼〉たちはじりじりと後方から追跡し、敵の部隊からはぐれた〈緑小鬼〉から順にその牙、その爪の犠牲にしていく。その動きを自らの従者を通して指示しているのは、他ならぬ聡子さん――〈冒険者〉であるはずの彼女が、モンスターの群れを指揮しているのだ。
初めて聞いたときは、随分と驚いたものだ。〈魔狂狼〉と〈豊穣王〉がつがいになっていたことも、〈冒険者〉の従者として強さと強大な伴侶を手に入れた〈魔狂狼〉が近隣の群れを乗っ取っていたことも。だが、その驚きすら目の前の光景には勝るまい。
群れの最上位のつがいの、さらに上位の存在と認識された聡子さんは、自らの〈調教師〉スキルで群れを掌握し、こうして戦力として扱っている。直接の従者として設定されているのは二匹のみだが、実際の手数はその何倍にもなるはずだろう。現実化した世界での新しい戦い方がそこにはあった。
いっそ〈緑小鬼〉のほうが哀れにも思える光景に苦笑しながら、僕も得物を持ち変える。聡子さんの隣で狩り出された〈緑小鬼〉へ、駄目押しの矢を放てば、いよいよ亜人の群れはその数を減らしていった。
「……これって、ちょっとずるいよね」
「フン、野生の世界にずるいもクソもあるかい。儂は楽で結構だがな!」
かっかっか、と大笑いするオヤブンさんの声が、散り行く〈緑小鬼〉らの魂を見送った。
あらゆる戦域の情報を集積し続ける通信班の声が、天幕の向こうから聞こえる。疲れ切った、しかし充足感のある声や、反対に暗い影を背負った呟きが騒めきとなって空間を満たしている。そこにあったいくつもの戦いに思いを馳せながら、僕らはおどおどとした〈大地人〉の背を押して、担当の〈冒険者〉の元まで送り出す。とっぷりと日が暮れ、篝火があたりを照らすこの場所は、不思議と活気のようなものが宿っている。
前線の掃除を終え、一旦他隊が拾い上げた避難民を乗せた僕らは、前線基地である〈ミドウランド馬術庭園〉へと帰還したのだ。
「はー……詠唱しすぎて喉がからっからだなぁ、ちょっと一服できない?」
「給水ならそっちの補給所でもらってきな、あんまり居座るんじゃないよ」
「へーい」
さして辛くもなさそうな声で喉をさすっていたローゼンクロイツさんはミタマさんに促されると、生産ギルドの用意した補給所へひょこひょこと歩いていく。儂も儂もとその後にオヤブンさんが続き、補給について話してくるとキティさんも去っていった。
その背を見送ってから改めて馬術庭園の敷地を見回すと、装備を修復する〈冒険者〉や、顔を突き合わせて何事かを相談しあう〈大地人〉の姿が見て取れる。テントの設営に励む姿がいくらか見受けられるのは、想定していたより避難民の数が多かったのだろうか。そのさまを興味深く眺める〈大地人〉の子供たちの姿が、何やら微笑ましい。
つい漏れた笑いに、二人分の笑い声が重なった。振り返ると、聡子さんもミタマさんも、唇に笑みを宿してこちらを見ていたことに気付く。
「思ったより雰囲気は暗くないようだな」
「そうだね。……本当に、それが救いだ」
もし自分たちがどれだけ戦っていても、心の方が先に死んでは何の意味もなくなってしまう。そういう意味で、俯いている〈大地人〉が少ないことは喜ばしかった。
おっかなびっくりした手つきで配給品らしい袋の中身を探る者や、少し不機嫌そうな、恐らくは貴族だろう人間も見受けられるが、混乱状態というわけではない。おおむね管理役の〈冒険者〉の指示に従って、静かに過ごしていた。戦火に巻き込まれた人間というものが普通どういった態度を取るのかなど知っているわけではないが、良好という見方で構わないだろう。
僕たちも連れてきた〈大地人〉たちを配給所まで送り出すと、一度休もう、と指定の休憩スペースまで移動する。屋根のない、机と椅子だけの簡素なスペースではあったが、それなりに賑わいがある。地図を片手に遠征の進度を確認する者や、なにやら嬉しそうに言葉を交わす者も見受けられ、それだけでも遠征の順調さを物語っているようでもあった。
その端のほうにある机を選んで座ると、気付かないうちに疲労していたか、自然と溜息が漏れる。肉体的な痛苦は回復魔法でどうとでもなるが、気疲れだけは致し方ない。ミタマさんが魔法鞄から差し出してきた水筒の中身を自前のカップに移すと、労いの言葉が耳に届いた。
「お疲れさん。あんたもずっと歌いっぱなしだったもんね」
「いや、喉は大丈夫だったんだけど、久しぶりの長丁場だったからね。自分の体で戦うとなると、自然神経は尖るからさ」
「ほぼ丸一日だったからね、今日は」
「ああ、だが遠征はまだ始まったばかりだ。今のうちにしっかりと休養を取り、急な戦闘に備えねばならん」
水筒を聡子さんに渡すと、彼女らしい言葉が続いた。言葉遣いから男性的で冷徹な印象を受ける女性だが、イースタルの民に思いを馳せる姿は情愛のほどを感じさせる。その言葉に相槌を返すと、水筒から注いだ黒薔薇茶を啜る。よく冷えたままのお茶が喉を潤し、張りつめていた気を和らげてくれた。
暫し口を収め、お茶を楽しませてもらうことにして、二人のやり取りを見やる。
「チョウシの方はひと段落ついたみたいだね。そっちに行ったフレから聞いたんだけどさ、初心者たち随分頑張ったみたいだよ。到着した段階でも並の数じゃなかったのに、そのずっと前から陸と海の同時攻撃に耐えていたらしいんだってね」
「ほう、それはお手柄だな」
「そうなんだよ。〈大地人〉に被害はほぼなかったみたいだし、大金星だ。そいつも、きっとこれから更に伸びるだろうって褒めていたよ」
二人の会話に上がるのはチョウシで防衛戦を行っていた初心者合宿のチームのことだ。
ほんの訓練のつもりで向かったはずのチョウシの街は、激しい戦闘の舞台となった。つい先日までパーティのイロハも知らなかったような新米〈冒険者〉たちがベテラン顔負けの奮戦をしたというだから、これでもう一本書けそうなほどのお手柄なのは間違いない。その会話に触発され、つい鞄に仕舞ったペンとノートに手が伸びてしまった自分に苦笑しつつ、白い紙面に筆を走らせる。
イースタルの姫君の想い、〈冒険者〉の決意、〈円卓会議〉の手腕、チョウシの若者たちの奮闘、そして自分たちの戦い。ペンはよどみなく、書き留めたい物語はいくつも湧き出て止まることはない。今こうしている間にも、いくつもの出会いや別れが生まれているはずなのだ。会話を横目に、ひっそりと周囲に耳を澄ます。
(なんとなったよ、こっちは。おう、村に被害が出る前に偵察兵を仕留めてさ。そんでこっちから電撃的奇襲!っておい、可愛そうなものを見る声すんなよ……)
(あー、あたしの向かった村って山が近くてさ。何とかなったんだけど、防壁が……あれ、どのぐらいで直せるかなぁ)
(ああ、分かった。俺たちの方は救助が終わってるから、西側を――)
「…………ん?」
半ば習慣化しつつある聞き耳を続けていると、ふと誰かの声が記憶の端に引っかかった。懐かしいというほど遠い記憶でもないが、ここ最近は聞いていないような――そんな声だ。大げさにならない程度にぐるりと首を巡らせると、記憶に合致する姿を見つけた。
〈暗殺者〉、〈武士〉、〈施療神官〉の三人組。確か四人組だったと記憶しているが、〈盗剣士〉が居ないことを除けばおおむね覚えている通りだ。三人は神妙な顔で話し込んでおり、かつての面影はあまりない。
話し込む女性二人に声をかけてから席を離れると、そっと三人の傍に近寄る。会話に夢中になっているのかこちらには気付かず、地図を睨んで議論を交わしているようだった。
「マイハマには〈グラスグリーブス〉も城壁もあるし、たいした被害は出ないと思うけど……」
「わかってませんねぇ、田畑ですよ田畑。農作物は当然城壁の外で栽培しているんですから、やられちゃったら冬越えが辛くなるでしょお?」
「そのねっとりした喋りどうにかならないのかよ……でも、確かにそうだよな。俺らだけでも出て、警戒網を細かくしたほうが……」
迷って、〈リタルダント〉で足音を消してその背後に近づき、その背に声を投げかけることに決めた。聞きたいことがあったからだ。
「最終的な被害者を減らせると?」
「そうだよ、くいっぱぐれて死んだらまずいだろ………………って、…ウォアアアアアアアー!?」
「お化けに会ったみたいな声で叫ぶのは失礼じゃないかい」
「気配消して背後に立つのは失礼じゃないのかよ!」
「ああ、確かに」
思わず納得して頷くと、一気に脱力した〈武士〉の青年が盛大な溜息を吐いた。こちらの行動に呆れているのかやたら長いそれを吐き切ると、彼はこちらに向き合った。初めは何だこいつは、という声が聞こえてきそうなほどいぶかしげな顔でこちらを見ていた青年の顔が、徐々に青くなっていく。
人間の顔色はこれほど鮮やかに変わるものなのかと場違いな感想を抱いた僕とは逆に、三人ともが裁判官の前に引きずりだされたような、そんな重苦しさを孕んだ表情で俯いた。その胸に渦巻いているのは自責か、それとも言い訳か。しばらく待って、一言も発さない三人に、言葉を投げかける。
「糾弾しに来たと、そう思うかい」
「……違うのか」
「それは君たちに質問してから、かな」
こちらを仰ぎ見た顔に映っている感情は、怯えだった。この三人はあのとき〈大地人〉に対して横暴に振舞っていた悪徳〈冒険者〉だ。PK行為に走っていたかは僕の知るところではないが、シシィちゃんとクラリスくんを追い回し、泣かせたことは間違いない。自棄に走っていた三人がこうして〈大地人〉の為に奔走する姿を見る日が来たことに、不思議な感慨を覚えた。
彼らの怯えは恐らく、自らの汚点が暴かれることに対する恐怖というよりも、居場所を奪われるかもしれない、という感情に近いと感じた。地図を掴んでいる手は震えているが、どこか切実な、切羽詰まったような空気が三人にはある。僕は視線を逸らすことなく、問いかけた。
「君たちには汚点がある。〈大地人〉に暴力を振るった、という汚点だ。これは恥ずべきことであり、間違っても誇れるものではない」
「ああ」
「どれだけ多くの〈大地人〉を助けたところで、この記憶は君たちについて回る。それも分かるね」
「……ああ」
声までが、震え始める。それなら、と間をおいて、一番聞きたかったことを問うた。
「それならば、なぜ。どうして君たちは、助けようとしたんだい。助けたいと、そう思ったのかな」
「……っ。それは、助けたかったからだよ!助けたいって、そう感じたんだ。あんたが俺に思い出させたことが、ずっとひっかかってたんだ」
俯き、それでも言葉を止めない青年は言い切った。他の二人はおずおずと、それでも口ごもらずにそのあとに続いた。
「こっちはNPCじゃあないって言われても半信半疑だったんですがねぇ、そいつに連れられてクエストに行きましてぇ。それで、その時に」
「『ありがとうございます、〈冒険者〉様は私たちの恩人です』って……。大したことしてないのに、お礼のパーティまで開いてさ。朝まで馬鹿騒ぎして……それで、悪くないなぁ、って」
自分たちの発言が現金に思えて、つい俯いてしまうのだろう。顔を上げる気配のない三人を見下ろし、僕は表情を弛めた。
もとより、僕自身に罰しようという気持ちはなかった。性格もあるし、なにより被害者であるはずの幼い姉弟に言われていたのだ。もしまた会っても、あまり怒らないでやってほしいと。推測だが彼らはちゃんと二人に謝ったのだろう。なぁなぁにして済ませることをしなかったということは、やはり根からの悪人ではなかったのだ。
今の彼らには、あの時の行き場のない苛立ちが見られない。それが分かっただけでも十分だった。
「それならいいよ。ちゃんと謝ったのなら、僕から特にああだこうだとお説教するようなこともないし」
「へ?なんであんたがそれを知って――」
「ところで、あと一人はどうしたんだい?四人組だったよね、君たちは」
「ハナシ聞けよ!!」
ローゼンクロイツさん直伝の話題転換術はお気に召さなかったらしく、青年は声を張り上げる。そんなにかっかしては血圧が上がってしまうだろうに、青から真っ赤へ顔色を変えた〈武士〉はこちらを睨みつけ、抗議の態度だ。仕方なく、〈施療神官〉の男に声をかける。
「で、あの時の〈盗剣士〉は?ひょっとしてバラバラの班になったのかな」
「いやぁーあいつは残念ながら、更生しなかったんですよぉ。ま、若干もとから性格わるかったくさいとこありましたけど、アキバが気に入らないとかいってでてっちゃいましたぁ」
「出ていった……?」
健全さを取り戻した三人とは別に、行方知れずとなった〈冒険者〉。まったく予想しなかったわけではないが、一人だけ別行動するというのは想定外だった。聞けば念話にも応じず、どこかのフィールドゾーンに生存反応があるだけなのだという。
その事実に妙な後味の悪さを感じながら、僕は席に戻ることにした。こちらに手をふる〈なかつくに〉の面々を視界に収めると、頭はすぐザントリーフのことに切り替わり、失踪した〈盗剣士〉のことは埋もれていくことになったのであった。
口伝〈獣たちの女王〉
〈森呪遣い〉の従者召喚と、〈調教師〉のテイムスキルから発展した〈口伝〉。
契約・テイムした2頭の狼が支配下に置く狼型モンスターを調教することで、間接的に統制するスキル。〈ネイチャートーク〉によってより細かい指示を可能にしており、単純なレベルを越えた能力を発揮出来る。
目下期待されているのは、災害救助。
何故か主役より先に口伝が出ましたが、おかしくはないです。