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今回は閑話に近いのでちょっと短めです。
あの日あの時彼らはどうしていたのか?ということで、サブキャラクターたちが出張ります。
天に向かって燃え上がる篝火、空を覆う雲。天幕の向こうから響き渡る伝令の声はひっきりなしに、駒を前へと進ませていく。救助は?防衛は?攻勢へ転じる部隊は?すべての点と線が網の目のように繋がる中、一人の少女が声を上げる。
「第七部隊、〈D.D.D〉3番小隊より伝令!フォーブリッジ北部に散っていた〈緑小鬼〉軍団の除去、六割五分ほど終了したそうです!」
「第七部隊は半数……いや、三割の戦力を広域警戒へ。二割は打撃部隊のまま、残りの戦力は対〈緑小鬼〉の包囲網として展開してください。山から群れを出さないように」
「了解です!第七部隊、〈D.D.D〉3番小隊に伝令します!三割の戦力を……」
緑の髪が、〈マジックトーチ〉の光を照り返す。〈円卓会議〉スタッフであり、自身は無所属である早苗は念話通信班として、ただひたすらに〈冒険者〉たちの声に耳を澄ませていた。
幕をひとつ隔てた向こうでは、出入りする〈冒険者〉や村々から避難してきた〈大地人〉の騒めきが聞こえ続けている。怯え、義勇、安心、自責、強硬、傲慢、焦燥、哀切……明るいとも暗いとも取れる有象無象の感情は、波のように〈ミドウランド馬術庭園〉を満たしていた。
それが何を意味しているのか、多くの人々と接してきた早苗は読み取ることが出来る。村を焼かれた子が居て、恋人を救われた娘が居て、無力を噛み締める少年が居て、ただ心に吹く追い風に任せる男が居て、故郷を惜しむ母が居て。そのひとつひとつに、少女の心は浮き沈みを繰り返した。
(……私の魔法じゃ、滅びた村は戻せない。私の杖じゃ、代わりに〈緑小鬼〉を倒してあげることもできない。でも、それを救える誰かはきっと、アキバの街に居る。だから、今はただ!)
早苗自身のレベルは未だ40ほど。クエストに参加出来るギリギリのレベルではあるが、戦場に立つにはあまりに拙い力しかないことは重々承知だった。それでも。〈円卓〉として、〈冒険者〉として、〈大地人〉の隣人として、何もしないまま諦めることだけは、魂の灯が許さなかった。
彼らを確実に救う術など自分には分からない。けれど、分からないからと投げ出すことはしたくなかった。その願いは早苗なりの約束なのだ、自分自身との、大切な。
「第七部隊〈D.D.D〉24番隊が〈緑小鬼〉の小隊と接触。25番から34番までの小隊が周辺警戒に入ります!」
「了解。そちらは侵攻路とは離れているから、ほとんどは細かな集まりだ。基本は索敵重視で、何かあればすぐに連絡するよう伝えて」
乙女の声が天幕に響く。そこは彼女の、彼女たちなりの戦場だった。
「〈アサシ、ィ……ネイト〉ォ!!」
一気呵成の意気を込めて、戦場に必殺の声が響き渡る。生成り色の外套が旗のように翻り、過ぎ去った後に鮮血の一文字を刻んだ。……その一撃により首を切り落とされた〈鉄躯緑鬼〉が大地に倒れ伏すと、今まさに叩き潰されようとしていた〈大地人〉の少女が這うように逃げていく。
ここはカスミレイクとザントリーフ大河に挟まれた地理にある街。〈鉄躯緑鬼〉と〈緑小鬼の砲撃兵〉の攻撃により破壊された防壁の上で、何人もの〈冒険者〉が大立ち回りを続けていた。
「〈囚われた獅子のダージュ〉!……こったらだ団体でやってきてちゃかしこと、ドブになげてまれるほどおるじゃ」
「うん、けどやれない数じゃないよな。だったらさっさとやっつけないと、こいつらが居たら皆安心できないし」
「あ?わざわざ言うでね。……けど、確かにそうで、っす!」
弦を叩く激しい音色ととともに、何匹もの〈緑小鬼〉が弾け飛ぶ。鴇のかき鳴らす呪歌が敵の陣形を乱し、その隙間を飛び跳ねるようにひっつめ髪の少年がトドメを刺していく。暗色の衣装を好む者が多い〈暗殺者〉にしては珍しい生成りの外套は〈緑小鬼〉の鼻先を掠めていき、踏み台にされた一匹がそのまま脳天を断ち割られ、絶命する。
旋風に吹かれたように散らされていく亜人たち。憎き人間の攻勢にぎいぎいと醜い悲鳴を上げるが、次の瞬間には徒党を組む間もなく蹴散らされる。その姿はいっそ哀れですらあった。
同じ〈なかつくに〉のギルドタグを付け、駆け抜ける二人の〈冒険者〉。その後方には具足に身を包んだ男が、僅かな身じろぎもなく佇んでいた。後方には重たげなローブを纏った〈冒険者〉も立っているものの、そちらの男も身動きひとつない。崩れた防壁の隙間にじっと立ち尽くす姿は、悲鳴が渦巻く戦場において静寂を感じさせるほどに鎮静を保っている。
そこに、旋風の隙間を運よく――運悪くすり抜けてきた数匹の〈緑小鬼〉が現れる。〈緑小鬼の手斧兵〉を旗印にしたその集まりは、目の前に居座るうっとおしい〈冒険者〉の存在を認めると、目の色を変えて走り出す。人間の肉を切ることしか頭にないのか、その黄色い目は炯々とぎらついているが、しかし、それでもなお男らは僅かの動きもない。
その意味に気付きもしない亜人の、刃こぼれした手斧が男に振り下ろされた瞬間、
「〈後の先〉」
〈緑小鬼〉の体が、斜めに割れる。〈武士〉の一刀の元に断ち切られた仲間の死体に怯む〈緑小鬼〉達も、次の瞬間には魔法の煌めきによって射抜かれ、絶命する。武士は微かな吐息を吐くと、一言。
「――ふっ、はっはっはっはっは!安心するがよい民草ども、この街の平和はそこのアサシン・タカヒサらとこの私!タイクーン・サードが守護してやろうではないか!」
「もうやだコイツ、なんで俺コイツの支援してんだろ……?ああ恥ずかしい、〈付与術師〉やめたい……」
色々と台無しな中、ギルド〈なかつくに〉β班は喧々諤々と街の防衛を続けていた。
戦場となっていたのは、なにもザントリーフだけではない。ここアキバの街でも、槍働きとは別の力を持つ人々が腕を振るい続けていた。
〈ロデリック商会〉のギルドホールには、常の喧噪とは全く別種の騒がしさに満たされていた。飛び交う念話や連絡は戦場のそれよりもはるかに静かだが、多くの書類と木箱があちこちに動き回るさまは、まったく別の空気を醸し出す。
廊下を小走りに歩く者、算盤を片手に書類と向かい合う者、念話の声に耳を傾け続けている者。そんな中耳に手を宛がう青年の声が、研究塔にも似たギルドホールの廊下に響き渡る。
「備蓄食料の輸送状況はどうなってる!あと、修理素材!」
「〈海洋機構〉から連絡来てます!食料は避難民への配布分も含めてほぼ完了しています。飲み水用の噴水も、〈機工師〉の改造は終了しているそうです!修理素材はT5ランクまでであれば完了しています。T6からT8素材は七割ほど!」
「〈第八〉、衣料品どうなってる?」
『〈大地人〉向けの衣服と毛布は八割ってところかな。溢れかえる前に全部済ませるよ』
「空撮部隊の計算だと後一割は〈大地人〉への物資増やさないとまずいかも、ってよ!北部の村落、意外と生き残りが多いかもしれん!」
「ええと、まず焼けた田畑の復興に堆肥と農具だろ?家屋の復興には〈大工〉と〈設計士〉だが手が足りるかどうか……あとは医療か。うちからはまだ新薬を出すぐらいだな……メンタルケアは門外漢だしなぁ」
混ざり合う情報の海の中で、白衣とエプロンをなびかせた少年が声を張る。走り書きのメモとワゴンに積まれた書類を睨みながら、伝達事項を伝え、また別の部屋へ。普段は研究一辺倒のギルドメンバーも、空前の危機を前に各々の力を尽くそうとしていた。その姿を見て、少年は――金井は、心の中だけで呟いた。
(研究というのはただ楽しくて、独りよがりで……そういう面もあります。けど、また別の面では、技術は人の為にこそある。それを根っこでは分かっている人たちだから、こちらも気兼ねなく手助けできるんです!)
それを今、口に出すことはない。それでも少年は、行動でその思いを表した。散らかった机を整頓し、集中している事務員にお茶を出し、細々とした作業を肩代わりする。一つ一つはささいな行動だが、それがよりギルドメンバーの力を引き出すのだと、経験で知っていたからこそ。
またしても、廊下に人の声が響く。それに応じて駆けだす金井の足取りは、どこか軽やかですらあった。
「物資、なんか足りないモンあったかー!?ヨソと不足分共有しねぇと不良在庫できんぞ!」
「それなら金剛=Jさんから伝言があります!衛生関係なんですけど……」
職人と、商人と、学者たちの戦場。戦士たちが流す血と同じだけ汗を流す者たちの戦いは、未だ始まったばかりなのだ。
深い森林の中を駆ける、一人の男。木々を軋ませることなく枝から枝へと飛び移り、時に枯れ葉の音ひとつ鳴らさぬ足運びで鬱蒼として茂みをすり抜ける。衣服は狩人達が好んで着るような枝葉の色に溶け込む緑をしているが、顔を覆うゴーグルが男の印象を別のものへと変えさせる。すなわち、兵士だ。
やがて、男は夜闇の中を進む篝火をその目に捉えた。闇の中に浮かび上がる松明はひたすらに不気味で、あたかも自らが大いなる脅威なのだと見せつけているようですらある。だが、ゴーグルの下に隠された瞳は暗視用の軟膏によって、松明を掲げた〈緑小鬼〉の群れをしっかりと確認する。
「広域偵察通り〈緑小鬼〉の軍勢を発見、概算で350体。大型魔獣は15体ほど、全て〈巨大蜘蛛〉等、機動力の低い戦力で固められている。〈緑小鬼の調教師〉の姿は確認できない」
『了解。このまま第二パーティに釣らせる、そのまま帰還してくれ』
「……応」
男の姿を隠しているのはなにもその装束だけではない。〈ハイディングエントリー〉によって身を隠した〈冒険者〉の姿を捕えられるモンスターなど〈緑小鬼〉が連れているはずもなく。するすると森の陰に溶け込む男に気付きもしない亜人たちは、目の前に現れた〈冒険者〉の一団に気を取られ、襲い掛かかっていく。
第二パーティと呼ばれた〈冒険者〉たちは、亜人たちを誘うように散発的な攻撃と撤退を繰り返す。その“散発的な攻撃”ですら同胞が塵のごとく吹き飛ばされていく事実に構いもせず、亜人の本能に従う〈緑小鬼〉たちは猛然と進軍を続けた。――であれば、結末は決まっている。
「さぁさ皆様お立合い。ここから先は〈フリーフォール〉地獄ですっ!跳んでこれるというのなら、飛んできてみてくださいねっ!」
森の中にあって少し開けた、最適な戦場。そこに響く可憐な少女の声とともに、先頭を走っていたはずの〈緑小鬼〉が一斉にその姿を消した。魔法でもなければ、〈冒険者〉の刃に切り裂かれたわけでもない。単純に、落とし穴のトラップにより落下したのだ。落下ダメージによって多くの〈緑小鬼〉がその命を散らすが、それでも進軍を止めない亜人たちは、同胞の落ちたトラップを避けて進んでゆく。……そのたびに、また別の罠に嵌りながら。
彼らが追跡していたはずの〈冒険者〉パーティはすでに飛行騎乗によって罠の対岸へと連れ去られ、遠距離から〈緑小鬼〉の敵対心を煽るように攻撃を繰り返すばかり。地雷のような罠を踏んだ〈緑小鬼〉が周囲の〈緑小鬼〉を巻き込んで火炎に沈み、また別の〈緑小鬼〉は突如噴出した有毒ガスに悶え、苦しみながら息絶えた。燃え盛る炎に引火したガスが爆発すれば、そこはもう地獄絵図。
こんな罠を仕掛けた当の〈冒険者〉はというと、対岸で生き残りを今か今かと待ちかまえ、じっと戦場を見つめ続けていた。やがて少女は片手に勇ましくハルバードを携えたまま、朗らかさすらある声で吠える。
「へっ、ざまあみやがれですよ〈緑小鬼〉ども!どれだけ大群でやってきたって、イースタルの土は一歩も踏ませねーです!」
「…………末恐ろしいことを言うんじゃない、この〈罠師〉。気合十分なのはいいが、やり過ぎて先生に怒られるんじゃねぇぞ」
「なっ!?……そ、そうなったらソウマさんも同罪ですからね!ここら辺の地形を偵察したのソウマさんですから、はい!」
いい笑顔を浮かべた少女を、すでにゴーグルを外していた男がじろりと睨みつける。あっさりと笑顔が引きつった水色髪の少女〈暗殺者〉、ゆきのに向けて溜息をついたソウマもまた、〈地図屋〉の〈暗殺者〉。
〈ホネスティ〉の工兵コンビとも言うべき二人の〈暗殺者〉によって地の利も数の利も総崩れにされた〈緑小鬼〉たちは、次の夜明けを待たず討ち滅ぼされることとなる。
月の明かりだけが煌々と大地を照らす中、平野を走る一台の馬車。急ぎ足で、しかし乗り手をいたわるように悪路を避けて進むその馬車に乗っていたのは、〈D.D.D〉のギルドメンバーと、数人の〈大地人〉であった。
御者台に座る銃士風の〈盗剣士〉は前方を見据え、モンスターの襲撃に警戒している。馬車の後部では〈水精霊〉を従えた青年が地平を睨み、同じように警戒している。その光景は戦時のものとしては不思議なものではなかったが、その馬車の内部の空気は一種、異様ですらあった。
痛みに呻く数人の〈大地人〉を〈森呪遣い〉が必死に治療し、がくがくと恐怖に震える小さな子供を、赤毛の〈守護戦士〉がじっと抱きしめている。〈冒険者〉たちは傷一つ負っていないにも関わらず、その表情は敗戦の色に満ちていた。
――そう、間に合わなかったのだ。力が及ばなかったとか、数が足りなかったという問題ではない。〈冒険者〉達が義勇兵として戦場に辿りつく前に、この馬車に乗っている〈大地人〉たちの村は滅ぼされた。彼らは、赤間たちは〈緑小鬼〉狩りを先輩らに任せ、〈大地人〉たちを馬術庭園まで送り届ける任を受けた。空間に満ちているのは、それ故の沈鬱。
赤間の腕の中で、小さな子供が泣きじゃくっている。元の世界であれば小学生にも満たない、本当に小さな子供だ。この子は母が殺されてなお上に覆いかぶさったことで、亜人の目から逃れることができたのだという。それが幸運なのか不運なのか、赤間には分からなかった。
(この世界は、……この世界は美しいって言ったおじさんの言葉は本当だ。自分が殺されても子供を守る、それは凄いことだ。だけど、この子はお母さんの遺体から、なかなか離れようとしなかった)
母親が死ぬ、その痛みは赤間には分からない。身内が死んだ経験のない少年には、それを軽々と分かる、などと言ってはいけないことだけしか分からなかった。現に、少年の頭には慰めの言葉ひとつ浮かばない。それが悲しく、胸を刺すように痛かった。
それに、痛みというなら周囲の〈大地人〉もそうだ。小さな村落というのは皆顔見知りどうしで、仲のよい悪いに多少の違いはあれど皆手を取り合って暮らしている。殺された人々は皆、知った顔ばかりだったはずなのだ。赤間はもう、彼らの悲痛な声を何度も聞いていた。
「もう、終わりなのか……俺たちの村は、俺たちは……」
「っ、終わりじゃない!終わりじゃないんです!皆さんはまだ生きてる、生きて、ここに居るんだから……!生きている限り絶対に助かる、助けられるんです!」
治癒の光を注ぎ続けていたれっきぃすたーの声が、馬車に響く。その必死な声は、あの廃墟を見た者たち全員の思いを代弁していた。生きているのなら、どんな状況でも死んでさえいなければ手を伸ばせる。その事実だけが、夜を徹して走る赤間たちの心を支えていた。
あらゆる歓喜と痛みと、悲劇喜劇を飲み込んで、遠征軍は進む。すべての〈冒険者〉、すべての〈大地人〉たちの物語が、戦場のどこかで切々と、今このときも綴られていく。
いつかどこかで、誰もが戦っていた戦場。今回はこれだけですが、目に見えない部分ではもっとずっと多くの人々が戦っていたはず。
原作でも二次創作でもTRPGでも、このザントリーフ戦役はドラマに満ちています。最近執筆を始めた、という作者様が増えてきたように思いますので(私も新参の若輩者ではありますが)、より多くの〈冒険者〉たちの戦いを見られるのが今から楽しみです。