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なんとなくまとまったので連続投稿します。
やたら説明が多くなってしまった気分。
「――作戦は以上、準備をつつがなーく終えたら敵陣にレッツラゴーとしようじゃないか」
「言葉のチョイスが若干古いよ、その見た目でその軽さはいっそサギって感じさね」
「いいじゃん別に。マイキャラを好みの服装に着せ替えるのもMMOのスタイルの一つだろ?」
「そうかい、さすが元ネカマなだけはあるねぇ」
ローゼンクロイツさんのおちゃらけた物言いと、呆れた風のキティさんの声が馬車の中に広がる。作戦の説明を終え、緊迫感が漂ってもおかしくはない状況でもこのやり取りなのだから、僕の友人たちは全くもって図太いものだと思う。それが背中を押してくれているのだという事実は、告げたことはないけれど。
出発してから暫く走り、今はあと少し走ればツクバが見えるだろう地点まで差しかかっただろうか。相変わらず快速で走り続ける馬車の中で、作戦の準備は着々と進められていた
まず、装備品や永続もしくは長時間継続する支援の投射。これは〈大災害〉以前からの慣習通りに行えばそれで済む。
周囲を漂う音符は二種類、〈瞑想のノクターン〉〈猛攻のプレリュード〉。おまけにオヤブンさんには〈シフティングタクト〉も投げて障壁の配布を行う。障壁の効果は強力だが、再使用規制時間に気を配らなかったばかりにパーティを壊滅させるという失敗はよくあること。今回は攻撃に集中するため、全員に障壁を付ける。
次に、ミタマさんに対して〈ドレッドウェポン〉の付与。今回武器攻撃に徹するのは彼女だけなので、これで十分。いくらレベル90でも一撃死には至らない相手も考慮し、かけておく。そのミタマさんは〈ワイルドキャット・スタンス〉を起動し、立ち回りを強化。
〈付与術師〉が居ないため、かける強化はそう多くない。〈猛攻のプレリュード〉を〈風纏う乙女のロンド〉に切り替え、最後に残ったのは二人の〈従者召喚〉。まずは自分とばかりに馬車後部の扉の前に立ったキティさんは、既に開け放たれている扉から勢いよく飛び出し――
「従者召喚、〈僭主嵐鳥〉!」
轟、と竜巻のような突風と共に、キティさんの姿が掻き消える。窓の向こうに再びその姿を見せる時には、彼女は空を往く狂獣の背に跨っていた。
鷲の体に獅子の頭を持つ〈僭主嵐鳥〉。その飛行性能は、〈鷲獅子〉や〈鋼翼竜〉には遠く及ばない。翼は頑強だがその巨体が飛行の邪魔をし、威圧感のある見た目とは裏腹に速度は遅い。だが、彼女がこの召喚生物を選んだのにも訳はある。それを裏付けるように、表情は笑顔で固定されている。
僕がその光景に目を奪われている間に、今度は聡子さんが後部に立つ。キティさんとは対照的に、冷静な態度を保ったまま、その指先が虚空に伸ばされる。
「〈豊穣王〉」
簡素な呼び声と共に現れたのは、六本足の狼。太陽に照らされた小麦畑を思わせる金色の毛皮は眩しく、馬車と並走を始めたその足は速い。
こちらは従者召喚としてはより希少な、〈森呪遣い〉用のクエストで契約できる大いなる祖霊である。風のように速く、見た目にも美しいこの従者に憧れる者は多いが、並のプレイヤーが入手する機会は限られる。クールな聡子さんが控えめながら自慢する、数少ない存在なのだ。
〈ネイチャートーク〉で何事かを指示した彼女は、さらに首から下げた細長い笛を取り出す。息を吹き込んでも、音は出ない。いや、出ないのではない、この笛の音は人間には聞こえないのだ。どこからか音色を察知した呼び出し相手を見れば、その正体はすぐに知れる。
灰色の毛並と赤い月光の色に染まった瞳。〈調教師〉たる彼女が従える、テイムされた〈魔狂狼〉が〈豊穣王〉の隣に並んだ。先程の笛は犬笛のようなものであり、〈魔狂狼〉の召喚笛の一種だったのだ。聡子さんは二匹の狼に視線を送ると、声をかける。
「〈豊穣王〉、〈魔狂狼〉。準備はいいか?」
その言葉に応じるように吠える二匹。その方向に頼もしげな微笑みを見せると、今度は魔法鞄を探り始める。なんとも準備の多いことだが、それは僕も同じだ。
彼女に習い鞄を漁ると、リストに表示されたアイテムの中から一つの装備品を探り当てる。そのステータスを確認した僕は後部から身を乗り出し、相変わらず屋根から降りないローゼンクロイツさんにそれを投げ渡す。
「おう?どうしたナーサリー、今の状況で貢物とはなかなか感心なことだな」
「あげないよ、貸すだけ。常備化のかからない装備だから、作戦中は使うといい」
「へーぇ、なになに〈幸持つ女神の首輪〉。MP30%増加に消費MP軽減、ステータス補正もなかなかと……〈秘宝級〉でこんなにいいものに常備化が無いのも変な話だが……」
受け取った首輪のステータスを眺め、不思議そうに呟く男の言葉に、苦笑が漏れる。確かにMPへの補正と軽減は魔法職のみならず、殆どの〈冒険者〉にとって有用なステータスである。それが常備化の機能を持たないのであれば強奪されてもおかしくはないのだが、それにも理由はある。しばらくステータスを確認していたローゼンクロイツさんから上がったうめき声が、それを証明してくれた。
「おいおいおい、なんだよこのクソみたいな耐久値。一回ダンジョンに潜って、帰ってきたら壊れてましたでもおかしくない数値じゃねえか。こんな金食い虫よく持ってたな」
「『――幸運とは長くは続かないものである。女神の寵愛が欲しければ、不運に打ち勝つだけの力を身に着けることこそが肝要だ』。このフレーバーテキストと性能が面白くてさ、家に置いていたのを持ってきたんだよ。頭数を減らすまでなら持ってくれるだろうから、遠慮なく使うといい」
この贅沢な女神の授けものは、言葉通り金食い虫である。性能は優秀でも低すぎる耐久値が足を引っ張る厄介者なため、運用できるのは大手ギルドぐらい。しかしながらその大手ギルドは耐久値を兼ね備えた優秀な装備を揃えており、この首輪の出番は無い。これをわざわざ奪ってまで使おうという酔狂な人間はそういない。
そんなものを差し出された男の顔はげんなりとしていたが、やがては喜色に染まっていく。彼のこういう反応も、もはや予想通り過ぎて欠伸が出そうである。
「いいねぇいいねぇロックだねぇ!使い捨てのブースターとしちゃ悪くない、遠慮なく装備しようじゃないか。サトコが足環で俺が首輪ってのも風流だしな!」
「どんな意味だそれは!……私の足環はビルドの基礎になっている大事なもの、ソレと一緒にされるのは心外だぞ」
そう言って不機嫌そうに呟く聡子さんの足には、鈍い銀色に光る足環が嵌っている。靴を脱ぎ、裸足になった足に嵌るそれは分厚く重たげで、飾りというよりは囚人を捕える為の足枷に近い。そんな彼女の愛用品の名は〈呪う虜囚の枷〉。近い、ではなく足枷そのものが装備品になったものである。
両足を繋ぐ鎖と、装飾のように枷を覆う繊細な刻印が異様なそれは、足装備と競合するため裸足にしか合わせられないらしい。深緑のドレスに足枷という姿は囚われの姫君にも似ているが、聡子さん本人にそういった悲劇的な雰囲気はない。むしろ、大事な相棒を見るような目で枷を眺める光景は、実際に見ると奇妙ではある。
「そりゃ、移動力低下に騎乗を合わせるコンボは大したものだとは思うけどな。致命的に動きづらいことを除けば強化は一級品だし。ただ足枷ってのは心情的にどーよ?」
「それは仕方がない、元は奴隷の魔力を高めていいように使うためのものらしいからな。人助けのために使うとなればコイツも本望だろう」
「……意外と考えられているんだね、この面子も」
じゃら、と鎖を鳴らすと、鈍色の鎖が陽光を照り返し、輝いた。普段は〈魔狂狼〉に騎乗して運用するそれも、馬車に乗った今はそのまま移動を任せればそれで済む。案外と目的に合致するメンバーを選んできたことに関心の声を上げると、ローゼンクロイツの笑い声がチャット越しに響いた。
「だっははははは!相変わらず俺にはほんのり辛辣だなナーサリー!」
「君はそういうのが楽しいんだろうに、これでも思いやりはあるよ」
「その通り、俺は楽しいほうが何事もいい。今回は単に――全力でやった方が面白いと思っただけさ」
にやりと笑う音すら聞こえてきそうな声で、男は言う。その言葉に呆れたとばかりの溜息が三つ。聡子さんもミタマさんも、もちろんキティさんも、彼のこういう奔放さにはよく振り回されているため、リアクションは揃って同じだ。平気の平左で笑うことが出来るのは、オヤブンさんくらいのもの。かっかっかっ、と御者台の方向から聞こえる声はからりとしたもので、その落ち着きが羨ましい。
だが、そうして笑うオヤブンさんの表情が不意に真剣なものに変わった。片手を耳に当て、念話に応じている様子から、他の隊からの伝達を受けているらしい。
「おう、こちら第二部隊、〈なかつくに〉α小隊。……そうか、偵察ご苦労さん。合点承知よ、これから仕掛けさせてもらうぜ」
「ギルマス、偵察班はなんて?」
「これから向かう山間部に、ゴブの群れを確認したそうだ。概算で150、森に潜んでいる連中を合わせるともうちっと膨れ上がるかも、だと。この調子なら〈緑小鬼の占領隊長〉の一匹でも紛れ込んでいるだろうよ」
「150ならいけるよーじいちゃん。華麗な鞭捌き、期待してるからな」
「まかせんしゃい!元の体で馬に乗ったこともない連中とは年期が違わぁ、儂の可愛い黒馬たちの走り見せてやる!」
掛け声とともに振るわれた鞭と共に、四頭の馬は加速を始める。馬車は僅かに増した振動と共に風景を置き去りにし、一気に駆けだしていく。反対に遠景に見え始めていたツクバの街がぐんぐんと近づき、その向こうに見える光景が鮮明になっていった。
山を背にそびえる防壁と、その向こうに並ぶ山。そして、上空を飛び回る――翼持つ騎士たち。
「〈冒険者〉殿―!」
「団長じゃないか!安心しな、今助けに来てやったよ!」
「心からの感謝と、戦勝の祈りを!都市の防衛は我々が行います故、思う存分腕を振るってください!」
「礼はまだ早いよ、全てが終わるまで取っておくといい!」
走り過ぎていく馬車の中から、蒼銀の騎士に手を振る。アルバートさんは槍を天にかざすと、こちらの勝利を祈ってくれた。雄々しい〈鷲獅子〉の鳴き声をBGMに、馬車はさらに走り抜けて、山間部へと突入していく。
ツクバとコオリマの間を結ぶ、山間部。クラスティさん率いる打撃大隊の進行路とは正反対の方向に位置するこのゾーンは、〈怪物たち〉がコオリマ周辺の〈緑小鬼〉を〈大地人〉の守り手たる〈黒曜の大盾〉らとともに討ち果たしている影響もあり、〈冒険者〉の追撃をすり抜けようとする〈緑小鬼〉達が集まり始めている。
これを先手に立って打ち払い、散らす。その目的を達成するための最後の一手を、僕は馬車の床に突き立てた。
かつて共に戦いを乗り越えながらも、〈大災害〉の影響により持ち替えざるを得なかった相棒。戦場を前にした〈金星音楽団のセロ〉は、剣を思わせる凛々しさをたたえて、その身を震わせるのを待っていた。
「……久しぶりに戦闘で使ってやれるね。今日は忙しくなるから、また頼むよ」
「うんうん、やっぱりナーサリーさんには楽器だよね。弓もいいんだけど、パーティ組んでた時はずっと楽器持ちだったから違和感があってさ」
「さすがに走り回りながら弾けない楽器はね。でも、この戦い方ならいけるよ」
「でなきゃ誘ってないってー。効果範囲拡大と回復系援護歌の強化なら、ぴったしカンカンだからな」
二人の声を受けながら、僕は馬車の座席に腰掛ける。ミタマさんと聡子さんは開け放たれた後部ドアの前に、それぞれ待機。目的地に差しかかろうという頃、屋根の上で双眼鏡を構えていたローゼンクロイツさんから、声が上がった。
「ほいほい〈緑小鬼〉発見。本隊じゃないし平均レベル35~20程度かな。〈緑小鬼の手斧兵〉の小隊発見、〈緑小鬼の祟り使い〉と|〈緑小鬼の狙撃手〉(ゴブリン・シュータ―)、それから〈鉄躯緑鬼〉に〈緑小鬼の猪操師〉〈緑小鬼の滑走士〉……あ、〈緑小鬼の砲撃兵〉も居る」
「要するにゴブ大盤振る舞いだろ、ゲシュタルト崩壊するってんだよ!大型魔獣の類は目測で25体、〈緑小鬼の占領隊長〉が乗ってる狼戦車も合わせるとも少し増えるかね!」
双眼鏡越しに〈緑小鬼〉の軍勢を眺めたローゼンクロイツさんと、上空に居るキティさんから報告の声が上がる。相変わらずの兵科バリエーションだが、レベルそのものは驚異的な数値ではない。ボスである〈緑小鬼の将軍〉がレベル62のレイド1ランクであることからも察せられるが、高くとも50を超える個体はそうそうない。
ともすれば殲滅し切れる、という予感が胸の内に湧くが、それを断ち切ったのもまた二人の声だった。
「うん、そうなんだけどさぁ……あれどう見ても馬車が追われてるよな。装飾豪華だし、貴族かな」
「……かーッ、めんどくさいねぇ!一旦アタシが出る、戻るまで殲滅頼んだ!」
暴風染みた羽ばたきと共に、戦場に〈僭主嵐鳥〉が飛び込んだ。窓越しにその姿を見れば、確かに〈緑小鬼〉の軍勢の追われる馬車の姿が視界に入る。必死に馬を走らせ逃げ続ける馬車だが、豪奢な装飾で飾られていたであろうその車体は亜人たちの攻撃を受け、傷だらけになっている。あの様子では破壊されるのもすぐだろう。逸る気持ちを抑えながら、手に持つ弓をセロに添えた。
流れ出すメロディは、〈エルダー・テイル〉のプレイヤーであればなじみ深いもの。〈瞑想のノクターン〉と〈風纏う乙女のロンド〉の二曲は混じり合い、〈金星音楽団のセロ〉の加護を受ける。その音色は遠く、風に乗って狂獣の体を包んだ。
二色音符を纏ったキティさんは、そのまま〈緑小鬼〉の群れに突進していく。〈緑小鬼の狙撃手〉や〈緑小鬼の砲撃兵〉の攻撃はそれを撃ち落さんと飛び交うが、風の乙女の加護を受けた〈僭主嵐鳥〉には届くことなく防がれる。そのまま、逃げる馬車の上空に付けた彼女は――
「援護どーもぉ!……空気読めねぇお貴族様よ、ちょっとアタシと空の旅と行こうじゃねぇか!」
「うわっ、なんだ!別のモンスターか!?」
車体を〈僭主嵐鳥〉の鉤爪で捕えると、馬車ごと空中に舞い上がり飛び去ってゆく。これこそが〈僭主嵐鳥〉の長点、圧倒的なパワー。並の飛行型幻獣とは比べ物にならない力で羽ばたき、大きな馬車すら運搬する。この剛力に勝てる飛行騎乗生物は、レイドランクの召喚生物くらいだろう。キティさん本人が「火力では一番頼れる」と称するだけはある。
「誰がモンスターだって!?――おいロズ、アタシはコイツを衛兵団に引き渡してくるからな!」
「あいあい、そんなら作戦開始だねぇ……、よいしょっと」
キティさんの叫びを受けて、おもむろにローゼンクロイツさんが立ち上がる。片手に長杖を携え、その先をまっすぐ〈緑小鬼〉軍に向けると、詠唱とともに魔法陣が展開される。馬車の中でも、聡子さんの構える短杖が、指揮棒のように紋を描く。
一拍の緊張、そして。
「〈ラミネーションシンタックス〉、……はいよ、〈サーペントボルト〉!」
「〈マエストロエコー〉!」
「……〈アースクエイク〉!」
青く輝く積層魔法陣がはじけ飛んだ瞬間、長杖の先から何本もの雷光が飛び散っていく。〈ラミネーションシンタックス〉の範囲攻撃化と〈マエストロエコー〉の複製を受けた青紫の輝きは複数の〈緑小鬼〉に着弾。そこさら華を咲かせるように分裂し、花火を思わせる光とともに周辺の敵を纏めて焼き尽くした。
もちろんそれだけには終わらない。辛うじて生き残った敵や討ち洩らしには、大地の洗礼が降りかかる。山々に響き渡る轟音と共に地を揺るがすその振動は、何匹もの〈緑小鬼〉を吹き飛ばし、余波だけでも騎乗していた〈獣躁師〉や〈調教師〉、〈滑走士〉を転倒に追い込む。
先手を打った攻撃に慌てふためく〈緑小鬼〉だが、それで崩れてくれるほど軟ではない。即座に体勢を立て直すと、忌々しい魔術を放った〈冒険者〉の乗る馬車に向かって一目散に突撃してくる。何十を超す〈緑小鬼〉の群れが迫ると、それだけで緑色の壁を思わせる異様な光景ですらある。
だが、その行動は当然作戦の内。
「よし、釣れたな!じいちゃんこのまま隊列伸ばしてやりな、〈デスクラウド〉!」
「あいよ、ゴブ如きに足で負けやしねぇ!」
「予定通り80%を切ったら一旦下がるぞ、〈コールストーム〉!……ナハト、ターク。ミタマを頼んだ!」
「援護、この調子で継続するよ!〈リピートノート〉、〈シフティングタクト〉!」
まき散らされる毒霧と嵐に再び多くの〈緑小鬼〉が散るが、亜人たちは増加したヘイトに引き寄せられるように突撃を止めない。そうしている間にもあるかなしか程度だった陣形は崩れ、隊列は引き延ばされ、引きずりまわされることで数の有利の意味をなくしていく。
伸びきった隊列の横をすり抜けるのは、あまりにも容易。山間部から脱出させることなく、馬車は次々に亜人を引き寄せ撃破していく。
さらに、そこに飛び込むのは二匹の獣。並走していたはずの〈豊穣王〉と〈魔狂狼〉が馬車の後方につき、なおも食い下がる〈緑小鬼の調教師〉や〈緑小鬼の獣操師〉達を騎獣ごと爪で切り裂き、牙を以て噛み千切る。
他の仲間を囮に、その二体を越えようとした〈獣操師〉が、今度は小石のように真後ろに吹っ飛んだ。三度そこに加わった攻撃は、獣のものではない。〈豊穣王〉の背に着地したその影は、人と獣が入り混じった姿の〈冒険者〉。
「〈ワイバーンキック〉、ってね。さぁて、悪い亜人はみぃんなこの腕で抱きしめてあげるよ!」
〈狐尾族〉特有の耳と尻尾を露わにしたミタマさんが、禍々しいガントレットを身に着けた姿で声を張り上げる。その腕の名は〈鬼子母神の御手〉。黒鋼で出来たそのガントレットは通常の三倍は大きく、鋭い鉤爪の付いた形状をした威圧的なもの。そんな腕で抱きしめられれば、引き裂かれるのは必定だろう。
ミタマさんは威嚇するように鋼の軋む音を鳴らすと、二匹の狼を足場に戦場を駆けていく。ぶすぶすと不吉なエフェクトを纏った腕は〈鉄躯緑鬼〉の頭蓋を砕き、討ち倒す。
当然だが、僕もなにもしていないわけではない。援護歌でパーティの戦力を強化しつつ、複数の強化特技を投げかけ、魔法を複製し、時に自分の速度を分け与える。その圧倒的な火力と攻撃速度によって、牽引された〈緑小鬼〉たちはその命を次々に散らしていく。
これこそがローゼンクロイツさんの言っていた「列車砲作戦」。性能の高い馬車を主体にした大規模カイティングであり、地獄行きの列車そのもの。
追い付かれない限り〈風纏う乙女のロンド〉と障壁が遠距離攻撃を弾き、パーティ全員が一定の方向に移動し続けているため厳密なヘイト管理の必要もなくなる。回復力を強化した〈瞑想のノクターン〉でMPを維持できる限り、〈緑小鬼〉を殺し続ける奇妙な戦闘陣形。
――――乗っておいてなんだが、正気の沙汰ではないと、僕は今更ながら思った。
ザントリーフでの戦い方は、これしか思い付きませんでした。きっと他の誰かも考えているはず。
同じ戦術を取るなら当然円卓に参加するようなギルドの方が強いのですが、実は足の速さと〈怪物たち〉と連絡が付く、という点でここに配属されています。
聡子さんは純回復ビルドで攻撃を従者に任せているため攻撃魔法はそれほど強くはないですし、ローゼンクロイツもレイド非参加のプレイヤーなので特別強くはないのです。格下だから取れる手法ですね。